反省文を書き取りさせられる…なんて状況
ガキの頃以来だな、と


柄にも無く昔を懐かしみつつ外を見る


朝っぱらから降ってた雨は既に止んでいて
夏の割りに涼しさを増していた





ひんやりした壁の心地よさを背で堪能しつつ


チンタラ手を動かしている娘っ子へ発破をかける





「たかだか書面一、二枚程度に時間かけやがって
どんだけドンくせぇの?お前」


「…これでも努力はしている」





振り返らず、は正座したままで
筆を動かし続けていた







自宅の部屋で男女二人きりって言えば
それなりに誤解を招きそうなシチュエーションだが


この能面バカ娘でヤる気が起きる人間がいたら


オレはそいつを勇者だと認めてやりたい





「フツーいねぇぞ?仕事中 車に引きずられて
クビになっちまう裏稼業の人間
っつーのも」


「不可抗力ゆえ仕方なかろう」





皮肉へ、は答えつつ


絆創膏だらけの手で
大雑把に墨を筆先へ充填する


飛び散った汁が畳へと落ちて新たなシミを作る





もう少し気ぃ使って墨つけろよな
誰が掃除すると思ってんだこの野郎!


とか考えてたら、今度は盛大に硯を落とす











「懐古もまた自然の成り行き」











「だぁぁぁもうお前周り見ろよ!」


「すまぬ…どうにも腕の感覚が」


「そりゃまたずいぶん都合がよろしい事で」





ひと睨みして雑巾かければ、少しばかり
無表情が済まなそうに目を伏せていて





オイコラ、そーいう面で要所要所人に
罪悪感だけ植え付けるの止めろっつの


オレは悪くないだろーが





「こっち見てねぇで早く手ぇ洗ってこい」







短く頷いて ぎこちなく立ち上がった
が洗面所へと消えて行く





…便所ですっ転びそうな足取りしやがって





軽くため息を吐いて、硯周りの墨も
ついでとばかりにふき取っておいた







当人が口走った通り、あいつは今

ケガの痛みで神経は半ばマヒしている





原因はまあ…さっきも口にしたとは思うけれど





引き受けた手伝いの仕事であのバカ娘
服の一部を引っかけたらしく


車による"現代版引き回しの刑"を身を持って体験し


後に曲がり角からの後続に跳ねられたのだ





人間が あれだけキレイな放物線を描いて
見事に川へ落ちれるモンかと


不謹慎ながらも感心しちまった







……言っておくが オレはその時


たまたま偶然遠くから、跳ねられる直前の光景を
目撃しただけに過ぎなかった











『うおぁぁぁぁぁあ!?』





あろう事か通りかかった屋形船に弾かれ


の身体がこっちへと、正に
ミサイルの如く吹っ飛んで激突した








…それだけならばまだしも





『あ、ちょうどいいトコに スイマセン全蔵さん
その人手当てしといてくれません?』


『え…ちょっと何フツーに頼んでんの?
オレ全然関係ねぇ通りすがりじゃん』


『今更水臭いネ、私ら吉原救って
チャーハン食ってドッキリしかける中アル』


全く本件と関係ねぇよな?!
しかもチャーハンはお前らが勝手に作ってたろ!!』


『いやー悪いね、オレらまだ仕事あるから頼むわ





連中 したたかに尻を強打してロクに動けねぇ
オレを放置して勝手に小娘押し付けるわ

(ちゃっかり不祥事篇の先バレしてくれちゃってるし)





『よー、あれからのヤツ復活した?』


『ワザワザ来たのかよ…まぁ手間が省けた
脈はあるから家にでも送り返しといてくれ』


『いやそれがさーあの一件が結構響いて
雇い主カンっカンになっちゃってさー』


知ったことじゃねぇそんな事、さっさと
あの能面引き取ってくれ』





ウチに来た保護者は茶だけ飲んどいて


仕事クビにされて反省文(という名の辞表)
おまけで書かされてるとかグチって帰りやがった





あの天パ…今度会ったら脳天にクナイ刺してやる









思い出し殺意を沸きあがらせながら
ついでとばかりに机に零れた墨も拭く





当然、上には書道具一式と

書きかけの辞表がある訳だが


下手な文面が、所々掠れてる…アイツ
生乾きのまま文字擦りやがったな?





