小山になるほど詰まれた整理予定の蔵書へ
兄上の代わりに返本を行い
踵を返した折に足元に軽い衝撃が当たって
屈んで拾い上げたそれは、サングラスだった
「落し物…か?」
瞬間的に、同じクラスのマダオ殿が浮かぶが
少し形が違うような…
けどこの逆三角の形はどこかで見覚えが
「あ、それ拙者のでござるよ」
振り返れば、上背のあるヘッドホンの男が佇んでいた
「おお!そうか万斉殿のか、どうぞ」
「いやー助かったでござる〜かたじけない」
差し出した手の平から ひょいとサングラスが
摘み上げられて持ち主の顔へ戻ると
同時に存外切れ長の目元が隠れて
近頃見慣れた学友の姿が目の前へ現れる
「メガネは自分に含まれますか?」
「お主も図書室に用入りか?」
「まあ受験もあるし、本格的に音楽系統の道を
志してみようかと模索してるでござるよ」
「なるほど…熱心なのはいい事だ」
「そうでござろう?というわけでちゃん
卒業したらバンド「丁重にお断り申す」
繰言を遮るけれど、相手は憮然としながらも
諦める様子はないようで
「声はそこそこいけてるし、拙者の見立てでは
やり方次第でボーカルの素質十分だと思うが」
「見込み違いだ…私などにそこまでの資質は無い」
「若いうちから可能性を制限するのは
いかがなものかと、ほらモノは試しと言うし」
「何度も言うが 兄上以外に興味なし」
「…晋助といいちゃんといい
ぬしら いまいちノリが悪いでござるな」
ツンツンとした頭が少しうな垂れる様に
やや罪悪感は募るものの、致し方なし
期待をかけてくれるのは嬉しいのだが
私などに歌い手が務まるとは誠に毛ほども
思えない むしろ兄上の方が数百万倍
そちらのメガネに叶うと…
「ん?どうかしただろうか?」
「…いや、少し思い出しただけ故」
「何か面白いことでもあったでござるか?
ちょっと教えてはくれないだろうか」
「特に楽しい話でもないのだが」
「そう言われると余計気になるって」
半歩迫った状態で興味ありげに問われたならば
先程のやり取りも相まって断りにくい
まぁ…話して困るモノでもなし
「つい先日の事なのだが…」
語りつつ、私はこの前の出来事を振り返る
―きっかけは移動教室での授業が終わり
そこから出る辺りでのいざこざ
「アンタさぁ〜色目振りまくのもいい加減にしてよね
こっちはアンタのメッセンジャーじゃないっつの」
「僕に言われても困りますよ、文句なら
ラブレターの受け渡しを頼む彼らにどうぞ」
「あら?阿音ちゃんはまだいい方じゃない
触発されて発情したゴリラにジューンブライドとか
おぞましい事言い寄られて迷惑してるのは私の方よ」
「いっそ本気で検討しといたらぁ?お似合いよ」
「そっちこそ言い寄られる相手もなく
惨めに使い走りされて可哀想にねぇ」
「スミマセンねぇ…年中僕が受けてる被害が
男日照りの長いアナタ方を刺激したようで」
「「なんですってこの女男ぉぉ!?」」
その日は妙殿と兄上の機嫌が折悪しく
阿音殿も交えて、話し合うたび
なにやら不穏な空気を醸していた
仲裁を試みるも"黙っていろ"と一喝され
これは先生の助力が必要かと思い、教卓へ
足を運んでみれば
「メガネキャラのクセにババロアなテメーが
言うなっつーの!むしろそのメガネ返上しろ」
「出来るかぁぁ!むしろ返上すんのは
アンタの伊達メガネでしょーがっ!!」
何故か知らぬが新八と小競り合いを始めていて
「姉貴しか見えねぇシスコンのメガネは
残念ながらボッシュートです!」
「あ゛ー!何してんだこのダメ教師ぃぃぃ!!」
"チャーラッチャラッチャ〜ン♪"などと
よく分からぬ擬音を口ずさみながら
上げた銀八先生の片手には、級友のメガネが
しっかりと納められていた
「とにかく身内の騒ぎ納めて、名実共に
メガネキャラ返上してこい新八ぃ」
「無理!そもそもメガネが無いと
姉上に近寄ることすら出来ませんって!!」
「諦めんなよぉ!やれば出来るって!!」
「似合わねぇ上に似てねぇから
その熱血キャラ!むしろムカつく!!」
理不尽が引き起こされているのは明白だったが
そちらよりも兄上の機嫌を戻す方が先だ
「先生、兄上達を諌める方法をお教えくだされ」
「空気読め、あと身内の事なんだから
オレにばっか頼らずテメーらで解決しなさい」
「…生徒の相談に乗るのが教師ではなかろうか」
先生は何故か不機嫌そうにこちらを見やると
すかさず没収したばかりのメガネを
私の顔へと装着した
瞬間 狭さを増す視界と、奇妙に歪む
天井と壁と床と全ての物体に面食らう
「お、ちっとは頭良さそうに見えんじゃね?
