不可視の道を選ぶための指針は
己の裡に宿る「正義」唯一つだった









〜第五十五話 帷の裂け目〜








薄暗いハズの室内は機材の発する光や
点在するかがり火のせいか


モノの輪郭を妖しげに浮かび上がらせて


デッキにも似た回廊部分の端からでも
階下の様子を一望することが出来た





複雑な図形の錬成陣にたくさんの機械


妙な色の液体に満たされたケースの下に
何本ものチューブが入り乱れるその場所は





実験室…もしかして"ジョーカー"の…?」


「ったく人の勝手に施設を拡張しちゃって
張り切りすぎだよね あのオッサン達」





横から聞こえたのは、多分現状で
一番聞きたくなかった相手の声







回廊の通路へ意識を戻せば


立ち塞がるように正面に佇む影一つ





やぁ 妙なトコで会えたね」


「成り行きでちょっとね…てゆーか一人で
こんな山奥に何しに来たの?エンヴィー」


「僕だけじゃないよ、いるのは」





謎かけに似た言葉に問い返すより早く


死を強烈に予感させる凶悪なプレッシャー





エンヴィーの背後にわだかまる闇から刺さる





『ナイフを渡した時以来でしょうね
アナタとここに集うのは…ジャスティス







一瞬、闇が裂けて瞳を覗かせたように
見えたのは気のせいじゃない







「…プライド!何でアンタがここに!?」


『あまり時間が無いので手短に説明しますが
古巣に沸いた害虫駆除でもと思いましてね』





奈落から聞こえるような声と禍々しい圧力で
淡々と告げられる情景に眉をしかめる





役者と場所の違いとナイフが無いこと以外


あの時と、ほとんど変わんないじゃん







―――――――――――――――――――


「オレはそこの弟君が言い当てた通り
第五研究所の、元職員でね」





ランプを片手にスミスが先へと進みながら
独り言のように語りだす





「ビガットの部下として表沙汰に出来ない
いろいろな事をやってきてたもんだ」


「それで弱みを握られて、ここでも
扱き使わされてるってか?」





セリフを先取りされ不満を浮かべるも


気を取り直し、彼は言葉を続ける





「別にオレだけじゃない そんな連中は
他にもいる…まぁ皮肉にもそのお陰で
奴らに消される前にあそこから抜けれたがな」


「奴らって?」


ウロボロスの刺青を持つ連中だよ
あの研究所にちょくちょく出入りしてた」







二人は思わず顔を見合わせる





「やっぱりアイツらと軍は繋がってる…」


「そういえばのナイフも、軍が極秘に
探してるって言ってたし」







話題に上った"ナイフ"の単語に
スミスの表情が硬くなる





「やはりあのナイフ…イシュヴァールで
使われてたアレと同じ奴か」


「スミスさんもナイフの研究に
関わっていたんですか?」


「関係も何も、戦乱の頃にこの地下の"基地"で
例のナイフが造られていたんだと」


なっ…!それって本当なのか!?」





食いつかんばかりの勢いで詰め寄りかける
エドを手振りだけで制して





「ちょっと止まれ…少し離れてろ」


おもむろにスミスが触れた壁の一部が
唐突に大きな空洞を作り出す





「「か、壁が開いた!?」」


「…よし、誰も周囲にいないようだ」





空洞の先を確認し 彼が手招きをし
二人は再び後へと続く







「どうなってるんですかこの地下道は?」


「そういやオレが襲われた時も、村人が
どこからともなく出てきてたな」


「…基地への地下道には隠し扉を初めとする
おかしな仕掛けが元々備わっててな、奴は
その辺も含めて道を拡張しているんだ」


「ってことはこの施設を知る者以外は…」


「下手すると地下で一生さ迷うだろうな」





あ!とアルが声を上げる





「コンパスが使えなかったのも、もしかして
その仕掛けが関与してるんじゃ」


「断定は出来んが…可能性はあるだろう」





特に返事へ興味を示さず エドは
前を行く背を軽く睨みつける





「なぁスミスさん、ナイフがここで
造られてたってのは本当なのか?」



「…ああ もっとも"基地"自体は国家機密
あの内乱を境に忘れさられてたがな」







いくつかの通路を慎重に進みながら
語られたのは、ビガットに関する動向







代を通じて優秀な研究者だった彼は
"基地"の場所や大本の資料に関しての
情報を伝えられていたのだろう





第五研究所からどうにか逃げ出した後


弱みを盾に、或いは洗脳を施した
元職員達や錬金術師達などを村人へ仕立て


ビガットはここに仮初めの村を設立した





忘却の彼方に埋もれた"基地"を根城に





培った知識と眠れる施設とを遣って
合成獣の生成と兵器の復元を行う為







「なるほど、あの合成獣は成功例か」


「ああ…奴の企む"甦り"のな」


「「"甦り"?」」





首を傾げる兄弟の言葉には答えず
彼は別の台詞を口にする





「嬢ちゃん助けたら、奴らに見つかる前に
近くの町へ出るルートに案内してやる
…オレが協力すんのはそこまでだ」


「どうしてスミスさんは、僕らに協力したり
助けようとしてくれるんですか?」







問いに 相手は歩みを止めぬまま言う





「ビガットと周りの狂いぶりにウンザリでな…
それとガキを犠牲にすんのは寝覚めが悪い」


