空は白く淀んで日の光を遠ざけ


風は冬のニオイを漂わせながら冷たく澄み渡る





「大丈夫そうか?身体は」





問われて、私は両手を握っては開く





まだ指先の動きは僅かにぎこちないようだが


「…まあ大丈夫であろう」


「本当にかぁ?」





答えればやや訝しげに全蔵殿が
私の顔を覗きこんできた





「何故ゆえ疑われねばならぬ」


「お前の能面ツラと台詞はあんま当てにならん」


「むぅ、そうなのか」


うわ無自覚?今更ながらタチ悪っ」





よく分からぬが信用されていないことに
ため息をつきつつ、喉の辺りをさする







…思い起こせば稽古を終えて帰る矢先


人目に着きにくい木陰にて首を吊ろうとした
見知らぬ男がいたので





「命は粗末にするものではないぞ
何があったか知らぬが 落ち着け」


「止めないでくれ!オレは、オレはぁぁ!!





頑なに輪にした縄から手を離さぬので

それなら、と縄を切るべく跳んだら





「うわぁっ!?」





驚いた男が台座ごと転がり落ち、その身体が
こちらへと倒れこんできたので


当たらぬよう槍先を逸らしたら体勢を崩し





首を輪に引っ掛けてしまい 意識が落ちた











「年の暮れは忙しい振りしてごまかす
…寂しくねーもん全然」












そのまま父上と三途で会話をし、気がつけば
木から下ろされた状態で全蔵殿と対面していた





お前さ、いー加減死にそうなんだか
しぶといんだかハッキリしろよな」


「そこまで暴言吐かれる者の気持ちも…
少しは、考えてもらえまいか」


「座薬入れる為に厠へ急ごうと近道したら
顔見知りの首吊りに遭遇したオレの気持ちも
ちょっとは考えてくれませんか?」


「…人前で尻の話を持ち出すのは、破廉恥では」


「そう返してくるか〜ハハハすっげー腹立つ





軽く小突かれた頭をさすりつつ、私は問う





「お主は何故ここに?」


「人の話聞け、厠目指してここに駆け込んだの」


「そのナリでか」





目の前の男は見慣れた青い忍装束ではなく

どちらかと言えば、洋装に近い装いをしていた





あんだよ?似合ってねぇってのか」


「…違和感は否めん」





告げた途端に 若干肩を落としたのが見て取れた





「仕事の下調べで軽く変装してたんだよ

…まあ痛み出したのが引き上げ時で幸いだったが」


「それはご愁傷様」


「…皮肉か本音かハッキリしてくんない?」





銀時といい、何故ゆえお主ら頬をつまむ





「指 冷たいな」


「今日は風も水も冷たいからな」


「そうか 助けてくれて感謝する…しからば」





小さく頭を下げてその場から歩き出し







足元の段差につまづいて、前のめりに





倒れそうになった直前で後ろエリを引かれた





「やっぱり動きがぎこちねぇじゃねぇか
こんの嘘つき能面娘」



「嘘をついたつもりは、無かったが」


「…本気でタチ悪いな無自覚って」









放っておいて野垂れ死にされても困ると言われ





私は近くの喫茶店へ連れてこられた





「手間をかけさせてすまぬな」


「全くだ」


「して、仕事はいいのか?」





壁の時計を見やり、少し間を置いて答えが返る





「連絡役との待ち合わせにゃまだ少し
間があっから、茶を飲む時間くらいはあんだろ」


「…忙しそうだな」


「まーな、使いっ走りのお前さんと違って
オレはどこでも引っ張りダコだから大忙しよ」





やや自慢げに言いつつ全蔵殿は
運ばれたばかりのコーヒーをすすり





「これから年明けまで働いて過ごすのか」


返した一瞬 その動きが止まった





「社会人なんて大体そんなもんだろ」


「私は兄上と過ごすつもりだ」


「聞かなくても分かるわお前のブラコン振りは
よかったじゃねぇか仕事が無くて


「…お主には共に過ごす者はおらぬのか?」





思ったまま口にすれば、徐々に言葉が刺々しくなる





いませんけど何か?サンタや坊さんだって
冬に働いてんだし関係ないだろ」


「否定はせぬが、哀しくは無いか?」


別に 毎年の事だから気にもしてねぇよ
むしろ当たり前になっちまったな」


「そうか…もう過ごす相手がおらぬのか」





気丈に振舞う様子がどこか物悲しく見えて
静かにそれだけを告げた、その途端







「…どーせ仕事が恋人だよチクショー
忙しくてキャバクラ通う時間もねぇよ!」





唐突に向かいの相手が突っ伏してしまった





「何故ゆえ泣くのだ」


「泣いてなんかねーよバーカ!」


声が震えているので、私はおろか
通りすがる店員にも丸分かりなのだが…まあいい





「どーせ一人身だからお歳暮のカステラだって
食い切れずに余りまくってるよ!」



「そうなのか」


「おーよ口の中フルパッサだよフルパッサ!

