作り物の薄っぺらい「正義」じゃ
お子様だって騙せやしないよ









〜第二十七話 こころの証明〜








仁王立ちで アルは拳を震わせる







「好きで…こんな身体になったんじゃない…」





ごめん、とエドが謝りながら続ける





「こうなったのもオレのせいだもんな…
だから一日でも早くアルを元に戻してやりたいよ」


「本当に元の身体に戻れるって保証は?」


「絶対に戻してやるからオレを信じろよ!」


「「信じろ」って!!」





遮った声に満ちるのは 激しい憤怒





「この空っぽの身体で
何を信じろって言うんだ…!!」








アイツの無責任な悪意を真に受けて





アルはエドに向け、とうとうと
難しいことを並べ立てる







「おまえ 何言って…」







私は小難しいことなんか全く知らないし
分からないし興味も無いけど





今からアルが言おうとしている事が


二人の間に溝を生み出すことだけは、分かる







「アル、駄目だよそれだけは」


黙っててよ 兄さん前に
僕には怖くて言えない事があるって言ったよね」





私の制止を切り捨てて、アルはエドへ向き直る







「それはもしかして僕の魂も記憶も本当は全部
でっちあげた偽物だったって事じゃないのかい?」








エドの目の色が 完全に変わった







「ねぇ兄さん アルフォンス・エルリックという
人間が本当に存在したって証明はどうやって!?」






怒りと不安が綯い交ぜになった
アルの言葉だけが病室の中で響き渡る





「ウィンリィもばっちゃんも
皆で僕をだましてるって事も―」










その追求を止めたのは、エドの叩いた
トレーの音だった







「―ずっと それを溜め込んでたのか?」





しんとした室内で、うつむいたまま
エドがもう一度口を開く







「言いたい事は それで全部か」





ただ頷いたアルにそうか、と寂しげな顔で
ささやいて 立ち上がると


アルの横をすり抜けて エドが部屋を出る









通り過ぎるエドを追って







「エドっ…!」





初めて、私は入り口にいるウィンリィと
メガネさんに気がついた







無言で礼をして 私はエドの後を追う











屋上にたどり着くと、エドは目の前の
手すりまで近寄り そこに両手を乗せる







「エド」







私はドアから少し出た所で 声をかける





「…大丈夫だよ
飛び降りたりなんかしねぇから」


「それは分かってるよ」









仲の良い 私に無い絆を持つ二人が
どうして険悪にならなければならない?







