枯葉を舞い散らす秋風が、冷気を徐々に
強まらせていく この時期は


校舎の窓から覗く 或いは通学路に生える
寒々しい枝を目に生徒は来るイベント

もしくは、不安定な自らの未来を思い悩む





だが…悩み苦しむのは生徒ばかりではない





現に銀魂高校の廊下の隅にて 苦しみの絶頂
味わっている教師が一人 いた







「…もしや、服部先生か?」





背後からの少女の声に、丸まっていた細身の
スーツの背がぴくりと震えて


持ち上げられた彼の 前髪に隠された瞳が


中腰で様子を伺う、無表情な女生徒を捉える





「やはり服部先生か」


「…あんだ妹か 下校時刻過ぎてんぞ
兄貴と一緒に帰らなくていいのか?」


「兄上は校門でお待ちだ、教室に忘れ物を
されたと聞いた故 取りに参ったのみ」


「普通本人が取りに行くモンじゃねぇのか?」





至極最もな全蔵の問いに、しかしは答えない





「して何故ゆえ廊下にうずくまっておられるのだ」


「質問に質問で返すな」


「腹痛か何かだろうか?」





空気を全く読まない質問攻めに、担任の
授業不行き届きっぷりを恨みつつ


彼は投げやり気味に返答を行う





「そんなトコだ、放っといてくれ」


「いや、腹痛は冷やすとよくないと聞く
保健室へ行った方がよいかと…そうだ薬でも」


「そこまでヒドくねぇから
つーか余計なお世話だ、あっち行けって!





その一言に、開けかけたカバンを閉じて
僅かに心配そうな眼差しを投げかけた後


一つ礼をして 彼女の黒い三つ編みが離れて行く











「皆まで言うのは野暮ってモンです」











更に間を置いて…ゆっくりと


屈みこんでいた教師は立ち上がり、腰をさする





あ゛ー…ようやっと治まった
ケツが冷えると一層ヒリヒリすんだよな」





尻に文字通り痔病を持つ全蔵は、慢性的な痛みに
襲われた場合 緊急措置としてその場に屈む





特に冷え込みが厳しくなってくるこの時期は


血液の流れも悪くなり、必然的にその回数が
増すのだが…今回もその例に漏れなかったらしい







「今度からケツにカイロつけとこっかなー
けど、低温ヤケドも怖ぇしなー」


ぐぐっと背を伸ばし 踵を返そうとした矢先





その爪先が、床に落ちた一枚の紙切れに触れた









昇降口目指して、階段を降りていた





「おい妹 これお前の落し物だろ」





踊り場から、片手に一枚の紙を掲げて
先刻まで屈んでいた教師が呼びかける


振り返り、少女は慌ててカバンを漁って確認を行い

"書類"が無くなっているのに気がついた





おお!先生が拾ってくれたのか、かたじけない」


無表情ながら、若干明るい声色で言いつつ
は降りかけた階段を引き返す


白い手が 落し物を受け取ろうと伸ばされ





―その手が 空を切る







「こんなもん どっから手に入れやがった?」





頭の高さに持ち上げられ、ひらひらと全蔵の
片手にもてあそばれているのは





白紙の婚姻届







色素の薄い前髪で 半分顔が隠れているものの


真一文字に結ばれた口元と、見下ろしながら
低く吐き出された一声は


どことなくお説教モード特有の威圧感が入っている





察知したらしく 伸ばした手を降ろし


は…おそるおそる呟く





「お裾分け「省くんじゃない」


いつものクセが出たのですかさず釘が刺されるが





当人は それ以上を口に出そうとはせず
固い顔つきのままで沈黙を貫いている







…だがしかし、市役所や区役所へ赴いて届けを
発行してもらう 一般的な常識も


その際に役場の人間をだまくらかせる程の
話術や悪知恵も無いと承知している為


少女が書類を入手できる方法は 限られていた





「大方、猿飛あたりだろ?」


「な…何故ゆえそれを…!?」





慌てて両手で口元を押さえるだが
言ってしまった以上、後の祭りであった







ちょっと頭を捻れば誰にでも分かる事なのだが

あまりにも予想通りの反応を寄越したので





軽いイタズラ心が 彼に芽生えた





「オレぁ忍者だからな 隠し事なんざ一発で
見抜けるし、天井も走れるんだぜ?」


「そ それは誠だろうか先生!


