所々に自然の険しさが残る高原


そこへ広々と取られた牧草地帯に建てられている
小ぢんまりとした家の側にいた 番犬らしき中型犬が
俺達を認識して吠える




けたたましく吠える犬の様子に


駆けつけた野良着の老夫は
こちらを見て唖然とした表情を浮かべている




…著しく無理からぬことか


草色の髪へあちこち涎まみれの草をへばりつけた涙目の少女と


妙に気性の荒い仔牛を抱える
怪しい風体の銀髪男が並ぶ姿を前にしたのなら




「あ、アンタたつ何してんだべ?」


「失礼 私(わたくし)どもは旅の道化師でございます

こちらの仔牛を道で捕まえましたので
近隣にあるこの牧場へ立ち寄った次第でございます」


「確かにそいつぁオラんとこの仔(こっこ)だぁが
なしてオメェさんが」


「その牛がオレにぶつかっかたんだ!」




仔牛と唸る犬に睨まれながらも
叫ぶグラウンディの言葉通り




森林深い街道を足早に進んでいた所


出し抜けに突進してきた仔牛がグラウンディへと思いきりぶつかり




『ぼんぶごじゃっ!?』


その勢いで倒れたグラウンディが
間を置かず何度も頭を噛みつかれ




ひにゃぎゃーっ!
カブィ、カフィル!みてないでどで助けろ助けてぐるれっ!?』





引き離したものの著しく抵抗し


尚もグラウンディへ向かおうとするので


毛並みの状態と首についた首輪から家畜と察し周辺地図と
看板を頼りに、出所であろうこのワーボック牧場に赴き


…そして今に至る







あー!ウチの仔(こっこ)!
アンタたつが連れてきてくれただか?」




背後から御誂え向きに


この牧場の仔牛を連れていたであろう
二十代前後程と見える少女


おそらく目の前の主人の娘が 俺の隣まで歩み寄ってくる







〜獣ヲ侮ルコトナカレ〜







「よい所へ、お返しいたします」


あんがとあんがと!助かったべ」




今だにじたじたと身をよじっていたが


見知った相手に抱かれたからか

仔牛は見事に大人しく少女の腕に収まって寝息を立て始める




コティ!おめぇまーた仔(こっこ)逃がしただか!」


「すまねぇだ父ちゃん!
牛小屋への近道通ったら木で塞がっでて」


「だーから言ったべ!
あの道は土がゆりぃからあまり使うなって」




しゅんとする少女へため息をつき


老夫は足元へと視線を移す




「まっだく、最初から
オメェが付いてた方がよかったべなリエール」




唸っていた犬が、主人を仰いで一声鳴いた




「賢いですね」


「オラのトコの自慢だぁ、コイツは元々ちーこい頃から
羊を追い立ててたもんで人の声はよぐ聞くし働きもんだでな」




くいくい、と服の裾が引かれて視線を下げれば




「な、なぁカフィル〜…
きょ牛届けたんだから早く行こうぜ?なっ?」


普段の著しく無駄な自信はどこへやら


いやにしおらしくなったグラウンディが
一刻も早く牧場を離れようと急かす




ここまでの経緯を見る限り


動物絡みでロクな目を見てないコイツにしてみれば
この場所は著しく居心地が悪いのだろう




「では私(わたくし)どもはこれにて」


「お、おお達者での」




告げて俺は一礼を終え


グラウンディがホッとした顔で振り向くのに習い、来た道を




待って!アンタたつ旅人だべ?」




引き返そうと踏み出した足を

コティと呼ばれた少女が止めた




「ここらから村や町は遠いべさ
んだら今日は牧場さ泊まってけ?なっ!


「いや気持ちはキャミうれしいがけどなオレらヨソもんだし」


遠慮すんなって!旅の話も聞かせでおくれよ〜
なぁいいだろ父ちゃん!」




どうやらここはあまり来訪者のいない牧場らしい


ある種の期待に満ちた彼女の表情からソレが伺える




渋い顔つきで彼女とこちらを交互に見やって、主人は言った




「んん…まぁ、ウチの娘と仔(こっこ)が迷惑ばかげたしなぁ」


やったべ!んじゃ早速うちさ案内するだでよ
ようこそワーボック牧場へ!」



「いっいやホントんに気づかいいらねぇから!
おい神を押すなぁぁ…」




返答に瞳を輝かせた少女は


著しく器用な事に片手で仔牛を抱きながら
空けた腕で助手を押していく




二度とほど犬が吠えかけても気にせず


二人は家の中へと入っていった




「悪ぃな、めっだにヨソのヤツがこねぇモンで退屈してんだわ」


「いえ…むしろ野宿を覚悟していたので助かりました」


「野宿てオメェさん、今の時期ここいらで
野宿しだら吹っ飛ばされんべ」




呆れ気味の主人の言葉に 苦笑を浮かべながらも頷く







…この地方は新年祭を間にした前後ほどの時期に竜巻が起こる


被害は大小様々ながらも


必ず年に一度、竜巻がこの地に現れる




そのせいかこの牧場を含めた周辺の地形は
高低差が著しく激しく


広めの土地に建てられた建造物は竜巻を想定した作りとなっている




ゆえに面倒事の種はあれど、想定より早く
屋根のある場所に泊まれた事は大きい




とはいえ、客人といえど…


むしろ客人だからこそ郷に従わねばならぬ事
生きていく上では多々ある




「旅芸人てならキビキビ動けるべな?
さーオラが牧場で働くだよ!