やっぱメガネの力ハンパねーわ」
「おぉ…視界が歪んで気持ちが悪…」
「そのメガネ力で説得にいけば何とかなる
…気がするから安心して散ってこい」
「玉砕前提!?メガネ力ってなんだよ!!」
「よし、では兄上の元へ…」
「行かないでぇ!メガネ返してさん!
割れたら冗談ですまないしぃぃぃ!!」
歩くのもままならぬ中、必死に叫びつ
慌てている新八が視界に入ったので
「分かった、今返すゆえ落ち着け新ぱt」
メガネへ手をかけ外しつつ、相手の側へ
歩み寄っていく…途中で
「先生ぇぇぇ!私のメガネも没収して下さい!
そしてメガネ力を測定してくださぁぁいvV」
やたらと嬉しげな声音を上げたあやめ殿に
とても勢いよく弾き飛ばされる
「お…おぁあ!?」
メガネのせいか視界と共に体勢は崩れたままで
たたらを踏み、倒れかかった先は全開の窓
板張りの床は妙に滑りがよく
…結論を言ってしまえば、私は窓から
外へと投げ出されるように落ちた
「それはまた…よく無事だったでござるな」
「一階でなければ即死だったな」
「確かに あと、こっちでなければ
シャレにならなかったと言った所か」
よく分からぬことを言われたが
いつもの事ゆえ、気にしなかった
「保健室へ担ぎ込まれたものの、メガネ力の
おかげで無事兄上のご機嫌は直られたので
一安心したがな」
そう話を締めくくれば、やや呆け気味であった
表情には、見る見るうちに笑みが浮かぶ
「…ちゃんの思考も大概でござるな」
「そうか?」
私にしてみれば、逆にお主の方が奇異に思える
校内一の不良集団の一員としてうわさされ
音楽活動の一環としてギターを持ち歩く姿が
校内でチラホラ目撃されていながら
曲を爪弾く場面や腕前については何も聞かない
…まあ、単に私が知らぬだけやも知れぬが
しかしこの高校とて楽器を使う部活くらい
あると言うのに、声をかける相手は全くと言って
縁の無い人間ばかり…
「前々から聞きたかったのだが…
お主の"バンド"の基準は何なのだろうか?」
「これまた唐突な…拙者の基準?」
グラサンの奥にある瞳がしばしこちらへ注がれ
さほど間を置かず、万斉殿は答える
「そりゃー"フィーリング"ってヤツでござろう」
「ふぃーり…?」
「要するに"コイツと組みたい!"って
思う何かがあると言う気持ちのことでござる」
「なるほど…心のメガネ力か!」
納得した直後、ガクリと目の前の長身が
バランスを崩して倒れかけた
「や、あくまでメガネは無関係だから
と言うより拙者のはグラサンでござるよ?」
「色がついている以外はメガネと差して
相違は無かろうかと、目にかけるし」
「根本的な違いは他にもあるのだが」
「根本的な…あ!目が隠れるとか!」
「…確かに間違ってはいないんだけど」
何故か腕を組み、少しばかり真剣に
考え込んでいるように見えたので
どうしたのかと返答を待ち続けてみたら
「なら、一度体験してみれば明確に違いを
感じ取っていただけるでござろう」
言うが早いが、外した万斉殿のサングラスが
こちらへとかけ直され
目の前の風景も、一段暗さを帯びたものへと変わる
「おぉ…暗い!」
金属の縁が視野を狭める点はメガネと変わらぬが
暗くなりはするものの、奇妙に歪んで身体を
ふらつかせない世界は
見知った図書室を別の空間の如く見せていた
「うぬ…言われればメガネと違うな」
「わかってもらえて嬉しいでござるよ」
うっすら暗い視界で見たサングラスの持ち主も
やはり切れ長の鋭い目を細め、少し得意げに
微笑んでいて別人のように見えた
むぅ…恐るべしメガネ力 いや、メガネではn
「くらいやがれっスぅぅぅ!」
けたたましい声音に反応するより早く
ヒザ裏を蹴られ、バランスを崩して
私は側に積まれていた蔵書の山へ頭から突っ込み
…引き起こされた雪崩に埋もれていくのだった
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:単純にメガネ(とグラサン)かけた
夢主の反応が見たかったんです
新八:動機うすっ!そんなしょーもないネタで
人のメガネ危険にさらさないでくれます?
銀八:オメーの本体ってメガネだもんなぁ
つか、身内のことはマジで身内で何とかしやがれ
狐狗狸:いやー…あの独特なオーラをどうにか
納めるとか第三者が介入しないと無理っしょ
新八:他人事!?あと何だってまた子さんが
図書室なんかにいるんですか?!
また子:なんかとはなんスか!私だって
たまには本とか借りたりするっス!
狐狗狸:それはともあれ、見かけた相手が
いくら憎いからってヒザかっくんローキックは
さすがにやり過ぎでないかと…
万斉:けど、無事でなによりでござる
ヒビとか無くてよかった〜拙者のグラサン
銀八:そっちの心配かよぉぉ!
オチがやっつけで本当にスイマセンでした…
3Zでは微妙に仲良しな感じで書いたつもり
様 読んでいただきありがとうございました!