「おぉよ、分身だってお手のモンだし
チョークやクナイは百発百中よ」


「なるほど…しからば水の上を走ったり
大木を飛び越す事も、自らの影との摩り替わりも
自由自在 お手の物と言う事ですか!?」



「で…出来るぜ、当たり前だろ?」


なんと!流石は先生…!!」





さながら"サンタさんを信じる子供"のような
期待に満ち満ちた緑眼を向けられ





年と釣り合わない純粋さ…というか痛々しさに


発言した全蔵が、思わず眉間を押さえつつ
深いため息をついたのも無理からぬ事であろう





「…あーうん、バカだろお前本気で
もしくは作り話の読みすぎだ」


「む?どういう意味だろうか」


ウソに決まってんだろ?通う高校の教師が
忍者だなんて ジャンプとラノベの世界だけだぞ」





指摘に、表情を変えない彼女の背後でベタフラが舞う





「な…先生は 私を謀ったのか?」


「いや、普通騙されねぇってそんな与太話
本編じゃあるまいし」





身もフタも無い一般論に 肩を落とす





「時代劇の武術が現代に残っているならば
忍の存在を信じてもよいではないか…」


「それとこれとは事情が違うだろうが…にしても
その年で忍者に詳しいとか、変わってんなお前さん」





訊ねる当人にしても、受け持った日本史の授業で


度々脱線する程度には 忍者の歴史を
熱く語っているのでお互い様のハズなのだが


その辺は、特に突っ込まれなかったようだ





「…父上が時代物を好まれるので、自然と
そういった話を目にする機会が多かっただけ故」


「ああそう…の割には成績に反映されねぇのは
一体全体どーいうメカニズムなんだか」


「そんな事より、書類を返してくださらぬか?」





言いつつ両手を差し出す切り替えの早さに呆れ


それでも色々と問題になるのが目に見えているので
申し出に乗らず 全蔵は相手から少し距離を取る





「こんなロクでもない婚姻届(モン)書いてる
ヒマがあんならなぁ、進路表でも埋めとけっての」


「私は兄上と結婚するつもりだ だから
その用紙は必要なのだ」


「いい加減 法律と現実を見つめろぉぉぉ!」





力一杯の正論を、丸々無視しては続ける





「お守りとして持とうと言うなら心配されるな
先生なら、いずれいい人が現れると思う」


意味分かんねーから!あとお世辞のつもりなら
せめて笑顔で言ってくれ」


「世辞などではないぞ、下の病で菊が血染めのイボで
惨状と化していたとて愛があれば大した問題ではない!
少なくとも私はそう思う!」


「誰から聞いたぁぁぁ!?」


「銀八先生に父上の頻尿のお加減を相談したところ
似た悩みをお主が持つと事細かに聞いたのだが」


「年頃の娘が頻尿とか言うな頼むから!
てゆうか覚えてろあの天パぁぁ!!



ワナワナと怒りに震える全蔵と連動し、書類も
同じように小刻みに震えている





相手の意識が完全に銀八へ向いた隙を狙って


たわめた両足のバネを活かし、勢いつけて跳んだ
が高い位置の用紙を掴む…が





「油断を誘おうったって、見え透いてんだよ」


「ぬあっ!」





引っ張る強さが足りず あっさりと紙は
掴んでいた彼女の手をすり抜けてしまった





「たく、変なトコで知恵の回「っ返さぬか!
うおぉっ!?







