完成したその姿に、イスから身を
乗り出すようにして日輪は手を合わせる





「あらあら 美人じゃない」


「いや…兄上からお借りした衣装一式と
そちらの着付けが一級なだけゆえ」


「謙遜しなくたって似合ってるよ姉」





見上げて笑う晴太に あやつは頬をうっすら
に染めてうつむく







長さが足りんで結い髪は軽いものじゃが


利休鼠(ネズミ)に品よく白い鈴蘭をあしらった振袖


瑠璃紺に薄い花菱模様の帯を前側で結び

漆塗りの黒下駄といった立ち姿は


どこから見ても、立派な遊女じゃ





「さて…本日のぬしの仕事場へ案内しんす
わっちについて参れ」


「了解した」





頷いてはわっちの後に着いてゆく


高下駄ではないものの、慣れておらぬのか
歩みにくげにゆっくりと











「失敗談も肥やしのうち」











兄の付き添いが多いせいかこやつもよく
吉原桃源郷へと顔を出す機会が多く


付き合いにて二人や片方と話込む事も多いが





…数日前、銀時の話題になった辺りで"兄"が

含みのある笑みを浮かべたのが始まりじゃった







ひょっとして気になります?銀さんのこと」


「ば…バカ言え、何故わっちがあんな
ちゃらんぽらんを気にせねばならん」


「あら〜別にいいのよ、籍入れてここ出ても
あちらに床入りイっても





日輪の爆弾発言に、わっちだけでなく
あやつもまた側の作務衣娘に気を揉む





「スミマセン日輪さん、字が違うのって
やっぱり確信しておっしゃってるんですか?」


二人の子くらい拝んでみたいと思わない?」


勝手に話を進めるな わっちはそんなっ
押しかけ女房を決め込むつもりなぞ…」


戸惑うも二人はここぞとばかりにわっちを責め





不意に背をつついた無表情が口を開く





「闇討ちより七夕に二人でコウノトリに
願をかけた方がよいと思われるのだが」


「何をどう聞いてそうなった!?」





一連のやり取りに含まれる"裏"など微塵も
気づいとらん一言に 大きな溜息が日輪から漏れる





「まだそっちの知識学ばせてなかったのかぃ?」


面目ありません、何分年が年なので気恥ずかしく
つい忙しさにかまけて蔑ろの部分が多くて…」


「兄上は悪くありませんぞ日輪殿!
よく分からぬが、全ては私の力が及ばずゆえっ!!」






身内を庇うこやつを見て、何を思ったか





「それなら一日 ここで触りだけでも学ばせるかね」


日輪が手のひらを打ってそう言った





「あの…ウチの子にその手の仕事
一日とは言え、勤まるものでしょうか…?」


「自分の妹だろ?少しは信じてあげなって」





"太陽"と称された伝説の遊女による笑顔説得は

わっちのみならず世慣れした"兄"をも丸め込み





「処女で客取りは大変だろうからね…今回は
主に脇で徹してもらうことにしようねぇ」


「分かり申した…兄上、処女とは「聞かないでお願い」







"一日新造"として今、妓楼の前にいる







「わかってるとは思うが…くれぐれも
客や店の者に失礼の無いよう尽くすんじゃぞ」


「了解した」





頷いたのを見て、わっちは見知りの花魁を呼び


互いを紹介させながら大まかな説明を行う





「禿(かむろ)には年増じゃからの…一日
新造として世話役や供回りをさせてやりなんし」


「わかりんした」





――――――――――――――――――――――







礼をして、月詠が離れたのを見届けると





彼女は上から下までを値踏みしてから
少しばかり尊大な態度で告げる





「救世主の一人だか知らないけど、面倒見る以上
わっちの言うことにはきちんと従ってもらうよ」


「了解した」


「…返事は"はい""わかりんした"だけでいい」


「はい わかりんした」





無表情のまま返され、眉をしかめつつも
