雨脚が思いの他ひどくなって来たのを見て取り


ヤツらに見つかり、逃げる際に傘を
盾代わりに放りだした事を後悔した





「待てぇ〜逃がさんぞ桂ぁぁぁ!」


「毎度毎度うっとうしい連中めが!」





代わり映えのせん警察どもとの追いかけっこだが

此度ばかりはやや分が悪かった





雨が視界と足場を悪くして煙幕の威力をも弱め


自慢の頭髪と着物が水を吸って纏わりつき
動きを制限する、しかもものすごく不快だ





「かくなる上は匿ってもらうしかないか…」


と思い、北斗神軒へと赴いたものの


表には"里帰りにつき、数日留守にします"
したためられた張り紙があったのみ


背に腹は変えられず室内へ入ろうと試みるも


途中で連中に見つかり 退却を余儀なくされ







「くそ…どうやらこれまでか…っどわ!





足を滑らせ、屋根から落ちかけ


踏みとどまった爪先が何かを踏みつける





…足を上げ拾えば、それは所々が掠れた
とぼけ顔の根付をぶら下げている鍵





「む、この鍵は…!」





持ち主を思い出してみれば、相手の家も
ここよりさほど遠くないと気付く


僥倖…正に僥倖!







そんな訳で早速その鍵を使って家へ上がりこみ


玄関先にて息を殺し、足音が遠ざかるのを待つ





「…行ったか しかしまだ油断は出来んな」











「小中学生男子の傘破壊・紛失率は異常」











一息ついたら、急にもよおしてきた


雨の中走り回ったからな…厠で用を足しておくか





「きゃあっ!」





戸を開けようとして…出てきた何者かと衝突し


水で足を滑らせたオレは床の上へと倒れこむ







「イタタタタ…





身を起こせば、下敷きにした相手と目が合う





床に放射線を描いて散る長い黒髪と


やや乱れた着流しからチラリと覗く白い鎖骨と

はだけた胸元が、色気をかもし出している





マズイ、とこちらが動揺した数瞬の合間


寝起きだったのかやや焦点の定まってなかった
緑眼が…瞬時に見開かれ





絹を裂くような悲鳴が 耳を突き刺す


―――――――――――――――――――――





「きゃあぁぁぁ!だ、誰っ!?」





兄上の悲鳴が響き渡ったのは、自室へ
戻ろうと天井裏を這っていた時分で


思わずその場で戸板を外して降り立てば





床に兄上を敷き倒している狼藉者の後ろ姿が


「貴様…そこを退けぇぇぇぇ!!」





瞬時に槍を組み立てて駆け寄り


図々しくも兄上にまたがる狼藉者を
壁の向こうへと吹き飛ばし、追撃を加える





「死して尚永久に兄上に詫びろ…!」


「待て待て待てっ、オレだ







刃先を寸止めして相手を見やれば





ずぶ濡れでヒドい様相をしてはいたものの

そこにいたのは、桂殿だった





「…何だ桂殿か 失礼した
てっきり強盗などの類かと」


全く…そそっかしいなお主は」


「申し訳ない」





息を吐きつつ談笑しながら槍を納め







いやいやいやいや!何"日常"みたいな
リアクション取ってんのそこの二人!!」






兄上の声に我に返り、私はその場でヒザをつく





「も、申し訳ありませぬ兄上!
ただいま戻りました!!」


「ああうんお帰り…じゃなくて、
なんで普通に天井から入って来てるの!?

てゆうか鍵かけてあるのにどうやって家に
入ってきたんですかアナタも!?」


「何、道端で見覚えのある鍵を拾ったのでな」


「堂々と不法侵入!?」


「おお、それはまさしく私の鍵!」


また落としたのね、アレほど言ったのに…」


「もっももも申し訳ございませぬっ!!」





床を額につけ平伏する私と兄上の間に
桂殿が入り 取り成すように言う





「まあまあ、も悪気があるワケでなし
そこまで叱らんでもいいだろう」


「したり顔で人ん家の事情に首突っ込むの
止めてもらえません?ついでに出てって下さい
床とか濡れるし迷惑ですから」


「何、長居をするつもりはないぞ殿
少しばかり厠と風呂と床を貸してもらえれば」


どんだけ図々しい要求?貸せるのは厠ぐらいです」





改めて見ると酷い有様だな…そこまで厠を
探すのに必死だったのだろうか


ああそうだ、忘れぬうちにこれは言わぬと





「鍵を拾ってくれて感謝いたす、早速だが
それを返していただけぬものか」


「お願い頼むからいい加減空気読んで」


「当然そのつもりだったとも で
モノは相談なんだが、ちと匿ってくれんか」


「さらっと交渉相手変えないそこのテロリスト」


「鍵を拾ってもらった恩もあるしな…ところで
厠には行かず大丈夫なのか?」





訊ねれば、思い出したようで桂殿は
あわただしく厠へと入っていった





―――――――――――――――――――――







事情を語り、粘った甲斐があってか


どうにか一晩留まる権利を獲得できた





殿には出かけられる際に
散々小言忠告嫌味を喰らったが


タオルと着替えと、ついでに茶漬けを
出してもらえたから文句は言えん





「私も夜には仕事に行く故、さほどお構いは
出来ぬがゆっくりして行かれよ」


「そうさせてもらおう」


「しかし毎度の事と言え、攘夷浪士も
中々大変な職だな…」


「近頃は貧窮も極まってな…追われて傘も
無くすし、エリザベスとも逸れて散々だ」





まあ、エリザベスとてこれしきの修羅場は
潜りなれているから無事でいるだろうが


落ち着いたら、追々探しに行かねば…





風邪を引いておらぬかどうか心配だ
早く雨が止まないものか…」


「そうだな、雨が止んだら私も少し
エリザベス探しを手伝うとしよう」


「助かる、ついでと言えば何だが
共に戦う同士も探s「丁重にお断り申す」


表情を全く変えずに即答!?


