は今、最大の選択に迫られていた




「この感じは…あの犬野郎か?」




頭痛皮膚に牙や爪が食い込むような感触
セットで自分の身に襲いかかり


近辺にフリーがいる事を知覚する




魔力探知の感覚からして彼がいる通りから一つ向こうの路地


ちょうどフランクフルト屋台のすぐ側にいるようだ




「エルカがいねぇトコ考えると…
また迷子になってんのか?」




新年も無事に明け


うまい具合に休日とバイトのない日が重なって久方ぶりの
ノンビリとした休日を満喫しようとした矢先に

思わぬ形で出鼻をくじかれたのだ




急な用事こそないものの、困っているのは面倒極まりない相手


少しだけ考えは結論を出す




「…俺は何も見てない」




すぐさま踵を返し、関わり合いになる前に
フリーから離れようと歩き出す


普通に考えれば それも正しい選択だ




…しかし少年は失念していた







っげ!スゴい勢いでこっち来てやがる!」


自分の"制魔の波長(リスポンデ)"

魔力を持つ側にも発信されている事を




慌てて細い路地へ入り込んで


道に不慣れな相手を撒こうと走り出し




おお!やっぱりハサミ小僧じゃないか
ちょうどいいトコに来たな」




数歩も進まぬうちに、眼前に躍り出たフリーによって
その逃走経路が断たれる







〜La protezione del lupo non facile
"いるのはリードか労災か?"〜








「何で追っかけてくんだ!」


シット!お前が逃げるからだろう」




当たり前過ぎる問答に
ややイラつきながらもは訊ねる




「で?また迷子か?」


「迷子じゃない、ああ!オレは迷ってなんかいないさ!」




胸を張って言ったフリーによれば


エルカの買い物の荷物持ちに付き合う、という形で
二人で街中を歩いていたそうだが




『この街を堂々と歩けるようになるなんて
あの頃なら夢にも思わなかったな』


ゲコッ♪そうね、私もアンタとこうして街で買い物するなんて
考えたこともなかったけど…まぁ悪く無いわね』




新鮮な気分で辺りを気が向くままに
適当にウロついて




ふ、と気がついてみれば


隣にいた筈のエルカが消えていたそうだ




「普通はそれを迷子っつーんだよ」




真っ当な指摘にムッと眉間へシワを寄せるも

彼はすぐさまニヤリと笑う




「そう、見つけないと困るがすれ違いも困る
だからお前の側に来たんだ」


「はぁ!?」




ビシ、とフリーは訝しげなを指す




「お前といればエルカがオレを見つけられる
ああ!実にスマートだ」



「俺を迷子札がわりにすんな」




しかしながら波長によってお互いの存在を感知できる為
合流するならば非常に合理的な方法である


…相手の都合と機嫌に目をつぶれば


そして彼にそれを考慮する気はさらさら無いらしい




「逃げても構わんが、すぐに追いつくから無駄だぞ」


「だろうな迷い犬」




回避は無理と悟り


せっかくの休日の予定が潰れた怒りを押し殺し




おお、そういえば今日はまだメシを食っていなかったな」




グウグウど喧しく鳴り響くフリーの腹の虫を大人しくさせるため




「行くぞ」


「どこにだ?」


「いいから来い」




は屋台のある路地まで彼を引き連れ

骨付きフランクフルトを注文した




「うまいなコレ」


「こだわりの材料で出来立てだからな」


「やはりシャバのメシはうまい

ああ!しみったれた牢屋のメシとは
そりゃもう段違いさ!!



「比べる基準低すぎだろ
つかそれ何個目だ、いつ頼んだ!?




初手から少年の財布に打撃を与え




「ああうまかった…さて次は映画館だな「何でだよ!」




大きなゲップをひとつして


フリーは次の要求を何食わぬ顔で告げる




「前にコメディーが見られる映画館を教えろと言ったはずだ」


「お前はな、俺は連れてくとは一言たりとも言ってねぇ」


「ならばこの路地で大人しくしていろと?
冗談じゃない囚人じゃあるまいし」


「やかまし元囚人、誰かとはぐれた時は探しに行くより
一箇所でジッとしてた方が…オイ聞けどこ行くんだ!