花魁は深く気にせずキセルを差し出す





「…気のつかない子だね、火ぃつけとくれ


「すまぬが火打石をお貸し願えぬだろうか」


「そんなモンで着くわけないじゃろ!」


軽く頭を叩かれ、不安を募らせながらも

一日新造の体験奉公は始まった







「ちょいと、早くしとくれよ」


「こちらにも急ぎなんし!」


「ただ今!」





食事の給仕 たばこの吸いつけにお茶運び





時折遅い、と叱られながらも彼女は
忙しく廓内を走り回る





「着付けの手際がよくないねぇ…もっと
しっかり出来ないのかぃ?」


「…すみませぬ」


「まあ素人さんはそんなモンさ、さて
わっちの道中に付き合っておくれ」







他の新造や禿などを引きつれた数人の集団での
花魁道中をも供回りするものの


慣れない道行きと物々しさ、視線を交わす
人々の気配に当てられ 自然も身構える





「強張った面じゃ客も逃げるじゃろ…もっと
愛想良く歩きなんし」





花魁にきつく叱られ、気を落としつつも

勤めを果たすべく慣れない笑顔を浮かべ





「逃がさないわ、今日こそツッキーに
吉原の秘技を教えてもらうんだから!…あら?」





するりと横から現れたさっちゃんを見て
彼女の表情が再び強張った





「そこの花魁にくっついてるアナタ、どっかで
見覚えのある顔なんだけど…」


「え、あ…う…人違いでは?」





若干顔を逸らしつつも、メガネから注ぐ
疑わしげな視線はやり過ごしたものの





なんだ?あの美人に見覚えあるのか?」


「…いやいや、アイツのハズは無い」





知った顔を見かけるその都度挙動がおかしくなり







戻った折に思い切り両頬をつね回された





「高々"救世主ご一行"の雑用小娘のクセして
どこまで使えなけりゃ気が済むんだい」


「申し開きもございませぬ」


「申し開きより股開いてきな」


「…足を開いてどうしろと?」





代わらぬ無表情での返答に"おぼこが"

花魁が呆れ交じりの悪態をついた所に







姉様、お客がお見えになられんした」





馴染みの客が二人、花魁を指名して座敷で
待っていると禿が伝達に来た





「あそこの若旦那、お国者だからねぇ…
わっちが戻るまで相手しといておくれ」





当人は面倒そうにへそれだけ伝えると

先客の御用商人が待つ座敷へと向かった





「あの…私はどのようにすれば?」


「姉様が戻るまで話相手になってれば
いいんでありんす、こっちへ





こうして説明なしぶっつけで客の前に案内され





「えらい可愛らしい新造やね〜肌も白ぉて
ほれ、もっと近寄りんさい」


「いえ…そのような恐れ多きことは…」





彼女は油ぎった顔に野卑な笑みを浮かべ
軽く出来上がった中年へ酌をする





――――――――――――――――――――――







珍しく手も空いたので、始末屋を振り切り
の様子を見るべく聞いていた座敷を覗けば





下心満載の客が下衆な会話をする合間

度々あやつの肩や胸や尻へ手を伸ばしていた


が、紙一重で見切ってかわし続けておる やるな





「そげん固くちゃいかんばい よし!
ワシが身も心も解しちゃろ〜」





業を煮やしたか酔っ払いが着物の帯を解き始める





「っ…な、何をなされるのですか?


「なーに時期は外れたがワシの馬並みの松茸
立派じゃけん安心せぇ〜」





あ…あの客っ、アレが目当ての花魁が来るまでの
場繋ぎだと理解しとらんのか野暮天め!





「こっこのような場所で破廉恥な…っ!!」


「カマトトぶってんじゃなか〜遊女の分際でぇ!
お前さんも恥ずかしいフリはやめぇ!!」






帯を手が掠め、慌てて逃げまどうあやつを
ニタニタと中年が追い回す


暴れられんのも割り入って男を止めるのも
法度と 分かってはおりんすが…!





