規則正しく並ぶ机も椅子も無いその部屋を
差し込む夕日が染め上げる





黄金というより朱に近しいその色は


まるであの時散った、赤の毒々しさを思わせる





そう……全てはこの場所で起こり

皮肉にもこの場所で終わった


或いは"終わらせた"と言った方が
正しいかもしれないけれども







「あれ…どこだろう、ここ」





廊下から声が聞こえて、顔を向けたあたしと





「そこにいるのは…?」


一人の男の子の視線がかち合う





まだ幼いながらも才気を秘めるその生徒は
一番下の学年でありながら学園内で知名度が高く


また、あたしの以前の契約者と
仲がよい事も聞いているから…顔は知っていた





太刀花 リク、だったかしら…アンタ
こんな所に何しに来たの?」


「えっ…どこかでお会いしました?」


「直接は無いけれど…アンタは有名だし
それに話くらいは聞いてるかと思ってね」


…ですか?」


思い至らないと言いたげに相手は首を傾げるばかり







あの子の名を出せば、もしかしたら
分かるのかもしれないけれども





あの時の一件も知らず縁も浅いこの子では


不用意にあたしの名前を あの子の前で
漏らしてしまうかもしれないから





「まあいいわ、とりあえず初対面ってことで

あたしは光明の 第七学年で
制服が示す通り同じ天流クラスの生徒よ」





敢えて告げずに自らの名だけを口にする











〜誰もいない教室〜











初めまして、と礼儀正しく返事をする
リクの背後から半透明の式神が姿を現す


式神の生徒って…アイツみたいに
降神しっぱなしで授業受けてんのか?』


「…今は闘神符とかで気力を保って顕現してるわ
それよりアンタ、初対面なら自己紹介ぐらいなさい」


『うっうっせーな オレは白虎のコゲンタ
ここにいるリクの式神だ!文句あっか!!』






白虎と契約する闘神士として有名な相手を
生徒と教師とでそれぞれ知っているけれど

どちらも相応の落ち着きくらいは持っていた





「…無闇に相手に噛み付くもんじゃないわよ
若いからといって自らの力に慢心しないように」


『お前だってオレと対して変わんねぇだろ!』


「人の助言はキチンと聞いておきなさい
あと目上は敬う!アンタの闘神士を見習ったら?」


ピシャリと言い切れば白虎は顔を歪めて押し黙る





溜息を一つつき、あたしは闘神士へと問う





「それで?
あたしの問いにまだ答えが返されてないんだけど」


「あ、あの…案内をしてたんですけど
まだ校内に慣れてなくて迷っちゃって…」


「案内?」


続けて訊ねれば、リクは顔を廊下の死角側に向け


程なくそこから一人の生徒が現れる





「あら、アンタは見かけない顔ね」


「……ウツホといいます」





短く返し、頭を下げるその顔色は不自然に白い


どこか頼りない足取りや細すぎる外見も

不健康そうな雰囲気を助長しているように見える





「そう言えばアンタの名前、学内筆記で首席に
いつも見かけるわ…こうして会うのは始めてね」


「勉強は得意なんです…ほとんど病院で
過ごす事が多いから」


「そう…今の体調は、問題ないの?





弱々しくも確かな笑みが 返答として返される


「ええ、久々によくなったので…せめて
校内だけでも見てみたいと思いまして」





引き継ぐようにリクとコゲンタも口を開く


「ウツホ君は病気がちだから、学校に来れても
すぐに帰ることが多いんです」


『だから声をかけられて リクが校内を
案内するって事になったんだよ』





彼らの置かれた現状には、それで納得が行った





元よりこの学園は階も教室も多く広いけど

慣れれば主要教室の大まかな場所ぐらいは分かるから


入ったばかりの新入生か 後は一部の
特殊な生徒くらいしか迷いようが無い





「なるほどね…そういう事なら、少しだけ
案内に付き合いましょうか?」


「えっ…いいんですか?」


いいのよ、どうせ特に何もしていなかったし」





それに今日の曜日と時間帯ならば…あの子
もう自宅に帰っているだろう





「僕は…特に反対しないよ」


「じゃあ、お願いできますか?さん





おずおずとこちらを見る新入生二人組へ


「ええ…いいわよ」





あたしは勤めて柔らかく笑んでみせた







そうして あたし達三人はウツホの身体の具合を
確かめながら、校内の大まかな施設を示して回る







「あの角を曲がれば図書室に直通しているわ

ここの蔵書には貴重な巻物や希少価値の高い書籍も
多いから 管理も割りと厳しいのよ?」


大きな所ですね…病気が治ったら一度来てみたい」


「そうだね 何か読みたいものがあったら
遠慮なく言ってね、借りてきて差し入れに行くから」





会話を弾ませながら 人も式も疎らな校内を歩く





今日は、幸いながら妖怪の気配は無い







「あと見る所は体育館と…食堂くらいかしらね
それまでそっちの都合は大丈夫そう?」


「ええ、あの…さん
さっきから気になってたんですけど」


「何か聞きたいのかしら?」


「はい お会いしたあの教室…
どうして机と椅子が無かったんですか?