あんなクソみたいな鎧野郎の適当な言葉に





アルの存在を否定する事も、


エドや親しい人達がアルの存在を偽っていると
指摘はおろか 決定なんて出来やしないのに







我慢が、出来なかった







知っていながら悩みを励ませなかった事と
悩みの種を話せなかった事と





この結果を生み出した、その事実が







言えなかった事を悔いても仕方ない





でも、今から言えば間に合うかもしれない







私がこの後どう思われようと構いはしない
どうせ 元々部外者で、嫌われ者だから





こんな気分の悪い状態で強かったはずの
二人の絆が終わるくらいなら







いっそ全てをぶちまけて









「アルがあんな事を言い出した原因は全部―」


、アルが病室で言ってた事
…覚えてるよな?」


「「怖くて言えなかった事」って、言ってたね」





顧みず、エドが首を縦に振る





「研究所に忍び込む前 ちょうど
いない時に言いかけた事なんだ」


「それって、少佐が来る前の事?」


「ああ…オレが怖くて言えなかったのはな」





そこで言葉を切ったけれど、エドは
思い切って それを語った







「…アルがオレの事
恨んでるんじゃないかって事だ」










腕と足とを失い、アルの魂を
呼び戻したその後


機械鎧手術の熱に浮かされながら





ずっと、頭を巡っていたとエドが言う







アルが食べる事も眠る事も
痛みを感じることも出来ないのは


人体練成を持ちかけた自分のせいで





そんな身体にした自分を、アルは
きっと恨んでいる
 と







それが怖くて聞けなくて


ただがむしゃらにアルの身体を
取り戻すことを考えて





自分を誤魔化していたんだ、と









「言えずにいた事が、こんな誤解を
生んじまうとは 皮肉だな」


言わなきゃ…何も伝わらないんだよ」





どこか哀しげな一言に、私は昨日の
ウィンリィのセリフを口にする







空を少し見上げたまま エドが訪ねる





 お前もアルの存在は
オレがでっち上げた偽物だと思うか?」








答えは、エドの中では既に出てるんだろう







それでも きっと聞きたいから訪ねたんだ







部外者で、付き合いも浅いけれども
二人を側で見ていた 第三者の私に







「私は知ってるよ、アルがあの夜から
ずっと自分の存在に悩んでいたこと」





その原因も、という一言は飲み込んで続ける





「それでもやっぱり エドの事を心配してた」







あの夜、宿にいた間ずっと


アルは壊れたレコードみたいに
繰り返し繰り返し…エドの事を呟いていた





「悩みながらも、お見舞いに行く時は
必ず私より先に行動してた」





今日だって 兄さんは牛乳飲んでないんだろうな
なんてこっそり言っていた







「作り物の存在には そこまで出来ないよ」







確信したようにそう言うと







エドはようやく、こっちを向いた





「…そうだろ





顔に浮かぶ微笑みに、哀しさは失せていた











鎧の走る音が 後ろのドアから近づいてくる





アルが慌ててこっちに向かっている







自分で思い直したのかウィンリィに
説得されたのかまでは分からないけど


きっと、エドに謝る為に追って来たんだ







「もしアルが今ここに来たら どうするの?」





聞くと、エドがもう一度空の方に視線を返す





「決まってるさ」









階段を上がりきり カシャリとドアを開けて
アルが姿を現した







…」







こっちを見るアルに、私は無言で微笑んで
少し向こうの壁の方まで移動した





それを目で追ってから エドに向き直り







「…………兄」


そういえば しばらく組手やってないから
体がなまってきたな」





遮り、エドは裸足になって身体を捻る





「まだ傷が治ってないのに何言ってんだよ…」







もっともなアルの言葉は、間合いを詰めて
繰り出される蹴りによって悲鳴に変わった





慌てるアルを容赦なく攻めるエド







「待った!待った兄さん!!」







防御をしつつ説得を試みているけれど
全く聞かずにエドは側の洗濯物のシーツを掴み





「傷口が開いちゃうよ!!」







アルの顔に向けて、それを放り投げ


追うようにして左足の飛び蹴りを喰らわせた





流れるような見事なコンボに耐えられず
アルがその場に派手な音を立てて倒れる







勝った!へっへ…初めてアルに勝ったぞ」





肩で息をしながら、アルの側に座り込む







「…ずるいよ兄さん」


「だよねぇ、ほとんど不意打ちくさいし」


「うるせーや 勝ちは勝ちだ!」







私は壁にもたれたまま、寝転んだ二人に言う







「君らのケンカって本当に大変だねぇ」


「そうなんだよ、兄さんったら
血の気が多いから」





余計な事言うなよ!と一括しておいて





「でも……小さい頃から
いっぱいケンカしたよなオレ達」





うん、と呟くアルに エドが楽しげに続ける





「今思えばくっだらねぇ事でケンカしたよな」


「二段ベッドの上か下かとかね」







空を仰いだまま、二人が幼き日の
ケンカの想い出を口にし合う







「おやつの事でいつもケンカしてたっけ」


「あ〜〜勝った覚えが無ぇや」


「師匠の所で修行中もケンカしたよね」


「やかましい」って師匠に半殺し
されたからドローだろ あれは」





どんな師匠なんだろ本当に…







大抵の中身は、子供らしいささいなケンカで
勝ったのは全部アルだった





「ウィンリィをお嫁さんにするのはどっちだ」
ってケンカもした」


「え!?そんなの覚えてねーぞ!!」


「ほほぅそれは興味深い、で 結果は?」


「お前も余計な事聞くんじゃねぇよ!」





顔を赤くしてあたふたするエドに構わず
アルはこう言った





「やっぱり僕が勝った でも二人ともふられた


「ニャハハつまんないの〜」





笑う私にひと睨みして、エドは息をつく







「―全部うその記憶だって言うのかよ」


「……ごめん」


「イーストシティでお前言ったよな
「どんな事しても元の身体に戻りたい」って


あの気持ちも作り物だったって言うのか?」


「……作り物じゃない







アルの言葉に 病室での迷いはもう無い







「そうだ 絶対に二人で元に戻るって決めたんだ
これしきの事で揺らぐような、ぬるい心でいられっかよ」







強くなるぞ!と拳を上げてエドが誓う





「…牛乳も…なるべく飲むぞ」


「それじゃあ私も協力」


「せんでいいは」





そんな即断で断らなくても〜







アルも苦笑交じりに拳を上げて





「もっともっと強くなろう」





エドの拳にかち合わせて、同じように誓った









その様子に安心して 私は壁から身を離す







「それじゃ、私先に行ってるから〜」


「うん分かった、ゴメンね





身を起こしたアルに気にしないの、と告げて
エドを任せて入り口に行くと







そこにはウィンリィとメガネさんが来ていた





「アルがここに来たの、やっぱり
ウィンリィのおかげだったんだね」


「…本当、あの二人は手間がかかるわ」


「だよね〜じゃ、後は任せたよん」







振りかえらずに 階段を下りながら
耳を澄ましてみれば





二人とウィンリィとメガネさんの
賑やかな会話が、ハッキリと聞こえた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:年明け一発目の鋼にて、兄弟ゲンカの
下りを終わらせて参りました〜


エド:ったく ウィンリィももお節介だな


アル:そー言うこと言わないの兄さん


狐狗狸:いやしかし、この辺の絡みもそうだけど
次の話はそれはそれで苦労しそう…


エド:あー次は大総統が出てくるもんな


大総統:呼んだかね?


アル:うわっだだだだ大総統!?


狐狗狸:出番早いっす、まだ少し先ですから!




次回 大総統の出現、そして再び旅へ…


様 読んでいただきありがとうございました!