あの時のアイツの中には…
同じ「正義」があったんだろうか









〜rest a false〜








薄蒼い空気を白く照らし始めた太陽は

四角い形に歪んでいた


吐く息はハッキリと白く
辺りの気温の低さをより強調している





旅の途中で辿りついたのだろうその街は


古惚けた並びと遠くから聞こえる
鳥の鳴き声が冴え渡る時間にも関わらず


あちらこちらに露天や通行人を見かける





「ここの人達の活動時間、平均して
結構早いみたいだね」


「特殊な取り決めでもあんのかな?」





軽く言葉を交わしながらアルと二人で
足並み揃えて、前へと進む







……二人?





後ろや周りへ目を配ってみるけれど


見知った相手は、アル一人だ





「どうかした?兄さん」


「いや…何でもない」


呟いて再び歩き出すけれども

微かな違和感が拭えぬまま心に残る





何だろう…何かが、足りない気がする







「これからどうしようか」


「んー、とりあえず情報収集…いや
やっぱまずメシが先かなー」


「野宿を繰り返してやっとついたんだもんね」





アハハ、と軽く笑うアルの声は
普段と変わらない調子だった


…けれども何か違う





「何かこう…お前、最近変な笑い声とか
してなかったっけか?」


「え、僕が?てゆうか変な笑い声って
どんな笑い声だよ」


「って言われても…なんつーかこう
人をバカにしたようなカンジ?


「…大佐じゃないの?」





言われれば確かに奴も笑い声は
(つーか全体的に)腹立つけれど


それとはまたちょっと違うような…







「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
安いよ安いよ!よーく切れるよ!!」



眉を寄せつつ歩いてた横から、威勢のいい
掛け声を浴びせられて足が止まる





首を捻れば そこにはテーブルに並んだ
いくつかの刃物と値札


それと簡易式のふいごやらなんやらを
誂えてある側に座りながら


カナヅチを振るう、店主らしき男





「露天の鍛冶だなんて珍しいですね」


「何作ってんだ?それ」





興味半分で覗き込んだオレ達へ
店主は黄色い歯茎を見せながら言う


「見りゃわかんだろー、ナイフだ」





一瞬 フラッシュバックした視界に


ナイフを手に笑う"女"の姿が見えて―







バシャ!と脈絡なく降りかかった水が
頭から上半身をずぶ濡れにする





「…っまたお前か!


反射的に叫んで振り返るが

そこには、誰の姿も見えなかった







おかしい…本当におかしい





本来なら後ろに、オレをずぶ濡れにした
"誰か"が笑いながら指を差しているハズ





そう考えてしまう自分自身さえも


どうしようもなくおかしかった







「兄さん…さっきから変だよ?どうしたの?





困惑してるアルへ オレは我知らず訊ねていた





「なぁアル…お前は、アイツのことを
覚えてないのか?」


「……アイツって 誰?」







首を傾げる様子が、疑惑を確信に変えた





この世界はおかしい…!





