人は何かに依存する
「正義」は格好の材料だろう









〜reliance syndrome〜








人柱候補となる女の泊まる宿の、蓮向かいに
建っている安宿で 私は本を読んでいた









女が寝ている今のうちなら自由行動が可能だ







それにしても…と私は自らの手荷物を
点検し、ため息をつく







「これじゃ 折角の腕も錆びつくよぉ…」









窓ガラスを叩く夜風に混じって


コツコツ、と何かがぶつかる音がする





顔を向けると 窓の外にはエンヴィーが







「ヤッホー 


「ニャハハ、ヤッホー」







ニコニコ笑顔で挨拶し、時計の針が
空間を埋めても エンヴィーは外にいた







「いや 窓開けて中に入れてよ


「自分で開ければいーじゃん」


えぇ〜って冷た〜い」


「だって外寒いし、それに私
任務の最中だもん」







それに手をカギ状にするなりすれば
難なく開けれると思うし





こっちはこっちで忙しいんだから







「…任務にそんな本が必要なワケ?」







エンヴィーが窓越しから向けた
視線の先には、一冊の本


さっきまで私が読んでいたモノで


タイトルには遠目でも分かる字で
"毒物全書"と記されている







…うーん余計なトコで抜け目ないなぁ





でも、まだまだ私を困らせるには至らない







「じゃあ逆に聞くけど、わざわざ大通りで
翼生やして宙に浮く必要性はあるの?」





まだ言っていなかったけれど


私が泊まっているのは、三階の端から
二番目辺りの大通りに面した部屋だ





「ガタガタ言わずにさっさと開けてよ
でないと窓、ぶち割るよ?」








にこやかな笑顔でエンヴィーが言う





ありゃりゃ ブチ切れ一歩手前?







