信じるもの 願うものの強さによって
それぞれの「正義」は象られる









〜第六十話 遺した想い〜








頼まずとも再生されてたハズの身体は
うんともすんとも言わないまま


胸の風穴から溢れ出る血が


止め処なく、床へこぼれていく





同時に身体の力も徐々に抜け落ちていくのを

冷めた頭が"感覚"として理解する






―そっか もう、力が







「何でっ…なんで傷が治んねーんだよ…!」


「ゴメンねーもう再生する力…ないんだ」


搾り出すように吐き出した声は掠れてて


浮かべた笑みも、自分で分かるくらいに弱々しい





ふざけんな!オレはまだお前に言いたい事も
聞きたい事も山ほどあんだよ、こんなトコで
勝手にくたばんじゃねぇ!!」






怒鳴るエドの瞳はひどく揺らいでて


かすみ始めた視界の中でさえ、不安と
悲しみが渦巻いたヒドイ顔だと分かる





「イヤだよ 生きていてよ、…!





…耳がいいってこういう時イヤだな


存外荒い自分の息も弱っていく心音も
悲痛な叫びも 全部クリアに聞こえるもん





これがいつものイタズラだったなら


或いは以前のように"人柱""監視者"
無責任かつ軽い関係だったなら


思うツボだ、とばかりに楽しめただろうけど





今は…ただ辛いだけ







神様なんていないって身を持って知ってても


"この現実が夢であって欲しい"だなんて
心の隅っこで考えてしまう





だけどいくら強くそう願ってたって


ここまで来てしまったなら、後戻りは出来ない





だったら…私に何が出来るか?


残されている、限られた時間の中で
"私"として出来る事は何か?








時間にすればほんの数秒でそこまで考えて


支えられた腕に手をかけ、ぐっと
身を起こしながら立ち上がって





困ったように呻く二人から

一歩だけ引いた場所に佇んで 微笑む





「私だって死にたくないけどさ、でも
ビックリ人間も…完全じゃないからね」


意識が遠のく…息をするのも、辛い

本当に立っているのがやっとってカンジ





でも…もう少しだけ


あと少しだけ持って 私の身体



「あのさ…最後に一つだけ 頼んでい?





最後の力を振り絞るようにして


私は二人に向けて静かに"お願い"を告げる







「「え…っ」」





聞き終えて、エドとアルの間に
戸惑いを含んだ声音がもれる


…その気持ちは分からないでもない


二人にとって"お願い"を飲むのは
自分達の苦労を無に返すに等しいから





けれど、私にとっては切実な"願い"





「…ダメかな?」





拒否されても、理解だけはして欲しくて

一縷の望みをかけて問う





僅かな間があって…沈痛な面持ちで
眉根を寄せたエドが呟く





バカ野郎…そんな面して頼む奴の言葉を
今更断れっかよ」


「ゴメンね、こんな間際で頼んじゃって」


「気にしないで…君の選択は間違ってない
僕らもそう思ってるから」





本当…二人とも、優しいなぁ


「ゴメンね あと…ありがとね
じゃ頼んだよ、二人とも





―――――――――――――――――





最初で最後の"親愛"を込めて贈られた言葉を


頷きつつ受け取るエドとアルの気持ちは
未だに重く沈んだままで





それを見て取ると 彼女は
はぁ…と大きく溜息をつき


二人へそれぞれチョップをかます


「わっ!?」


「な、何すんだ!?」


「まったくもう!お別れする時くらい
笑顔で見送ってよ…私達、仲間だよねぇ?