「いや兄ちゃんは居候だべさ
ここはオラの牧場だ」


「経営は共同っつー話だったべ
だったらオラの牧場でもあるべさ」




ワーボック牧場は主人の一家と主人の兄


四人と家畜類、そして一匹の犬で成り立っているようだが


一定の広さを持つ牧場、それも外周の所々が切り立った崖や
谷や岩山などで流通を制限されている土地


更にはいつ来るとも知れぬ竜巻…




人手が多いに越した事がないのだろう




「ティシ伯父さんは頭がよぐて街さ働きに出てたけんど
悪い女に騙されでな
すってんてんになって帰ってきただ」


んなこたねぇ!オラァこのボロ牧場さ
人がわんさと来る有名牧場さする為知恵つげて戻ってきただよ」


「いや兄ちゃん後継ぎ嫌がって
"科学者か式刻士さなる"て牧場飛び出したべ」




身内からの容赦ない指摘で、主人よりも背の高い兄は口をつぐむ




「まぁオラはスーと会えたし
コティも出来たから継いでよがったと思うがな」


「もう…」


ノロけはいいっぺ!
オラとっとと身体さ動かせ竜巻は待っちゃくれねぇど!」


「オッさん神シットしちる?」


だんまらしゃい!マセた娘っ子はとっととワラ運ぶだ!」




半ば八つ当たり気味に押し付けられた道具を受け取り
ニヤニヤと笑う助手




だが…アイツが笑ってられたのも


まさに、この時だけだった







「いぎゃただだたただ!
かっ、神かむな踏むなっ止めろれぉおお!!」





仕事の手伝いを始めた途端


姿を見せるだけで家畜達は警戒しだし




近寄ればしきりに鳴き声をあげられ


場合によっては足を踏まれたり、身体のどこかを噛まれたり
頭突きを受けるなどと言った手厚い"歓迎"を熱烈に受けていた




指示される仕事自体は、量はともあれ内容は著しく簡潔であり


黙々とこなせば順調に終わるものである事が救いだろう




「あらあら、懐かれてんなぁ」


「どちらかといやぁ嫌われてねぇべか?
リエールが噛み付いてんど」




そう、中でもアイツに一番被害を被っているのが


牧場を巡回しているこの中型犬だ




カフィルぅう!見でだないで助け」


「面倒なら仕事を終わらせろ」




はじめの内は家畜どもやリエールを引き離し遠ざけもしたが


想定よりも被害が軽いようなので


今は、注意を払いつつも放置している




「も゛おぉお!だかぎゃ動物は苦手なんだぁあ!
はーなーれーろっ!





ブンブンと腕を振り犬や家畜を払おうと
奮闘するグラウンディを眺めつつ


隣へと歩み寄ったコティが訪ねる




「なぁ道化師さん
グラちゃんて旅の時もずっとあんなだっただか?」


「ええ…育った村でもそうで
特にでヒドイ目を見たらしいとか」




理由は当人にも不明らしいが




「じゃあ動物みんなにあんなんされてたべか?
なんだかかわいそう…」


「いえ、長い間村で飼われていた犬や猫

それと巣を張る一部の鳥からは
然程被害を受けなかったとも言っていました」




ともあれ家畜の注意を引いてくれているおかげか

俺も含めて作業が捗るのは著しく有り難い…口には出さんが




「ひょぎひだいどぉおりゅうぉぉ!?」


やはり少しうるさいので助けに入る




すると、しつこく噛み付いていた中型犬が
あっさりと助手の腕を離し


一声吠えて他の家畜を追い払い、今度は俺から距離を取った




神おしょい!でもありがとう゛ぅ」


「…とても賢い犬ですね」


だべ!リエールは伯父さんが連れてきた子でな
もどもど山向こうの羊飼いのじさまの犬だったべさ」




自慢げな主人の声に、夫人がしっとりとした物言いで続ける




「じさまは歳でねぇ…いい人だったんだよ?
リエールもよーく懐いてて」


アレ?伯父さんは?」


「兄ちゃんなら牧場への道を直しに行っただ、ほれ近道の側の」


あー!あの土ゆるゆるな!
木ぃとか倒れそうなトコだべか」


「するこどねぇしすーぐ終わるて言ってたけんども
手間取っとんだべか?それともサボって町にでも…」


主人の顔が途端に青ざめる




原因は、家畜達に群がられかけているグラウンディの
背後に広がる黒雲と…唐突に現れた塔だ




今は手の平程の大きさだが


質量を増して徐々にこちらへ迫りつつあるようだ




竜巻だ!かなりデケェ…ありゃもうすぐこっちさ来るべ!」


みんな家に戻るっぺ!
オラは牛小屋に鍵かけて兄ちゃん探して来るから!」



わかった!
さぁお二人も早くウチの地下室に!」




流石に竜巻に対しては手馴れたもので


対策を立て、素早く動いた一家と協力し
家畜をそれぞれ野外から小屋へと戻して




主人を除いた俺達が家へと避難するだけとなった時…







それは起きた







唸り声を上げたリエールが不意に
グラウンディの右手へと噛みつき、家の外へと強く引いていく




グラちゃん!何してるだ!」


「いやオレじゃばく犬がたたらと引っ張って…痛っ!




