この地で静かに牙を研ぎ続けてたのは
歪な「正義」を糧にした亡霊









〜第五十三話 亡霊達の儀式〜








先程まで会話を交わしていた相手が消えた





「…ちょっと、こんな場所で
イタズラとかナシだよ?」







初めはお得意の行動の一環かと
ため息交じりで辺りを探るも





地面をくり抜いた簡素な壁に囲まれた


苔むした墓石の並ぶさして広さの無い空間の
どこにも、人一人が隠れるスペースはなく


不自然に抉れた場所なども見当たらず…が







「確かここ、が調べてた…あ!





最後に彼女が立っていた箇所の墓石の苔が
不自然に剥がれている事に気付き


思い切って石に手をかけたアルは





その下に隠された 地下に続く空洞を発見した





「こんなモノがあったなんて…一体
何処に続いてるんだろう…」





入り口は大の大人がどうにか、という大きさで


試さずともアルが入れないのは一目瞭然だった





「まさかここを降りたんじゃ…







屈んで暗い穴へ視線を落とすも
彼女の痕跡は何一つ見つからない





「何にせよ、早く兄さんと合流して
詳しく内部を捜索した方が…!」







階段を駆け上がり、小屋を後にしたアルが
丸太橋を越えた辺りで


森の奥で異様な影が蠢き 鳴き声を上げた







咄嗟に道を外れて脇にある木々へと身を隠し





そっと片目を覗かせ様子を伺うアルが見たのは





「…ダブリスで見た合成獣!?」







牛よりも二周り大きく、肉食獣のカギ爪と牙
背にハチドリに似た羽を着けたそれは


間違いなく彼らを襲った合成獣と同じ姿





但し…切り落とされた筈の腕は
何事もなかったようにそこにある







低い唸りを鳴らし、合成獣の首が横を向く


目が合う前に木の後ろへ引っ込んだアルは
間一髪で気付かれずに済んだ







「あの合成獣がいるなんて
ここ、やっぱり普通の村じゃない…!







鳴き声と足音が徐々に遠ざかる中





木々の合間に隠れ 身を潜めたままの
アルの死角から、無骨な手が伸びた







―――――――――――――――――――







湿った黴臭いニオイが鼻を突く





忌まわしさと懐かしさを感じながら
目を開ければ、辺りはやけに薄暗くて


ぬるりと冷たい感触が 頬を撫でた





「ウニャ〜…ってげ、蛇じゃん」





完全に目を覚まして身を起こすと
肌寒さにクシャミが一つ出る







気ままに床を這う蛇と私がいたのは


ボロっちいベッドと便器の据え付けられた
錆だらけの鉄格子の内側





…手の平についた苔と土ぼこりを見る限り





「あの地下墓地の墓から、ここまで
連れて来られたって事で間違いないみたい」







私としたことが迂闊だった…





下から微かな風の音がする墓石を調べて


無理して動かしたら睨んだ通りに
地下に続く階段が見えた所で





降りようと手をかけた淵から


瞬間的に針が出て両手にブスリ、そっから
急激に意識が遠のいて…







「仮にもトラップ仕掛け人がこんな場所の
古典的トラップにかかるなんて…」





どうやら枷は無いらしい…


まぁ荷物とコート取り上げられてる時点で
ほとんど無力なんだけどね







「にしても乙女を床に放置するなんて
人としての礼儀がなってないなぁ〜」


軽口交じりに呟いた独り言に





思わぬ返事が返された







「君に礼儀を問われるとは思わなかったね
人造人間のお嬢さん?





