神社は人混みでごった返していた




「大丈夫ですか?兄上」


「う、うん…なんとか」




人垣を縫って賽銭箱までたどり着き


願掛けを終えて離れた時には


兄上はもう青色吐息の有様だった




ああ、お似合いの青い羽織に近い顔色をして
息も御辛そうで労しい




「やはり人混みで苦痛を…こんな事ならば
私が兄上を担いで移動すべきか」


物理的に不可能な案を口にしないで
気持ちだけ受け取っとくから」




ううむ…兄上の御力になれぬのは
なんとも不甲斐ないが、私とて限界がある


来年は屁怒絽殿のような
強靭な体躯を願ってみるべきだろうか?


いや、やはり家族や友人の息災は欠かせぬものだし…


除夜の鐘を聞いたはずにも関わらず、悩みは尽きぬ




「兄上 急な事ながら明日
煩悩を払うべく滝行へ赴いても」


本当に急だね!?風邪ひくし止めて」




近隣に滝もないから、と諌められ


致し方なしに断念する




「そんな落ち込まないでよ…
せっかく初詣来たんだし、おみくじ引きましょ?」


「はい!」







今度こそ兄上を気遣いながら列に並び
二人でみくじを引く




「あら中吉、どうせなら大吉がよかったわ〜
まぁ凶でないだけマシか」


「大吉が出たなら交換しますぞ!」


「いやそれ意味ないから、ってはおみくじどうだった?」


「開けてみます…あ」




開いた紙には、デカデカと大凶の二文字




「…だ、大丈夫だよ!
悪いおみくじは木に結びつけると無効になるから!」


「誠ですか?」


「ほら、あそこに白い紙がいっぱいついた木があるでしょ?
神社の木でなら厄が祓えるからみんなああしてるの」


「なるほど、流石は兄上!




そうと決まれば兄上に厄が被られぬよう
迅速にみくじを木に結ばねば







〜たまの立場逆転もギャグでは鉄板〜







社務所の側にある椅子に腰かけた兄上へ
一礼しみくじを結ぶ木へ突撃


これまた列に並び、大人しく順序を




「お、じゃねぇか」


「む?おお先生か
新年明けましておめでとうございます


「おーおめっとさん」




何やら息を切らした様子の銀八先生が
私の側へとやって来た




「何やら立て込んでおいでのようで」


「よく分かったねーそうなのオレ今すっげぇ立て込んでてさぁ〜
もうヘル×で六回チェンジしたら◯ヤの人が来たくらい
立て込みまくっちゃってんの」


「ヘル×と"まるや"とは何ですか?」


「兄貴に聞いとけ、それよりお前猿飛見なかった?
こっち来たと思うんだが」


「あやめ殿?見ておらぬが」




普段ならば先生を追うあやめ殿を見るのが常なので

逆となるのは珍しい




「あっそ、じゃ見かけたら絶対知らせろよ?
むしろ捕まえてオレんトコ引き渡せよ絶対だからなちゃあん?


「わ、わかり申した」




般若のような形相で詰め寄られ


頷いた私に満足してか、先生は去った




…しかし半纏に寝巻きらしき姿で
辺りを駆け回って寒くはないのだろうか?




