息を止めることを選ぶ「正義」
悲劇であり、愚かでもある









〜hold one's breath〜








私は息を殺し、じっと身を潜める







ゆらゆら揺れる視界はそこそこ透明度が
高いけど、ちょっと深さがあるせいか


それとも少し影になる所に潜んだせいか





…或いはイタズラ用に作ったハリボテ
(防水加工済み!)の出来がいいのか







「…くそっ、どこに行ったちゃんは!」





大佐は未だに 私に気が付いていない







潜んでいるのは ある街に近い湖の中





かれこれ10分くらいはいるけど
大佐はまだ諦めてないみたい





と言っても聞こえるのは微かな声と足音だけ







姿はこっちも水面だからか殆ど見えないし
大半の音は元々の水音で消されちゃう







いい加減諦めてくれないかなぁ、このまま
水に漬かりっぱなしじゃ風邪引くよ





息もずっと止めてられるワケじゃないし


早くどっかに行って欲しい









にしても、湖の中ってこうなってるんだ…





辺りを見回し 心の中でだけ呟く







ハッキリとした視界でもないけど


差し込んだ日が水底まで投下していて





それを受けて輝く魚の表面と、泥化した
地面に埋もれかける何かの破片や一部分が


何処となく幻想的な雰囲気を生んでいる







辺りが薄青いのも、この雰囲気を一層
引き立てる役割を果たしてる気がする







…そもそもなんで海とか湖って青いんだろ?





近くで見たり蛇口で捻る限りじゃ、水に
色なんて付いてないのに


沢山集まった途端に青い色がつく





それも沢山あればあるほど 日の光に
照らされるとより鮮やかに





私の目の色とは、真逆の色彩







…後でエドに聞こうかなー


いや、エドだと絶対夢の無い言い方しか
出来ないからアルにしよう









あぁ…ヤバイ……そろそろ息がキツい





一旦息を吸いたいけれど、上にまだ
大佐がいたら今までの苦労が正に水の泡







耳に意識を集中させると
声と足音は いつの間にか途絶えている


よっしゃチャーンス!!





ハリボテからするりと抜け出して
水面に向かって急上昇







「……っぷはぁ!







ザバリと勢いよく顔出して、思い切り
息を吸って深呼吸







…こんなに長く潜ったのは初めてで





息を吸えるありがたみと空気のうまさを
思わぬ所で実感していたせいか







あれ?ちゃんじゃん
何やってんの湖で」





近づいていた誰かに 気付かなかった







マズっ…しくった、私としたことが







慌てて潜るか相手を消すかで逡巡しつつ
誰かの姿を確認すると―





「…あれ、タバコさん?」


「そうだよ」





湖のほとりに佇んでるのは、怪訝そうな
顔してタバコを咥えたタバコさん


制服姿からすると 査察参加組ってトコか







大佐に捜索を頼まれてる可能性もあるから
その場に浮いたままで、問いかける





「大佐は近くにいるの?」


「いや オレだけだけど…」


「何かそわそわしてない?何で?」





指摘すると、微妙に言葉を詰まらせて
視線を泳がせるタバコさん





おやおや〜これはひょっとして…







「あ、分かった〜タバコさん
見回りか何かサボってるんでしょ!」


ちょっ、人聞きの悪い事言うなよ!!」


「図星?当たり?ニャハハハ〜!」







タバコさんが、両手を合わせて必死に頼み込む





「頼むから黙っててくんない?
…サボり見っかったら給料減らされるし」


「えー今更?」


「街の憲兵がいる手前だし、誰かのせい
大佐キレてるから流石にマズイの」





ほほぅ タバコさんも崖っぷちに立たされてると


折角のこの状況…利用しない手は無い!





