敷かれた畳と襖に障子、そして木と土と和紙で
伝統的に汲み上げられた室内に


お茶をたしなむ茶道部の人々が

必要とする動きが起こす、僅かな音と
声の他に聞こえてくるものは


僅かな風の唸りと 木の葉のさざめきのみ







…校舎でどれ程の大惨事が日常的に
引き起こされていようとも


また、それで何人の生徒が犠牲となろうとも





外界と隔離された和室は 静寂そのもの







戦いにおいての「静める気持ち」と古来からの
礼節を学び、茶の間の空気を味わう茶道において


物理的にも精神的にもそれは、当然の姿だけれど





「…あら?さん、どうかしたの?」


「いえ あの…お気になさらないで下さい」





訊ねてくださったミヅキさんへ余計なご迷惑を
かけないよう、努めて笑顔で振舞うけれど





時折 校内でどなたかが妖怪に襲われたり

何らかの事故に巻き込まれていないか


或いは知っている方…例えばさんが
何か大変なことを引き起こしていないか


それによって傷ついたりしていないか


漠然とした不安に、駆られてしまうことがある











〜委員長は心配性〜











「もしかして…知り合いがケガをしてないか
気になった、とか?」





言い当てられ ドキリと心臓が跳ね上がる





「ど、どうしてお分かりに…?」


「親友にもいるの
とても優しくて、誰かのことを心配ばっかりしてる女の子が」





柔らかな眼差しと笑みに、益々顔が熱くなる





「ご…ごめんなさい、部活動中に外のことを
考えてはいけないと教えられているのに…」





頭を下げる私へ 顧問のウスベニ先生は
静かに微笑んで答える





「いいのですよさん あなたのその優しさは
他の方にも十分伝わっておりますから」


「そーよ、それにさんは茶道部にもキチン
顔を出してるもの」


「それに保健委員としても頑張ってるし」


「いえ、そんな褒められるような事では…」


「謙遜しちゃって 巷じゃ次の委員長は
さんかもって言われてるんだよ?」


「そんな、私なんかが委員長だなんて…」


ああ…この場から消えてしまいたい…







人を傷つけるよりも、人を癒したくて
保健委員を立候補しただけなのに





知り合いの方やさんは一様に


一番私にピッタリの委員会だ、とか


真面目だから委員長の座も近いだなんて
恐れ多いことを仰られる





部活動についても、同じことが言える





吹奏楽部もそろそろ大会に向けて、活動が
忙しくなりつつはあるけれども


時間が許す限りはキチンと茶道部にも
足を向けようとしているだけで


いたって、当たり前の事なのだから





なのに皆様にご迷惑をかけておきながら
お褒め頂くなんて…



メガネごと顔を手で覆いながら俯いていると





ふいに襖がガラリと開く







姉上!これ忘れてましたよ!!」


『ま、マサオミさん!?』





思ってもいなかった相手が現れ、私達
茶道部の生徒全員の声が唱和する


けれどもウスベニ先生は姿勢を崩さぬまま
彼へ向き直り、静かに言う





こらガシン いきなり襖を開けるとは
何事ですか、皆さん驚くでしょう?」


「ご、ゴメンなさい姉上…」


「せめて入る前には声をかけなさい
お行儀が悪いですよ?」


「…じゃなくてあの、忘れ物を届けに来ただけなんだけど」





困ったように眉を下げるマサオミさんが
高々と差し出したのは…いくつかの茶巾





それは私達全員にも見覚えがあった


普段、点てられたお茶をたしなんだ後片付けの際

茶碗を拭くために使用しているから





あらいけない!私ったら…
届けてくれてありがとうガシン」


「姉上はうっかりしてるから…でもま、そこが
いい所なんだけどさ〜」


ニコニコと微笑みながら茶巾を渡し





ぐるりと室内を見回して、マサオミさんは言う





「茶道部の部室って初めて見たけど
結構 本格的なんだねー、ビックリしちゃった」


「よかったら見学していったら?ガシン」


「え、いいの?





言って彼は先生と私達とを交互に見比べるけど





「先生がそう仰るのでしたら、私達に異論はありませんわ」





ミヅキさんのその言葉が示す通り


茶を楽しんでもらう心があるなら、どんな方でも
拒まないのが茶道部の基本理念だから





「それじゃあ、あなたはお客様だから
入り口から二番目に側の席に座「ええ〜?」


ま…マサオミさん?





