セミの鳴き声と、遠くのプールでの声が
がらんどうの教室によく響く


空は明るく 日はまぶしくて

風はイヤになるくらい蒸し暑い





さりとて、人がいないだけで


終業式を終えるまで騒がしかった
教室が知らない空間のように見える





こういう雰囲気は…案外嫌いではない





「さて、と」


机の上に筆記具などを取り出して並べ


早速、問いへと取りかかる…が


やはり理解できる気がしない





さりとて手をつけぬワケにも参らぬので


書きつづられた文字の羅列を睨み続けて


…痛くなってきた頭を抑える





そもそもこんなモノを覚えた所で、人生に
どう役に立つというのだろうか?


これならば武術でも習った方が余程役に立つ


最近の世の中は物騒だと兄上からもよく聞くし





ああ 早く兄上が帰れる刻限にならぬものか







…いやこれしきで挫けてはいかぬ


たかが問答の一つや二つでつまづいていては
兄上に顔向けが出来なくなる!





だが、忙しく文字が飛び交う脳内に反して
手は全く動かない


ううむ どうしたものか…





げ、妹…」





声の方へ首を捻れば、入り口には

終業式ぶりに見た黒髪の級友の姿があった











「溜めすぎていいコト一つもなし」











「おお十四郎殿か、こんにちは」


「おう…で、何やってんだよお前」


「一目瞭然かと思われるが」


「経緯を説明しろっての」





まあ、さほど込み入った事情でもないので
端的に現状を説明すると


兄上が部活動にて校舎へ参られるので付き添い


今現在は、部活動が終わるまで
兄上を待っている最中





…そう告げると、十四郎殿は余計に
訝しげな顔つきでため息を吐く





その役割全く持って必要なくね?
何、ヒマなのかお前」


「いや…やるべき事はあるのだが」





机に並んでいるのは、夏休みが始まる前に
先生から渡された問題やら課題の数々





課外水泳は私も兄上も決められた分を
終了させたのだが…







「あんだよ、まだ終わってねーのか宿題」


「十四郎殿は終わらせたのか?」


「…まあ、ざっとはな」





流石は風紀委員副会長、しっかり
自らに課せられた使命は果たしているか





で?はどんだけ終わってんだよ」


「水泳を除くと…
今持参している分を消化すれば何とか」







気の無い返答で近寄り、机に並べた問題集を
いくつか取り寄せて軽くめくり


ほとんど白いと知って 十四郎殿は何故か
珍しく焦ったような顔でこちらを見る





「テキスト系ほぼ全滅じゃねぇかよ!
今の時点でそれはヤベーだろいくらなんでも」



夏休みの宿敵(トモ)と言われるだけあって
中々歯が立たぬのでな」


「何その中二全開な呼び方?誰から聞いた」


「神楽がそう言っていた」


「アイツの台詞を真に受けるなよ…」


再び呆れる…ほとほと忙しい男だ





今一度問題へ向き合おうとして、けれど
手を止め私は訊ねる





「そう言えば、お主は何故ここに?」


「いちゃ悪いってーのか?」


「単に気になったから聞いたのだが」





相手は、どことなくふて腐れた感じで答える





プール授業のノルマ達成に来たんだよ
今日でよーやく終わったけどな」





言われて見れば 髪の毛が少し濡れている





「そうか」


僅かな疑問が氷解したので、心置きなく
問題文へと視線を注ぐ





十四郎殿は近くの壁際にて背を預け
腕を組んでぼんやりしているようだ





射るような視線が時折注がれている…ような
気がしなくも無いけれども


多少気になっても、特に迷惑でも無いので

構わず目下の作業へ集中する





よく分からぬ落ち着かなさをこらえて





どうにか一枚目を埋めた直後に低い声が届く





「…お前、マジで兄貴が部活終わるまで
そこで宿題やってくつもりか?」


「元よりそのつもりだが」





それだけを答えて次の問いへ…やはり
数学へ取りかかったのは早計だったか?