指のアトが指紋までハッキリ見えるくらい
用紙の端々についちまってるし





「戻ってきたら書き直しだなコリャ…」







呟いて 迂闊にも気がついた





のヤツ…どんだけ時間かかってんだ?」





・屋敷内で迷子

・便所に行った

・イヤんなって逃げた






いや…アイツのことだから、と部屋を出ようとして







天井から ボタリと作務衣娘が落ちてきた





「え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?」





ピクリともしない黒髪頭を
ひたすらかじるネズミをどかして、身体を揺する





「一体何があったんだよコレ?!」


「ま…迷った」


「省くなぁぁぁぁ!!」





より弱った様子のが、ようやっと
身を起こして淡々と答えだす





「手を洗ったついでに厠を借りたのだが
ネズミに驚いてカギを壊してしまって」


「よりによって最悪な場所(トコ)ぉぉぉ!」


申し訳ない…それで出られず天井より戻った」


「その発想が既におかしいだろ…つーか
戻るにしても時間かかりすぎじゃね?」


「始終ネズミどもに追われて、途中場所が
分からなくなったのでな」


まさかの全問正解かよ…





ん?ネズミ"ども"?





くい、と外れた(もとい壊れた)戸板を
見上げた先には


無数の光る、小動物のモノらしき目が







―ネズミ駆除作業中 しばらくお待ちください―







「もうとっとと辞表書き上げて帰れ!」





情けないが、半ば涙目になりながらオレは
へとそう叫んだ





「了解したが…そこまで必死にならなくとも」





だまらっしゃいこのイレギュラー要因


お前なんか死亡フラグでケガ人で顔見知りでさえ
無かったら罪悪感なく即刻放り出してんだ


何一つマトモにこなせないクセに…





再度机に向かったアイツへ、思い出した事を告げる





「そういやお前、辞表の文面
根本的に間違ってんぞ」


む?どの辺りだろうか」


「ここの語尾とかだな…」





改めて指摘しつつ目を通した文章は


明らかに書き出しと接続語と前後の文節が
要所要所でおかしかった





「字がマシでも内容がなっちゃいねぇ
これじゃ辞表出されるヤツが可哀想だぜ」


「仕方なかろう、慣れぬ故」


「それで済む問題じゃねーだろうが
その辺りも 兄貴に習わなかったのかよ?」


兄上は悪くない、私が文より武を望んだのだ」


無表情にキッパリ言い切った台詞で確信する





「ちったぁ学もつけとけバカ娘」





筆記よりも実力よりも、こいつに切実に
足りねぇのは常識だ 絶対





「兄上もそう言っていたが…護る力となるのは
文字でなく日頃の稽古ではないだろうか」


「自分すら護れねぇケガ人が言うな
オラ ごたくはいいからさっさと書く」





せっつくけれど、頑固にも
テメェの意見を引っ込めようとはしない





「し、しかし鍛錬を怠れば腕も落ちるし
取り戻すに倍以上の労力が!」


「あんなデタラメに槍振り回すのがねぇ…」


「傍目にはそうであろうが、アレは
一つ一つが意味ある型なのだ!
それを常日頃 身に染み込ませる事が大事なんだ!」





能面な見た目はほとんど変わってねぇけど
エラい憤慨しながら言うその様子は


どう見てもウソをついているように見えない





…つか、コイツほとんどウソつかねぇけど


あと稽古してるのもたまーに、マジでたまに
見かけてるから知ってるけど





ついでに稽古してる姿を通りかかった人間が
妙な目で見てるってのも







「…最近ご無沙汰してんだよなぁブスっ子倶楽部」


聞かれないように、こっそり呟く





ここはさっさとやる気出させて終わらせて
帰らせてから通いに行こう


でないとお互い、精神衛生上大変よろしくない







「…もし早く辞表仕上げて帰ってくれんなら
