聴けたのは「正義」の名を持つより
前から付き合ってきた力だから









〜第五十七話 澄まし捉えて〜








耳には絶対の自信があった


人をやめる前から…だから言える





『…人でない?そんなこと知るか!』


は、僕らの仲間です!!』





聞き間違いなんかじゃ、絶対にない


…本当にそう思ってくれているの?





ずっと騙していた、化け物の私を


二人は仲間だと―認めてくれるの?







「…ありがとうね二人とも」





自然と 笑みと言葉が零れ出た





ああ…何か分かった気がする


これがきっと人間の言う"感謝"







低い獣の唸りが壁の向こうで起こるけれど
壁への攻撃は全く無い


おそらく、奴が余興として差し止めているんだ





仲間か…まぁ涙ぐましい茶番に付き合い
ワザワザ出向いた事は感謝しようか?』


見下ろすビガットの視線を轟然と受け止め
冷めた声でエドが返す





「そー言うアンタは村の儀式とかっつー
盛大な茶番を開いて、何企んでやがる?」


『決まっているだろう 貴様らを生贄に
"甦り"を果すのだ!』


「僕らやが犠牲にならなければならない
必要性がどこにあるんですか!」





真っ当なアルのセリフに 返るのは軽い侮蔑





『何事にも犠牲はつき物だ…強靭かつ
高い再生力を誇る合成獣の量産をとってもな』





その一言で、何となく気がつく


洗脳した"村人"や失踪た錬金術師は
この男の命で…!






「本っ気で悪趣味だね アンタ」


『ほざけ、貴様のナイフや命も
存在自体が悪魔の所業じゃろうが』





よく言うよ 悪魔の所業の片棒担いで

懲りずにこれだけ生み出しといて





「ナイフと合成獣を量産して、それを
私兵代わりに軍にケンカ売ろうってか?」


「どこかの教主の人もやろうとしてたけど
そんなの…失敗するよオジサン」


『煩い実験動物どもが!
ワシの計画に狂いは無い!』






激しさを増す声音に滲むのは明らかで
あからさま過ぎる狂気と怒り





『新たなる最強のナイフと合成獣の軍隊!
それこそがワシの"甦り"を果たし
腐りきった軍の狗どもを一層出来る!!』



「腐ってんのはアンタでしょ?お仲間の待つ
土の下に早くいってあげれば?」


『さえずるな化け物が ここが貴様らの
墓場であることは決定事項じゃ…行け!





微かな間が開いて、今まで大人しかった
壁の奥の気配が忙しなくなる


同時に派手な衝突音と振動が生まれ出た





「合成獣を操り始めたか…」





耳障りな引っ掻き音と激しい雄叫びが
二重奏を奏でながら振動を煽る





上方の隙間から迫る獣へ アルが
適当な大きさの石を投げて怯ませる


けれども壁の振動は止まず

猛攻に耐え切れず亀裂が入り始める







『さてスミス…裏切り者の貴様に
チャンスをくれてやろう』


名指しされ オジサンはぐっと顔を上げる





『この者達を見捨ててワシの元へ戻れば
今まで通り右腕として使ってやる』





焦りを見せた渋面が…ふっと笑みへと変わった





言った筈だ オレはアンタと軍に挑んで
心中するのも、イカれた研究に術者や同僚や
…無関係の人間を利用するのもゴメンだと」


『ならば、そのまま貴様も供物となれ!』







続々と乗り込んでくるであろう合成獣どもを
迎え撃とうと構えるエドとアルへ

スミスのオジサンが叫ぶ


「まともに戦っても勝ち目は無い!
一匹ずつ対処するんだ ついて来い!」








その一言を合図に、壁が崩壊し
合成獣どもがなだれ込んでくる





間一髪で私達は大きく開いた壁側から
通路へと駆け出していた





『くそっ…追え!





奴の叫びと轟く怒号を背後に 私達は
暗い通路をひた走る







ってオッサン!何か策でもあんのか?」


「あまり確証は持てんが…今はコレ位しか
思いつかねぇ 生体系の理論は知ってるか?」


「専門じゃないけど、ある程度なら」


「じゃあ今から教える事を実行してくれ…」





耳打ちされた"提案"の意味は 知識の無い
私にはちんぷんかんぷんだったけど


聞き終えてエドは、思い切り眉をしかめる





「アンタそれ…正気で言ってんのか?」


「悪いが正気だ…出来るか出来ないかで
生存率はぐっと変わる、どうだ?」


「多分いけるとは思うけど…でも」





二の句より早く、私は声を張り上げる





「二人ともストップ!
アルはその先でスタンバイ!」



何事かと三人が足を止めた次の瞬間


進行方向からすっかり見慣れた一角獣クンが
こちらへと突進してくる






「うあっ!」


咄嗟に前に出ていたアルが突進を受け止め

そのまま勢いで横へと投げ倒す





いいぞ弟君!チャンスは今だ!」


「ったく…やるしかねぇか!」





両手を合わせたエドが近くの壁から
手頃なナイフを錬成すると


すかさず距離を詰めて起き上がりかけた
合成獣の身体を軽く裂き


僅かな傷口へ間髪要れず

再び合わせた両手をあてがう





―眩い閃光と人外の悲鳴が空間を割いた







収まれば そこにはグズグズと
醜く膨れ上がり崩れていく合成獣の姿





「よし…どうやら助かる見込みが出てきたな」


「兄さん、今の術は?」


「あぁ アレは…」


開きかけた口をわざと手で塞いで





「それは道すがら二人に説明してもらうとして
早く移動しないと、挟み撃ちになるよ?