しかし横文字よりは式の方が、文法だの
過去形だのを気にしなくていいと思ったが


計算はどうにも難しすぎて理解が出来ぬ







、そこのyの代入ソレ間違ってんぞ」





先程よりも苛立ちを増した声に、そうかと
返して式をやり直す





すっと伸びた手がプリントの一つをつかみ


間を置いて、もう一度言葉が降ってくる





「ついでにここの漢字、これ書き間違いだろ
お前終わったトコとか見直ししろよ」





…これでは集中出来ぬではないか







手を止めて 仕方なく私は横を向く





「帰らなくてもよいのか?」


うるせぇ、帰れるならこんなクソ暑い
校舎からとっくに出てってるっつーの」


自分から絡んできておいて、問い返されると
不機嫌になるとは つくづく付き合いづらい





こちらの意図が伝わったのか







「プールではしゃいだバカが多すぎんだよ
おかげでオレまで居残りだ」





ため息混じりに、十四郎殿は近くの椅子を
引き寄せて腰かけ 説明を始める









…大まかに言ってしまえば





プールサイドでふざけた男子生徒の内
何人かが怪我をして保健室へ運ばれたのだが


その大半が風紀委員に所属していたり


勲殿などの3Z生徒だったせいか
連帯責任として説教を喰らい





十四郎殿は先に解放され、今は
知り合いを待っている最中なのだとか







「なるほど、つまり私と同じか」


「一緒にすんな好きでいるわけじゃねー!」


額を軽くこづかれた





「似たようなモノではないか…それより
宿題が終わっているなら」


「手伝えってんなら答えはNOだ」


「…助言くらいはいいではないか」


「自分の分ぐらい自分で解け…けどまあ
今ヒマだし、どうしてもってんなら
ちょっとぐらいは教えてやってもいい」





妙に引っかかる言い方をするが

いつもの事だし、助けはあった方がありがたい


それに ワザワザ人目を気にして
場所を移動するのもおっくうだし





「ならば頼み申す」


早っ…つか、お前のその口調
今更ながらどーにもならんもんか?」





そう言われても、普通の話し言葉は
どうにも落ち着かぬ故 仕方なかろう…









協力者のおかげか、先程よりは少し
問題を解く早さも上がってきた気がするが


窓を開けていても残る熱気のせいか


鉛筆を走らせるよりも、にじむ汗を拭ったり


グダグダと会話をかわす時間の方が長い





「…こんな問いを覚えて、一体何に
役立つのだろうな」


オレに分かるワケねーだろそんなモン
てゆうか、ダベってばっかいねーで
一つでも多く問題解けっての」


「それもそうだが、ついな」





言葉を返す相手がいる分、一人で席に
座って悩んでた時よりはマシだが


いかんせん 飛び出すのが文句
グチばかりなのがいただけない





…まあよくよく考えれば


この状況で、特に話題も無い者と
会話を楽しむ方が間違いかも知れぬが







「オイ、機嫌悪いからって
こっち睨んでもしょうがねーだろが」





我に返れば 鋭い目つきで十四郎殿が
こちらを睨み返している


ああ、そう言えば顔を向けたままだったか





「睨んだつもりはないが、機嫌云々は
お互い様ではなかろうか?」


「ああそう…てゆうかお前も
一応イラつく時とかあんのか」


「当たり前だ、私を何だと思っておる」


「始終能面な不気味ブラコン女」


始終渋面のマヨネーズ狂よりはマシかと」


言い返せば、一層眉間のシワを深くして
唇を尖らせ"うるせぇ"とそっぽを向かれた





子供のようなその様子に笑いそうになったが

もう少し協力してほしいので、どうにか我慢し


機嫌を直させる手立てを考え…


一つの事を思い出す





「人から聞いた話だが、腹が減っては
人間気が立ってくるらしいぞ十四郎殿」


「何だよ唐突に…それと横のカバン漁るのと
一体全体、何の関係があんだ?」


「まあ少し待たれよ」


身を捩り、もそもそとカバンの内側を探り





ラップにくるまれた目当ての品を
級友の眼前へと差し出す





「さ、遠慮なく食すといい」


「いやいやいや待て待て待て!何だよコレ!!」


「見ての通り握り飯だが」


違ぇよ!オレが聞きてぇのは何だって
握り飯持参してきてるんだって事だよ!!」


「兄上への兵糧ついでに作った分が余ったので
自分用に持っていただけ故」





とは言え、然程余らなかったので二つくらいしか
持っていないのだけれども







十四郎殿は私と握り飯とを交互に見やり


呆れたようにため息を吐いて、握り飯を押し返す





「いらねーよ、別に腹なんか減ってねぇし」


「塩のみでは不服か?」


「そういう問題じゃねぇよ」


「マヨネーズは持参しておらぬのか」


「持ってるけど、そういう問題でもねぇ」


「量はそれで勘弁してもらえぬだろうか」


人の話聞けよぉぉ!お前の握り飯なんか
いらないっつって「分かった」





やはりいらぬ世話だったか、と息を落とし







握り飯を手にした手首に 大き目の手が絡みつく





…どうかしただろうか?」


「え、あ…その…なんだ…言い過ぎた」





しどろもどろになりながら、"勿体無いから
食べておいてやる"
と言い出したので


やはりやせ我慢かと少しほっとして


改めて握り飯を手渡せば





白米に白くマヨネーズが盛られて
三角が素早く形を消していく





「…まあ、塩加減は悪くねぇぞ」


「それは何より」





機嫌が直ったらしいと安心する反面


息苦しさと熱気が、どうしてだか
俄かに強くなった心地がした





ぺろりと口元を舐めた十四郎殿が問う





「お前は食わねぇのか?


「…今は食欲がない、後でにする
宿題を一つでも片付けるのが先だ」


短く告げて、白い紙へと視線を落として


私はこれ以上余計な気を使わないよう勤めた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:久々過ぎて土方さんのキャラが
崩壊しかけてます…本当に申し訳ない!!


土方:3Zでのポジションが微妙すぎんのが
そもそもの間違いじゃねぇのか?


狐狗狸:いや、アレくらい微妙な仲良し(?)
いいと思ってる個人的には


土方:優柔不断だってならいっそ統一しやがれ
…それより、あの握り飯まさか、手作りか?


狐狗狸:イグザクトリー あのおにぎりは
何を隠そうメイドインですよ


土方:って、いいのかその設定は!?
あとの名前ここだけしか出てねぇけど
それってどうなんだ夢小説として!


狐狗狸:えーと…フォロー頼みます☆


土方:どんな無茶振りぃぃぃ!?




土方さんだと"苗字"変換になっちゃいますね
ツンデレ+激ニブの青春風味万歳


様 読んでいただきありがとうございました!