光の先から現れた影と、差し伸べられた
大きな手の平を目にした時


とうとう三途を渡りきってしまったと錯覚した





「…ちゃん!ちゃん!?
寝ちゃダメだから!目を開けてぇぇぇ!!





響く声は低くて どこか安心するけれど


父上のものとは…似ているようで違う





目を開けていられない眠さと気だるさに
身を任せようとした正に直前


身体が浮き上がるような感覚がして


よく分からなくて、ぎこちない手の平で
触れた何かを握り締めて…







「……む?」





気づけば私は 三途ではなくどこかの部屋にいた





古びていて小ぢんまりとした室内の空気を

隅に置かれたストーブが温め


それにより手足の感覚が戻り始めて


意識も定まりだしたので半身を起こし





「これは…毛布?」


「あ、気がついた?」


身体にかかるモノを確認した後
近くからの声に身構え……ようとして気づく





槍を取ろうとした手の片方に、いつの間にか
握り締めていた黒い服の袖と





うわっ!ちょっとちょっと
いきなりそんな急に動いて大丈夫なの!?」


声の主が真撰組の隊員である事に











「寒さも熱さも程ほどにせんとね」











私の寝ていた長椅子の、ちょうど頭の辺りの
死角にいたため起き抜けは気づかなんだか


にしても…一体どういう事なのだろうか?





「あの、身体の調子はどう?平気?」


「…特には問題は無いが」


「そっか…でも長い時間あんな寒いトコに
いたワケだから無理しないでね」


「了解した してここは何処だ





問えば隊員は零れ落ちんばかりに目を開き
驚いたような奇声を上げ





「何だ何だ!?」


「何かあったのか!!」





吹き飛びそうなほどの荒々しい勢いで扉が開き

そこから数人の黒服がなだれ込んで来…あ


「っておお!気がついたのかちゃん!
具合の方は大丈夫かい?」


「勲殿…何故ゆえここに?」





真っ先に駆けつけてきた、上着を脱いだ状態の
勲殿へ問えば困ったような顔をされた





「いやあの、それオレが聞きたいんだけど
手当てした時もやたら怪我してたし」





言われて少々痛む身体を意識すると共に

昨夜の…あの場に入った"原因"を思い出し


私は言葉を選んで口を開く





「入ったら閉じ込められた」


『省いちゃ分かんないから!!』





やはり勘弁してもらうわけにはいかぬか







親しき間柄とはいえ、仮にも勲殿は警察官


それに今は真撰組の上官として、部下の者達と
共にこうして私の前にいる状態だ





幸い、命を果たし追っ手を撒くのみだった故
こうしてのんびりしてもいられるが


余計なことを言えば迷惑が…







どうするべきかと悩んでいると、先ほど大声を
上げた隊員がおずおずと言葉を放つ





「ひょっとして…迷い込んで倉庫の中に
入っちゃったとか、ですかね?」


「あー何かそれはありそうだなぁ…
そういうコトかな?」





よく分からぬが何やら納得しているようなので
とりあえず頷いておく事にした









持ち場に戻るよう他の隊員達に命じて


残った勲殿が長椅子の側の背のない椅子を
私の前へ持ってきて腰かけ、話しかけてくる





「身体の方は本当になんとも無い?」


「うぬ、多少動かしづらいが特に問題は無い」


「そっか、まー身体の怪我はともかく
思ったより凍傷もひどくないみたいでよかったよ」


「すまなんだ…して、勲殿達は何故ここに?」


「いやー実はね、先日この会社に過激攘夷派の
テロ予告が送られてきたらしくてさ
午前中くらいには警備につく予定だったんだよ」





目を凝らせば確かに、薄汚れた窓の外で

普段通りの黒い制服を着た真撰組の面々が
せわしなく動き回っているのが伺える





「けど朝方"不審音がする"って通報があって
急いで駆けつけて倉庫の中を改めてたら…」


「私がいた、と」







寒さに耐えながら脱出する術を探していたから
おぼろげな記憶ではあるけれども





どこかの壁を斬りつけたり、柱を槍で
駆け上がったりはしたような気がする





「あん時はビックリしたな〜奥の方がボロボロで
今にも倒れそうなちゃんがいて二度ビックリ」


「そ、それはすまなんだ 破壊したものは
責任を持って弁償する故」


「いやまぁワザとじゃないんだから
あんまり気にしな…へーっぶしょい!


盛大なくしゃみの後、鼻をすすりながら
勲殿は腕の辺りをこする





あ゛ー早く春になんないかなぁ…
三月なのに外の風寒くて参るよね〜」


「真にその通りだ、重ね重ねすまぬ
寒い中で色々忙しい思いをさせてしまって…」


「大事な相手のためなら寒さなんか
へっちゃらピーさ!むしろお妙さんのピンチには
フンドシ一丁ででも駆けつけられるぜ!!」



「いや、ありがたいが服は着た方がいいかと」





言えば何故か微妙な顔で"そうだね"と返された


…何かマズい事を口走ったろうか?





「あー…そだ!寒いトコにいただろうから
温かいものでも持ってくるね!」


「いやお気遣いな」


言い終えるよりも早く見慣れた長身が
扉から部屋を飛び出して







「お待たせちゃん、熱いから気をつけてね」





両手に紙の器に入った湯気の立つ茶を
持ってきて戻り、片方をこちらへ差し出す





「何から何まで申し訳ない…いただきます」







器を通して伝わる熱と すすった口中へ
運ばれる液体の温度が気を落ち着かせる


ああ…やはり寒い時には温かい茶だn


「ぶるふぁーっくじょい!!」





唐突に響いた大音量に驚いた拍子に
熱い茶が勢いよく流れこみ


思わず反射でむせて、放った中身のほとんどが
対面していた勲殿へとかかってしまった





       「ぎゃああぁぁっちゃちゃちゃちゃ!!」


「すっすま…ごふっ!ごほごほっ!!


