「正義」という原罪をも背負って
生きる人間は、時に驚くほど強い









〜第三十四話 ヒトの底力〜








「エドもアルもパニーニャもも…
落ち着いて、私の話を聞いてくれる?」





エドの三つ編みを掴んだそのままで





「リドルさん ちょっと!」







若メガネさんも呼び寄せて ウィンリィが
私達へとある事を提案した







本気かい!?出産に立ち会った経験は!?」


「無いですよ でも迷ってるヒマは
ありませんから」


「出来る限り協力するけど…思い切ったね」


「当たり前でしょ、人命かかってんだから」





エプロンを締めて用意を始めたウィンリィが
若干引きつった青ざめ顔で宣言する





「みんなで協力して 赤ちゃんを取り上げます
肚 括ってください!」








激しさを増す雨音の中、テキパキと下される
ウィンリィの命令に皆が動く





「パニーニャはタオルをあるだけ集めて
リドルさん消毒用アルコールありますか」


「私は何を?」


は救急箱とハサミの用意!」







頷いて、若メガネさんに場所を教えてもらい
自分の役割を務める中





「ねぇ大丈夫かなぁ」







不安げなパニーニャとエドの会話が聞こえてくる







エド達が錬金術書をそうしてたように


ウィンリィもまた家にあった医学関連書
絵本代わりに読んで育ったとか







「それってちゃんと学んだわけじゃないんじゃ…」


「ああ たぶんうろ覚え程度の知識だろうな」





動揺を浮かべるパニーニャの言葉を遮り





「今はあいつの知識と度胸にまかせるしか
無いんだよ…!!」








響いたエドの声は 信頼と、何も出来ない
自分への悔しさが入り混じっていた









部屋の中に言われたものは全て揃ったけれど


ウィンリィは真っ青な顔でノブを掴み
手順を呟きながら立ち尽くしている







…声をかけなければいけない気がした







「ウィンリィ」





こちらを向いたウィンリィに







「「「がんばれ!」」」





私とエドとアルの声が、ぶつかって







青ざめていたその顔に 強い決意が戻った







―うん!パニーニャと
中で手伝ってくれる?」


「うっ…うん!」


「アイアイサ!」







エドとアルを廊下に残し、私達はドアを
潜って作業へと取りかかる







道具の消毒や私達の手の消毒をあらかた行い





下からめくり上げたシーツをそのまま手で固定し


パニーニャがサテラさんの腰の下にタオルをしき


下半身の着衣を取っ払って、ウィンリィが
直接サテラさんの身体へと触れる







「痛い痛い痛い!!」





断末魔のような叫びが不意に上がったので


パニーニャはもとより私でさえ驚いて
固定していたシーツを取り落としそうになる







「死んじゃう〜!!う〜〜〜〜〜…
痛い〜〜〜〜〜!!」






人間はそんな簡単に死なないとか、少しは
手加減しなよとか言おうかとも思ったが


冗談の通じぬ雰囲気だったから黙って役目に徹する







何度もタオルを変えたり 時折交代して
消毒の手伝いをしたりしながら







私はいつしか目の前の光景に釘付けになっていた









人が壊れるのは…壊すのは
案外簡単だと思ってたけど





人が生まれるのは…生み出されるのが


こんなに 大変だったなんて







今まで、知りもしなかった











痛いくらいの沈黙と呻きと サテラさんを
励ます若メガネさんのささやきが場を生め







山と用意されていたタオルがほとんど
血塗れになった頃に







一抱えほどの小さな人間が、生まれた











「…おめでとう 生まれたよ、サテラ」







涙交じりの若メガネさんの声が やけに
はっきりと耳に沁みる







「スゴイよ、がんばったねウィンリ…
って 大丈夫?パニーニャ?!





