「正義」を背負う長生きな私でも
彼と会わぬことも あったかも









〜encount of life〜








「すっかり遅くなってしまったな…」





懐中時計を見やり、私は自宅へ足を運ぶ







…とりあえず 今日はこんな所か







出来る限りの行動は起こした


後は それがこの先どう実を結ぶかだ







我知らずほくそ笑み、ベッド恋しさに
ひたすら足を前後へ動かし









「…わかった、じゃね」







裏路地の方で 小さな声が聞こえた







足を止め、そちらへ注意を向けると
二つの気配をかすかに感じ


その内一つが 不意に消える







足音を殺しながら路地へ入ると


もう一つが 同じように
靴音を極力抑えてかけて行くのが聞こえた







す、と影から飛び出してみると





路地の向こうに 小柄な影が消える







栗色の髪と、闇夜にもハッキリとした灰色のコート





あの姿は もしや…





忍び足で見失わないように相手を追う









向こうは振り返りもせず、真っ直ぐに
右へ左へと路地を進む







…この辺りの地理に詳しいつもりではいたが


状況と夜の闇という視界の悪さが
私の足取りを邪魔する





その内 影は少し先の路地へと曲がった







内心しめたと思い、走る速度をやや上げる









あの先は民家の壁に囲まれた行き止まり


壁を乗り越えることも出来ないし、


追っているのが思った通りの相手なら
無闇に壁を壊しはしないはず







イタズラ好きではあるものの





理由なき悪事は好まない子のはずだから









ほどなく路地へたどり着き、そこに
立ちはだかってみれば―





袋小路に 人の姿は見当たらなかった







「…いない?」







おかしい、この路地に入ったのは間違いない


ここには隠れる所など無いはずだ









しばし立ち尽くす私の背後から
鈍い衝撃が 当たった







「だーれだぁ」





反射的に後ろへ回した手は
するりとかわされる





「ニャハハ〜油断大敵♪」







振り向けば、そこにいたのはさっきまで
追っていたはずの相手…ちゃんだった







どうやって私の背後に…!?