「どうせなら姉上のお手前、だっけ?を間近で
見たいなぁーこんなチャンス滅多にないし」


「…仕方ないわね ミヅキさんとさん
悪いけれど少し間を空けてもらえるかしら?」


「「は、はい」」







左右に詰めて空いた一人分の空間に





「やーごめんね二人とも、迷惑かけて」


謝りながらも笑顔で、マサオミさんが着席する





「気にしないで下さい お客様なんですし」


「そ…そうです、それに茶道部の活動を
体験していただくいい機会なんですから」


「そう言ってもらえると助かるよ…所で
その柄杓って何に使うの?」





釜の上の茶杓を指しての問いに、一瞬
室内の空気が固まったのが分かった









…とても静かな普段の茶室に


興味津々なマサオミさんの声
とても賑やかに響き渡って





「それにしてもちゃんの正座って
すっごいキレーだね、ピシッとしてて」


「さ、茶道は礼節を学ぶ部活ですから…それに
ウスベニ先生のご教授が素晴らしいですし」


「あら、私はやり方をほんの少し教えただけよ」


「ほえーそれでそんなみんな、長い時間
ずーっと正座できるんだ〜スゴイなー





既に足を崩し、辺りを見回しながら
先生や私達へ質問を繰り返す





「にしてもここって静かで眠くなりそうだね?
BGMにロックとか流せばいいのに」





そんな彼を他の部員の方々は奇異の混じった
眼差しで見つめ始めていて


何だかひどく、心が落ち着かない







…いつもならば"マサオミさんが隣にいる"

という状況の緊張だけなんだけど


今はそれに"何かが起こるかもしれない"
言わんばかりの不安が上乗せされている





肌がほんのちょっとピリッとするような


……さっきみたく感じた、外の出来事への
漠然とした不安の想像みたいな







ぷはー、結構なお手前でした!
苦いお茶と和菓子って合うんだね姉上!」


「大声まで出して…礼儀正しくなさい
はしたないですよガシン」


「う…ゴメンなさい」





それでも ウスベニ先生を前にしたマサオミさんの姿は


いつもの格好よくて不敵な様子からは

ちょっと想像が出来ないくらい大人しく





小さな子供みたいだな…なんて失礼ながらも
考えていたら顔に出てたみたいで





「…ショック、ちゃんにまで笑われた」


「え、ごごごゴメンなさい!


ガックリと落ち込ませてしまった





「ほらほらガシン、しゃんとしなさい
さんだって困っていらっしゃるでしょう?」





楽しそうな先生へ弁解の言葉を述べようとして







「入るぞ」


低い声と共にスパン!と襖が開き

タイザン先生が姿を現す





「あらタイザン、どうかしたの?」


「どうかしたも何も…こんな時刻にも関わらず
まだ生徒達を帰していないのか?」





全員で急いで携帯や障子を開けて確認すれば


とっくに他の部活動は終わり 全員が
寮へ戻らないといけない時間を示していた






まぁ大変!楽しい時間が経つのは早いって
言うけれど本当ね」


いやそういう問題じゃありませんから!
皆で手分けして、すぐに片付けをしましょう」


『はい!』







茶器や道具を決められた所作で納めていると





肩を叩かれ 振り返るとタイザン先生が
沈痛な面持ちでこちらを見ていた





「それと、お前の式神のは職員室で
厳罰注意の真っ最中だ…部活動が終わり次第
さっさと連れ帰るように」


「はい、すみませんいつもご迷惑をおかけして」





頭を下げ謝る私の隣に、肩を叩いて





ちゃんのせいじゃないよ、てゆかタイザン
第三学年が担当のクセになーに威張ってんだよ」


「喧しいガシン 私とて勝手に高学年に
借り出されて迷惑しているんだ」







タイザン先生と向き合ったマサオミさんが
とても不穏な火花を散らした…様な気がして





「あ、あのお二人とも「二人とも?ケンカはいけませんよ?」


おずおずとかけた声を凛と遮り


こちらへ…正確にはお二人へ微笑みかける
ウスベニ先生の姿を見て





「「すみませんでした」」





お二人は ほとんど同時に謝っていた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:サブタイ通りに行こう、と奮闘してみたけど
…「心配性」の部分しか合ってないよねきっと


マサオミ:ぶっちゃけ最後のタイザンいらないじゃん
何で出てきたのさ?つーか帰れ!


タイザン:お前とて忘れ物を届け終わった時点
帰るべきだろうが!


狐狗狸:あーそこケンカしない…ったく
ウスベニさんにお説教されても知らんぞ


ウスベニ:言われてみれば、タイザンは第三学年
学年主任のハズなのに こちらではちょくちょく
高学年の授業を行っているわね


狐狗狸:…設定上はそうなんですが、教職の
人手不足やら何やらで 借り出されるようです


マサオミ:てーかキチンと設定読んでなかった
アンタの致命的ミスって言っちゃえばいいのに


タイザン:捏造だけに飽き足らず、取り決めた
設定まで捻じ曲げるとは…その厚顔無恥さには
もはや恐れ入るしかないな


狐狗狸:ご…ごめんなさい…(リアルorz)


ウスベニ:二人とも、この人に悪気は無いんだから
そのくらいにしておきなさい




完全に担当学年の設定を失念して、ぽこぽこ
タイザンさん出してた私のミスですスイマセンでした


あと正式にウスベニさん出したの…多分初なんで
口調とか間違ってたらスイマセン




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!