赤い瞳で真っ直ぐに二人を射抜いて





「そんな辛気臭い顔するんだったら
化けてイタズラしに来ちゃうんだからね?」






彼女はいつも通り、不敵に笑って見せた







「…わかったよ 


上等だ、化けて出てきたらいつでも
返り討ちにしてやらぁ」





二人を取り巻いていた空気がようやく
晴れたことを見届けると







「エドとアルとの旅、悪くなかったよ!
じゃあね〜ニャハハハハハハッ!!」






いつもと変わらぬ明るい口調で


いつもと変わらぬ明るい笑顔で

弾けるような笑い声を上げて





別れの言葉を継げたの身体が
砂塵と化し、跡形も無く崩れて





彼女の愛用したナイフの"ジョーカー"が


澄んだ音を立てて 床に転がった










無言のままアルがナイフを拾い
鎧の中へとしっかりしまいこんで





「…よし、行くか」





頃合を見計らい、スミスが道案内を
自ずから買って出て


一言も口を利かぬそのままで


二人は彼の後を歩き 地上を目指す







長い地下の通路を進む沈黙の中





―最後に一つだけ 頼んでい?―


エドとアルの耳に、先程のの声が甦る





―"ジョーカー"とナイフを作る資料を…
この世から、消してくれないかな?―






とても寂しげな微笑みも、また





―歪んだ「正義」を語る奴らが
二度と 使えないように―








"賢者の石"が少なからず関わっていた

ナイフとそれの製造資料を手がかりとして
手元に残しておきたい気持ちはあった





…けれども、二人にはそれが出来なかった


大切な仲間が去る間際に残した"遺言"を

僅かなりとも裏切ることが、出来なかった










村へと戻り 荷物を手にすると





二人は手に入れた資料の束へ
油をかけ、火をつけて燃やした





めらめらと音を立てて白い紙の群れが


端から黒く焦げながら…歪んで消える





すっかりと書類が元の形を失って
炭の固まりへ成り下がってから







「兄さん…僕がやろうか?」


「いい、お前はそれ抑えてろ」





両端をしっかりとアルが手で固定し


両手を合わせたエドがボロボロの機械鎧を
錬成して形作ったハンマーを


垂直に 地面に置かれたナイフへ降ろす





ガラスにも似た澄んだ破砕音が辺りに響き


組み込まれていた極少の紅い塊
同時に飛び出し、音もなく崩壊する





この瞬間を持って完全に


忌まわしい力と過去を持つ兵器が
闇へと葬られた…












当初目指していたラッシュバレーの付近に
出られるルートを教えてもらい





「ありがとうございます…あの、
スミスさんはこれからどうするんです?」


礼を言った直後、そう口にするアルへ





「オレはまぁ…本来いない人間だからな
ニセモンだろうがあの村が住処だ」





諦観の眼差しで彼は答える





「なぁ…本当に、大丈夫か?」





次いで問うエドが訊ねる事柄が

"何か"を何となく察したらしく





「心配せずとも、主要設備も資料も消えた
この基地は…もう二度と使い物にならんさ」






佇んでいる地面の"下"を一瞥し


スミスはあくまでも淡々と続ける


「洗脳された連中も時が経てば元に戻る
…後はお前らの好きにしろ」





それだけを告げ、彼は二人へ背を向け
自分の"住処"へと消えていく







「悪いな…おっさん」





それが相手なりの気遣いだと理解しつつ


彼らはその背からは全く別の、ある一点
揃って瞳を向ける







「…こんなお墓しか作ってあげられなくて
本当にゴメンね」





屈みこんだアルがささやきかけるのは
木の側に盛られた 小さな土山





亡骸も残さず消えてしまった彼女を


それでも、キチンと弔ってやりたくて


せめてと…彼女の分身であった
ナイフの破片を埋めた





「資料は、ちゃんと燃やしたから…
安心して眠れよ」






墓標へ注がれる金色の双眸は痛ましげで


隣にいる弟も、胸中は同じ想いに
満たされたまま俯いている





一陣の風がその間を通り過ぎ…







―んもぅ、早速辛気臭い顔してるね?
全く世話が焼けるんだから―








ハッと二人が顔を上げ 辺りを見回す


だが、当然周囲には自分達以外の
誰かの姿など見えはしない





「…空耳かもしれないけどさ兄さん
僕、の声を聞いた気がした」


「…オレもだアル」


「「『笑ってよ』って、言ってた」」





一拍挟み、互いに顔を見合わせて





「…行くか このまま落ち込んでたら
の奴が化けて出てきちまうからな」


「そうだね兄さん」





もう一度 土の下に落とされた眼差しは


微笑を交えた…優しいものだった






「それじゃあ、バイバイ」


「…じゃあな 






一言ずつ手向けの言葉をかけた二人は


それきり、ナイフの墓標を振り返らずに
前へと歩き出す





―向かうべき先をしっかりと見据えて








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:原作と連動する形で、こっちの長編も
終了となります…今まで読んでくださった皆様
本当にありがとうございました!


二人:ありがとうございました〜!!


エド:…今だから言うけどよ、別にアイツは
死ななくてもよかったんじゃねーの?


狐狗狸:スンマセン…八巻からの展開に上手く
絡みが出来る自信(と体力)無かったんで…


アル:赤裸々過ぎるよ!てーか兄さんも
よく機械鎧をハンマー形に出来たね


エド:今思えば…それも腕もげた原因かも
誰かさんが無茶させるから(ジロリ)


狐狗狸:えー、二人はこの後ラッシュバレーへ
移動しリン達と合う形で原作展開に戻ります


二人:最後まで誤魔化した!?




長編はこれにて終了ですが、ジャンル終了を
する前に、最後の短編を書くつもりです


それで本当の終わりと相成りますので
しばしのお付き合いを…


様 読んでいただきありがとうございました!