見ればうっすらと血が滴っている


余程の力で牙を立て、引いているのだろう




「リエール!」


「そんな、人を噛む事ぁあっでも
ケガさせたこど今までなかっただのに…」


悲しげな一家の眼差しを受けてもなお犬は牙を離さず

じっとグラウンディを見つめて 牧場の外へと導く





その瞳に何かを感じ取ったのだろう




「…コティ達はヒナンしてど、オレはコイツと行ってくる!


「待ってグラちゃん!リエール!」




犬に連れられてグラウンディは止めるのも聞かず
外へと飛び出していった




「貴女は奥様と共にご自宅へ避難を」




彼女を家へと退避させ、主人へ向き直る




「ご主人、伯父様の捜索を
協力させていただいても構いませんか?」



「あ、ああ手伝ってくれんなら有り難ぇが
…あの子は大丈夫だか?」


「心配はありますまい、アレでもあの娘は式刻法術が使えます
己が身ぐらいは護れるでしょう」




主人が命じた道の近くにティシはおらず




「兄ちゃーん!竜巻が近づいてるだよ!
どこ行っただー!!」





木々や岩が疎らにあるせいで見通しが悪く


地盤が緩いのも相まって歩きづらい近辺を
しらみつぶしに探すが


彼と、アイツらの姿は見えない




オラはあっち探すだ、オメさんはそっち!

ただ竜巻が側まで来たらおしめぇだ…
ヤバくなっだらすぐ逃げろ」


「畏まりました、貴方もお気をつけて」




二手に分かれて少しして




グラウンディをどこかへ導いた筈のリエールが


ただ一匹で 俺の前へと現れた




「…グラウンディはどうした」




一定の距離を保ったまま


一声あげて、犬は来た道を戻り始める




「案内か?」




返事の為だけに足を止めて鳴いたのを聞き


俺も後へと従った







入り組んだ場所を通り


たどり着いた崖には洞穴が穿たれていた




…過去形なのは崩れた土砂や倒木で
入口がほぼ埋められているからだが


僅かに開いた、中型犬が通れるほどの穴から
倒れたティシの顔だけが見える




「あ、アンタ…兄ちゃんは?」


「反対方向を探しております」


カフィル!そろオッさんうろついてケガして休んでだで
治そうしたら入口崩れだから
オレっリエールに助け呼べっつて!「落ち着け」




なるほど…何らかの負傷を追い、竜巻対策も兼ねて
洞穴で休んでいた彼を見つけ


治療を行おうと洞穴へ入った直後に入口が埋まり


助けを呼ぶ為に犬だけ脱出させた…

大まかな流れはそんな所か




「面倒だな、近隣の地盤はあまり強くは無いと聞いている」


そうだんだよ!デカい入口開けっもすぐ崩れて来て…
でもお前が来てよかった、これで助かるぞオッさん!!」




時間もない、手短に済ませるか




「倒木も混ざっている、それを利用して
アーチを作れば脱出までは持つ」


「アーチっちぇ「描いて教えるがら!」




どうにか無事アーチが作られ


入った俺がぐったりしたティシを担ぎ


再び土砂が埋めるより早く三人で洞穴を飛び出すと




既にリエールが高らかに吠え俺達の先導に務めていた




…おかげで主人とも合流し


竜巻にかち合う前に 避難が間に合ったのだった







「いやぁ、仔(こっこ)だけでなく
兄ちゃんまで世話になるたぁな」


「アンタらにゃ足向けて寝れねぇだ、ありがどな道化師さん




肋骨の骨折を法術で治されたティシが
主人と共に頭を下げる




「そちらのリエール君が
著しく優秀だったまでです、本当に賢い犬だ」


「…がんびゃったのオレだぞ」


「うんうん、グラちゃんありがとな」


と、ふてくされていたグラウンディの側へ
リエールが鳴いて近づき




「も、もうかむんにゃ…ひぇうっ?




噛み跡のある右手を、ペロリと舐めた




「リエールも感謝してるべ」







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:主人の予想通り、伯父さんは仕事を早く
切り上げて町に行こうとして谷から落ちかけました


伯父:あのあだりの地面の緩さ甘ぐみでただ
肋骨やっちまったし…あん時ゃダメかと思ったべ


主人:これに懲りて真面目に働いでくんろ


コティ:にしてもグラちゃん よっぽど動物と
何かあるだな?あの後もすっごい群がっただよ


グラウ:なんか年々、動物達にきゃからまれる
感じが神強くなってる気がしてるぜ…


カフィル:あながち気のせいじゃないのかもな




読んでいただいて ありがとうございます
2018年もよろしくお願いします!