急に床にへたり込むウィンリィと青い顔して
ドアから部屋を出るパニーニャに戸惑う





「ねぇ大丈夫?」


「ん、大丈夫だから…ごめ…」





寄り添って問いかけると弱々しいながらも
ちゃんとした返事が返って来たので安心する







「どうしたんだよおいっ!!」


、何があっ…」





入れ違いにやって来た二人が、ウィンリィの
指差した方を見て 動きを止める







そこには泣き出す赤ん坊を前に微笑む
二人の幸せそうな夫婦がいた







「…う…ま れ「たー!!」」







エドとアルの上げた喚起の声で


ようやく、人の誕生という一大事が
成し遂げられた実感が沸いて来た気がした







「子供も奥さんもピンピンしてるよ
心配かけたね、二人とも」


「そっか〜」





ほっと息をつくアルに、こっちも安心したのか
エドが廊下で倒れるパニーニャに笑いかける





「なんだよパニーニャ!
ビビらせんなこんにゃろー!」



「血…あたし血はダメなのよぉぉ…」


「ニャハハ、今度私が耐性つけてあげよっか」


「遠慮しとく…はシャレにならなそう」







産湯に入れるのと道具の片付けがあったから
楽そうな道具の片付けをやる事にする







その間も、エドはひたすら子供が
生まれた事に感動していた





「…「人間が人間を創る」っていう事をだな!
女の人はたった280日でやっちゃうんだぜ!?」


「生命の神秘を一緒にするなんてロマンが無い!」


「そーだ、だからモテないんだよエド」


う!!しょーがねぇだろ職業柄よぉ…
それとはマジむかつくホンット」





こっちをジロリと睨んだエドが、再び
赤ん坊へと顔を向けて微笑む







「でもやっぱりすげーよ 人間ってすげー」







その気持ちは私が今一番感じている







人間は私達に思いも付かない事をやり遂げる





その底力は…本当に驚かされてばかりだ







「お前もすげーよ、たいしたもんだ」


「だね ウィンリィの事見直したよ」


あはは!もっと誉めなさい!」


「あとオレにできる事あるか?」





呼びかけに、ウィンリィはエドの袖を掴む





「そうねとりあえず…起こして
安心して腰が抜けちった…」







思わず吹いたらしいエドに構わず私は
ようやくさっきの行動のワケを理解する







「あ、それでずっと
へたり込んだままだったの」


「そういう事、心配かけてゴメンね









色々と文句を言いながらも、エドは
ウィンリィを背負って廊下へ出る





私は部屋の中で片付けをしつつ
こっそりとそれを見聞きし続けていた







「…銀時計の中身ね 見ちゃった」







それはとても小さな声だったけれど、さほど
離れていないこの距離なら丸聞こえで


瞬間 エドはウィンリィを落とす







「お前な…無理矢理開けたのか


「ごめんね……ごめんなさい」





悲しげなウィンリィの声に、怒りが失せたのか





「…バカヤロ」







呟いて エドはウィンリィの手を取って
側の椅子に座らせ、自分も座った









…本人のぽつりぽつりと語った言葉によれば





時計のあの文字はやっぱり 二人の過去
決意として刻んだものだったようだ







「……なんでお前が泣くんだよ」


「あんた達兄弟が泣かないから代わりに泣くの」





しゃくりあげながらのウィンリィに、エドは
もう一度 バカヤロと呟く







やや間を置いて、エドが田舎に帰れと切り出す





「あれを見たなら家がある事の
幸せってものがわかっただろ」







けれど、ウィンリィは"帰れない"と答えた







「あれが家を焼いた時のエドの覚悟
刻んだ物だってわかって あたしもハンパな
覚悟じゃダメなんだと思った」







あの時計の決意を見て、ウィンリィは
より一層弟子入りの決意を固めたらしい





エドが安心して旅を続けられるように


力になれるよう 腕を磨いて少しでも
いい機械鎧をつけたいと思って







静かに弟子入りを頼むと言ったウィンリィに







「…そっか がんばれ」







幾分柔らかい声で、エドは言った









この位置から顔は見えないけれど二人は
少なくともエドは 笑っていたに違いない







「さて!…と おいパニーニャ!!





大声でまだダウン中のパニーニャに呼びかけつつ
近寄って、エドはゲンコをお見舞いした





「いったぁー!!何すんのいきなり!!」


うるせぇ!!ゲンコ一発で勘弁してやっから
時計返せこの盗っ人!!」


「だからって右手で殴る事…」


「じゃあ左手だ」





うっわーえげつな…


パニーニャの悲鳴を聞きつけてアルも顔を出す





「兄さん女の子殴っちゃダメだよ」


「あれはねー、照れ隠しの八つ当たりだよん」


っテメェ聞き耳立ててやがったな!?」


「人聞きの悪い 側にいたらある程度は
聞こえてきちゃうモンでしょ?」







いつの間にか雨も上がった静かな夜の谷に


ぎゃあぎゃあとひたすら喧しい声が
木霊しまくっていたのでした…








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:出産の下りをがーっと書いたのですが
若干文が飛んでる感は否めない事を謝罪します


エド:いつも通りだろ


アル:いつもよりも劣悪だけどね


狐狗狸:っさい!いーのこれの視点なんだし
出産の手伝いで思考がアレしてたってことで!


ウィンリィ:責任全部に丸投げ!?


パニーニャ:てか…ウィンリィはともかく
はなんであんな血とか平気なの…?


狐狗狸:ある程度は耐性があるんでしょ




次回 谷からの別れと巡り来る運命…?


様 読んでいただきありがとうございました!