きりりと冷えた、爽やかな空気に満ちた
朝の通学路に数人の人影が仄見える





その数は校舎へ近づくに連れて増し


制服姿の男女は 知った相手へ
白い息を吐きながら挨拶を交わす





「おはようお二人さん!」


その例にもれず駆け寄り様に山崎も

少し先を行く留学生兄妹へ声をかけた





「あら おはよう」


「お主は確か、級友の…」


「ええ〜そうです」


「崎山 通殿だったか?」


ワザとなの!?
ワザとだよねその微妙な間違い!!」





無表情かつ無自覚ながら謝る妹を
横目で見やり、は苦笑交じりに言う





「そう言えばさ、山崎君と
この時間帯にかち合うのって珍しいよね」


「朝連が無い時は大抵遅刻ギリギリで
滑り込むようにして入るからね」


「いかぬぞ、学生であるなら学び舎へは
余裕を持って通わねばな咲山殿」


「ザキヤマから離れてぇぇぇぇ!!」





悲痛感たっぷりの叫び声に、校内で指折りの
"美人"に数えられる彼も同情的な視線を寄せる





「…ゴメンね、あの子も本当
わざとやってるわけじゃないんだけどね」







銀魂高校に入学してから風紀委員と
バドミントン部で活動を始め


いよいよ卒業を控えた今となっても
クラス内での印象は薄めの山崎ではあるが
流石に苗字くらいはクラスメイトに認知されていた





…途中で転入してきたハーフの留学生の片割れ


ただ一人を除けば











「付き合いの段階を踏むにも苦労あり」











「おいおいどーした山崎!浮かない顔して」


「あ、局ちょ…じゃない委員長」





昼休み もそもそと購買で買ったあんぱんを
口に運ぶ山崎の側へ、腫れた顔の近藤が近寄る





「暗い面すんなよ 悩みがあんならオレに
どーんと打ち明けてみろ!なっ


「いやあの、まずとりあえず伊東先生んトコ
行って来てください…鼻血垂れてます」





若干引き気味に対応する彼だが、当人は
全くといってお構いなく言葉を続ける





「で、何悩んでんだ?受験する大学か?
それとも就職先についての不安か?」


「あー…まあ対人関係についてちょっと…」





曖昧な表現で言葉を濁すも、泳ぐ視線と
赤く染まった頬を見れば 鈍い近藤でも気がつく





ははぁ〜分かったぞ!恋愛がらみか!
相手は誰なんだ?誰にも言わないから教えてみ?」


「いやだから血が…うわちょ服についた」


「何だよ教えろよ〜このクラスの女子?
あ!まさかお妙さんじゃあるまいな!」


「違います」


だよなぁ〜ま、そうじゃないとは思ったがな!」


豪快に笑いながら背を叩かれ、彼は軽くむせる





何にせよ恋愛はアタックあるのみ!
何事も不屈の精神で挑んでいくのが大事だ!!」


「時には引き際も大事だと思うんですけど」


男がそんな弱気でどうする!多少強引でも
踏み込まなきゃ進展は無いんだぞ!!」


「踏み込みすぎた結果がその顔じゃないすか」


「まぁ校内じゃそういうのは程々にな
本格的な関係は社会人になってから」





言い差して、彼の後ろ頭へ分度器が突き刺さる





「あらやだ手が滑っちゃったわ」


「委員長ぉぉぉ!!」





ある意味いつも通りの光景に、慌てながらも
山崎は同時に内心でため息をついた







"恋愛も何も…向こうはこっちの事
名前すらまともに認識してないんだけどなぁ…"





そんな状態で告白なんかまともに出来やしない


諦めにも似た気分でそう思っていた彼に





…思いもかけぬ形で、機会が巡ってきた









期待と不安を込めてダイヤルを押し


呼び出し音が途切れたのを見計らい、彼は
張り付きそうになっていた喉から声を出す





、もしもしさんのお宅ですか?」


『いかにもそうだが…どちら様だろうか?』


「あ、ちゃん?オレです山崎です」


『…すまぬが心当たりが』


「いやいやいやあるでしょ!?
クラスメイトだってば3Zの!!」






おお!と納得したような声を出し、それから
軽い謝罪を経て彼女は訪ねた





『して、何用だ?』


「ああその 学校の方で明日の授業
変更があるからって連絡網回してるんだけど」


しどろもどろになりながらも伝える彼へ

受話器向こうから疑問に満ちた声が返る





『連絡網なら、私達の前に一人いるはず…』


「うん そうなんだけどさ
あの人の所に電話しても誰も出なかったから」


『なるほど』





…連絡網の番号に電話をした際

出たのが彼女ではなく"彼"だったので
驚いて切った事は、山崎のみの秘密である







とにかく目的の用を早口になりながら伝え





「って事でこれくんにも伝えておいてね」


『分かり申した、感謝いたす山崎殿』


折り目正しい言葉の後、少し間が空いて―





「…あっ!ちょっと待って!!


思い立ったように山崎が叫んだ





む?なんだろうか』





戸惑いを含んだの声に、手を微かに
震わせながらも彼は声を振り絞る





「そのっ…よ、よかったら明日の放課後
図書室で受験勉強しませんか!?


『同じ所へ進学するとは限らぬだろう』


「そ…そうだけど…ほら、一人でやるより
誰かと一緒に勉強した方が効率いいと思うし!
それに学期末テストもあることだし!!」


『…なるほど、なら明日 共に学ぶとしようか』


っはい!それじゃ、また明日!!」





返事を返して受話器を置き…山崎は思わず
グッと力強く拳を握っていた







"これを機に名前を覚えてもらうぞ…いや
あわよくばか、かか彼女に…!"






