十月もそろそろ下旬、依然として攘夷浪士達の
行動に変わりは無いようだ
「おい新入りぃ 今回使う衣装と小道具の用意
さぼってんじゃねぇぞ!」
「スイマセン!すぐやっときますんでっ」
頭を下げれば、見慣れたゴロツキ顔の男が
むさいヒゲ面撫でながらエラそーに笑っている
「ったくしっかり頼むぜぇ?なんてったって
"客"をあっと驚かす大事な商売道具だからなぁ」
「はい、なんたって今月末に公演ですからねぇ」
適当に相槌打つオレの頭の中にあったのは
一刻も早く、この任務が終わることだった
季節の変わり目や、イベントで賑わい浮き足立つ
江戸の様相に紛れて 余所から足を伸ばしてくる
物騒な連中は後を絶たない
その一例としてやってきた"士気利党"
…表向きはあくまでも劇団"士気"とかいう
アレな名前で各地流転し、活動しているこいつらが
近々江戸で大規模な取引を行うらしい
情報(タレコミ)を耳にしたため
詳しい事実を割り出すべくオレがいるワケだが
「だからってわざわざハロウィンをテーマにした
化け物劇を演目にするかっつーの…」
しかもホール予約して 宣伝用のビラ配りまで
一週間前から仮装してやるなら、もう普通に
劇団として活動してろよお前ら
と、心の中でだけ愚痴りつつ薄汚い廊下を歩く
「いたずらにも意味はある…ような無いような」
…クリスマスしかりバレンタインデーしかり
外国から伝わったイベントは、商売目的や
恋人なんかの都合で何でも賑やかしに使われるが
盛り上がって割り増しで浮かれた奴等のしわ寄せは
全く無縁のオレ達警察にやってくるワケで
以前にもお上の提案で、この祭りに乗っ取った
妙なカッコでの見回りをやらされたりとか
可愛げのないガキに飴玉配って回ったりとか
ある惑星国家の紛争絡みのターミナルテロで
あちらさんの行事の"イタズラ"を曲解して暴れた
沖田隊長のとばっちりくらったりとかあって
"ハロウィン"の単語には、正直辟易している
ナニが楽しくて騒いでんだよあんなマイナーイベント
得すんのコスプレ好きと祭り好きとガキだけじゃん
…ああでも、いつだったか沖田隊長にハメられて
ゴスロリ着せられたちゃんは割と目の保養に
なんぞと思い馳せながら、ビラまきのため戸を開け
巷で見かけるカボチャを頭から外した
ちゃんの緑眼が 真正面からかち合った
「「あ」」
ウワサをすれば何とやら、二度あるコトは三度ある
事実は小説よりも奇なり
…とオレの頭に余計なコトワザが浮かんで消える
真っ赤なトマトらしい、丸い球体から腕を
生やしたような奇妙な格好の彼女は 動じず言う
「閉めてくれぬか」
「…失礼しました」
言われて楽屋兼更衣室の扉を閉めて……
ななななななんでいるの!なんでいんのあの娘!?
フツーに戸ぉ閉めちゃったけどなんでいんの!
てゆうかオレのこと気付いたよね、気付かれたよね!
つーかアレ仮装じゃねぇよ!あんなんでどうやって
扉潜り抜けたんだよ!むしろ何の怪物だよ!?
トマトかカボチャかハッキリしろよぉぉぉ!!
「おい新入り、そこで何ぼーっと突っ立ってやがる」
「い、いやあの中にまだ着替え中の人が」
内心の動揺を何とか抑え やって来た男に伝えていると
「終わったぞ」
あっさり言い放って、珍しく一般的な着流しに
着替え終えたちゃんが出てきた
普通のカッコしてるとやっぱカワイ…じゃなくて
「なんでいるの君!?」
「あんだ、この間雇った用じ…警備員じゃねぇか
お前らひょっとして知り合いか?」
「初対面だ しからば」
眉一つ動かさず言い切って去られ、オレはその後
釈然としない気持ちを抱えるハメになった
潜入任務中のオレとしては 知った顔をそのまま
放っておくわけにも行かないため
…宵闇に紛れ 支援、というよりは嫌がらせで
送られたあんぱんをかじりつつ
相手が一人になる機会を待ち続け
警備として"団員"達のいる寄宿舎を巡回する
作務衣姿の少女を補足し、距離を詰める
ちゃんの参入が偶然にせよ故意にせよ
こっちの素性がバレる前に釘刺しとかないと
下手に関わられたら劇団所かこっちの死期が早まる
物陰を利用して近寄り、奴等に気付かれないよう
背後からそっと肩を叩こうとした
のだがそれが裏目に出て
気付けば空を仰いだ状態で、喉元に槍の先端が
刺さるか刺さらないかの位置で寸止めされてた
「む?なんだ神前殿か 何故ここに?」
「山崎ね!というより槍しまってお願い!」
どうでもいいけど、その字で"カンザキ"って
読みがあるって何で知ってるワケ君!?
