幼い「正義」は時に間違いを起こす
性質が悪いのは、自覚が無い事









〜第三十七話 明かされた誓い〜








「な…何を…」


「見たんだろう?」





弱々しく反論するエドの言葉を、表情を
変えることなく師匠が繰り返す





「……見ました」


「さすがはその年で国家資格を取る程の天才
……って事か」







いきなりワケの分からない問答を始めた二人を
私達はただ呆然と見つめるばかり







「…ねぇアル、二人は何を言ってるの?」


「僕にもわかんないよ」







俯いていた顔を上げて、エドが口を開く





「師匠は……!」









痛いぐらい張り詰めた空気を割くように







「イズミせんせー!」





のんびりした声を上げて、オモチャを手にした
子供の集団がこちらにやって来る





「せん…」







あ、オジさんみて固まった…避けてる避けてる





「どうせこわい顔ですよ…」


「あ、自覚あったんだ〜ドンマイオジさん!」


ちゃん、そこまで言わないであげて!
…店に戻りましょう店長!」





ガックリ肩を落としたオジさんを連れて
お兄さんがお店の中に戻る







「どうしたの?」


「ボクの汽車が壊れちゃった 直してよ!」





言いつつ手にしていたオモチャを差し出す子供







師匠の錬金術が見れるのかな、と思いきや







「なんでも錬金術に頼らないの 自分の手で
直せる物は直す!」





家の中に入った師匠は、自分の手と
道具だけで汽車を直していた







「…錬金術に頼ってる誰かさんには
耳に痛い台詞だよねぇ?」


「オレだって言いてぇのか?」


「別にエドだって言ったつもりはないけど?」





微妙に不機嫌な顔をしたエドを笑ってるうちに







「壊したらまた来るね〜!」


「だから壊すなっつの!!」





満足した子供達が、師匠にお礼を言って
家から外へと飛び出していった







それを見送ってから





「イズミせんせい…」





微かな声に顔を向ければ 離れた所に
ぽつんと佇む小さな女の子が







「メニィどうしたの、あんたも何か壊したの?」


「チコが動かないの 直してよ…」





腕の中には…身動き一つしない猫







静かに猫を受け取った師匠が、女の子に
猫が死んでいることを教えるけど







「せんせい チコを直してよ」





女の子は猫が死んだ事を
やっぱり分かってないみたいだった







「…メニィ 命は物と違うし私は神サマじゃない
チコもメニィも同じ「命」
チコは命が止まってしまって、もう戻らない」


「……わかんないよ、だって…きのうまで…」





その先の言葉は 涙に取って代わる







師匠は悲しげな笑みを浮かべながら、言った





「チコの命は作ってあげられないけど
お墓は作ってあげられる…ね?」












猫の墓を作って、花を供えて


それでも泣きやまない女の子をお母さんが
迎えに来て、夕暮れの中 二人が帰る







「世のあらゆる物は流れ 循環している
人の命もまたしかり…自分ではこんなにも
分かりきっているのにな


未だに子供に死を納得させるのは難しい」







遠くを見つめるような師匠の背に、エドは問う





「…師匠は命を……死んだ人を
生き返らせたいと思った事はありますか?」



「あるよ」





振り向かないままで、今度は師匠が訊ねる





「エド お前は軍の狗でいて良かったと
思ったことはあるか?」








戸惑い、困ったように眉をしかめて
沈んだ顔でエドは俯く





「……いつ いつ人間兵器として招集されて
人の命を奪う事になるかわからなくて
…こわいです」


「それでも、その特権を利用して
成し遂げたい事があると?」







その瞬間、答えたエドの顔つきが変わる





「成し遂げなければならない事があります」





迷いがない 強い意志を持つものに









が、直後に喰らった師匠の蹴りにより
血塗れで魂の抜けた情けない顔に逆戻り☆





「兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん」


「おーい、生きてる〜エド〜」





心配してる私達には構う事無く





「師匠の教えを破っといて
粋がるんじゃないよこのガキ!」





蹴った本人は惨状を無視して言葉を続ける







「アル、その鎧の中…空っぽだな」





身を起こしたエドと支えるアルが固まる





「エドも機械鎧だろう」







アルの追求を遮り、師匠が淡々と理由を語る





「さっきお前を投げ飛ばした時!
左右で違う足音!…気付かないと思ったか
私をなめるなバカ者」


「流石二人の師匠〜分かってたんだ」


「どうせちゃんだって、二人の素性
大体知ってて旅してるんでしょ?」


「ニャハハ…お見それしました」