それが返って火に油を注いでしまったようで





彼はなりふり構わず、用紙を取り返さん
躍起になって飛びついてくる少女を避け続ける





待てコラ こんな狭いトコで暴れんな!
危ねぇだろーが、おい聞けって!!」


今だ!あっ…」





婚姻届のみを見つめていたの足が


階段の段差を踏み外し バランスを崩す





とっさに腕を伸ばす全蔵だが、すんでの所で
間に合わず 小さな身体が数瞬宙に浮き





落ちて行く感覚と、目前に迫る段差に

彼女は 痛みと最悪を覚悟した







―破裂音と重いモノが落下する音とが響く









力強い 温かな感触と鼓動を感じて





反射的につむられていた緑眼が開かれる







痛ててて、うぉー危ねー…
持っててよかった 分身用ビニメン〜」





階下の風景と 間近にあった教師の顔を
ほんの数秒ほどぼんやりと見つめた直後


思い出したかのようにの心臓が、

不整脈に似た速さで 早鐘を打つ








空中で ギリギリ少女を抱きとめた彼が


ビニール人形数体と 自らの身体をクッションに
庇うようにして背中から落ちたので





どうにか、最悪の事態は免れたようだ







「おい ケガはねぇか?





身を起こしつつ訊ねられ、しどろもどろに
なりながらも彼女はどうにか答える





「え…あ、ありませぬ…」


「そうか」







一呼吸ついた相手の様子を、痛む鼓動を抑えつ
見つめていたの頭上に







「…こんのバカたれ!」





怒号と共に やや重めの拳が落とされた





「危ないっつったろーが!人の話無視しやがって
一歩間違えりゃ死ぬトコだったんだぞ!」



「ご…ゴメンなさい…」


「たかが紙切れ一枚で周りが見えなくなって
テメーの身を省みない女に、結婚だのなんだの
ほざくのは十年早ぇんだよ 分かってんのか?





頭を抑えながら しおらしくが頷く







すっかり反省したのを見て取って、婚姻届を
くしゃりと丸めてポケットに入れ





「こいつは没収…後 今度から気をつけるように」





ポンと肩を叩いて一瞬微笑むと 振り向かずに
全蔵は階段を駆け上がって行った







気付けば床に転がっていたはずの 数体分の
ビニール人形の残骸はキレイさっぱり跡形も無く





、遅いから迎えに来たよ」





入れ違いにやって来た兄には


つい先程までのやり取りも、妹が呆然と
階段を見つめる理由も 皆目検討がつかなかった









…後日、休み時間に男性職員用のトイレから

数十歩ほどの位置でうずくまって唸っていた教師に





先日は誠にご迷惑おかけ申した…それと
助けていただき ありがとうございます」





女生徒からのお礼とカイロの差し入れがあり





唐突さと脈絡の無さに 周囲がキョトンとする中


受け取った当人だけは教室へと駆ける
小さな背中を眺めて、ククク…と苦笑していた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:痔病に関しては適当吹いてる部分が
無きにしも非ずなので、鵜呑みにしないで下さい


全蔵:いらねぇよそんな注意点!つかこっちじゃ
猿飛も学生のハズだろ!?なんであんな書類を


狐狗狸:そりゃー卒業後、銀八先生に受理して
もらうために予備も含めて持ってたんでしょ


全蔵:…坂田先生も災難だな、恨みは別として


狐狗狸:そこはキッチリ分けるんか…何にせよ
素敵サイト様からの忍者疑惑ネタや、ウチの子の
バカっぷりを久々に発揮出来た気がするわ今回


全蔵:…しかし結婚ねぇ〜いいねぇ若いってのは
オレもそろそろ嫁さんの一人も欲しいもんだ


狐狗狸:ファンから愛され、恋人がいくらでも
いる身分のクセに贅沢ですな


全蔵:…あのさ、余所の設定持ち出さないでくれる?
悲しくなるから ここより断然扱い良いだけに




微塵隠れとか おぼろ影が分かる人、僕と握手!


様 読んでいただきありがとうございました!