言えば 三人は一様に頷いた









「…それにしてもすごいね
合成獣が来るタイミングが分かるなんて」





歩調を緩めぬままのアルに、周囲へ
気を配りつつ笑ってみせる





「ニャハハ 言ったでしょ〜
耳のよさには自信があるって!」


「それもデタラメの一つって奴か?」


「失礼な これは元々です〜」


どーだか、と軽く言い放ってから

ガラリと態度を変えてオジサンへ問うエド





「で、"作った傷口から細胞を活性させろ"
なんて無茶を言った理由を聞こうか?」


「…ビガットは逃げ出す際掠めた"石"と
今まで犠牲にした奴らの命で出来た"石"を
二つの研究に利用してきていた」





真剣な面持ちで 淡々と言葉が並ぶ





「奴の研究目的は主に二つだ」







一つは 強さと再生力を兼ね備えた
忠実なる合成獣の量産



こちらは得意分野でもあった為かある程度は
順調に出来上がっていた





…が、核に使われる石が微量の為か
それとも素材の相性にもよるのか


ただ一つの"実験体"を除き あの場に集った
合成獣達は全てが不完全な"失敗作"





「なるほど…だから細胞の活性化を促せば
生物同士の結合バランスが崩れて自壊する


「そうだ」


「つまり…傷口から無理やり合成獣を
形作ってる根本を崩したってこと?」


「まぁ 大雑把に言えばそうかも」





何となくニュアンスは分かった気がする





背後から近寄ってきた合成獣を
先程の要領でしばき倒しつつ話は続く







奴の研究の 肝心のもう一つは


「完全かつオリジナルを越えるナイフの
作成 及び量産…だ」






ちら、と破れたコートから覗く刺青へ視線が走る





「嬢ちゃん…アンタなら分かるだろう?
あのナイフがどれ程とんでもないシロモノか」







薄々感づいてはいたのか、奴の一言で気付いたか
…ともあれ訊ねる声音は落ち着いている





「分かってる…だから"今"の持ち主は私一人」







大戦でその多くが失われ、僅かに残った
ナイフは道中で密かに私が処分していた


そうしなければ 色々と面倒だったから





モノは壊すよりも創りだす方が遥かに大変だ


…精製には極微量の"賢者の石"を必要とし

資料があっても使用のリスクは計り知れない


だから奴は精製と共にそのリスクを削る道
模索することへ血道を上げていた





基地の拡張は半ばその為のモノだ、と
ため息混じりにオジサンは続ける





「…無論、出来るのはオリジナルの
足元にも及ばん劣化品ばかりだ」


「ニャハハなるほど、それで参考として
ジョーカーが盗まれたってワケか」


「「ナイフ盗まれてたの(か)!?」」


「って今更その反応遅くない?」





面白い顔二つをニャハハと笑い飛ばしながら





胸の裡で奴が合成獣達を差し向けて
追い詰めたワケを、理解する







恐らく不完全な実験体での戦闘データと


…私の核の"石"を手に入れるつもりだった








「さて、どうする…って決まってるよね?





試しに笑みを浮かべた先には
ニッ、といつもの不敵な笑みがあって


それはひどく気持ちを落ち着かせた





当たり前だろ?あのジジイぶちのめして
ナイフの資料とお前のナイフを取り返すぞ」


「スミスさん…悪いんですけど
ビガットの元まで案内してくれますか?」





ふぅ…と重たげな溜息の後にオジサンは
諦めたように首を振ってみせた





「……お前らならそう言うと思った
道中の合成獣は任せたぞ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:そろそろ最終決戦が近いです、奴の
目的を描写できたのはいいんですが…


エド:合成獣の撃退法がでっち上げすぎだろ


アル:あと、今更なんだけどオジサン二人が
かなり出張りまくってるよね?


狐狗狸:両方とも異論は聞かないよ?
てーか前者は一応調べて書いたもん


エド:にしたって分かり辛ぇよ、もう少し
細胞と酵素の部分を掘り下げてだなぁ


アル:兄さん それ以上はちょっと…
でも僕ってこの話じゃ錬金術使ってないね


狐狗狸:それはまぁ、本調子で無く
自信が無いからと成り行きってコトで


エド:また適当な…




辿りついた一室にて 死闘が始まる


様 読んでいただきありがとうございました!