「今更善人ぶる気か?村で何をやってたか
知らねぇけど アンタも奴と同罪なんだぜ」


「ちょっ、兄さん」





ちらりと向けられた視線に含まれていたのは
怒りではなく 懐かしさを含む寂しさ





お前らくらいのガキがいたんだよ
…別れたカミさんとどっか消えたけどな」







他人事のようにスミスが呟き、それきり
微かな足音だけが空気を支配した







「……ん?」





不意に左足に違和感を感じて視線を落とし


エドは、ぴしりと凍りつく





そこにいつの間にか身体ごと絡みつきながら
身体へ這い上がってくる一匹の蛇が


「うわわわわっ何だこの蛇!?」


兄さん待って!蛇に何か紙が巻いてある!」





慌てふためくエドから蛇を引き剥がし
括られていた羊皮紙を広げれば


走り書きされた字でこう綴られていた







"村人達を信じちゃダメ 私は無事だから
心配しないで…ビガットが狙ってるから注意して


ナイフを取り返しに行くから、二人は
村から逃げて…外でまた落ち合おう"





「この字、よかった…
少なくともは無事みたい」


「ったく、アイツ蛇まで操れんのかよ…
とにかく早いトコ見つけて合流し」


待て、よく分からんがその手紙は
本当に嬢ちゃんが出したと断定できるのか?」


「あー…多分間違いはねぇと思う
アイツ動物を操れるヘンな特技持ってっから」





あっさり答えるエドだが スミスの顔つきは険しい





洗脳や脅しで奴等に操られて 罠として
手紙を書いたとは考えられないのか?」


「そんな、どうしてそこまで…」


「悪いが…オレはあのナイフを持ってる
嬢ちゃんをイマイチ信用できない」





放たれたその一言が、当人が発した以上の
疑念となって彼らへ渦巻き始める







"一回だけだったし大昔のコトだから
覚えてない…大体使った道が違うから"


確かには二人にそう言っていた





使った道が地下道ならそのセリフに嘘は無い





が、ナイフの件を伏せていたのは事実







"もしかしたらナイフの資料を消す為


或いは、二人から逃げる為に単独行動を起こし
手紙を寄越して時間稼ぎをしている?"


"それとも…逆に自分達を誘い込む為
罠として行動を起こした?"





不安を透かすようにスミスが口を開く





「…嬢ちゃんには気の毒だが、やはりここを
離れた方がいい これ以上進むのは危険だ」







手紙と真剣な顔と、そして通路の奥を見据え


エドとアルは…







―――――――――――――――――――――





『約束の日が近いので、僅かな杞憂をも
取り除いておきたいのですよ』





"兄弟の元へ戻り、二人を基地から遠ざけろ"


静かに告げられたそれは 明らかに命令だった





「ちょっと待ってよ〜
ジョーカー盗られたまんまなんだけど私」


「取り戻してあげるよ、ヒマが出来たらね」


『僕も彼もそろそろ移動しなくてはなりませんし
あの人間が古巣とオモチャ程度を手にした所で
大した脅威になどなりはしないでしょう?』





まぁ君らにとってみれば
取るに足らない存在ってワケでしょうね





ここもアイツもナイフも…私も







『返事を聞かせていただけますか?』





音もなく、影が嗤う


……私も笑った 負けないように





「ニャハハ〜悪いけど、お気に入りのオモチャを
盗られて黙ってなんていられないよ!」








ちろ、と蛇の視線でエンヴィーが闇を見た


「ふーん取り返す気なんだ どうする?





間髪入れずに答えが返る





『あの人間の処刑と、二人に見つかる前に
ナイフ諸共研究書等を破棄するなら構いませんが』


「…いいよ 約束したげる♪」


「そう、じゃー頼んだよ


『では僕らはこれで』





踵を返すエンヴィーと共に威圧を抱えた闇が引き







両方が完全に消えてから、大きく息をつく





「……バカなのかな私って」







あの時、合成獣から二人を庇わなければ
人造人間だとバレずにすんだ





気に食わなくても命令に従っておけば
とりあえずはナイフへの追求ははぐらかせた


面倒な処理も自分でやらなくて済んだ







―でも、黙ってられなかった





手放す事になったとしても 自分の意思で
後悔しないよう行動がしたかった








「さーて 仕事仕事っと」





余計な事を考える前に、ナイフを探して進みだす


手紙を見て 少しでも戸惑って
二人が足止めされていることを望みながら








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:奇想幻想YOSOU外!なキャラ登場を
果たさせてしまいつつ不穏でお茶濁します


エンヴィー:僕だけでも正直どうかと思うのに
あそこでプライドまで出す?


狐狗狸:いやー…この話の流れではダブリス〜
ラッシュバレーの間にほんの数日挟んでる
トンでも設定なんで、ありかなって


エンヴィー:んな勝手な事言われてもねぇ


狐狗狸:どーせグリードフルボッコ集会
集ってたんだし地下繋がりでいいじゃん!


エンヴィー:てゆうか出てきただけとかナイし
登場も退場も意図も意味不明すぎない?


狐狗狸:…出さなきゃ良かっ(放送中止)




次回、ナイフを巡り異形が顔を突き合わせ…!


様 読んでいただきありがとうございました!