「正義」という罪を背負う前も後も
私の中は、空っぽだった









〜虚ろに宿る〜








道具の点検とナイフの調整を終わらせて
外を見ると 細い月が高く浮かんでいた





月明かりと机の上のランプが


部屋の中の闇を僅かに薄める







「ねぇエド、まだ寝ないの?」


「んー オレはまだやる事あっから
眠いならは先寝てろよ」


「夜更かしばっかりしてるから
背が伸びないんだよ」


「うるせぇよ!!」







椅子に座ったまま首だけこっちを向いて
エドが目を吊り上げて怒鳴る







「兄さん、夜中なんだから
怒鳴っちゃダメだよ」







机の側に座り込んでいるアルの言葉に


ぐ…と唸って悔しげにこっちを睨んで
再び机へと向かうエド





楽しい反応〜もっとからかってやりたい♪


でも、時間も遅いし眠いから
それは明日でもいっか〜







「ニャハハ じゃお休み二人とも〜」


「おー」


「おやすみ





私はベッドにもぐりこんで、すぐさま
目を閉じて眠りに入った











ほのかな闇の中から浮かんだのは


さっきと同じように机に向かって
何かをしているエドの後姿





あれ?寝てたと思ったのに
無意識に起きたのかな私?







けど 物音一つしない静けさと
硬直したように動けない身体が


これは現実でないと私に気付かせる





(なぁんだ…やっぱり夢の中なんだ)





目だけは動かせるらしく、よく見れば
アルも座り込んだままそこにいた


鎧の視線は ずっと兄に向けられている







夢の中とはいえ…アルも飽きずに
ずっとエドの心配かー苦労性だね〜





エドもお互いが元の身体に戻る為


寝る間を惜しんで健気なモノだなぁ







音のないその光景から、少し視線を外すと
窓の外には細い月がうっすらと







あぁ、あの細い月…あの時と同じ形だ









気が付けば 私は下水道にいた







ご丁寧にも、あの時みたいに怪我だらけで
薄汚い壁にもたれて虫の息になってる





石造りの床には 這いずった血の跡
少し先からここに伸びていて


生臭さがやたらと鼻についた







「たかがパン一個で……ここまでしやがって」





私が何をしたって言うの?


どうしてここまで追い込まれなくちゃならない





死んだ母が青い目なら


消えた父が褐色の肌なら







世界に疎まれることなんてなかったのに







「アンタも アイツらみたいな軍人なの?
殺すなら、さっさと殺せば?」








目の前に佇んでいる男も、どうせ
奴等と同じなんだ





いっそ 一思いに死なせてよ







「久々に散歩に出てみたが…


死に面した身体で、それだけの憎悪
宿す人間を見つけるとはな」





一歩近づいて側に屈みこみ





「娘よ…特別に選ばせてやろう」







顔を覗き込む男は 人でない気がした







「そのまま朽ち果てるか、我が眷属へ
加わる権利に命を賭けるか」








……目の前の相手が誰だろうと、
私にはどうでも良かった





"眷属"とやらがこんな状態よりマシならば


私を追いやり 捨てた奴等に、世界に
復讐してやれるのなら





こんなちっぽけな命くらい





賭けて…やろうじゃ…ないの」







男は全く表情を変える事無く、額に
自らの指を当てる





そこから開かれた目から


紅い雫が 涙のように流れて
傷口に触れた途端







「うあぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁ…!」







ひどい痛みが、私を襲った









目の前に広がるのは 私の人生と


私でない者の人生





気の狂いそうな轟音に混じって
断末魔の悲鳴がいくつもいくつも








細い月の下で絶望の中、息絶える母


やたらと古そうな城の中で 玉座に
据わっている老いた王様


一人、街を渡って盗んだ野菜の色


見覚えの無い軍人に撃ち殺される
イシュヴァールの人達





マンホールへ落ちる前に仰ぎ見た


憎い奴等の顔の後ろに浮かぶ月も
あの時みたいに細い










―ねぇ…アナタは、"正義"ってあると信じる?―







頭に直接響く 誰かの声


いや…これは、"私"の声?





