書類の束を抱え、教室まで歩く最中


足を止めないままでムツキ先生は言う





「申し訳ありませんねさん
教材を運んでいただいて」


「構いません お役に立てるのでしたら」


「そうですか、助かります」





ハッキリとした発音で言い切って

会話はそこでふつり、途切れる







この人は学園の先生方の中でも物静かな部類に入る


口数もさることながら、表情も滅多に
喜怒哀楽の感情が浮かばない





一部の隙も無く着込んだスーツと相まって


教鞭を振るうよりも デスクに座り


キーボードを叩きながら沢山の書類を
整理する方が向いているように見えてしまう





…何だか申し訳ないとは思うけれども





「いかが致しましたか?」


「あ、いいえ 何でもありません先生」





そうですか、と再び返すその表情が
どこか柔らかく見えた気がしたのは


…私の気のせいなのかしら?











〜コンプレックスのひとつやふたつ〜











――――――――――――――――――――





自分でも、正直不思議だと言わざるを得ない





今時の若者…特に女性は騒がしく
何を考えているか分からぬ部分が多過ぎる





通常の学業では高校や大学と言った辺りに
該当するであろう高学年の者でも


社会人となる自覚や将来への展望よりも


目先の欲や怠惰にかまける不真面目な生徒
年を追って増加している







…無論、真面目に勉学に励む者や


将来を見据え 自らの個性を磨く
勤勉な生徒も少数ながら存在する





だがそれでも教職を務める自分は

彼らを支え、時に導きはしても


あくまで一生徒に必要以上の干渉はせず
厳しく見守る存在であるべきだ






……なのに何故 一回りほど年の離れた
彼女を"意識"してしまうのだろうか







「扉は私が開けますね?先生」


「はい、お願いします」





たったこれだけのごく普通の会話でさえ


ほんの僅か、心が浮き立つような
焦燥感に駆られてしまう


……何をバカなことを





教材を置きつつ教壇へ立ち


所々欠けた席と、机に並ぶ見慣れた
やや不機嫌そうな顔ぶれを見回して


開いた出席簿の名前の順に点呼を取る







「― 


「はい」





折り目正しく、ハキハキとした受け答えに


安堵と…やはり焦燥が一瞬胸を満たす







―――――――――――――――――――







理路整然とまとまった口頭での説明と


几帳面なまでに黒板に記された
図を交えた授業内容をノートに取りつつ思う





「…やっぱりムツキ先生の授業って
分かりやすく教えてくれてるわ」





他のクラスの人や子達は社会の授業を

とりわけ公民を嫌っているみたい







"なんつーか、経済だの何だの分かり辛ぇんだよ
むしろよく理解出来るなそんなの"


"あの先生 質問すると聞いた所以上
色々説明してくるから、聞いてて頭の中
ゴチャゴチャに絡んでくるんですよ〜"





…確かに他の授業と比べて
少しとっつき辛い部分があるかもしれない





それでも先生は比較的、理解しやすいように
工夫して教えてくれていて


しっかり取り組めば 案外すんなりと
知識を取り込むことが出来るし


どんな質問に対してもムツキ先生は
真剣かつ微細にキチンと答えを返してくれる





でも、その熱意はあまり他の人に伝わってなくて





こっそり周囲を見ても 隠れて携帯を
弄っていたり寝ている人があちこちにいる







「…どうして伝わらないのかしら」


ため息混じりに小声で呟くと





何か仰いましたか?さん」





聞こえてしまったみたいで、先生が
眼鏡越しに訝しげな視線を送ってきた


少し自分の迂闊さに後悔しつつ


咄嗟に気になったポイントを質問する





「いえ、あの先程の憲法の部分について
少しお伺いしたい所があるのですけれど…」


「なるほど、どの条例についてですか?」





キラリ、と眼を輝かせ 最近改正された
条例や質問した条例の使用例などを

事細かに解説する先生の言葉に頷き


白いノートはあっという間に
文章の羅列で埋め尽くされていく





…やっぱりムツキ先生は真面目で博学だわ







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髪の色や整った相貌などは、この学園で
さして珍しいモノでもなく





高い実力も"養子"である事実も


取り立てて彼女を"大勢の生徒達"から
浮かび上がらせる事柄になりえなかった





(やはり……彼女自身の性格、なのだろうか?)