鎧の背後にいつの間にか行き交う
沢山の人達に紛れるように


灰色のロングコートが見えた その瞬間





「兄さん!」


アルの声を背にオレは駆け出していた







縫うように人込みを這い進むけれども





ロングコートの人影はそんなオレを
嘲笑うように離れていく


届かないその灰色に、どうしてか
もどかしさだけが募る





追いかけないと…捕まえないと


消えてしまうんじゃないのか





「おいっ、待てよ!頼むから…」





漠然とした焦りが確実な不安に変わり


灰色が視界から消えかけた時





それは、喪失の恐怖へと変わった









!」







「ウニャア!?」





耳元で聞こえた声に気が付けば


目の前に広がっていたのは、どこかの
草原と底抜けに青い空


身を起こし、荒い息をつくと

風が蒸せるような青臭い匂いを運ぶ





ひどく煩くなる心臓が落ち着くまで


しばらく…呼吸だけを繰り返す






「ニャハハ〜どーしたの?エド
えらく汗びっしょりじゃないの〜」





言いながら横にいたが、タオルを
すっと差し出してくる





「…お前 本当にか?」





思わず言えば、呆れたように目を丸くして
アイツは首を傾げて


「何ソレ、まだ寝ぼけてるんなら
バケツ一杯の牛乳でも浴びせようか?」


「OK疑ったオレがバカだった」





こんな腹の立つかつシャレにならん発言
かます女はコイツだけだと再認識し


見慣れた鎧姿が無いことに気付く





「…そう言えば、アルは?」


「まだ戻ってきてないけど…ちゃんと
エドの所に向かってるから大丈夫だよ」







穏やかな笑みにようやく、さっきまでの
光景が"無意識の見せた幻"だと実感する







「…何かヤな夢でも見たの?」


「なっ何だよイキナリ」


「だってエド、今"ああ夢でよかった"
みたいな顔してたんだもん」


そんな面してたってのか、オレは





「ひょっとしてコワーイ怪物
ウジャウジャいるホラーな夢だったとか?」





ニャハハとシャクに触る笑いを上げて
つついて来る、こんな女がいないだけの現実


それを夢に見て何でオレはあんな慌てたんだ







……全く持って不本意なんでだんまりを
決め込んでいると





不意に空の上に、蒼く染まった街のような
塊がぼんやりと浮かんできた





「おー!スゴイ光景〜!!」


「…珍しいな、こんな所で蜃気楼が見れるなんて」


「何言ってんの〜"冬の蜃気楼"があるじゃない」


はぁ?いー加減な事言ってんじゃねぇぞ」


「おや 確かめもせずにそういう事を
言ってもいいのかな〜」





…いい機会だ、分かったようにニタニタ笑う
己がいかに無知か教えてやろうじゃないか





「蜃気楼ってのは大気中の温度の変化で
風景の実像が一時的に歪む現象だ


それが起こる条件下は大概、気温差が
激しい土地だけであって どの土地でも
見れるもんじゃねーんだよ」







理論立てて分かりやすい原理を説明したのに


の奴は呆れたように半笑いしやがった





「ありゃりゃ夢の無いことで
そんなんじゃ女の子にモテないぞ〜」


何でだよ!
そこは知的って褒めちぎるトコだろ!?」


「知識があるのはいいけど、それを
引き出すタイミングってモンを考えなきゃ」







散々からかうように笑っていたくせに





文句を吐き出すその直前で





「しっかりしなよ…まだ思い出に
浸るには早いよエド?」






真剣な笑みでが言うもんだから

言葉に詰まってしまった







「何じゃそりゃ…どーいう意味だよ」


「ニャハハ、まーとにかくゆっくり休んで
それからアルに会いに行きなね」


こっちに来るんじゃ無かったのか?

問い質したかったのに 急にまぶたが重くなり


耐え切れずに視界を闇に閉ざすと

ふわりと、微かな毛の感触が当る





「…え?」





続けて唇にそっと温かくて柔らかいものが











「っふわ!?」







目を開ければ、今度こそオレは
ベッドの上にいた





同時に引きつるような腹の痛みが襲い


紛れもなく ここが現実の世界だと
文字通り"痛感"する





「何やってんだお前、あんまり暴れると
せっかく塞がった傷が開くぞ」


「うるせぇ…オレだって
好きでやってんじゃねぇよ」


訝しそうにこっちを見るゴリさんと
ライオンさんに、呻きつつ返す





あーくそっ全部夢かよ…オレらしくもねぇ





「どうした…顔が赤いぞ?」


「何でもねぇ メシ調達しに行って来る」





支払いの為の口座引き出し手続きを
ゴリさんに任せて


オレは手近なコートを羽織っただけの姿で
医院を抜け出し 街をうろつく







軍人の姿を警戒しつつ


適当に腹に溜まりそうな非常食の類を
買い込んでいる内に





「…なぁーにが"冬の蜃気楼"だよ」





夢の中の アイツの言葉の意味を知る







小さな民家や商店の唯一つの熱源として

稼動するストーブの上で僅かに景色が歪む


ソレはあたかも"蜃気楼"の起こる空気の
揺らぎに酷似していた





その揺らぎも"蜃気楼"も、そもそもは
光の屈折と錯覚による"紛い物"の光景だ





「でも…それがどうした」





紛い物だったとしても…アイツは
は…オレ達の"仲間"だった


それだけは 本物だと信じて


吐いた白い息と、丸い太陽を見上げた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:長編の終わりがようやく見えたので
やっとこ書けましたエド視点の夢です


エド:何だよコレ…また夢オチか?


狐狗狸:身もフタも無い言い方!?
時系列的に19巻の大怪我のドタバタ辺りで
起こった話的設定なんですよコレっ!


アル:でも夢オチじゃん…しかも僕は
兄さんの見た夢の中でしか出ないし


狐狗狸:……どーせ夢オチですよ性懲りも無く
そこまで苛めるならラスト短編に出すの
止めよかなー二人とも


二人:ええっ!?まだあったの!!?


狐狗狸:……(涙)




書きたかったネタが出来て満足です

(五月の時点で不安を掻き立ててる事を
深くお詫びいたします)


様 読んでいただいて
ありがとうございました!