軽く命の危険を回避したついでに問いかける
「ちゃんは何でまた ここで働いてるの?」
「雇われた」
「省かれちゃ分かんないってば、ここには
他に人もいないし 教えてくれてもいいだろ?」
「今はここが仕事場だ…そういうお主はどうなのだ」
態度を変えずに 矛先が変わった
なるほどそう来たか、と思いながら肩を竦める
「そこはまあ…出来ればオレの事 内緒に
しといてもらえるとお互い得だと思うんだけど」
流石にその辺りのカンは鋭いみたいで
言わんとした事を察してくれてか
彼女は納得したようにポンと手の平を打つ
「おお、珍しく仕事しているのだな」
「アレ?ひょっとしてバカにしてる?」
「何を言う、私は心から感心しているぞ
普段から問題しか起こさぬからなお主らは」
「その言葉ソックリお返しするよコンチクショー」
時折、台詞回しに悪意がにじんで見えるけど
きっと無自覚で言ってるんだろうな
…だからこそ余計にタチ悪ぃ
結局 詳しい事情は教えてもらえず教えられず
とはいえ、こちらの言い分は通じたようで
「分かった 黙っている」
この娘は短く、けれど確かに約束してくれた
…それから特にオレの正体がバレる事も無く
お互い、一定距離以上の関係も無いまま調査は続き
取引の現場を抑えるための準備と期日が迫るにつれ
劇の公演もいよいよ当日となり 楽屋での
人の出入りや宣伝に行く者の動きも激しくなる が
「ちゃん、変装とかで化粧しないの!?」
「…滅多に」
この娘は相変わらず"警備"兼宣伝係として働いており
例のハリボテがダメ出しされ、代わりの仮装に
相応しい化粧をするよう"団長"に言われて
…そわそわしていたので、思うところあって
オレはその手助けを買って出ていた
顔やアゴ 肩なんかに手を置きながら
向かい合って白粉を ほほの膨らみに乗せたり
眉毛に墨を少し足したり
自分の顔で何度と無くやってた作業だってのに
正真正銘の女の子が相手だと、途端に全く新しい事を
やっている気分になって 少し緊張する
「女の子なんだからさ、もうちょっと
自分を飾る努力ぐらいしないとダメでしょ」
「どれほど飾ろうと兄上に及ぶはずも無い以上
私には無意味だ」
「こう言っちゃアレだけどお兄さん関係無いから
仕事にだって差し支えるし覚えて損は無いよ?
な、何だったらオレが教えてあげよっか」
「…お主の腕は確かなようだし、悪くは無い」
「だろ?だからさ」
「だが断る 私などに教授する暇があるなら
兄上を見習って落ち着きを学んでみては…痛ひ」
ちょっと腹が立ったんでほっぺを抓ったら
予想外の柔らかさとぷにぷに具合にビックリ
何コレ 横に引っ張ったらどこまでも伸びそう
あーだから万事屋の旦那とかたまに
ちゃんのほっぺ抓ってんのか、納得
「…痛いのだが」
我に返れば 涙目で見上げられてたので
慌てて摘んだ指先を離す
うわヤベカワイイ…じゃなくて、ついさわり心地の
いいほっぺの感触にハマってた 恐るべし柔らかほっぺ
「でも女の子だけあって化粧のノリいいしさ
元が美人さんなんだから、もったいないって!」
気恥ずかしさをごまかすように口にするけど
相手はやや口ごもるようにして黙ってしまい
紅を塗る段になって、気まずさが最高潮に
達してか あからさまな抵抗を示した
「…山崎殿、手伝い感謝いたすが もう十分故」
「ダメだって、まだ終わってないだろ?
