影を切り取りながら昇り行く日に暖められて
人工も天然も関係なく大地は熱を助長する
自然とその上を通る人々の表情にも
大なり小なり、気だるさが混じる
けれどもソレは気だるさ日本代表になれそうな
この男ほどでは断じてないだろう
「あぢぃ〜…マジばっくれてぇ」
メガネの奥の眠たげな目を更に眇めて
自らのスクーターへまたがり、煌々と輝く
日を背負って高校への道を銀八は行く
「坂本の野郎、せっかくの貴重なオフ日に
代打押し付けやがってチクショー…」
夏休み中に割り振られたスケジュールの内
本日出勤だった坂本に
『野暮用が出来たき、あと頼むがか〜』
『は?ちょ、何勝手に決めてんの?
オレまだ引き受けるとか言ってねぇだろ?オイ』
『アッハッハ まヨロシクの金時ぃ〜アッハッハ』
『笑ってごまかしてんじゃねぇぇぇ!
あと銀八なオレの名前!って聞いて…切れた』
と、電話口にて一方的な伝言がなされたのが昨日
既に校長や教頭などにも自分が交代に入ると
"本人の了承なく"通達済みらしい
「バカのくせに用意周到なことしやがって
デートか?デートだったら爆発しろあのモジャ頭」
などと相手と太陽への呪詛を満たしてく
思考の片隅では
大してクーラーの効かない賃貸アパートよりは
職員室なり宿直室の方がマシに過ごせると
多少の打算も働いていたりする
「泳いだ後の向かい風はちと冷える」
「…って、お じゃん」
少し先を走っていた少女は スピードを落として
並走する教師へ足を止めないまま言う
「おはようございます先生」
「珍しく焦ってんなー寝坊でもしたの?」
「そういう先生こそどうなのだ」
「オレはこういうスタンスだからいーんだよ
つか、兄貴はどうした?」
「兄上は今月分を終了させたと仰られていた」
「マジでか」
トラックの四分の一も行かない内から息切れして
新八などに心配されるの姿を思い出すと
銀八は、俄かにはソレを信じられなかった
「先生、何故ゆえそのような顔をされるか」
「いやだってお前、あの兄貴が苦手な体育(モン)
即効で終わらせたって」
「間違いない お供仕った私が証人だ」
無表情できっぱり言い切った彼女へ、やや
ため息混じりに担任は返す
「じゃあ何でお前だけ授業受けに行くんだよ」
は、変わらぬ調子で答えた
「一日補修」
「省かない!」
彼らの横を通り過ぎる、犬の散歩をしている
中年の女性がビクっと肩を震わせた
約一ヵ月半の休みの間
授業から解放された学生達へ銀魂高校側から
与えられた、代わりの課題は
夏休みの友…いや、宿敵と書いてトモと
呼べと言わんばかりのプリントや問題集
または自由研究等の提出物作成と
月ごとに規定日数で行われるプール授業
特にこのプール授業は、時間もノルマも
決められているので気軽に休めない
…どころか遅刻や見学者、ノルマに
達しない者には問答無用で補修を追加されるため
否応無しにプールへの出席率は高いのだが…
「一日水着忘れて見学って…バカじゃん」
「仕方なかろう、気付いたのは学校についてから故」
ノルマの中の一日で致命的なミスを犯した彼女は
補修として本日の授業に出席するハメになっていた
「つか今日で今月最後だっけ?授業日」
「いや…しかし明日からは用あって出られぬので
本日出ようと…それ故急いでおるのです」
「涙ぐましい努力だねぇ…けど今の時点で
ここって事は、お前確実遅刻だぞ」
「休まず全速力で駆ければ何とか」
「ならねーよ!大体、オメーあの兄貴共々
割と規則正しいじゃねぇか、なんで遅れた?」
「出かけ様に兄上の部屋で油虫が出たので
撃退し、震える兄上を落ち着かせていたら時間が」
「兄貴のせいかよぉぉぉぉ!!」
自らの事情よりもを優先するは
やはり揺らぐ事なく兄バカだった
と、流石に走り通しで息が切れてきたのか
がその場で足を止める
つられて銀八もスクーターを止めるが
緑色の瞳が、くるりとそちらへ向けられる
「先生は先に行かれよ…私は…平気だ…」
「あっそ、んじゃそーするわ」
短く告げて やる気のないエンジン音を
響かせてスクーターは走り出し
銀髪に白衣の後ろ姿が見えなくなった頃
呼吸を整え終えた彼女も再び走り始め
角を曲がって…またもや足を止める
そこには、先に行ったはずの銀八が
スクーターを止めて待っていた
「先生!先に行かれたのでは」
「そのつもりだったのにいざ置いてけぼりに
した途端 正体不明の罪悪感が沸いたんだけど
どーしてくれんの?この葛藤」
「む?す、すみませぬ」
表情を変えず、けれど済まなそうに頭を下げた
彼女を見やってため息一つ
「しょうがねーな…送ってってやるから
とっとと後ろに乗りやがれ」
「しかし先生」
「言っとくけど今回だけだかんな?