温厚で礼儀正しく、争いを好まぬ性質で


委員会に無所属ながらも、校内のボランティア
活動には積極的に参加する姿勢を見せ


演劇部の部長として劇団員をまとめる傍ら

自ら出演者達の服を仕立て繕ったりもする





そんな人の良さと別に、時には
相手を諭す厳しさも持ち合わせており


加えてどこか周囲を和ませる雰囲気を醸し出し


流派や学年、性別や種族に対しても
正に分け隔てナシに接することが出来る





だからかさんの人望は


入学してから現在において尚、厚いようだ







「…質問は以上でよろしいですか?」


はい ご丁寧な説明ありがとうございます」





着席したまま小さく礼をされ


微量ながら体温が上がる錯覚に囚われたので
振り払うように授業内容へ戻る





本当に どうかしているとしか言いようが無い


成績優秀で問題の無い、礼儀正しい一生徒を

必要以上に意識してどうするというのだ





……いや 彼女とて完璧なワケではない





第三学年に在籍している弟は半ば
"問題児"として危険視されつつあり


教師陣のみならず生徒の大半も彼を避けている





何より という生徒を語る上で
欠かせない事柄と言えば―







授業終了のチャイムが鳴り


他の生徒達がワイワイと騒ぎ始める最中





彼女は教科書や筆記用具類を整理して仕舞い
すっくと席を立ち 教室を出る





「あら、さんどこ行くの?」





訊ねる女生徒へ笑みを浮かべて


あの子がまた迷子になっていないか
少し心配だから、見に行くつもりなの」





さらりと答えられたその一言に


問うた相手が微妙な表情をしたのも
無理からぬことであろう







ただ一人へ向ける 度を越した"愛情"こそ


さんの真骨頂かつ、彼女を
語る上に欠かせない"問題点"







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不安が告げた通り、やっぱり
教室から離れた場所で迷っていた





「よかった あの男が来る前に見つけられて」


ほっと息をつきつつ、離れないように
しっかり手を握って教室へと導く





「毎回悪ぃとは思うけどよ…ガキじゃあるまいし
止めてくれよ、こーいうの」


「だって手を離したらまた迷子になるから
こうしておけば 安全でしょう?」


「うー…否定出来ねぇ…」





困ったように眉をしかめる様子が
相変わらず可愛いくて、頭を撫でる





「余計なお節介だと思うかもしれないけど
どうしても気になっちゃうの…ゴメンね


別に謝んなよ…分かってるからソレぐらい」





ふっと笑いかけてくれるその笑みと
優しさに、私はいつも救われる







勝手な期待と一方的な愛情をこの子は
キチンと受け取ってくれてる


恨まれても仕方ない仕打ちを行ったにも関わらず


は前と変わらず、接してくれる





だからこそ…この子が幸せに過ごせるよう
一生をかけて見守りたいと決意した






…こんな想いはそれこそ不必要かも知れないけど


私に出来る事は、昔も今もコレくらいだから







けれど照れた様子に根負けして
階段を上がる合間のみ手を離した


その僅かな隙にが視界から消えた







「まだ遠くへは行ってないハズ…!」





慌てて辺りへ足を勧めていると

ムツキ先生と、廊下でぶつかりかけた





「あ…ゴメンなさい


「あなたが前方不注意を起こすとは
珍しいこともあったモノですね」


「あの…あの子を見かけませんでした?」





先生は普段と変わらぬ調子で、答える





「先程少し横をフラフラと通っていたと思います
急げば 恐らく間に合うでしょう」


「ありがとうございます!」







礼をして横を過ぎようとした瞬間





「節度を持ってなら…甘やかす事に甘えるのも
悪いことではありませんよ」


小さな溜息と同時にそう呟いたのが聞こえた





え…?あの、先生それはどういう…」





訊ねても 先生は振り向かずに先へ進んだので


疑問に思いつつも私は、あの子を追って踏み出した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:マドカちゃんが在学してるかは不明ですが
ムツキ先生で書いてみちゃいました


ムツキ:本当に 物好きですねアナタも


狐狗狸:自分でもそう思います、でも今回のは
生徒ってより先生視点で書きたかったんです


ムツキ:断っておきますが私は決して教師として
あるまじき行いをしているつもりはありませんので


狐狗狸:いやそれぐらい分かってますって
もー本当に真面目だなぁ、この人は…


ムツキ:いけませんか?


狐狗狸:いえ、全然




今更過ぎますが、学パラでも相手が
偏りがち&意識してんだか何だか…でスイマセン




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!