新年を迎える前後の数日間


大抵の企業や機関の例に漏れず死武専も休みに入り
生徒や職員のほとんどが地元でのんびりと休暇を楽しむ




春鳥達も実家へ帰省したし、情報局の仕事も
ひと段落して空き時間が出来た




「なんならどっか遊びに行けばいいんじゃね?
たとえばオレん家とか」


「悪くないけど、君だって予定ぐらいあるだろ?
久々に羽を伸ばせばいい」




交友関係はそれなりにあるが
クレイみたいに遊びに誘える友人もなく


黙々と鍛錬をするのも退屈なので


本でも読んで過ごそうか、と街中を適当にうろついていた時




あるカフェのオープンテラスのひと席に馴染みの顔を見つけた




「欲しいものいっぱいあって
ブーたん今月とーっても困ってるの」


「知らねえよ、そもそもお前バイト先あるじゃんハイ解決」


「お店は改装でお休みニャの!君ニャら
いいバイトのひとつやふたつ知ってるんじゃニャいの?」


「俺は職業紹介所の窓口じゃ…




渋い顔をしていた先輩の表情の変化に
露出の高い魔女猫が食いつく




あるの?お仕事」


「まあ人手足りないっつってたけど…
でもあんまお前向きじゃないぞ?」


「まずは聞いてからニャ」


豊かな胸を見せつけるようにして
テーブルに乗せる彼女の視線を受けて先輩は


眉間にシワを寄せつつ若干顔をそらす




「ハウスクリーニング」


「それってお掃除のお仕事ってコト?」


「雑に言っちゃえばな」


ニャーんだ♪それだっら魔法で楽々こなせちゃうね〜」




彼女は明るい笑顔を浮かべたが


先輩はニコリともせずため息




甘いな、ガンコな汚れってのはそう簡単に落ちやしない

ましてお前の魔法じゃモノは動かせてもパワーや
作業効率が上がるわけじゃあないだろ?」


「でも人手足りニャいんでしょ?ブーたんいた方が
君だって助かると思うんだけどニャー」


「そうだけど…飽きたりしたら文句言うだろお前?
それに時間内にやらなきゃいけないコト多いから
正直一人助っ人が増えたトコで手が回り切るかどーか」


「よくそんニャとこで働けるね」


「生活かかってるからな」


僕らとそう変わらない歳なのに、吐き出された台詞には
妙に哀愁が漂っていた




それだったら尚更ブレアが必要じゃニャーい?
お金と君のためニャらちょっとくらいガマンしてあげる」


「くっつくなっつの!さっきも言ったが一人増えたぐらいじゃ
変わんな…胸を押し付けんなっ!!




