「正義」は気まぐれで残酷で
されども、時として何よりも強い









〜第五十八話 弱者なりの役目〜








入り組んだ通路をオジサンの案内で進み


やってくる合成獣を、耳でタイミングを
図って待ち伏せし


アルが体術を駆使して薙ぎ倒した側から

間を置かずにエドが止めを刺す







その繰り返しで逃げ回りつつも敵の数を減らし


ようやく ビガットのいるあの部屋へと
私達は駆け込んだ





「くそっ…足止めにすらならんとは
やはり失敗作どもでは当てにならんな」





"こっちがメインだ"なんてほざいてた言葉通り

部屋の規模と機材の数は、今までで
一番多い気がする


あちこちから鳴ってる機械音がやたらと煩い





あのガラスの位置に張り付いたアイツと

入り口にいる私達の位置は、おおよそ
十数メートルって所





ついでに あの男の右手側


部屋の隅っこにある仰々しい装置が
くっ付いたガラス管の中に…





「めっけた…私のジョーカー!


「動くな貴様ら!!」





怒声と共にアイツは銃をこっちへ向ける





「そんな脅しが通用すると思ってんのか?
悪いけど、アンタの野望もここで終わりだ」


「大人しく降参してよ、オジサン」





落ち着いた様子で距離を詰めるこちらに対し
あくまでも不敵に構えるあの様子…


何か切り札でもあるのか?





「貴様らには渡さんぞ…あのナイフも
資料も何もかもな……殺れ!





奴が口の端を上げた その刹那


「がっ!」





オジサンが勢いよく真横へ吹っ飛んで
数メートル先の床に叩きつけられる








何が起こったのかはすぐに理解できなかった





黒い巨大な影が音もなく這い出て


目の前から、再び消えたのを
視界の端でだけ捕らえていて







「…スミスさん!」





我に返ったアルがオジサンへ駆け寄る





実験体…くそっ、奴をもう呼び戻していたか…!」





カギ爪らしき傷跡を負って血を流してはいても
まだしゃべる余力はあるようだ







それよりも、問題は…





 今の奴…!」





エドの言葉が意図する事実に気付き
私はこくりと頷いてみせる





「近づいてくる音が…しなかった」





油断していたわけじゃない


周囲の機械音を省いても、私が
気付かないだなんて おかしい





「何じゃしぶとい…早く死ね裏切り者めが





思考に、侮蔑を交えた奴の声が割り込んだ





「テメエぇぇぇ!」


「兄さん!待って」





怒りを剥き出して床を蹴るエドを無視し

ビガットが近くの機械にくっついていた
レバーを引いた、その途端


耳障りな甲高い音波が鳴り響いて


「「ぐっ…!?」」





駆け出しかけていた二人がその場で
張り付いたように固まり 膝を突く





「エド!アル!」


「ここの機材に使われる電磁石の力を
最大級にセットさせてもらった!
義手と鎧の貴様らには一溜まりもなかろう!!」





よくは分かんないけど、あの機械の
おかしな仕掛けが原因って事か







「さぁ、大人しくなった所で
ワシの最高傑作を紹介してやろうぞ」





こちらを見下ろし ビガットが
余裕綽々の様子で片手を上げれば





出し抜けに天井から唸り声が一つ聞こえて

ふっ、と暗い影が差し込んだ


反射的に上を見上げれば、逆さに張り付き
禍々しい気配を携えて睨む 異形の獣






「こいつは調整に調整を重ねた完全体
さっきまで戦っていた失敗作どもとは桁が違う」





縦に割れた細い瞳孔でこちらを見据えたまま


ほとんど足音を立てず 天井を蹴り
落下しざまに鋭い爪を振り下ろす





ギリギリで避けたエドとアルが
奴へ攻撃しようと仕掛けるも


背中についた羽で少し離れた場所へ跳び

壁から再び天井へと這い登り始める







さっきの羽の動き…ダブリスで
襲いかかってきた奴と同じ…!





「国家錬金術師と言えど、こいつの牙を
かわすことは出来るか?」


「うるせぇ…黙れニセ村長!」





唸るように吐き出すエドの威勢が
何処か弱々しく感じられた









…事態は 最悪な方へばかり転がっている







必死で意識と耳とを研ぎ澄まし


さっきの要領で連携し、時には私が
合成獣の動きを鈍らせる手助けもしたけれど





「アル、左から来る 構えて!


「くっ…!」





電磁石の仕掛けが予想以上に二人の動きを鈍らせ


少しずつ体力を奪われ、傷を負って追い詰められる


おまけに傷口の再生力と生命力が高く
合成獣は依然 勢いを衰えさせない





「細胞活性の手も効き目は薄そうだし
…正直、ジリ貧だな」


「ちょっと、シャレにならない冗談止めてよ」





こんなかつてない危機に関わらず

戦うことも出来ない、ただ死ににくい
お荷物の自分を私はただ呪うのみ





このままじゃ結末は目に見えてるってのに…!