いつぞやの近藤の一言に触発されて

珍しく積極的に行動を始めた彼であった









そして当日 授業も滞りなく終わり


図書室で静かな一角も確保し向かい合わせで
勉強…までは予定通りであった、が





「あの…ここの単語の意味って分かるかな?」


「いや全く」





さり気なく声をかけても彼女に反応は無く


さりげなさを装いつつ手や肩へ触れても
特にそれについて言及される事も無く







ちゃんはもう進路とか決まってるの?」


「何にせよ兄上の幸せが第一だな…それより
マジメに勉強しなくてもよいのか?」


「いやあの…はい」





果敢に話しかけても、逆に諌められて
やる気なく参考書やノートに向き直らされ







下校時刻一杯まで一緒にいたにも拘らず





「帰り路に付き合ってもらうとは…すまぬな」


「いや、途中まで方向一緒だし
それに言いだしっぺはオレだからね」





単語一つすら覚えられず無為に時間を過ごした
虚無感を抱えながら、彼は通学路を共に歩く





「この時期だともう辺りは暗いな…兄上は
無事に帰られただろうか」


「明るい内だったし大丈夫じゃないかな」





側で歩む彼女の、白い手の先は赤く


気づいた山崎は手を伸ばしては
引っ込める動作を繰り返す







…と、二人の足が同時に止まった


少し先から大またで歩いてくる
老けた顔つきの長髪学ラン男に気づいて





「げ…よりによって夜兎工の不良…!」





直接絡まれた事は無いまでも、彼とて
夜兎工の悪名は聞き及んでいた





男が鋭い目つきを向けたのを見て取り


とっさに山崎は彼女の前へと出る





威圧的な姿が眼前で立ち止まった事に
身構えながら生唾を飲み込んで







―第一声は 彼の背後から放たれた





「何だお主か、ここで会うとは奇遇だな」


そうかぁ?つーかあのすっとこどっこい
見てねぇかな またいなくなったんだけど」





予想だにしない反応に拍子抜けしながら
目を丸くして山崎は振り返り様に訪ねる





「この人と知り合いなんですか!?」


「神楽との縁だな」


「いやいやいや省きすぎじゃね?
もう少し言葉足してやれよ お嬢ちゃん」


最もなツッコミに、言葉を返しかけて
不意にはあることを思い出す





ぬ!すまぬ、図書室にノートを忘れたらしい
取りに戻る故そこで待っていてくれ」


ええええ!ちょっちゃ…!」





彼女の背は遠くなり、道端には山崎と
男の二人だけがぽつりと残された





「マジ調子狂うわあのお嬢ちゃん…なぁアンタ」


「はっはい!?」


「あのお嬢ちゃんとは仲いいのか?」


「ええと…クラスメイトです、単に」


「ふぅん」


「あの〜誰か探してるんでしたら
急いだ方がいいんじゃ…」


「いいよ どーせあのバカ番長面倒しか
起こさねぇし、疲れたからちっと休むわ」







再び訪れる沈黙の中、目の前にいる男と
級友との関係がどうしても気になって





「あの…ひょっとして、好きなんですか?」





口走ってから 山崎はしまったと後悔した


あぁ?何が?」


「え、いやあの…か、きき着るブランケット」





苦し紛れにごまかした言葉に、意外にも
男は食いついてきた





お宅も愛用してんの?着るブランケット」


「ええ…アレあったかいですよね、すごく」


「そーそー意外と動きやすいんだよなぁ
脱ぐ時に静電気起きんのが難点だけど」





俄かに和んだ空気も三度の沈黙に押し潰され

さりとて、この場を離れる事も出来ぬまま
目の前の相手が去ることを祈り…







「すまぬ山崎殿、待たせたな」


「じゃあ帰ろっかちゃん!
お兄さん待ってるだろうし、さぁ早く!






戻ってきたその瞬間 山崎は待ちわびたように
彼女の手を掴むとその場から踏み出していく





「おぉっ…それではまたな、ええと」


阿伏兎な じゃあなお二人さん」







呆れ交じりのしわがれ声から十分遠ざかってから

彼は立ち止まり、手を放す





「あ、ゴメンねいきなり引っ張っちゃって…」


「別に構わぬが…手に汗が滲んでいたぞ
大丈夫か?山崎殿」





息を整え、誰のせいだと叫びたい気持ちを抑えながら


「大丈夫です、あの…またヒマがあったら一緒に…」





言いかけて…やっぱり口に出せず山崎は微笑む





何でもないよ 今日はありがとうございました
それじゃあ、また明日学校で」


「うぬ それではまた明日」





…手を振って別れ、一人帰途を行く彼のため息は
吹き荒ぶ北風に紛れた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:結局何も進展しない、まさに俺得な
話書きました…が後悔はしません


山崎:果てしなく普段通りですね…それより
オレってそんな存在感ウスいですか?


狐狗狸:最近はそうでもないんだけどねー


近藤:冷静に見極めるのもいいが、やっぱり
男はここぞの度胸がないとな!


山崎:度胸だけってのもどうかと思います
委員長はいい加減引き際を学習してください


阿伏兎:つーかオレ、特に何をするでもねぇ
微妙な位置だったんだけど今回


狐狗狸:同じ誕生月+初対面同士の気まずい
雰囲気書きたかったの…失敗気味だけど




毎度グダ×2の詰め合わせで失礼しました!


様 読んでいただきありがとうございました!