魔女猫といえど、擦り寄られて
陥落しかかってる辺りやはり先輩も男である







…どうせ特に予定もないし


通りがかったよしみだ、とカーキ色したジャケットの肩を叩いた



「その助っ人の枠、もう一人分追加しても構いませんかね?」


え!?聞いてたの茜君!」


「ええ少し前から、ヒマをもてあましていたので
ぜひとも僕も協力させてもらえないかと」


「こっちとしても助かるニャ〜一人じゃダメでも
二人いれば大丈夫だよね?ねぇ君」



「…ああもう、分かったよ!OK降参!
掛け合ってみるから離れろブレアっ」




こうして僕は彼女とともに数日間


ハウスクリーニングのバイトを体験する事となったのだった







〜Tu non puoi giudicare un libro dalla sua coperta
"新たな場所に、新たな発見?"〜








清掃業、と一口に言っても


公共施設などで行う
一般的なイメージのモノとそうは変わらないとか




「色々持ってくものニャのねー」


「汚れの種類に対して使う道具や洗剤が違うからねぇ
ブレアちゃんは初めてだし手取り足取り教えるから安心して?」


「茜君も初めてですけど?」


「そっちはお前が教えりゃいいだろ?」


HAHAHA、ではお手柔らかに」




ユニフォームのツナギに身を包み


先輩二人とチームを組んで、クライアントのお宅へと足を運ぶ




「じゃあよろしくね?
バスルームのカビ汚れがもうしつこくって」


「お任せをマダム!
見事新品同様の仕上がりにして見せましょう!!」





一礼してからもう一人の先輩は
バスケット片手にザッと間取りを見渡して




「よっしは新人と水回りからな!
ブレアちゃんはオレとダイニングでのお掃除をやっていこうか」





指示を出すと、ヤケに張り切った様子でキッチンへ向かっていく




…道中チラチラ彼女へ


主にファスナーを少し開けた胸元あたりに視線を向けていたのを
考えれば、若干下心あっての割り振りだろう


その思考を裏付けるかのように


こちらを見やった先輩が苦笑い




「じゃ早速やろっか、まずエプロンつけて
天井や換気扇のカビ落としからだね」


「はい」


さすがに切り替えが早い







手ほどきを受けながら作業に打ち込むうち

段々とコツがつかめてきた




「洗剤にも建材に合わせた適度な濃度があるんですね」


「そう、濃すぎても拭き取った時とか
洗剤が残って返って汚れるコトもあるし」


お?一丁前に指導してるけど、お前だって
しょっちゅう濃度と種類間違えて怒られまくってただろ?」


「今はそこまで間違えませんって!」




汚れを落とすために必要な力加減


ゴミの運搬、高い場所や不安定な場所で
いくつかの道具を手にしての作業など中々に肉体を使うものの


少しずつ汚れが消えていく室内の様子は
確かな達成感を与えてくれる




ニャーン届かニャ〜い!
ねぇ茜君、ちょっと踏み台になってほしいニャー」


「すみません
今手が離せないので先輩お願いします」


えぇっ!?いや魔法使えよ!」


「あんま使いすぎるとバテちゃうもん」




依頼も多く一件に対する作業時間が限られているため
清掃が必要な箇所の見極めも上達していく




うわ汚っ!
ベッドの角にゴキの死骸と卵の塊が重ニャってるぅ〜」


「わかった処理するから早くベッド降ろせ、ズラしてな!




一見キレイに見える家でも

タンスの下やエアコンのフィルターなど、目の届かない場所が
カビやホコリのコロニーを形成していたり


あからさまに散らかり放題な家の中で

動線と、厳重に施錠された部屋の周囲及び
ドアだけヤケに汚れが少なかったり




調度品や室内の様子に加え
住んでいる人々の内面が透けて見えるようで


ソレがどことなく楽しくもある




楽しいのは作業やクライアントのお宅訪問だけではとどまらない




「なるほど…ウソのように換気扇にこびりついた油汚れが
取れましたね、さすがは先輩お見事です


そうだろそうだろ?よく見とけ!
しつこい油汚れの落とし方をぉぉ!」



軽口ばかりで女好きのもう一人の先輩は

ノリがよく、仕事の際は真面目に打ち込むタイプで


的確に汚れを落とす術に長けていて
動きに無駄がなく 見ていて飽きない




先輩はやり方こそ地味だが


汚れの落とし方はやはり共通して無駄なく的確で
僕ら三人との連携もうまい




波長の性質上もあってかブレアとはあまりやり取りが少ないが




「おいブレア、そこの溶剤取ってくれ」


「はいどーぞ」


「ありがと」


日頃の付き合いがあるからか、短い単語や
仕草だけで通じ合って行動している




「どこの夫婦だお前ら」


はぁ!?いや夫婦て、そーいうアレじゃないですからっ」


「先輩 顔真っ赤ですよ」


「〜っ!僕のコトはいいから仕事に集中してよ!
してください!



「「「はーい♪」」」




ブレアも今の所はきちんと魔法でサポートしてくれているから
仕事は着実にこなせてはいる…ただ




「さすがに何日もこれは疲れるニャ〜」


「猫化して頭に乗るな!毛が散って手間が増えるだ…
その場で変身もやめろっ胸が!胸がぁぁぁ!!


「なに羨ましいコトしてんだ
ざけんな変われテメェ!!」



ムラっけがあるのがたまにキズだ







それなりに広いデス・シティーとはいえ
この時期は稼ぎどきだからか


場数と日数を重ねると、知った顔ともちらほら対面する事もある




「この度はデスクリーンサービスをご利用いただきまして
まことにありがとうございました」


「あ、うん…君あの時はまじゴメ
「気にしておりませんのでお構いなく」




遮るような先輩の言葉に 彼はなんとも言えない笑顔でこたえた


記憶が正しければ彼は、一時期あの聖剣と組んでいたハズ


…二人の間に何かあったのだろうか?