気が変わらねーウチに早く乗れ」
座席を開けて、取り出された予備のメットを
受け取って…見つめること三秒
「…すまぬがお願いいたす」
ためらいなくメットを被り は
スクーターの後部座席へ横向きに腰かける
肩越しに振り返った銀八から注意が飛んだ
「おい、その座り方だと落ちるぞ」
「む?そうなのか?」
「当たり前ぇーだ考えりゃ分かるだろ
乗った事ねぇのか?チャリとかバイク」
「ありませぬ」
ああそう、と短く返してから
振り返らずに運転手は乗り方を説明する
「こーいったモンの座席にゃ前向きに
またがって、運転する奴の腰に手を回せ
じゃねぇとバランス崩れるし危ねぇだろ」
「なるほど…こうだろうか?」
声と同時に、腹の前で手が組まれて
直後に背に柔らかな感触とやや早い鼓動を
感じ取り…再び呆れ声で彼は言う
「思い切りいいのはいーんだけどよぉ…
当たってんぞ、無いチチ思い切り」
「体制的に当たり前であろう」
「だとしても遠慮しろ、もしくは恥らえ頼むから
粗末なモン押し付けられる相手の身にもなれ」
「…乗り方を教えたのは先生であろう」
やや憮然としながらも、はほんの少し
空白を意識して運転手につかまり直す
「っし、じゃ飛ばすからしっかり捕まってろ」
「うぬっ分かり申し」
最後まで待たず、スクーターが急発進し
危うく彼女は舌を噛みかけた
道中の運転はやや荒かったものの
停止は慎重に行われたので、少女は
しがみついていた腕を放して座席から降りる
「どーよ、これならセーフだろ?」
「おお…本当だ ありがとう先生」
「あんだよ、ビビったのか?さっきの運転で」
「正直早くて驚いた…あと風が気持ちよかった」
目をしばたたかせる相手へ、気の無い返事を
返しながら銀八は続けて問う
「そーいやお前って泳げんの?」
「息継ぎは少々苦手だが、それなりには」
「あーそう、それじゃ精々がんばってこい」
頭を下げてプールサイドへ駆け出すを
見送って 彼も校舎へと入って行く
クーラーがつくから職員室は天国…
かと思っていた銀八の予想は、ものの見事に
あっけなく裏切られた
動いているのは同じ文明の利器ではあっても
より自然と電力に優しい扇風機数台
「…何が節電だよ…地球の温暖化より先に
オレの温暖化を食い止めろっつーの」
「仕方ねぇだろ銀の字、なんだったらオレが
涼しくなるよう改良してやろーか?」
「アンタの気まぐれで数少ねぇ文明の利器を
ぶっ壊されてたまるかよ」
やぶ睨みして、パタパタとうちわで扇ぐも
流れ出る汗は抑えようが無い
全開にされた窓から風が通ればまだマシだが
それでも快晴の熱気を和らげるには
まだまだ役不足であった
「しかも宿直室のクーラーが今週一杯
修理中とか、マジでねぇわ…」
大仰にため息をついて、トイレついでに
顔でも洗おうと席を立ち
廊下を歩いていた銀八の目に
プールで授業を行っている女生徒達が見えた
「あーちくしょう、涼しそうでいーなー
オレも泳ぎてぇ…」
憎き熱源を跳ね返す水面へ、笛の音を合図に
飛び込む彼女達の中には
遠目ながらも知った顔が覗いていて
…ふと、目を向ければ当然ながらもいて
泳ぎ終わって再び列に並び直し、神楽や
さっちゃんらしき女子と話しているようだった
「スク水とキャップでも分かるモンだな…
つか、あの無表情はもう特徴だよな」
なんとはなしに呟いた直後、吹いた風の
意外な心地よさに彼は眼を閉じる
けれどもプールサイドの女子達は、腕で
自分を抱きしめ 少し縮まってしまった
も周囲と同じように腕を擦っていて
その白い両腕を目に留めて…脳裏に
ちょっと前のやり取りがよみがえって
「…あー痛て、あのヤロ遠慮しろっつったのに
思い切り人の腹締め上げやがって」
苦々しく吐き捨て、銀八は
熱くなった顔の汗を洗い流そうと
職員用トイレへ急ぐ
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:夏にぴったりかと思いプールネタ
…と、前回に引き続いて乗り物ネタです
銀八:休み中のプール授業って…そんなモン
あんの?お前の創作とかじゃなく?
狐狗狸:ありました、少なくとも私の通ってた
高校ではそんな感じでした
体育科があったからもあるんでしょうが
その辺妙に力入ってて、その分地獄を見ました
銀八:テメーが自堕落だからだろーが
狐狗狸:アナタに言われると心外です思い切り
銀八:それより坂本の用事って結局何なの?
狐狗狸:本件とは関係ないので省きます
銀八:関係ないわけあるかぁぁぁ!
アイツのせいでオレはクソ暑い思いして
学校残ってたんだぞ!!
源外:遅れて来といて偉そうにすんなぃ銀の字
夢主はクロールより平泳ぎ派です、兄は
かろうじて背泳ぎ(←得しないよその情報)
様 読んでいただきありがとうございました!