動かないの紅崩れるから」
「いやしかしそれくらい自分で出来る故」
「ちょっ今動いたら袖とかに着くって!
子供のラクガキみたいになるってば!!」
必死で説得するけど、照れたのか顔を逸らしたり
バタバタと腕を振るったりして無意味に暴れ
しまいには他の相手につまづき、ハリボテトマトに
頭からダイブして セルフ血ノリにまみれていた
「どうやったらそうなるの!?」
はた迷惑なコトこの上無かったが、放っても
置けないので 別室に運んで応急処置を施す
幸い、当たり所はよかったらしく いつもみたく
脈が一旦止まったりはしなかった
「ったく なんであそこで意地はるんだよ…それと
もうちょっと周り見て行動してくれよ」
「…申し訳ない」
表情では分かりにくいけど、雰囲気で
落ち込んでいるのが何となく伝わってくる
とは言え 何かに急かされている様相に未だ変わりなし
「まあいいよ、お菓子って程大したモンでも無いけど
コレでも胃に入れて落ち着きなよ」
差し出したお茶とあんぱんを、ちゃんはじっと
見つめた後に受け取って…口に運んでいく
「で落ち着いたらさ 病院行ってケガ見てもらって
ニ 三日安静にしてるといい」
「心遣い痛み入る、しかし私にはまだ仕事が…」
「悪いけど 荒事は真撰組(ウチ)に譲ってもらうから」
差異はあれど、きっと"士気利党殲滅(もくてき)"は
同じだろう とかまをかければ
予想通り 彼女からの反応があった
「…いつから気付いていた?」
「調べるのが仕事だし、でもちゃん約束
守ってくれただろ?だからこれはオレしか知らない」
もっともらしく言ってみるけれど、本当は
顔を合わせた時から 薄々気付いてた
表情や感情や言葉を意図的に減らしてるけど
この娘は基本ウソや演技が下手くそな アホの子だ
……だからこそ 余計カワイイのかもしれない
副長に言ったら怒鳴られた後 切腹コースに
直行するかもしれないから口に出来ないが
「そうか 誠にすまない」
神妙に謝った、その次の瞬間
嫌な予感がして大きく横跳びに避けた
オレの残像を長い槍の柄が貫いていた
うわあぁぁぁ!
来ると思ったけどやっぱ来た実力行使!
急いで離れても、次の一動で距離を詰められ
身構える余裕すら与えられないまま槍が閃いて
―顔面ギリ一寸で石突きが留まって
ちゃんの身体は、くたりとその場に倒れた
心臓はまだバクバク言っていた
「い…イタズラ間に合ってよかった…」
きっとこの娘の事だから、簡単に引き下がりは
しないだろうと一服盛っておいたのが功を奏した
こうでもしないと無傷じゃすまない 特にオレが
外に逃げさせたら逃げさせたで、多分隊士の誰かに
見つかってもっと面倒な事態になるだろうから
申し訳ないけど 大人しくしててもらおう
安らかな寝息を立てているのを確認して
目方の軽めな身体を 抱えるように持ち上げる
「本当、こうしてたら普通のカワイイ子なのに」
化粧の分 いつもより大人びて見える辺りは
我ながらメイクの腕を自画自賛したくなる
…あんまりうれしくは無いが
取引の時刻も、突入の時刻も もうすぐなので
「…後で 起こしに来るから」
巻き込まれないように 擬装用の大道具の棺桶に
彼女を納めて キッチリ封印しておいた
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:分かり辛いかもなんですが、今回の話
二人とも潜入捜査バッティングしてます
でも有能ザキ書きたかったんで後悔してない
山崎:それならバラガキ篇の裏話とかで
書いてくれりゃいいじゃないですか!!
狐狗狸:それだとハロウィン挟めないモン
…まあバラガキも気が向けば書くかもですが
山崎:先に更新速度と内容安定させろy…いえ
何でも無いです その目は止めてください
狐狗狸:…それで?他には何か言う事ある?
山崎:あー…オレの方が化粧手馴れてるって
女子としてどうなんだと問いたいです、あの娘に
狐狗狸:女子力低いからねー でもギャン×2に
メイクしまくった娘だって酷評するでしょ君
山崎:再三ながら オレどんなキャラだよ!?
攘夷浪士名と劇団はフィクションです、実在
または類似名の団体等と関係ありません(謝)
様 読んでいただきありがとうございました!