すぐさまあやつは壁へと追い詰められ
弱々しく首を横に振るけれど


片腕を取られて引かれ 一気に顔色を失う





ほーうれぇ!逃げても無駄ばっ…」





わっちは迷い無くクナイを投げ放ち


肩口へ刺さって赤い滲みを作りながら

勢いで新造が後ろに倒れる






「なっ…何ね!?どげんしたと!!?」


あやつとクナイの来た先を交互に見やり
叫ぶ中年のいる座敷へと、礼をして押し入る





お怪我はありんすか?捕り物中に手が狂い
真に無礼つかまつりんした」


「いやワシはこの通りじゃが、ばってん…」


「おおコレは一大事 すぐ代わりの者を
迎えるのでお待ちを…立てんすか?」





"怪我人"を担ぎ、妓楼へ繋ぎをつけて
わっちらは座敷を出…









「…危うい所じゃったな、大丈夫か?





"先から赤い液体が滴る仕掛け"の吸盤式クナイを
肩から外して わっちは問う





「すまぬ 迷惑を…かけた」





静かには頷いて面を上げたが





―拍子に緑眼から、一粒だけ涙が転がり落ちた







「構わん、それよりも…まだ働けそうか?」





動揺を抑えつ重ねて問えば、僅かに震える拳で
眼を拭った新造は 常となった能面で答える





「一日と言えど、勤めは全うせねば





気丈さを汲んでこやつを妓楼へ戻し、中年の
相手を変えさせ 後の仕事を勤めさせた









見回りに戻る刹那 不安は脱ぐえんかったが…





「どうじゃった?今日の仕事は」


「…勉強にさせていただき感謝致す」





着替え直し、帰り路を行く道中で問えば

あの客も含めて無事仕事は終えたらしかった





色々迷惑をかけ申した…あれしきで泣くなど
情けないとお叱りも受けた、精進したい」


「慣れぬ事態なら無理もない…しかし
まさか、ぬしが泣くとはな」


「これでも昔はよく泣いていた」





間を置いて続いた言葉に混じるのは…自嘲





「……私には泣く資格など、とうに無いのに」


「吉原のために、あの者達と共に命がけで
戦ってくれた救世主がそんな弱気でどうする」


「私は ただ弱さをさらしただけ故」


「…わっちだって、二度もその身をもって
庇ってくれたじゃろう?」


「仲間を護るは当然のこと」


…何を吹き込まれたか知らんが面倒なやつじゃ





頑なな無表情の額を叩いて 笑いかける





「心無き野次など気にせんでいい
も立派な"救世主"じゃ 堂々とせい」








デコをさすりながら…ようやくあやつも笑う





「心配りありがとう、月詠殿」











…ちなみに苦労の証として(無理やり)
受け取らせた報酬の行き先は





「ある程度覚悟して貸してはいたけどさ…
それ、結構気に入ってる奴なんだよね


「もっももも申し訳ありませぬ兄上ぇぇぇ!」





振袖の染み取り代として兄へと右から左に消えた


そ…それでいいのか、ぬしは!?








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:禿を漢字一字でググったら字が字だけに
"ハゲ"が引っかかり、ついでに新造で"キャシャ


晴太:(遮り)これ何を目指したいんだか
わかんなくて中途半端すぎじゃない?


狐狗狸:のっけから厳しーい、どして?


晴太:だってオイラ出番が台詞一つだけだもん!
それよりクナイから出てた液体は何?月詠姉


月詠:食紅で染めた葛じゃ 本物は危ないからな


さっちゃん:くっ葛プレイ!?何よそれっ
興奮するじゃないのぉぉ!教えなさいよ!!


狐狗狸:色んな意味でダメ!!…って月詠さん
紅蜘蛛の倉庫の死闘は知らんハズじゃ


日輪:あの忍者さんから聞いたのよ、自分の命も
省みずにバカ娘が…とか愚痴ってたけど




"知る人ぞ知る"活躍も失敗も、彼女の糧に
なればいいんじゃないかな?(疑問系!?)


様 読んでいただきありがとうございました!