「じゃあ、私をどこか見つからないトコに
一時匿ってくれたら黙っててあげます」


「オィオィ それオレへの条件重くない?」


「別にいいんですよ?道連れに捕まって
サボり共々主犯をタバコさんに押し付けても」


軍人脅迫!?
本気でいい度胸してるなちゃん!」











湖上と淵とで二三度意見を交わし、どうにか
タバコさんの懐柔に成功し


近くにあった無人の小屋に連れて来てもらった







身体はずぶ濡れだけど、脱ぐわけには行かないから





近くのスチール缶に焚き火を起こして
暖を取りつつ服を乾かす







「ほれ、これで髪の毛だけでも拭きな」


「サンキュー、気が利くねぇ」





タバコさんの差し出したタオルを手にして
頭の水気をごしごしと拭く





「ナップザックは防水加工してたけど
服は間に合わなくてね〜」


「…何か大佐 エラく怒ってたんだけど
今度は一体何やらかしたの?」


「あれ?大佐から聞いてないんだ」





聞けば コクリと首を縦に振られた







「やー実はね、エドの一言が引き金なのよ」









思い起こせば…それは昨日の昼頃







「ちっきしょー!大佐の野郎!!
今にハゲ散らかっちまえ!!」






ものすごい怒鳴り声と一緒に、かなーり
乱暴に受話器を置くエド





「荒れてるねぇ、どしたのエド?」


「あぁ?には関係ねーだろ!!」





不機嫌ですっ、て力一杯主張しまくった顔で
突っぱねて 荒い足取りで歩き始めるエド





…なーんか八つ当たり染みてて腹立つので


近くのお店で牛乳買い占めて、寝た時に
全部ぶちまける算段をもくろんだ所で


私の不穏な気配に気付いたのか アルが
そっと近寄って語りかける





「… 今の兄さんにはあんまり
話かけない方がいいみたいだよ」


「そだね、何言ったんだろ大佐」





小声で言葉を交わした直後に、もう一度
向こうで「ハゲ散らかれ!」の叫びが









「で、不意に大佐がヅラだったりしたら
面白いかなって考えちゃって」


あ!まさか…」







その通り〜ちょっと試してみるつもりで
バリカンと自作のカツラを用意して


頭の中で即座に計画を組み立て 実行へ





そう、名づけてロイ・ハゲタング大佐計画!







エドの情報を元に査察に行った大佐の場所を
突き止め(案外、半日の距離だった ラッキー)





用意しておいた品を携えて


会って、こっそり眠らせるか隙を突いて
その合間にバリカンで頭を丸ハゲに!





後は接着剤でカツラと頭をくっつけて完成!!







「…で、丸ハゲにする直前までは
上手くいってたんだけどね〜」


「そこでバレて逃げ出したと」


「大当たり〜ニャハハ!」


「あのさちゃん、今更だけど
それ全っ然シャレになんねーから」


「そっかな?髪の毛剃られてカツラに
変わっちゃうだけのかわいいイタズラだよ?」


「いや怒って当然だろ むしろ大佐のが
全面的に正しいからねソレ」





まぁそんな些事はさておき





「結構しつこかったから、新作の道具を
試す意味合いも兼ねて湖に隠れたの♪」


「へぇー…ってどのくらい?引き上げるの
手伝うのに身体触った時 死体並に
冷たかったんだけど」







確かに湖から上がる途中で差し伸べた
タバコさんの手、私に触れた瞬間引っ込んだっけ







「ちゃんとは数えてないんだけどー…」





指折り確認して、大体の数を教えると


タバコさんがだらしなく口を開けていた





「それ…人間が出来る素潜りの限界超えてる」


「ニャハハ、そうなの?」


「当たり前だろ 訓練してても10分
行ける奴がまず少ねぇし」





いやはや 心肺機能はデタラメ人間に
なった時から案外、自信あったから


いけると思って初・素潜りチャレンジしたけど





…まさか世界新叩き出しちゃうだなんて
思いもよりませんでした☆







煙を吐き出しながら、タバコさんが口を開く





「けどさ、ちゃんが湖から上がった時
オレちょっと"人魚姫"の童話思い出したよ」


「人魚姫?」


「知らない?王子様に恋した人魚の姫様が
魔法で人間になって会いに行く話」


「そんなのあるんだ…ちなみにその人魚
王子様と結ばれたの?」


「いや、声と引き換えに人間になったから
思いを伝えられず 王子が他の姫と結ばれ
人魚姫は泡になって消えるんだよ」


「そんなキレイな話のお姫様に似てるって
言われるとは光栄だなぁ〜ニャハハ」


「まあ湖にいたのは、お姫様とは程遠い
やんちゃ過ぎるイタズラっ子だけどな」


「あらら それは無いんじゃないの〜
失恋続きのサボり軍人さん?」







ヘコみまくるタバコさんを楽しそうに
笑う私の心の中では、初めて聞いた
人魚の姫に対する軽蔑と憐憫が浮かぶ







代償を払っておきながら、黙って好きな人が
去っていくのを見届けて消えたの?





そこまでの覚悟があるなら 何故他の姫を
手にかけてでも王子を求めない?


或いは王子を諦めて安穏に暮らす選択肢も
あったんじゃないの…?







どちらも選べず、自ら消えた人魚姫は


愚かで…とても人間らしい最後だと思った









「……所で、そろそろ大佐の所に
戻らなくてもいいの?」





タバコさんは頷き タバコを急いで踏み消す





「おっとそうだったな じゃあバレない内に
さっさと逃げときなよちゃん」


「…あ、待って」







小屋を出ようとする所を呼び止め





立ち止まったタバコさんへ、背伸びをして
唇に啄ばむようなキスを一つ







「…これ タオルと匿ったお礼」







ニッと笑えば 驚いた薄青い目が私を見つめ


ちょっと引きつったように笑い返された





「随分とませた人魚姫だことで」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ハボさん短編でギャグのちシリアス甘?
お届けしてみました


ハボック:にしてはオレらのいる設定とか
適当にやっつけてるなぁ


狐狗狸:…スイマセン力量不足で、ちなみに
世界での素潜り記録は13分くらいらしいです


エド:脈絡ねぇー…てかオレに責任転嫁かよ!


アル:まぁある意味は…それより大佐、兄さんに
一体何を言ったんですか?


大佐:取り立てて言うほどのものでもない
それよりあの子の処遇を考えたい(怒)




きっとこの後うまく逃げおおせたんでしょうね
…大佐ファンの方、本当スイマセンでした!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!