いや落ち着け 相手は少女だ
仮にも一軍人が動揺を見せるのは情けない


私は瞬時に 表情を笑みへ作り変える





「こんな夜中に出歩くなんて いけない子だ」


「終業してても職務質問だなんて
ズイブン熱心だね〜大佐?」







クスクスと楽しげに 目を細めて笑う姿は


どこにでもいそうな少女のそれと
似ているようで、どこか違う







ちゃん 君とこうして出会えたのは
必然って奴かな」


「ニャハハ 単に偶然ですよ〜」


「エルリック兄弟はどうしてる?」


「二人なら宿ですよ、私も今から
そこに戻る所だったんですよ〜」


「なら何故こんな裏路地にいるのかな?
彼等が泊まる宿は別の方向だろう」





言うと、彼女は慌てる事無くこう返す





「単に近道だもーん、私に言わせれば
逆に大佐がここにいるのがヘンだよ


私服でこんなトコをうろつく趣味は無いよね?」







じっと 赤い目をこちらに向けて







「気取ったカッコに香水のニオイ…
もしかしなくてもデート帰り?」


「ご名答、よく分かったねちゃん」


「てゆうか 大佐をちょっとでも
知ってる人ならわかりますって〜」





まあ それもそうか





「で、手ごたえはありました?」


「まあ、出来る限りのアプローチ
終わらせてきたって所かな?結果が楽しみだ」


「ふぅん…結果ねぇ」


「おや、妬いてるのかい?」


「ニャハっ まっさかぁー





その言葉は照れ隠しでなく、本気で
そう思っているように見える


…少ーし、傷つくなぁ





「それじゃあ今度はこちらが聞く番
君は、どうしてこんな時間に外にいるのかな?」


「買い物の後、空がキレイなんでその辺を
ウロウロしてたらこんな時間になっただけ〜」





ちゃんは淀みなくそう答える





「たった一人でうろついていたのかい?」


「エドとアルがここにいない以上は
一人でですよ〜おかしな事聞きますねぇ」







彼女はこんな調子で、どんなに言葉の
違和感をつついても


のらりくらりと誤魔化してしまう





恐らくこのまま追求しても埒が明かず
私は、早々に話題を切り上げていただろう







あの時感じたもう一人分の気配がなければ







「実は君が、誰かと話している声を
聞いているんだ」







ちゃんの顔から 笑いが消える







「…聞き耳立ててたなんて、趣味悪〜い」


「誤解させてしまったようだな…


正確には誰かへ語りかける君の言葉
一言だけ、聞いたんだ」







短い言葉だったけれど、あれは誰かへの
呼びかけに間違いないだろう







一拍置いて ちゃんは再び明るく笑う





「いやー大佐 勘が鋭いですねぇ
実は旅先で会った知り合いにばったり会っちゃって」


「それで、積もる話をしていたら
こんなに遅くなったと?」


「そーそー」





楽しそうな所は先程の笑みと変わらないが


その顔は、どこか作り物めいて見える





「何故 初めにそう言わなかったのかな?
別に隠すほどのことじゃないはずだよ」


「偶々会った短い付き合いの一般市民の情報を
軍人さんに逐一教えると思ってます?」





口調は変わらないが、端々に棘が垣間見える





ちゃん、君が軍人嫌いなのは知っている
でも…私達はさほど短い面識でもないだろう」





宥めるように、諭すように私は続ける





「下手な隠し事は逆に こちらの信頼を裏切ると
思ってはいないのかい?」


信頼ねぇ…それは、大佐にも言えるでしょ?」







急に吐き出された冷たい声音に
思わず、眉を潜めた







「大佐は結構デートが多いみたいだけど
本当にデートだけ…なのかな?」


「どういう意味かな?ちゃん」


「いや〜?大佐くらいの切れ者なら
デートに見せかけて何か別の事をやるかなって」





真っ直ぐ見据えた赤い目は 何処か鋭くて





「―例えば、極秘情報のやり取りとか」







歪めた口の端で作り出された笑みは
どこか怪しげで 美しく見えた









…結論から言ってしまえば、彼女の言葉は
ほぼ事実と合っている







大総統へと上り詰めるため


内部の動きやらなんやらを色々とやり取りし、
水面下で動きを進める必要がある


デートも 半分はそのカモフラージュのためだ





…残り半分は本当にデートしているが









「こっそりと 軍部の内情や…私の事とか
色々調べまわったりしてるんじゃない?」







ニコニコと笑う彼女の表情からは
それがハッタリかどうかは判別できない







ちゃん…それは逆に
君にも当てはまるとは思わないかい?」


「それって どういう意味かな?」


「君の会っていた知り合いが、本当に
ただの一般市民である保障はない


全ては…君の証言だけだ」







クスリ 彼女は笑みを深くする







「そう、全ては私の言葉だけで
全くのウソである可能性もある」





言いながら ちゃんは
目と鼻の先まで近づく





「でも…私の言ったこと全てが
本当である可能性も、あると思わない?」







問いかけているその声は、よく知る少女の
それではない







何か長い時を経た 異質なモノのように







何処か暗く…底が見えないくらい深い
闇を湛えている









ここにいるのは 本当にちゃんなのか?









何か見えない圧力に負けないよう
精一杯の虚勢を張って睨み返し―











「…ニャハハっなーんてね、冗談冗談!
そんな怖い顔してたら折角の美形が台無しだよ」







突拍子もない明るい声と共に


先程までの空気がウソのように霧散した







「それじゃ エドとアルが心配してるだろうから
私は宿の方に戻るねっ」


「この辺りも夜は何があるかわからない
送っていこうか、ちゃん」







最上級の優しい笑顔を作り 手を差し出す





けれど、彼女も負けないくらいの笑みを返し







「ご好意はうれしいけど、一人で
帰れますから〜それじゃ」





と言って 路地の向こうへ駆けていった











足音が聞こえなくなって、ふぅ と
大きく息をついて周囲を見回す









…ああそうか、民家の二階の窓の鍵を開けて
そこから部屋伝いに私の背後へ回ったのか







褒められた真似ではないものの





常人に中々出来ることではない











……ちゃんは、一体何者なんだろう







初めて出会った時から ずっと
気になって仕方がない







彼女の素性も、時折見せる本性も





一番目に焼きついて離れないのは


本当に楽しそうな時の笑顔だけれども









「…いずれ、君を知る時が来るだろうか?」







……人生のうちで、その時
出会える日が…来るだろうか









わだかまる気持ちを抱いて







私は路地を後にした








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:リターン大佐夢出来ました…あれ?
これなんてひ○らし?


大佐:当初の言葉遊びの設定が、カケラもないな


狐狗狸:あー!言うなってー!!


大佐:しかもちゃんが背後回った下りとか
とってつけたような形…というか不法侵入


狐狗狸:じゃ偶々使った片方の部屋は
ちょうど空き家だったって事で


大佐:ご都合主義は好きじゃない


狐狗狸:…最後の最後までから主導権が
奪えないヘタレ大佐のクセに


大佐:その体を燃して暖めてやろうか?


狐狗狸:両手に発火布スタンバイ!?




語りかけてたのはウロボロ組ってことで
…本気でご都合主義でスンマセン!!


様 読んでいただいて
ありがとうございました!