次の場所へ向かう際に訪ねようとして


先輩が営業スマイルを渋面に崩しているのを目の当たりにした




「浮かない顔してますね」


「…次の仕事先、知ってるでしょ?」




ああ、そう言えば次のクライアントは




じゃオレ別のチーム手伝ってくるから三人でがんばれ!
後でなブレアちゃん」


「はーいまた後でね〜」




そそくさとわざとらしくもう一人の先輩が離れて行くが
それも仕方がない事だろう


なんせ僕ら三人が今から行くのは




魔女エルカの住居なのだから







おお?ハサミが殴りこみかと思ったがお前らが掃除屋か!」


ノックもチャイムもする前に、ドアの前へ揃った僕らを迎えたのは


筋骨隆々とした短い黒髪の巨漢だった




「…アイツと仲いいのは知ってたけど、同棲してんのか?」


「いや居候さ、ああ!留守番係だ




魔眼の男・フリー…情報局で魔女と共に
要注意人物としてマークされていた事は記憶に新しいけど




「思ってたよりファンシーニャ内装でカ〜ワイイ♪
今度遊びに来ていーい?」


賑やかになるのは大歓迎だ!
エルカも友達が増えてきっと喜ぶだろう」




魔女と同居、しかも大人しく家でコーヒーすすりながら
留守番している姿は想像さえしなかったな




「一人でいるのはつまらんからな
今度コメディーが見れる映画館とか教えろ」


自力で探せソレぐらい!
大体お前場所教えても絶対迷子になんだろ!」


「オレは迷子になった覚えはないぞ?」


「じゃれ合うより仕事に専念しましょう先輩
客のあなたは別室でお待ちを」


「ハサミとじゃれたはつもりないぞ?ああないさ!
そんなことしたらケガするに決まって、ふんぎゃ!
コケただけで棚粉砕すんな!?てゆかお前不死だろ!!」




相手側のドジによるハプニングはあったものの


研究スペース以外は案外女性らしい部屋はさっくり片付き


帰って来た家主に怒られる狼男を残し
僕らはその場を後にした







…名残惜しくも助っ人としての契約期間終了が迫る翌日




「助っ人なのに覚えも早くて助かるわ!
どうだ今後もここで働いてみないか?特にブレアちゃん!


「ありがたいお誘いですが
僕も死武専生として学業に専念したいので」


「時間が空いてる時とかでいいからさ〜なんだったら
とトレードで交渉してやるぜ特にブレアちゃん!!


「ひっど!先輩ひっど!!」




粗方仕事も終えた道中、もう一人の先輩と
他愛ない談笑を繰り広げていた直後




先輩の妙な叫び声と同時に


僕ら三人は見覚えのない場所で


見覚えのある魔女二人の前に立っていた





「エルカ・フロッグから貴様らの仕事の腕を聞き
魔婆様が依頼をなさると仰られた!有難く賜るように!



「にゃむ」




たった一日の間に広がった魔女ネットワークに驚くべきか


魔法で拉致された事実に驚くべきか悩むより早く




「…事前に予約しろっての
てか、いきなりなんでメマイもろもろが」


くーん!大丈夫〜?」


急な事態に対応しきれず倒れこんだ先輩の
介抱を余儀なくされたのだった







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:去年の短編と同じく今回もサブタイは
イディオム伊訳です


狐魔女:そんな事はどうでもよい!あの男魔婆様の御前で
無様にも倒れこむなど無礼にも程がある!!



ブレア:しょーがニャいわよ〜ブーたんと働いてて
ガマンしてたトコに一気に波長来て調子狂っちゃったんだから


茜:それでも仕事はキチンとこなす辺りは流石だけどね


フリー:ほう!案外骨があるなあの小僧
小うるさいだけのハサミじゃなかったんだな


エルカ:私も帰って来てビックリしたけどね、二つの意味で




読んでいただいて ありがとうございます
2017年もよろしくお願いします!