浮かべた愛想笑いを呆れたように見つめ


一つため息を落とした師匠が、二人へ
向き直って真剣な顔で問いかける





「何があった……全て話せ」







夕暮れの光に晒されながら





ずっと心の中で煩悶していたエドが
決心をつけて、ゆっくりと顔を上げる







「何から話せばいいのか……」


「その前に一ついいかな」





挙手した私に答えたのは、アル





「なぁに


「ここで話をしてて大丈夫?」





ハタ、と全員が今更ながらに気付いた模様







多分 立ち入った話をするであろう場所が
人気がないとはいえ野外は似つかわしくない







「……それもそうね、三人とも
家の中に戻ろう 話はそれからだ」













場を仕切りなおし、二人の話が
ダブリスの師匠の家の中で始まった


聞き手は師匠と私 そしてオジさん







二人のお父さんは力のある錬金術師で
小さな頃にいなくなったらしい





書斎に残されていた本を絵本代わりに
呼んで育ったエドとアルは


いつしか錬金術が使えるようになった







「母さんが誉めてくれる」
たった それだけの事が嬉しくて
オレ達は錬金術にのめり込んだ…」







それほどまでに慕っていたお母さんが
流行り病で死んだのは、程なくして







"お母さんの笑顔がもう一度見たかった"





ただそれだけの為に二人は、墓の前で
人体錬成を決意したのだと言った







「そっか…好きだったんだね お母さん」


「ああ、ちゃんは記憶喪失で
一人旅をしてたんだったな…」





オジさんが寂しそうに呟いた







……"お父さん"はともかくとして


"お母さん"についての想い出は、二人ほど
深いわけじゃない





愛情なんて得にない


思い出せるのもほんの僅か…絶望して
世界を呪って死んだ、臨終の姿だけだ









話はやや脱線したけど 二人はそれから
地道に人体錬成の研究をずっと続けていた





壁に突き当たり、独学に限界を感じ始めた
ある時期の大雨の日







だめだ!この先も決壊しかけてる!」


「非難した方がいい!」





雨によって量が増えた近くの川が決壊し
堤防が壊れかける事件が起こった





そこに…川に向かって歩く人物が一人







「あ、それってまさか…」


「そう イズミ師匠だったんだ」







師匠は川の堤防近くまで悠々と辿り着き


両手を合わせ、地面へと当て





一瞬にしてその場に 大量の土の堤防を
築き上げたのだとか








「ふぇ〜…スゴい話だなぁ」





感心して思わず呟くと、師匠は軽く微笑む





「東部にはこの人と観光に来ててね
その時、雨で足止め喰らって困ってて


したら川が氾濫してるって聞いたもんだから
役に立てないかと赴いたのよ」







事が収まった後、すぐさまエドとアルは
師匠に弟子入りを頼み込んだ、と言った





弟子を取る気はなかったから始めは
断っていたけれども


必死に頼んだ二人の眼差しに勝てず







才能を見る為、一ヶ月の仮修行として
ダブリスへ移る事になった







「で…仮修行ってどんな事やったの?」





二人が一瞬顔を見合わせ、少しげんなりして





「…ナイフ一本、カウロイ湖で一ヶ月のサバイバル」


「錬金術禁止で、「一は全、全は一」の答えを
見つけろって言われてほったらかし」


「なぁんだ、楽しそうじゃない」


「「どこが!?の思考おかしいって!」」





目を剥いてツッコむ二人に、私は返す





「だって食べ物とか豊富だし凍死もしない
武器とかもあるんだし そこらの路上孤児より
よっぽど過ごしやすいもん」







あれ?何この哀れみっぽい視線





放浪の身=路上孤児だった疑いって図式が
成り立ってますか?(まー半分事実だけど)







ちゃんについてはさて置き…


「知識に勝る経験無し」って言うでしょ?
錬金術の基礎にして肝の部分を心身に
叩き込むには一番いい方法を選んだのよ」







ともかくこうして二人のサバイバル生活が始まり





一日目の晩から、謎の怪人の襲撃によって
大波乱を見せていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:二人の回想のターン突入です、次回まで
続くのでそこまでで収めるよう努力します


エド:…収まるか?修行の部分も多いのに


狐狗狸:ガンバリます がこれ以上は
空気にならないように気を配りつつ


アル:何かならサバイバル平気っぽそう…


狐狗狸:生い立ちがアレだからねぇー
きっと一ヶ月所か半年は軽く生き延びれるよ


イズミ:それだけ体力あるなら、ちゃんに
ブリッグス山での修行をお勧めしたいわね


狐狗狸:いやいやいやそれは…師匠ほどの
戦闘力は……あーでも微妙…


二人:えぇぇぇぇぇ!?




問いの答えと、ついに語られる悲劇…


様 読んでいただきありがとうございました!