「とにかく今はみくじを結んで、兄上の元へ戻らねば」







先生との問答の合間も列は進み


あと数人が終われば私の番が回って




「もぶっ!?」




唐突に横合いから誰かがぶつかり


列からはじき飛ばされてたたらを踏む




「あ、ごめんなさ…何だじゃない」


「あやめ殿、明けましておめでとうございます…
先生が探していたぞ?」


「明けましておめでとう、知ってるわ」


「何かあったのか?」


「知りたい?」




首を縦に振れば、あやめ殿は長い髪をはさりと掻き分け




「そう!これは先生と私との愛の逃避行!
言うなれば姫はじ「言わせません!
「兄上姫はじ「忘れて頼むから!」







私の様子を案じてわざわざ赴いてくださるとは
やはり兄上は優しい




「それで猿飛さん、何でまた先生から
追われる身になっているんです?」


「コレを見れば分かるわ」




嬉しげに微笑んで、あやめ殿は
女人らしい冬の装いの懐から


いくつかの写真を取り出した




そこには…先生の色々な姿が映っていた




「何やらだらしない状態ばかりだ、年の初めくらい
キチンとせねばいかぬのに」


問題そこじゃないでしょ!
猿飛さんこれ盗撮じゃないの!?」


「ありのままの先生を愛をもって
影ながらメモリーに納めたと言って頂戴」


盗撮じゃん!要約すると盗撮じゃん!
歪んだ愛による純然たる盗撮じゃん!」





愛とは業が深いな…あ




「裸の姿まであるのは
流石に破廉恥が過ぎると思うのだが」


「そこがいいんじゃないの
アナタもよーく見ておきなさい後学のために」


人の妹に汚いもん見せようとすんな!
てかその写真しまわないと間違いなく逮捕されますよアナタ!!」


「アンタだって同じものついてるじゃない
ちなみに銀さんの実物は私のだから
「いいから写真しまえ!!」




顔を真っ赤にして怒鳴る兄上も珍しい


まるで新八か十四郎殿が乗り移ったかのようだが

そうなると血圧が心配だ




「落ち着いてくだされ兄上」


「…うん、僕が取り乱した原因の半分は
君なんだけどね?でもありがと」


「わかったわ、あんまり見せて先生に魅了されても困るし
お子様には刺激が強いモノもあるからね」


「アレよりまだアウトな写真があったの!?
そりゃ追われるわ!」





教師としても人としても恥じ入るべき姿を写されたから
あれだけ必死に追っていたのか 合点がいった


写真をしまい直し、あやめ殿は続ける




「先生も恥ずかしがり屋で、私の愛のメモリーを
消して欲しいって言うのよ」


「当たり前でしょ、そんな写真流出したら
教師としても人としてもアウトです」


「だからこうして逃げてるのよ」




きっぱり言い切ったあやめ殿は
頬に手を当て、顔を赤らめる




「追いかけるのもいいけど、たまには追われるのも
悪くないわ…あんな情熱的な先生もゾクゾクしちゃう


「思いのほか満喫してらっしゃる!」


「だから私を捕まえたり邪魔しようとするなら
アナタ達でも容赦しないわ」


「いや私はどうでも」


いい、と言いかけた所で




いやがったあぁぁ!
おいピーマン兄妹そこのバカ捕まえろ!!」





さっき別れたばかりの先生が叫びながら
こちらに全力疾走してくる


同時にあやめ殿も走り出す




「見つかっちゃった♪じゃあね


「うぬ、しからばあやめ殿また学校で」


「見送んなぁぁ!捕まえろって約束しただろテメエ!!」




あ、そうだった忘れてた




「何よ、やっぱりアナタも敵なのね」


「すまぬあやめ殿…すまぬ…」


「僕は邪魔になるといけないから先に帰ってるね?
それじゃ」


「テメエも働けピーマン兄貴!」


「嫌です」




しまった!兄上をお一人で帰らせるわけには…
しかし…!




私の心中を悟ったのか


追いついてきた先生はあやめ殿と対峙する
私へこう言ってくださった




「兄貴は今から送り届けっから、お前は
猿飛捕獲に専念しろ!」


「…心得た!」


「了承しちゃったよこの子!」




向き直り、早くも駆け去ろうとする
あやめ殿の背へ追いすがる




「どうして先生でなくアナタが追ってくるのよ!
てゆうか先生直々に命令されるとか新年早々ズルいわよ


「成り行き故致し方なかろう、写真を返せば
先生も許してくださるかと思うが」


「先生におしおき…それも悪くないけど
まだまだ愛の逃避行に浸っていたいから却下!
私を捕まえたいなら先生を連れてくることね!!




く…何故に私は兄上と帰り路を歩めず
級友を追わねばならぬのか




「おのれ先生」







振袖を辞して特別誂えの作務衣で出たことが
功を奏したか、今の所あやめ殿に逃げ切られてはいない


しかし一向に距離が縮まらぬ以上

逃げられるのも時間の問題…おお!




「もしやそこにおられるのは保健医殿か?
明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとう…て君らは一体何をしてるんだ
「話は後です!あやめ殿を止めてくだされ!」はぁ!?




都合よく向こうの通りにいた保健医殿へ
呼びかけ、足止めを頼む




「邪魔よ!どきなさい!」


「退けも何も君が勝手に僕の方へ走ってき…
うわっ!何をする!


おお!切り餅をクナイのごとく投擲
相手を退かせるとは中々の手練


しかし、今のやり取りで僅かながらだが
足が止まった分 距離が縮まった




「教師に餅を投げるとは何事だ!
これだから3Zの生徒は…っと!


「感謝いたす保健医殿!」




戸惑う保健医殿の脇をすり抜け


間近に迫ったあやめ殿へ手を伸ばす




「させないわ!」




振り向きざまに餅の連撃を浴びせられる


が、すんでで避け…あ


「ぎゃああちゃん退いて!」


「マダオ殿っ…!」




避けた先に、荷物を運ぶマダオ殿がいた




「これでトドメよ!」




更に追い討ちであやめ殿が餅を投げる


万事休すか、南無三―







「これを使え!」




声と共に投げ入れられた何かを受け取る


それが箒だと理解した瞬間、私の身体は
既に行動を終わらせていた




「はっ!」


「ぶきゃあぁっ!?」




一払いで飛びくる餅もマダオ殿も一切合切なぎ散らし


続く餅の投擲も全て弾いてあやめ殿を捕まえた




「私の負けね…やるじゃない


「いや、あやめ殿も見事な腕前だっ」




言い切る前に、強い衝撃が頭を襲う




意識が途切れる前に見えたのは




「ちょ、ちょっと!?えっ!?」


戸惑うあやめ殿と駆け寄る先生にマダオ殿


そして目の前に転がる―




切り餅の流れ弾が当たって落ちてきたらしい
猿の看板だけだった





ああ…これが、厄か…







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:まさかの追われるさっちゃんと安定と
信頼のオチでお送りしました


伊東:去年も3Zだったじゃないか


銀八:ネタが尽きたんじゃね?てゆうか
オレのせいじゃねぇだろコレどう考えても


狐狗狸:いや追っかけさせてるのはアナタです
というよりあの餅はどこから…


さっちゃん:先生と食べるために持参したのよ
勿論あの後先生の愛のお説教を受けた後に回収したわ


狐狗狸:年を越してもぶれませんなアナタは




読んでいただいて ありがとうございます
2016年もよろしくお願いします!