「全然…こんな世界の薄っぺらい正義なんか
…消えて 無くなればいいっ」







苦しみ、悶える私を見つめ "私"は薄く笑う





―なら 私に全て委ねるといい
薄っぺらな正義など、壊してあげる


"正義"という名の罪の下に―








その声に 私は―











……視界が戻ると 身体に刻まれた怪我は
ウソのように消えてなくなっていて







立ち上がると、側には男が


いや…"お父様"が 立っていた





「…耐えたか 約束通り
私はお前を迎え入れよう "正義"よ」


「それはどうも、お父様」





一礼し、私は言葉を続ける





「一つ答えてください "正義"は…
罪に当たるのですか?」


「……大罪は七つだが 正義もまた
強大な力ゆえ、時として罪と化す」








確かに それは的を射ている





正しいからと言って、一方的な行動や
信念や対応を押し付けて


結果として人を狂わせるのなら







それは罪にしかならない







「まー私は、正義なんて信じませんけど」







世界が掲げる正義など


神も 人も 私は信じてなどやらない






例え、どれだけ間違った道でも





私は お父様や同族と共に行動し







―この世界に復讐を













目を開けて跳ね起きると、


そこは当然下水道じゃなくて
宿のベッドの上だった







「どうしたの ?」







反射的に視線を返すと、アルが
こっちを見ていた





「え…いや、ちょっとね アルこそ
そんな所で何してるの?」


「兄さんがまたお腹出して寝てたから」





言われてみれば、机に向かっていたエドは
いつの間にかソファに横になっている







そっか…毛布をかけてあげてたんだ





「アルって本気でエドのお母さんみたい」


「よく言われるよ、ところでさ」







軽いため息の後、アルの声音が変わる





…嫌な夢でも見たの?」







…確かに見ていたのは忌々しい部類に入る夢


でも 迂闊に肯定して内容を追求されるのは
さらさらゴメンだ





「ううん、そんな事ないけど」


「ウソだよ」





即断されて さすがにちょっと戸惑う





「ウソなんかついてないって」





それでも動揺を隠して微笑んでみせる







…けれど、アルは首を横に振って
右手でこちらを指し示す





「だったら…どうして泣いてたの?







言われて、私はそっと自分の頬に触れる







僅かに濡れていて 冷たかった





「…あれ?本当だ、私 泣いてる」





気が付いてみれば 間抜けにも目の端に
涙の雫が溜まっていたみたいで


その一滴が、音もなく頬を伝う







「気付いてなかったの?


「そうみたい」







こんな事 ヒトをやめてからは、
今まで一度もなかったのに





何が、そんなに悲しかったんだろうか







泣いていたのは 本当に私…?








「もしかして 昔あった何か悲しい事を
夢の中で思い出してたの?」



ちょっとだけ…アルは、どうして」


「兄さんもね 寝てると、時々
泣きそうな顔をしてたりするから」


「そっか ゴメンね心配させて」





短く告げて、また零れる前に残る涙を







「待って







拭おうと右手を上げかけた所で、
アルが制止の声を上げる







旅行カバンの中に入っていたハンカチを
取り出して側までゆっくり近寄ると





「はい」







私の手に、それをそっと差し出す





「ありがと、アルはやっぱり気が利くね」







ハンカチを受け取ればアルはじっと
眼差しを向けて 静かに呟いた







「ワケは聞かないけど 悲しい時には
ウソはつかないで、








目の前の鎧の中は 空洞のハズなのに


ここにいる"私"よりも、遥かに
優しさ温かさが詰まっている









ヒトをやめる前に もっと早く
アルみたいな人が側にいたなら







その言葉に、素直に頷けたのに









「…大丈夫だよ もう、悲しくないから」







言い聞かせるように語りかけて


柔らかな布で涙を拭うと、ニッコリと
出来得る限り最高の笑顔を作る







励ましてくれて、ありがとうねアル」


「どういたしまして」





不思議とアルの顔が嬉しそうに見えた


……ごめんね、何も言えなくて







「あとさ…今夜 私が泣いてたっていうのは
エドには内緒にしておいてくれる?」





口に人差し指を当て、冗談めかしてそう言うと





「…わかったよ、





笑みを含んだ返事をもらえた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:エティッド様から"普段泣かない強い人は
寝てる時に泣く"
という素敵なテーマを
頂いたので、書いてみました


エド:オレの役回りに明らかな作為を
感じるんだが、つかチビ言うな!


狐狗狸:だって夜更かししてると背が伸びな


エド:といいテメェといい…ぶん殴るぞ!


狐狗狸:やめてください それよりアルは
どうしてのウソが分かったんです?


アル:兄さんにかける毛布を持ってきてた時に
が泣いてるように見えてね…


狐狗狸:ほうほう


アル:起きた顔に涙の跡が月明かりに
照らされて、うっすらと見えたから


エド:……あいつも泣く事があんのか


狐狗狸:あーあ、バラしちゃったよ
知らないぞ〜怒られても




ちょこっと補足として、彼女は自分から
マンホールから下水道へ落ちてます


後の詳しい所は…気が向けば書きます


様 読んでいただいて
ありがとうございました!