せめてジョーカーが手元にあれば
あの機械をぶっ壊せる

ジョーカーさえあれば正面切って立ち向かえる





「私に力があれば…!」





これまでずっと共にあった旅の相棒は
薄情にも今は あんなに遠い





距離と、そして何より合成獣が邪魔をする








「諦めの悪い生贄どもは本当に無様で
滑稽だ ハハハハハハハハハハハハ!」






顔を醜く歪めた奴がそう叫んで笑い―

何かが砕ける音が その哄笑を遮った





「嬢ちゃん…切り札が欲しいか?」





室内の視線が 一斉に部屋の隅へ注がれる





血塗れの身体を引きずったオジサンが
ガラスを叩き割って

無理やりにジョーカーを持ち上げてる








あんな怪我をして動けないままだと
思っていたのに いつの間にあのオジサン…





何をしているスミス、そのナイフを
どうする気だ…っ!」


血相を変えて銃口を向けるビガットに構わず





「だったら…受け取れっ!!


オジサンは渾身の力を振り絞るようにして
ジョーカーを、こちらへと投げた


同時に私も床を蹴って駆け出していく





「渡してなるものか!!」







腕に食い込んだ弾丸にも


足を吹き飛ばす化け物の爪にも怯まず





飛び出した私が伸ばした手は
唯一の武器を、取り戻す






「ありがとうね…オジサン!





痛みも怒号も全く取り合わないまま


私は一直線に 床板をぶった切る





大きな亀裂と一緒に幾つかの機械と
ケーブルが裂けて断裂する





もちろん、電磁石とか言ってた
おかしな仕掛けの奴もだ





「身体が…動く!」


「サンキューな、





枷が外され 本来の機敏さを取り戻した
二人が合成獣へと向かっていく





兄弟の息ピッタリな連撃を補佐しつつ


ボロ雑巾に近いオジサンを引っ張って
もう少し離れた場所へ遠ざける





合成獣の目を盗んで行動するだなんて
無茶しすぎじゃない?ニャハハ」


「アンタに言われちゃ…おしまいだな」







憎まれ口を叩く余裕が復活したこっちと裏腹に





こちらを仕留められない合成獣に対し
奴は焦りと苛立ちを見せてゆく





「くそっ何をしている、早く奴らを殺せ!
どうしたんじゃさっさと―


最後まで言い切るより早く

合成獣の巨体が吹っ飛んでガラス窓に
叩きつけられ そのまま下へと落ちる





「さーて、よくも散々てこずらせて
くれやがったなオッサン…覚悟はいいか?


「とりあえずまず私に一発殴らせてよ」


「ひっ…く、くくく来るな!





面白いくらい怯えて銃を振り回す奴へ
殴りかかろうかとエドと目を合わせ





割れたガラス窓を乗り越え


奴の背後に突き落としたハズの異形が現れる







「な…速過ぎる、いくらなんでも!!」





もっともなアルの言葉すら都合よく解釈し





「ワシの命を案じたか!さぁ実験体よ
こやつらを早く消してしまえ!!」








憎らしい笑みを復活させたビガットへ
異形が細い瞳孔を向けて―





瞬間 その身体から幾つもの
不気味な手を生やして奴を巻き取り





「なな、何じゃこの手は!?
離せっワシの命令が聞け」



大きく開いた口が捕らえた上半身を飲み込み


ボキュ、ボリンと骨と肉が引き千切られて
砕かれる嫌な音が室内に響く





数拍遅れて噴水のような血が零れ落ち


打ち捨てられた下半身側は、微かな痙攣を
起こしている最中に踏まれて砕け散る






うねうねと蠢く手もそのままに


合成獣の身体がこの世のものならざる姿
音を立てて変形していく







暴走…しやがった……」





その呟きに混じる恐れに気付かずとも
事態が再び変わったのが 見て取れる





異形の気配が…より凶悪さを増している







「ちっ…このまま戦うのはマズイな…
おいスミスのおっさん!こうなったら
ナイフの資料を持ってここを離れるぞ!」





呼びかけに けれどオジサンは
絶望したように首を真横に振る





「それが、資料の場所を示した書類は
奴しか場所を知らないんだ…」


そんな!それじゃ資料は…!」


「ねぇ…その書類ってコレ?」





反応よく三人の顔がこっちへ…

いや、ナップザックから取り出した
書類へと釘付けになる





手渡せば 目を通してオジサンが深く頷く





「ああ…間違いない、これだ」


お前なんでこんなモン持って」


「ちょっと別の場所からガメてきたの〜
それで役には立ちそう?それ





同じくエドもざっと目を通して、言う





「一部暗号化はされてるが…スミスのオッサンが
案内してくれれば、多分どうにかなりそうだ」


「ああ、問題はそれを"奴"が許すかだが…」





視線の先には、怖気を催す雄叫びを
あげてこちらを見据える異形の化け物






「…それぐらいなら問題無いよ、

オジサンがここの道案内をして
二人が資料を取りに行けばいい」


「え…、一体何をするつもりなの?」







戸惑うようなアルヘ 私は自信満々の
笑顔でこう答えてあげた





決まってるでしょ?私が奴を引き付けるの」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:色々あるせいか展開がかっとんでます
スイマセン…あと二話で終了(予定)です


エド:こんなワケのわかんない形にしておいて
呆れられても知らねぇからな、閲覧者に


狐狗狸:いやだって書かなきゃいかんこと
まだあるし、肝だってこれから…


アル:兄さんの機械鎧が半壊状態なのと
僕が錬金術封印モードの戦闘ってだけで
書いてる時点で手遅れっぽいけどね


エド:だな


狐狗狸:またその話蒸し返す…(涙目)




彼女が自らの「正義」で選んだ選択は…


様 読んでいただきありがとうございました!