話半ばで勝手に歩き出すフリーを放っておくか一瞬迷うも


結局は先程の繰り返しにしかならない
思い至ったは叫ぶ




「アホ犬!映画館はこっちだ!」


「おお、連れて行く気になったな?」




嫌な顔と盛大な舌打ちというささやかな抵抗の後


男二人のデス・シティー巡りが始まった







ネバダの広大な砂漠の中に建つデスベガスの街には
死武専を中心として死神の膝元により大小様々な施設が存在する


娯楽施設である映画館一つ取っても


大手チェーンのものからコミュニティシネマ型のものまで
いくつか建設されている…のだが




当然それぞれ館のグレードは違い


上映作品や値段設定も館によって変わる




特に日本のミニシアターの流れを継いで
個人経営している場合では

その辺りは顕著にバラつきが現れる…が




「ここの映画館には入らんのか?」


「そこは今の時期アクションか
ラブストーリーしかやらない、それに高い」




バイトの関係で街の映画館の場所はもちろん


大体の上映作品傾向から値段を把握している
には今更な話だ




「やたら古いが立派そうな建物があるぞ
アレも映画館なのか?」


「昔に流行った形式の映画館だな
一応上映はしてるがコメディーはねぇぞ」


「詳しいな」


「前のバイト先」




少年が目指すのは映画好きが高じた
マニアの老夫婦が経営する小さな映画館


街の端の分かりづらい場所にあるのと
ラインナップの少なさ古さが難点ながら


財布に優しく、手作りのポップコーンの味つけと
静かな館内の雰囲気を好む一部の常連によって経営が成り立っている




どうせコメディーだったら古いものでも
構わず見るだろう、という予想と


人目につきにくく多少騒いでも問題なさそうな場所に
押し込んだ方がいいだろうという打算も
織り込まれてのチョイスでもある




「中々に遠いな、本当にあるのか?」


「知る人ぞ知る穴場だ…
ボロいけど文句言うなよ?あと迷惑かけたらチクる」


「見事なまでに信頼がないな」


「あると思ってんのか」




愛想なくツンケンされたまま
わき目も振らずに目的地へ連れられ


耳鳴りをこらえるフリーは
やや機嫌を下降させて口を曲げる




「アレ?、お前今日は休みだろ」


「休みですよ
たまたま犬の散歩に巻き込まれちまいましてね」




さらに目立つ狼男の巨体のおかげか


道中で人々の視線が向けられ、案内役の少年に
気がついた相手が度々声をかけ




「先輩、その人って…!」


「大丈夫 悪さしようとしたら
腹ブチ割いて止めるから


「し、庶民代表なアナタらしくもない
バイオレンスな発言ですわね…」


「知り合いか?」


「別のバイト先でも会う後輩の子達」




その度に足止めを食らうが




「おーい今度のシフトなんだけd…
忙しそうだな!そんじゃまた!


なんだ知り合いなんだろう?
オレは気にせず存分に話し合えばいい!
別に取って食いはしないぞ子豚…イテッ


「笑えねぇよアホ犬」




声をかけた側が自分への恐怖と


募っていくの苛立ちを感じてか
会話を短く切り上げてしまうので


彼には辺りの店をゆっくり眺めるヒマもない




「こっちをジロジロ見るくせに愛想がまるで足りないな
あの牢屋の兵士みたいだぞ?ああつまらん!」



「愛想が欲しけりゃチップ払えよ
ったく明日からバイトだってのに…」


「お前働きすぎじゃないのか?
今に身体を壊すぞ、ああそうさ過労死だ」


「これでも大分休みは増えた方だぜ
一時期は三時間しか寝れない生活送ってた」


ガッデム!しっかり寝て疲れを取るのが自然の摂理だろう?
ガキの夜更かしは身体に毒だ、だから貧弱なチビなのか」


「お前が無駄にデカすぎるだけだ」




皮肉を加えた軽口で返しても




確かにな!それにチビでも強いヤツはやたらといるしな」


「…比べる基準おかしいだろ」




当人の理不尽に対する耐性が
キッドやブラック☆スター達よりも高いせいで


素っ気ない返答しか返されず…







ああ腹立たしい!あれもダメこれもダメ
せっかく街に来たのにお前のせいで全然楽しめないぞ!」



「黙れクソ犬!こっちだってノンビリ休み満喫したかったのに
テメェが勝手に関わって来たんだろが!!」





ついに映画館まであと少しの所で


フリーとつかみ合いのケンカを始めてしまった




「休みならガキらしく欲しいものを買うなり
好きな女の話でもしたらどうだ?

ああ!それくらいの自由は共有するさ


「誰がテメェなんかに!
つか自由にしたらまた迷子になるだけだろうがぁ!」



赤くなったな?リンゴみたいだぞ
図星か、好きな女がいるのか!」


「い、いたら何だってんだ!?」


「誰が好みだ?あの鎌職人の小娘か?
黒髪か金髪の方か?」




ここぞとばかりにニヤニヤしてた彼だが




「あのカエル女にある事ない事吹きこまれたくなきゃ
その無駄にデケェ口閉じやがれデカブツが」



「それこそ余計なお世話だな、エルカはオレにとって
家主で恩人だ!ああ 世話になってるだけだ!


