「正義」の名しか無い頃には
なかったハズの、村がある









〜第五十話 名のない山村〜








遠くからボンヤリと見えていた明かりは


目の前にある幾つかの家からもれる
窓から零れているそれ





森の木々が開けた目の前には





建物と畑といった ごく普通の
村の光景が広がっている







「こんな所…地図に載ってないよね?」


「誰かに話を聞いてみる方がいいかな?」





広げた地図と村とを交互に見つめる
二人に私も同意する





「多分このガチョウもここから来たんだと
思うし、人はいるんじゃない?」


「…もこの村のことは知らないのか」


「いやーあちこち放浪したつもりだったけど
意外と広かったんだねアメストリスって」





笑ってる合間にガチョウはチョコチョコと
村の中へと入って行き





やがて近くの家の奥にあった
小屋みたいな建物の中へと消える







「…私達も行く?」


「しかないよねぇ」







村に入ってその家のドアまで来るけど


外に出ている人は誰もいなくて
物音も 微かにしかしていないみたい





「この小屋…家畜小屋みたいだね」







アルの後ろから一緒に覗いてみれば


小屋の中には簡単な柵に囲われた牛と
さっきのガチョウが並んでる





「いやー思ってもない収穫だねぇ
牛一頭ならしばらくはお腹も」


って待て待て待て!何する気だよ!!」





肩を掴まれて 私はついっと振り返る





「えー、だってエドさっきお腹空いて
死にかけてたじゃない」


「だからって人様のモノに手を出すのは
常識的にどーかと思うぞ!」


「私達の飢えをしのぐ為に止むを得ないって
あとで飼い主に謝ればいいんだよ」


「ダメだってば!」





…ちぇ、こんな事なら欲かかずに
あのガチョウ一羽で満足しとけばよかった







じっと見つめる二人の視線に叶わず


折角の大物を、みすみす諦める事にした





「すごい静かだし中にいないかもよ?」


「留守だとしても ここには誰かが
住んでる証拠だろ、少なくとも」







ドアの前に立ったアルが
軽いノックと共に呼びかける





「すいませーん 誰かいませんかー?」





間を置きながら、何度か呼びかけと
ノックを繰り返すけれど


反応は帰ってこなかった







……おかしいな





耳を済ませてみたら 中で小さく
息を呑むような声が聞こえたのに







「ダメだ、他の家を当たってみよう」


「そうだね」







村の規模は小さめで、家は十軒と
ちょっとあるかないかくらいだったから


私達三人が声をかけて回るのに
それほど手間はかからなかった





「すいませーん、オレ達
怪しいものじゃないんです」


「ちょっと道に迷っちゃったので出来たら
近くの町まで戻る道を教えて欲しくて…」









しかし結果は全部空振り





一軒として ドアから誰も
顔を覗かせる事はなかった







そう、いるハズなのに一人も出ない





ほんの微かな声や息遣いがするのに
じっと息を潜めてるように聞こえる









「…揃って不在って普通の村じゃ
有り得ないよね」


「っだぁぁ!どうなってんだこの村は!!」





周りを見回すアルの隣で
トランクに腰かけ、頭を抱えるエド







外からの人間に対して警戒する
典型的な村のやり方なのか知らないが


…このまま野宿するのはムカツクねぇ







ナップザックとコートのポッケを
探り、幾つかの仕掛けを取り出すと





手近な家の窓に設置する





「オイ 何やってんだっ」





近づいて止められるよりも早く





「ニャハハ〜修理はよろしくねエド♪」





笑って私は、仕掛けを発動―







「何をしている!!」







聞こえた声に目を向けてみれば





ちょうど反対側の家のドアから顔を出した
村人らしき相手と目が会った





ごめんなさい!僕達その、道に迷って」


「怪しいものじゃないんです ただ
近くの町まで戻る道を聞きたいなって」







質素ってよりボロっちい服を着た
中年手前のそのオジサンは


鋭い目つきで値踏みするようにこちらを見て





「…余所者に話すことなどない、帰れ」





すっ、と出口を指差した







窓からの侵入(未遂)をやらかそうと
していたのはこっちだとはいえ


さすがに出会い頭のこの対応は
気に入らなかったらしく





「迷った上にコンパスも効かなくて
どうやって帰れっつーんだよ」





語気をやや強めてエドが問う





「知らん、村の出口から真っ直ぐ突っ切れば
運がよけりゃ近くの町に出る」


「もっとちゃんとした道順を教えてくれよ
あんた、この辺に住んでるんだろ?」


「やかましい 小さいガキは帰れ





空腹に疲労、不親切な対応に
ダメ押しするような禁句の一言は


見事にエドを瞬間沸騰させた





「だぁぁれがぁガチョウに踏み潰される
サイズのミニマムどちびかぁぁぁぁぁ!!」



兄さん抑えて!そこまで言ってないから!」





取り押さえられながらも烈火のごとく
暴れるドちびの国家錬金術師には


流石のオジサンもビビったみたい







ホールドをかけながら頭を下げて
今度はアルが口を開く





「ごめんなさい、僕達急いである町まで
行かなきゃならないんです」


「そんなものこちらには関係ない」


「道さえ教えてもらえれば
すぐ出て行きますから…お願いです





丁寧に頼み込んでも、あちらは
頑として首を縦に振らない





「勝手にやってきておかしな事をしようと
してる余所者がどうなろうと
こちらの知ったことではない、出て行け







……なーにを偉そうに







それはお互い様でしょ?そっちだって
居留守使ってたくせに」





短く呟けば、途端にオジサンは顔色を変えた





「気付いてたのか…!?」


「生憎 耳はいい方だから」







言葉を続けながら窓の仕掛けを取り外しつつ
ニヤリと笑いかけて





「それ以上つれない態度をとるんなら
村もろとも壊しちゃおうかなー」


「なっ…!」





オジサンと一緒に驚くエドへ目を向けると


相手に見えない角度でパチリと
片目をウィンクしてみせる







意図を汲み取ったのか あっちも
一度だけ小さく頷いた





「そーだな〜腹も減ったしこんな感じで
邪険に扱われたんじゃ、暴れたくなるよな


「どうせなら村を巨大なのろしにして
それを目印に山を抜け出さない?」





ふざけた調子で言い合えば


面白いようにオジサンの顔色が青くなる





「ふざけるな!お前達のようなガキに
この村で好き勝手されてたまるか!」



「…オジサン あまり刺激しすぎると
冗談抜きで村壊しますよこの二人」







静かなため息交じりのアルの声音が
トドメとなったのか







深い息を吐いてオジサンは言った





「…くそ、わかった 道を教える」


「そーこなくちゃオジサン
お前も悪だな〜


「いやいや エドには適わないって♪」





後半を小声でやり取りする私達を
一瞥し オジサンは嫌そうに続ける





「その代わり教えたらさっさと村から
出ろよ、くれぐれも奥へ行こうと」







言いかけの台詞を遮って異様な音…


いや、エドと私の腹の虫
すてきな二重奏を奏でていた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今年最後の長編がまた時間稼ぎな
引き伸ばし展開でスイマセン(めり込み土下座)


エド:自虐れば大目に見てもらえるとか
セコい算段してんじゃねぇぞコラァァァ!(蹴)


狐狗狸:痛゛あぁぁぁ!!(本気でめり込み)


アル:あのオジサン、しきりに僕らの事を
村から追い出したがってたね…何かあるのかな?


狐狗狸:なきゃ最終章に相応しくないでしょ
こっからドンドン展開を進めるつもりだし


エド:どこまで本当だか…




次回 村人達が三人を忌避するワケは…?


様 読んでいただきありがとうございました!