「………使われてないからよ」


「どうしてですか?」





どう答えるか、逡巡している僅かな合間に







「僕…一度だけ聞いた事があります」





ウツホが答えとなる一言を滑り込ませた





「前に、ある教室で事件があって…
その場所が 使用禁止になったって」


「…そう、あの教室は"空白の教室"として
この学園じゃ広く知れ渡ってるわ」


「"空白の教室"って…あの、七不思議の?」





短く頷いたのは、皮肉にもそちらの方が
知名度は高いと知っていたから





『あの場所がそうだったのか…

ん?じゃあ 何だってはんなトコに
一人で佇んでたんだよ?』


「あの場所にはね…思い出があるの
七不思議に加えられた一件にまつわる、ね





溜息をついて、訝しげな三人の顔を
代わる代わる眺めて口を開く





「聞きたいなら…昔話をしてあげましょうか
但し、他言無用を約束してちょうだい


彼らは……首を縦に振った









現在でこそ天流・地流・神流クラスは

"流派や学年間の境なく仲良く過ごす"
学園本来の理念を取り戻しているけれど


…少し前まで地流と神流の間には


大きな、埋めきれない溝があった





『そうなった原因は…一体何なんだ?』


両クラスの合間で起きた諍いだそうよ
正確な所は、当事者で無いから分からないけど」







天流は蚊帳の外をいい事に大多数が
両者の対立を傍観していた





…けれど、それが間違いだと感じる者は
少ないけれども当然いた

天流と 勿論対立する地流・神流にも





「それも…聞いた事があります

対立を収めようとして余計に起こった争いが
あの学園で、いくつかあったと」


「そうね…まさに余計な争いだった」


『……巻き込まれた事があんのか?』


「知っているだけよ」







結果として巻き込まれ戦わざるを得なくなった
以前の契約者と 地流の友がいた事を





ソレを庇い、事件を公からも伏す身代わりとして

天流の……あの子達の最大の友


三人の友情と共にその場から消えた顛末も







「それで…対立していたクラスはどうやって
その争いを…鎮めたのですか?」





不安げに問うリクへあたしは答えを返す


「少数だった和平派は、諦めてなかったのよ」







一件の後も尚 対立を激化させる両クラス同様


時を経ながらも和平を目指した少数の者達は
各自・幾つかの集団で個々に動きながらも

水面下で徐々に勢力を増していた





「取り分け、現生徒会長の吉川 ヤクモなんかは
その争いを収める為に筆頭で動いてた」


その活躍ぶりは、少数の同士達にどれだけ
勇気と原動力を与えたか分からない





「あたしの元の闘神士も、彼に共感して
和平の為に色々と行動していたわ」





彼の力となる為に 付き合いを断念していた
かつての友とさえ手を組んで行動していたから





「着実にその目論見は成功し…二つのクラスの
確執が取り払われる目前で、事件が起きたわ





沈黙する彼らへ淡々と事件を取り上げる


その内の一つは…もちろんあの"空白の教室"で
引き起こされた出来事


「そこでは和平に動いてた契約者と地流の友とが
会話をしている現場を押さえられた」








大勢によるヒドい私刑が施行されかけ


止めるのも聞かず友が反撃し…沢山の血と
悲鳴と怒号が教室を埋めた





性質が悪い事に闘神巫女科や陰陽師科からの
人材や入れ知恵も引っ張り出され


呪いや妖怪なんかも介入して、教師数人でないと
手がつけられないまでの大惨事に発展した






「その混乱に乗じて…あたしは二人を逃がし

責任を取る形で契約を切った





嘘ではないけど、契約を切った理由はもう一つある


…ちょうどその頃 "掟"による契約満了が

あの子との別れが迫っていた





『符などで出来うる限り契約期間は延ばすけれど
それでも、契約は短いと思ってください』





あの一件で傷ついたあの子を

あたしがそれ以上傷つけるわけには行かない








「それでさんは…一人になったんですか?」


「ええ、元の世界に戻されるとその時は
覚悟してたけど…情状酌量があったみたいで
あたしも二人も お咎めが軽く済んたみたい」


「そんな事件が、どうして七不思議に?」


「簡単な事よ 学園側は事件を公にしたくない
でも生徒の口に戸は立てられないまま

…時が経つうちに怪異へ姿を変えた」





そこまで語れば、彼らは一様に黙って頭を垂れた









「……長々と暗い話をして悪かったわ

昔の話はコレでおしまい さ、行きましょう







居たたまれない空気を払拭するべく
明るい声音で、彼らを先へと導くように歩くが

二人はその場を動かず…沈黙を余儀なくされる







薄い夕闇が忍び込んだ廊下に、ようやく
顔を上げたリクの声が響く





「…あの、さん」


「何かしら?」


「僕らはその争いの事を何も知らなかったけど…

話を聞いて、同じ事が起こらないように
努力したいと思いました






真剣な瞳と声音に釣られるように、ウツホも続く





「僕も…出来る限りの事はしたいと思ったので」


「「……教えてくれて、ありがとうございます」」





優しさと素直な心が成した二人の決意が


あの頃 他に何も出来なかったあたし
慰めてくれたような気がして





胸の裡で泣きながら…そう、とだけ呟いた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:どうもが主になると、シリアスにしか
傾きようが無いですね(苦笑)


ウツホ:あの…出してくれて嬉しいんですけど
僕の口調は、これでいいんですか?


狐狗狸:復活後とどっちにするか悩んだんですが
お見舞いに来る知り合いもいそうだし、設定から
鑑みた結果 復活前のキャラベースで行く事にしました


リク:学園の七不思議って…全部実際に起こった
事件が出てきたりするんですか?


狐狗狸:そうでもないけど大半はどっかに由来があるね

そもそも七不思議の派生は生徒間での口伝からだし
前の七不思議が別のに摩り替わってもフシギじゃない


コゲンタ:つかよ、そんなに色々事件が起きてたら
流石に警察ざたになったりしねーか?


狐狗狸:ただでさえ学校は特殊な環境な上、この
学パラの設定が既に特異だからねー


よっぽどの大事件や隠しきれない件以外は
内密に処理されるんじゃないかと
(生徒の退学やら管理責任者の首切りとかで)


ウツホ:ちょっと怖いですね…学校って




残る怪談についても、話書きたいかなー(止めとけ)




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!