「だっだだだ大丈夫!?
ゴメンね!くしゃみビックリしたよね!!」








しばらく背をさすってもらい、ようやく落ち着く







「こりゃまた盛大にズボン濡れたなー…
ま、乾くまでしばらくガマンだなぁ」





床や椅子へ散る茶がかすかに湯気を立てている


居たたまれなさに、思わず頭を下げた


…舌と口内がヒリヒリするので無言のまま





常日頃からこらえる事に慣れているとはいえ

やはり、痛いものは痛い







「口押さえてるけど、平気?」





半ば無意識に手で覆っていた口を気にして
勲殿が心配そうに問いかける


…これ以上不安にさせるわけには参らん





「ひにはれるな…慣れへるひゅえ」


ロレツ回って無いから!表情全然
変わってないけどやっぱ痛いんだよね!?」


やはり痛みで回らぬ舌では説得力に欠けるか





「やっぱさっきのでベロ火傷したの?それとも
どっか切っちゃった?ちょっと見せて





情けないほど狼狽しながら訪ねるこの御仁が


昔、組み手の際に怪我をした私を
案ずる父上によく似て見えた






「わはりもうひた」





頷いて手をどけ 口を大きめに開く





「うーん…ちょっと見えづらいなぁ
悪いんだけど舌べーってしてくれる?」





思い切り出した舌は空気に触れてより
ピリピリと痛む心地がしたが、我慢した





あー…赤くなってるね、痛そうだなぁ」







まるで我が身のごとく眉をしかめた後に
少し待つよう言いつつ再び部屋を出て





「ゴメンちょっと遅くな…って出てってから
ずっと舌出してたの!?」


「まへと言はれはひゅへ「いやそうだけど
ベロはしまっていいからね!」






そうかと納得しつつ口を閉じた私の鼻先へ





「火傷は冷やした方がいいから氷探してたら
近所にアイス屋さんがあるって聞いてさ」


にっこり笑って、戻ったこの人が
差し出したのは…逆三角に丸が乗った洋菓子





「ま、季節的にホワイトデーだし
迷惑かけたってコトでどーぞ」



「…まこほに、かたひけない」





それが冷たく甘いことは知り合いの侍が
度々口にするから聞き及んでいたけれど


自ら食したのは初めてで


妙に甘みが強すぎるように感じたが







どう?おいしい?」


「…うぬ、とても」





父上に似た笑い方でこちらを眺めてる
相手を見ていると、不思議と受け入れられた





「そう言ってもらえると恥ずかしかったけど
店に並んで買ったかいがあっ」


言葉半ばで 戸を開き様に入ってきた
松平殿が勲殿へ向けて発砲


先程まで腰かけていた椅子へ穴が穿たれる





「仕事ほっぽらかしてなーに女口説いてんだ」


「ちょっ、何でここにいんのとっつぁん!?





ちなみに当人はすんでで立ち上がり

長椅子から離れた壁際へと退避している





「それぁこっちのセリフだ、WDのお返し
買いついでに様子見にくりゃ股座濡らして
鼻の下伸ばしやがって 警察官として恥を知れ


いやコレはお茶だからマジで!てーか
一般市民の手前なんだから銃しまって!!」


「いいから三秒数え終わるまでに
テメー今すぐ持ち場戻れや はい、いーち


言葉とほぼ同時に銃口から火が吹いて
すぐ側の壁面に弾痕がめり込んだ





「とっつぁんそれフツーに弾数かぞえてね!?
ためらいどこ行ったの!!あと二と三!!」



「オメーにいるかよぉそんなモン、男は
ただ一だけ覚えて前を見据えりゃいんだよ」


「…流石に二と三くらいは覚えていた方が」


ちゃんんんん!
ゴメン本当頼むから空気読んで!!」






が、松平殿は銃を下げて私を見やり





「お嬢ちゃんの言う通りだなぁ…それじゃ
仕切り直すか にーぃ、さぁーん、よぉーん


そっから!?つか結局撃ってるしぃぃ!!」


……よく分からぬが警察組織も大変だ







もう少しして体調が戻ったらここを出ると告げ


有事の際には部屋の近くに待機している
隊員へ一言かけるよう言われて二人が出て行き







「……あ」





勲殿の上着のありかにようやく思い至ったのは


話し声が遠ざかって しばらく経った後だった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:WD話だと何でか真撰組キャラで
かんじゃっとりますが…今回はゴリラで


近藤:あれ?何気にけなされてない?でもまぁ
冷凍倉庫からの発見が早くてよかったよ
…まーあの後トシからやたら怒鳴られたけどさ


狐狗狸:(そりゃそうだ)にしても大の大人が
アイス屋に並ぶのって勇気いりましたでしょ?


近藤:店員さんの目がちょっと印象的だったなぁ
あ、結構こぢんまりしたトコだったけどね


狐狗狸:…ともあれ火傷は痛いですよねー


近藤:うんうん、オレも急出動とかで慌てると
よくやっちゃうから分か(銃声)ぎゃあぁ!!


松平:テメェらには熱い一発見舞ってやらぁ
最近こんな出番ばっかかコラァァァ!!


狐狗狸:ぎゃあぁこっちにも二次被害が!




書き忘れてましたが、槍は彼女の寝てた
長椅子(ソファ?)の足元にあります


様 読んでいただきありがとうございました!