今度付き合ってやってもいい」


「ぬ?」


稽古だよ 武術じゃ相手と一対一で
戦りあう鍛え方もあんだろ?」





よくよく考えてみりゃ、忍者学校以来
稽古(てあわせ)なんてモンもご無沙汰だ





実戦やバイトでそこそこ身体は動かしてるが


たまには…まあ手慣らしも悪くない





「なるほど組手か、しかし世話になった
お主にひどい手傷を負わせては…」





空気読めないクセして 今更一丁前に人の心配かよ


まずは自分の身体を心配しろ、っつっても
聞きやしないバカなのは先刻承知





だから、オレはため息混じりに鼻で笑ってやる





あん?オレの実力なめてんの?お前ごとき
相手しても何一つ差し支えねーよバーカ」


「ほう…なれば余計な加減は、いらぬか」





キラリと光った目と、挑戦的な言葉から
分かりやすくにじみ出ているのは


"怒り"と言うよりかは"嬉しさ"







見下されて悔しがるよりもバトれる事に喜ぶとか


心配してたのがウソみてぇな切り替えの早さとか


そもそも"やる"と断言もしてねぇのに
人の言葉を鵜呑みにしてるバカ正直さ加減とか


つくづくネジ吹っ飛んでる女だよなぁ





…こっちも、それを目論んでたけど





ハッ!精々可愛がってやるから
遠慮なくかかって来いよ…やる事やったらな」


承知した…無論本気で行かせてもらう」





その言葉を最後に、小娘は本腰入れて
辞表を仕上げてさくっと帰った





その単純さだけは大いに助かっている









―後日





約束しちまった通り庭で組手をして





うつ伏せにした背へ体重かけつつ、両腕を
まとめて捻ってやった





「っし…勝負ありだろコレ」


「むぐ…参りました





あーマジでやばかったわ、今度ばかりは


言葉通り殺す気でかかってきやがってこの娘


大体アレどこの格ゲーの必殺技だよ反則だろ





…オレじゃなかったら死んでたぞ


当然顔になんか出さねぇけどな





「それはそうと、いい加減の上から
退いてあげてくれませんか?」


「言われなくても退くっつーの…てか
どんだけ過保護なんだよアンタ」


他人の休日に口出ししないでくださいな
心配なんですよ、この子まだケガ人なんですから」


「ケガ人なら家で大人しくさせとけよ…
あとさり気にウチの冷蔵庫から勝手に麦茶出すな


「心配せずとも全員分ありますよ」





図々しいクセに用意はいい…万事屋んトコの
メガネも同じ属性だよな、コイツと





不満を冷えた麦茶で押し込めていると


縁側でこくこくと麦茶飲みつつ





「全蔵殿には、誠に世話になりもうした
…本当にありがとう」






こっちを見上げたが あんまりにも
嬉しそうにガキらしく言うもんだから



懐かしい事が頭に浮かんじまって





「はいはい」


…空を仰ぎながら、頭を撫でてやった








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:結局ハピバから一日(正確には二日?)
UPが遅くなってゴメンよ全さん!!


全蔵:普通に呼べよ てゆか本気で
図々しい奴らしか寄ってこねぇー


銀時:ケチケチすんなよボンボン…それよか
クビになったのオレらの責任じゃねーじゃん


神楽:そうネ、なのになんで私達まで
辞表書かされる羽目になってるアルか


狐狗狸:連帯責任ですから むしろ人に
半死人押し付けてる点で同情の余地ないし君ら


新八:けど全蔵さんキレイ好きって
言ってたのに、天井にネズミの大群って…


全蔵:ちょ、何その目!?誤解だから
オレだって始めて見たわあんな光景は!!


狐狗狸:あんまり責めないであげて、多分
ウチの子のフラグで寄ってきたんだと思


三人:つくづく迷惑だな死亡フラグ!!




労わられて無いように見えるけど、一応
彼なりに加減はしてます(怪我的な意味で)


様 読んでいただきありがとうございました!