ゆったりとした靴音を響かせて現れたのは


ビガットとか言われていた、村長らしき男





「ニャハハ〜村長さん どうしてここに?
てゆうかここって一体…」


下手な芝居はやめろ、ここには来た覚えが
ある筈だろう人ならざる娘よ」





昨夜会った時の柔和さが嘘のように
男の顔は 険しかった







こんな牢屋に見覚えはないけれども


白衣をまとったこの男の姿と、こちらの
正体を知った物言いが


埋もれていた記憶を引きずり出した







…ああ、道理で見た顔だと思った





「アンタ 第五研究所にいた職員でしょ?」


「その通り…貴様ら化け物に殺されかけた
行方不明者の一人だとも」





ニヤリと不敵に笑うその顔は
かつてナイフを手渡した男を思い出させた





「最も、私は三代目じゃがな」







寿命が短い代わりに人間は自分の知識や経験を
他者や血を分けた子、或いは孫に伝えられる


それは普通の市民に限ったことじゃない







…納得し、理解したことがもう一つ





「そーするとあの地下墓地はさしずめ
勝手口ってトコでしょ?」







一度だけナイフをもらいにこの場所へ
やって来た事はあったけれど


その時は別の所から、地下を通ってだった





隅々まで踏破してないから知らなかったけど


きっとあの場所は"人間用の出入り口"として
ずっと前からあったんだろう





「ご名答…と言いたいが少し遅かったな」


「で、ここに村なんて拵えて私を閉じ込めて
一体何を企んでるのかなニセ村長?」





笑顔でイヤミ一発かますけど、効果は薄い





「何 大した事ではない…お前達が仕掛けた
国を使っての大仕掛けに比ぶればな」


同僚と錬金術師の失踪 それと
怪しい村と嘘で私達を引き止めておく
なんて
手の込んだ事をやってのけておいて?」


「化け物などには分かるまい…あの墓地を
祭壇として、我らの"甦りの儀"が始まるのだ」





どういう意味か問いただすよりも早く







お前とあの二人は祭壇へ捧ぐ生贄だ
精々大人しくその時を待つんじゃな」





不穏当かつ意味深なセリフを吐いて
男は私から視線を逸らして歩き出す







ねぇちょっと!それどういう意味!?」





必死に声をかけてみるも足音は遠退くばかり









どうやらロクでもない事態が進行してるのは
間違いが無いみたいだ…けれどお生憎さま


ここで大人しくしてるほど
私は殊勝じゃありませ〜ん☆





耳へ神経を集中させれば、奴等の話し声が
風に乗ってここまで聞こえてくる







―例の兄弟はどうだ


兄は、"村人"達によりもうすぐこちらの手に…
弟はいまだ見つかりませんが…時間の問題…


まだ"祭壇"から遠くへは…見つけ出して…
それと例の実験体も人に見つからぬ内に…







「あの二人…無事だといいけど…」





小さく呟き 更に意識を集中させれば


別の場所から望んだ情報が流れ込む







―おい、交代の時間だ


ああ…助かる 鍵の見張り番なんて
本当に退屈で仕方がないな


だな、こんなものを見ておく必要が
本当にあるのかねぇ…―







チャラ、と金属同士がぶつかる音がした





音の感じからして…どうやら牢屋の鍵は
隣の部屋の壁にかけられてるみたい





「さーて、ここからとっとと出なきゃ」





暗くて黴臭くて陰気なここに
一秒たりとも長居する気なんてないし





エドやアルに「逃げられた」なんて


無用な疑いをかけられるのも面白くない







…側にいるのが"蛇"って所は皮肉だけれど


私もまだまだ運には見放されてないみたい







「そこのお前、こっちにおいで?





微かに頭を震わせて蛇がこっちを凝視すると


するすると音も無く足元へと這い進み
とぐろを巻いて鎌首を軽く持ち上げた





「…そう、いい子 今から私の言う通り
動けたならエサをたくさんあげる」







―――――――――――――――――――――





軽く肩を叩かれた衝撃に驚き、アルは
勢いよく百八十度首を旋回させた





「うわっ…って、スミスさん!?


しー!でけぇ声だすな、奴に気付かれる!」







合成獣が完全に去ったのを見て取って





少し離れた木陰へ移動した後


ふぅと細い息を吐き、スミスが口を開いた





「危ないトコだった…ったくだから早く
村を出ろってあれほど警告しただろが」


「あ、あのスミスさん…この村って一体」


「詳しく聞くな 兄貴とあのお譲ちゃん
連れてここを去れ、エルリック兄弟」


 僕達のこと知って…」





首を一つ縦に振り スミスは淡々と答える





「元々は研究畑の人間だからな、銀時計も
最年少国家錬金術師の風貌も見聞きしてる」


「もしかして、スミスさんは第五研究所の…」


「オレの事はいい それよりあのって
嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」


「それが…あの墓地から消えてしまって…」







苦々しい顔と共に低い舌打ちが飛んだ





くそっ、最悪だ!兄貴に続いて嬢ちゃんまで
ビガットの息がかかった連中に捕まったか…!」


「兄さんも!?どうして!!」


「おそらく、他の錬金術師達と同じように
洗脳して利用するつもりだ」





その一言でアルの脳裏に一つの情報が浮かぶ





錬金術師の失踪…まさかこの村で?」


「ああ、奴はまともじゃない…この場所に
眠る秘密を使って"甦り"を目指す亡霊だ」







深く重いため息をつき 彼は沈んだ声で言う







「悪いことは言わん、お前だけでもここから
逃げろ…昨日教えた道を辿れば山から出られる」


「イヤです!兄さんやを残して
僕だけここから逃げ出すなんて!!」



諦めろ もうあの二人は助からん」







首を振るスミスへ、低い声が刺さった





「勝手なこと言うなよオッサン
誰が助からないって?」





振り向いた彼らの視線を受け止めたまま


轟然と エドは仁王立ちしていた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:こっから先は第三者と夢主の視点が
入り混じって進行すると思われます


エド:めんどっちーなオイ


狐狗狸:まー合流(多分)するまでの辛抱っす


アル:合成獣の描写とかリアルになりすぎ…
展開のどさくさに紛れてご都合主義ってない?


狐狗狸:展開はともかく、描写は敢えてです
ウチの子が動物の種類に詳しいとお思いで?


エド:…それは一理あるな


アル:兄さん…まぁ否定できないけどさ




それぞれの思惑と役者が、動き出す!


様 読んでいただきありがとうございました!