「ぶち割ったら、弁償してくれるの?」





静かに返しつつ、私は愛用のナイフ
鞘から引っこ抜いて構えた







途端に機嫌悪そうな顔に変わり





「…ちっ、自分で開けりゃいいんでしょ」


そーいう事♪まあ、入ってきたら
温かいお茶入れてあげるからガマンガマン」





折れたエンヴィーが 腕を変化させて
窓の鍵を開けにかかったので


私も、ナイフの刃を収める











窓が開くと、そこから寒風と僅かな血臭が
部屋に流れ込んでくる





急いで窓を閉めたエンヴィーの背中には


コウモリみたいな黒い羽が生えていた







夜にコウモリだなんて、エンヴィーも
中々シャレたことするじゃない」


「でしょ?」





嬉しげに笑うと、後ろに生やしてた羽は
見る見るうちに背中へ収納されていく







いつもの見慣れた薄着姿は、今の季節には
少し寒そうにも見える





「はい、お茶」


「サーンキュー 







入れたてのお茶を渡して 自分の分を
一口飲んでから 私は問いかける







「それで、わざわざここに来たわけは?」







お茶をすすりながら、よどみなく
スラスラとエンヴィーは答えた





「昼間見かけた時、ずいぶんと
退屈そうにしてたみたいだからさ
こうやって話し相手になりに来たのさ」


「あ、やっぱ分かる〜?任務中だと
イタズラが出来なくってさぁ」







言いながら ナップザックに入れていた
完成品の数々をお披露目する









暇にあかせて作った珠玉の作品達なのに





折角のアイディアもアイテムも
生かせる場が無いと宝の持ち腐れだ







「ふーん、なるほどねぇ」







それに大して関心を見せず


近くの棚にお茶の入ったコップを置いて
エンヴィーが窓の外を指差す





「所で 人柱、見張ってなくていいの?」





話し相手になりに来たって言ったばかりなのに


本当、いい性格してるよねぇ







「まだ寝てると思うけど ほら」







コップを置きつつ窓へと目を向けかけて







グチャ と何かが潰れた音がした









慌てて外を見てみると、通りに
人間が一人 血を流して倒れていた







間違いない…アレは私の目標







「あっちゃー、死んじゃったねぇ」





後ろから覗き込んだエンヴィーが
なんとも嫌な言い方をしてくれて


一気に、気持ちが沈んでいった





最悪、自殺されるなんて…帰ったら
絶対ラストに殺られるよー」


「何なら、一度殺してあげようか?」







頭に手を当てて嘆く私にかけられたその声は
冗談のような響きを含んでたけど





目は どこか爛々と輝いている





「…そういえば 入ってきた時
血のニオイしてたね、エンヴィー」


「ああ、実は邪魔者を殺してきた帰りでさ」







笑みを崩し、物憂げな顔でため息つきつつ
エンヴィーは言葉を続ける







「男だけ殺れば良かったんだけど、一緒にいた
恋人が自分を身代わりにってうるさくてね」


「一緒に死ねれば、何も考えなくて済むのにね」





それが根本的な解決になっていないと
わかっていながら 私は呟く







すると目の前の相手はくすくすと笑い出した





「やっぱりもそう思うよねぇ
だから僕 二人とも手にかけたんだ





さすが、仲間の中じゃ一番えげつないって
言われるだけはあるなぁ





「一人分のニオイにしちゃ多いと思ったら
…どっかで少し落とせばいいのに」


何?今更血のニオイなんか気にするの?」







確かに、私達にしてみれば
その言葉はちゃんちゃらおかしい







「それもそうか…けど人間ってどうして
こう、心も身体もモロいんだろうねぇ







簡単に死を選ぶことも、簡単に
死んでしまうことも





とても忌々しくて―そして、羨ましい







「だよねぇ」





いつの間にか、エンヴィーは私の片腕を取り


そこに手を変化させた刃をあてがったと思ったら





「こんな掠り傷でも死ねるなんて」





ためらう事無く それを横へと滑らせた


痛みと共に一筋の傷と鮮血が飛ぶ


けれど 瞬きする間に左腕のその傷は
跡形も無く塞がった







私の血が いまだ滴る刃を口元へ添え





「人間はモロいからイヤになるね」





ちろり、とエンヴィーが血を舐めながら
笑ってみせた







私も負けずににっこりと笑い





「私達 化け物だもんね」





すかさず取り出した愛用のナイフで、


エンヴィーの喉笛を横薙ぎに掻き切る







その血飛沫が合図かのように





私達は、互いに手にした凶器で
目の前の相手を傷つけていく










血が流れ 部屋の中に臭いが満ちて







傷がどんどん深くなろうと、致命傷に
満たない限りすぐさま無傷に戻っていく







意外とっ、しぶといね
早く死んだ方が 後々楽だよ?」


「ニャハ、それはこっちのセリフっ」







おぼつかなくなる意識の中





胸を貫いた腕の感触と、相手の首を
胴から離した重い手ごたえを感じ








意識は、一端 闇に沈んだ













目を開けて身を起こすと 胸に開いた傷は
塞がりかけていた所だった







側には、砂状に崩れるエンヴィーの首と


頭を復元しつつある胴体が転がっている





「…ビニールかなんか敷いとくんだった」







周囲に飛び散る二人分の血糊と漂う匂いに
少し遅い後悔を感じる







「やっちゃったもんは仕方ないじゃん」





首の途中に血の後を残したエンヴィーが
辺りをぐるりと見回して そう呟く





「だってエンヴィーが先に仕掛けてきたから
やりかえして流れでつい」


「いやーなんか、ウンザリした顔してたから
死にたいのかと思って お手伝い」


それはどうも じゃあ後片付けも
お手伝いしてってね」





私は天使の微笑を浮かべて、手荷物の中から
雑巾を出して手渡した







嫌そうに顔をしかめながらも エンヴィーは
諦めたように後片付けを手伝う











自分の分を、手早く終えてから







まだ床を拭いている その背後から
抱きつき、背中に顔を埋める







「…、作業のジャマなんだけど」


「いいじゃない これも殺しあった後
やってたことでしょ?」


「ああ、そうだったね」







温かな身体の温もりと鼓動はきっと
同じようにお互いに届いている









気まぐれで、私は自らを傷つけ
勢いで死ぬ事があった







大抵は、エンヴィーも付き合ってくれる







まだ生きていることを実感するために


死ねない事実を、再確認するために







人である事を捨てた私達に共通するのは
自らを突き動かす凶悪なほどの 衝動





それが本当に自分自身のものか


それとも、他の誰のものなのか







……そこまではわからないけど









死が希薄になった今、時折こうやって
生を自覚しないと







全て 飲み込まれそうになる







この辺りは、モロいと蔑んだ
人間達とさして大差が無い











君は退屈で死んだりしないでしょ?


「当たり前じゃん それに私達は
退屈程度で死ねないじゃない」







それで死ねるなら、どれだけいいかと
ごく稀に考えたりもするけれど





私達には―私には 叶わぬ夢だ







「だから こうして時折殺しあってまで
退屈を紛らわすんだよ」







死に限りなく近づいて、満たされない
思いを少しでも埋めてやるために








って意外と趣味が悪いね」







人を見透かすような笑みを浮かべるエンヴィー





私も同じように笑って答える







「そんなの、お互い様でしょ」








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:エンヴィー話でシリアス目を目指したのに
何を間違ったか暗い上にメンタル的な内容に…


エンヴィー:作品の質もかなり劣化モンだし
色んな意味で救いが無いよね これ


狐狗狸:相変わらず人の心を抉るのが得意なようで


エンヴィー:まぁ、ほどじゃないけどね


狐狗狸:いやいや どっちもどっちでしょ?


エンヴィー:ふーん 小汚い狐の分際で
ケンカ売ってるんだぁ


狐狗狸:あーあーあー、図星突かれたからって
マジ切れはやめてくださいよー


エンヴィー:みたいな言い方しても
許されると思うなよコラァ(怒)


狐狗狸:うっわ逃げろ!




蛇足として 兄弟と会う前の
一人旅時の設定になってます


様 読んでいただいて
ありがとうございました!