くそ…相変わらず手ごわい





だが、まだ時間はある……成り行きながら
家に滞在する許可も得た事だし


少し本腰を入れて"説得"を心がけてみるか





―――――――――――――――――――――





来客用の着流しに身を包んだ桂殿は
諦めるコトなく志士への勧誘を口にする







…かと思いきや、柔らかい笑みを浮かべ





「しかし、殿はかなり多才だな
心配りも細やかだし、衣服を縫製する腕前には
目を見張るものもある」


兄上を褒め称える言葉が飛び出してきた





お分かりいただけるか!それは兄上が
万一の来客に備え手ずからご用意されたモノだ」


「ほう…するとこれは手作りなのか?」


「正確には大き目の古着を繕ったモノらしい
とはいえ兄上の刺繍の腕前は素晴らしいだろう?
他にも色々とあるのだぞ、例えばこの間も…」





語りだせば、普段と違い相手は真剣
こちらの話を聞いてくれていて


やっと兄上の魅力が伝わったのだと嬉しくなり


ついつい長々と、兄上の自慢を続ける





「うーむ…殿は正に慈愛に満ちた男だ」


そうだろうそうだろう!兄上こそはまさに
完璧で非の打ち所のない…





そこで私は 忘れていた"日課"を思い出す





―――――――――――――――――――――







殿を持ち上げ、褒め殺して上手いコト
双方の勧誘へ持っていけそうな雰囲気が

出来上がって来た矢先


急に"用を思い出した"と言い出し
は自室へこもってしまった







程なくして…奇妙な音が鳴り出したので


手持ち無沙汰も手伝い、気になって覗けば





一心不乱に砥石で刃を研ぐ姿が目に入る





「ほう、槍の手入れか」


「あ、うぬ…外で使った故、水気を拭いて
柄を乾かし、刃も切れ味を保たねばいかぬ」


「感心な事だ オレもここしばらくは
刀の手入れをするヒマが無かったからな
共にここで行っても構わんか?


「構わぬが、砥石と油は兼用でもよろしいか?」





特にこだわりも無いため、頷けば


隅に据えつけられた質素な飾り箪笥の下から
二段目が開かれ 予備の砥石と油を渡される





並んで刀の手入れを始めつつ、辺りを見回す







この家に滞在したのは紅桜の一件以来で
ほとんど記憶には無かったが


室内にあるのは簡素な机と箪笥と
いくつかの小物のみ


一見、女子の部屋とは思えぬほど殺風景だが…





「どうかしただろうか?桂殿」


「む、いや…お主の部屋に入ったのは
始めてだが、片付いているな」


「目立つものは特にないのでな
必要なものも箪笥に全て収まるゆえ」


「なるほど…花の飾りが施されているが
あれは自分で選んだのか?」


「いや、兄上と相談して買ったものだ」





何となくだが、そんな気はした





品はあるが華やかな飾りは簡素な室内で
しっかりと主張をしており


逆に箪笥を浮き彫りにしている





器用に刃先の手入れを行う合間も


の兄語りは止まない





「一時は手放しかけたが、質入した
中古買取店が良心的だったのでな…
取り戻せて本当によかった





オレのあずかり知らぬ過去を交えて
紡がれる言葉は弾んでおり


動く口は自然と笑みが混じって緩み

目は先程同様に、生き生きと輝きだす





その様を見るのは割合楽しいが


同時に、少しばかり恨めしくもある





「その情熱があれば共にこの日の本を
変える事が出来そうなのだがな」


「それは桂殿にお任せしておく」





言い終え、手入れが終わったらしく
砥石と油を引き出しへとしまい始める





オレも止めていた手を再び動かし始めた







「さて…槍をしまったら茶でも入、おぉ!?


って、何故自室の畳の縁につまづく!?





手入れしていた刀を咄嗟に放り出し


倒れこんでくるを抱きかかえる





気をつけんか!危うく身を切るところぞ」


「う…うぬ、すまなんだ」





流石に今のは肝が冷えたのか、離れた後
ややこちらを警戒して距離を保つと


槍をしまいこみ"茶を入れる"と言って

急いで部屋を出てしまった





「全く…手間のかかる娘だ」





ため息を一つつき、放った刀を拾い上げ


まだ止まぬ雨音へ耳を傾けつつ手入れを行う








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:オチは無いに等しい…が甘さは微妙に
あったりする、あと視点は交互に行ってます


桂:入れ替わる視点に意味はあるのか?
そして奴らとはやはり真撰組の連中なのか?
というか相変わらず説明不足な感が否めんが


狐狗狸:質問攻めは勘弁してください
分かりきった事でもフリズるんで、脳味噌が


桂:容量が少ないな ついでに屋根の上に
家の鍵が落ちていたのは何故だ?


狐狗狸:屋根の上を通ったからです
つか、勝手知りすぎじゃない?人ん家で


桂:一時期 留守をも任されていたからな


狐狗狸:…まあ、不法侵入は銀魂じゃ
デフォみたいだしいいか(よくないけど)




微妙に坂本篇("レンポウ"だとアレなので便宜上)
絡む前なのでエリーは所在曖昧です


様 読んでいただきありがとうございました!