「テメェはそうでもアッチはとっくに愛想尽かしてんじゃねぇか?
図体ばかりデカくてロクに使えねぇバカ犬ってよ!」




思わぬ方面からの反撃を受けたため


少年をからかって溜飲を下げるどころか

自分の怒りのボルテージが 上がっていた




「ほう、不死のオレを挑発するとは
ずいぶん命知らずだな?猟師気取りか道具風情」



「そっちこそ不死と魔力にあぐらかいてっと
足元すくわれるぜ?それとももいでやろうか?犬っころ」





至近距離で睨み合う二人の間に火花が散り


今にも手が出る寸前








「火事だー!」




声と共にすぐ側にあった建物から


黒い煙と炎が立ち昇った




火の手が上がったのは、二人が行くつもりだった
映画館…の向かいの建物


どうやら大きな中華料理屋のようだ




さすがの事態にケンカが止まり




「火事とは物騒だな、ああ!
そうさ自然でも出火は大惨事だ!」



フリーも思わず真顔で呟いて…気づく




こちらを真剣に見つめる、鳶色の瞳に




「おい犬、お前は氷で炎のガード
俺は中のヤツの避難誘導 OK?


「命令は気に食わんが仕方ない
ああ!そうさ仕方なく手助けしてやる




つかんでいた腕を離したフリーが


口の端を歪め、すかさず詠唱を始める




「ウールッフウルブズウルフウルブズ」




バレーボールほどにサイズを調整した氷の球体が


彼の腹くらいの位置に生み出され


そこへが武器化した右腕を突き立てて
波長で流れを操作した事で


球体は粉雪のような氷の粒に変わって炎へ降りかかり
その勢いを弱めてゆく





間を置かず裏口が切り裂かれ




「助けに来たぞぉぉ!」


叫びを合図に中へ飛びこんで


二人は逃げ道を塞ぐ物を撤去しつつ
炎から身を守り、従業員や客の避難を率先して行う




「油が火ついて、それが当たりハネて
あちこちボーボーよ!アチチ!


「落ち着いてください!
煙を吸わないように…店内のお客様は?」


「ああソチ開けちゃダメね!」




慌てふためく従業員を尻目に


はやけに豪勢な扉を開けて




…中でトランク開けて歓談していた


見るからに裏社会っぽい集団
完璧に揃ったタイミングで顔を向けられ固まった




「おい、なんだかヤバそうな感じだ」


「見りゃ分かるわ!」




風格のある一人がトランクを閉め




「兄ちゃんがた…
悪いが見られたからにゃ生かしちゃおけんなぁ


軽く挙げられた手に反応して


残る男達が拳銃を手に立ち上がる




「そんなチャチなオモチャじゃオレは死なん、不死だからな!


「全く…年明けにとんだ大掃除だ!」







―エルカがフリーを迎えに来たのは




ボヤ騒ぎと、違法取引をした組織の一斉検挙が解決して


二人が警察の人に
感謝とお叱りの言葉を受けている最中の事であった




フリー!探したわよ!?
アンタこんなトコで何やってんの!!」



おおエルカか!遅かったな」


何がよ!また勝手に迷子になるしアイツが近くにいるから
離れて探すのに手間取って買い物ロクに出来ないし」


「シット!名案が裏目に出たか」




上へ向けた目を片手で覆って
"やっちまった"感満載なフリーの横から




今後こういった事が無いようにしてくださいよ?
死武専生なんですから」


「はい、すみませんでした…」




謝罪を終えてグッタリした顔のが現れたので
彼女はより戸惑った




「な、何かスゴい疲れた顔してるわね」


「疲れたからに決まってんだろ
お前、飼い主なら目ぇ離すな」


「ゲロッ!?いきなり何よ飼い主って!
そもそもフリーが勝手に逸れたの!」



「うるせぇこっちは大変だったんだよ」




…後から聞いた話によれば


どうやらあの店はアジア系のシンジケートによる
宜しくない取引や会合によく使われていたらしく


個室にて、人目につくのがマズい取引を行われる事を
知った敵対組織が店員を買収し


ワザと放火して組織の人間を炙り出す算段だったんだとか




ともあれ休日を犠牲にした二人の活躍によって
被害が最小限で済んだのは事実だが







警察と、厄介な相手の面倒から解放され




「保護者も来たワケだし、俺帰るから」


自分のアパートへ帰った少年はこの時
夢にも思わなかっただろう




「おいハサミ小僧!いるだろ?」


だ!てか何しに来た!?」


「ガキどもに明日は休みだと聞いたからな
今度こそ映画館へ連れてけ!


「行き先教えてやるからカエル女と二人で行け!
俺を巻き込むな!!」





後日アパートまで狼男が押しかけてきた挙句


三人で喜劇映画を観に行く
まさにコメディーな事態が我が身に起こるなどと







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:干支っぽいのに振り回されて休日に働く
不憫系な感じですが、それも彼らしいのかもしれません


アーニャ:相変わらず庶っぱいのかスゴいのか
よく分からない人ですわね…


エルカ:ゲコ…ねぇフリー?別にアイツ誘わなくても
映画館の場所教えてもらうだけでいいじゃん


フリー:メシの借りがあるし映画は大勢でワイワイ楽しむモンだ
ああ!コメディーなら尚更さ


キッド:それにしても…二人が気づいたからいいものの
あのような良からぬ連中が入り込んでいたとは…


リズ:気にすんなよ、年末年始は忙しいししゃーないって




読んでいただいて ありがとうございます
2018年もよろしくお願いします!