甘いモンそんな好きでもねぇのにお茶必須で
もう正直ウンザリだわカステラ」





よく分からぬが長々とクダまで巻き出した







……とりあえず語るままに任せているが

なんともゼイタクな悩みだ


昔も今もカステラは滅多に食べれぬ高級品だのに


まあ、言っても詮無き事ではあるけれど





「つか名前入りとか無駄に懲りすぎだろ
もうCM見るのも嫌になりそう、文○堂」


「カステラに罪は無いと思うが」


「んなの先刻承知だバーロー


頭に手刀を入れられた、痛い





「付き合いもあるから下手な奴に分けれねぇし
かといって腐らせるのもアレだし…

何かいい案ない?ちゃん」


「なら、内密で銀時にお裾分けするのはどうか」


「…なんでそこでジャンプ侍が出てくんの?」


「あの男は甘党だし、縁もある故
喜んで受け取ると思うのだが」





割合本気で言ったのだが 全蔵殿は
渋い顔付きでコーヒーをひとすすり





「冗談じゃねぇ、アイツに贈りもんとか無いわ」







…年賀状を送ったり色々やり取りはあるのに
何故ゆえそこまで毛嫌いするのか





「…今ちょっと"不思議だ"ってツラしたろ」


「よく分かったな」


頷けば 茶を一口飲み込む間があって


ややふて腐れた声音が返ってきた





「成り行きじゃなきゃあんなムカつく奴と
縁なんか作るか、つか必要以上に関わりたくない





素っ気無い言い方はこの者の常ではあるが


こと銀時が相手となると、妙に熱がこもるのは

いつぞやの雑誌取り合いの恨みが元なのか





「…面倒だなお主らは」


「ちょっ何その悟ったような言い方、腹立つ」





他愛の無いやり取りを行う内

喉の痛みが幾分かマシになった事を感じ取る





…そろそろ、おいとまする頃合か





「すまぬがそろそろ失礼致す」


「おーそうか…って何で領収書持ってくの」


「茶代を払うつもり故」


「いや割り勘してもらう程の額じゃねーし」


何を言う、迷惑をかけたのは私だ
ささやかながら払わせてくれ」


え!?オレがおごられる方なの!!?
流石にソレは無いから!領収書よこしなさい!」






何故か焦った様子で用紙を取られかけて
必死で追撃の手を拒むけれども


抵抗空しく、卓を越えて手首を素早く掴まれた







「こーいう時には大人が払うモンなの
だから、素直に言うコト聞け」






髪の間から見えた瞳が存外鋭くて





射抜かれた隙に手をこじ開けられ、用紙を
懐に入れられてしまった








「あ…」


伸ばした手も声も 届かぬと気付き引っ込める





迷惑をかけたのに、自らの分も払えないのが
どうにも心苦しいが…致し方ない







「…なんつー顔してんだ


え?どういう意味だろうか」





答えを求め見返しても 全蔵殿は
ため息混じりに頭を掻くばかり





「自覚が無いならもうそれでいいわ

どーしてもってんなら代わりに仕事をやる」





言葉の意味は分からなんだが


私は、その頼みを引き受けた











「おい、それ何?
すっげかぐわしい甘いニオイすんだけど」


「よく気付いたな お裾分けのカステラだ
皆で分けて食べるといい」


「マジでか!きゃっほぉぉぉ!!





差し出した直後に箱がさらわれ


テーブルに集った二人が包装を剥いでいく





「全くあの二人はもう…スイマセンさん
わざわざ持ってきていただいて」


「…いや 私は頼まれただけ故」


「お兄さんにですか?」





首を振った直後、後ろで神楽の声が上がった





「あー!コレ痔忍者の苗字書かれてるアル!」


「え、じゃこれアイツのおこぼれ?」


「お歳暮で多くカステラをもらったから
渡してほしいと頼まれてな」





答えれば口の周りに食べカスをつけた
銀時が やや眉根を寄せ渋い顔をした





「マジかよ、さり気に懐自慢ですかあのヤロー」


「痔のクセに一々スカしてるアルな」


「いや 既にカステラ頬張りながら
言っても説得力皆無なんですけどお二人さん」







…何だかんだ言いながらも、お裾分けは
喜ばれているようで何よりだ





苦笑交じりに向き直った新八が言う


カステラのお裾分けありがとうございました
全蔵さんに伝えておいて下さい」


「心得た」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今年最後の短編なのに甘さはおろか
12月らしさほぼ無くてスイマ…どうしました?


全蔵:…アイツ無表情で真剣に言う上に
皮肉全然通じねぇから、本気で心が折れかけたわ


新八:なんて言うか…お疲れ様です


神楽:流石にその辺ばかりは同情するアル


銀時:まーアイツのKYは今更だろ
とにかく慣れてくしかねぇって


狐狗狸:賄賂(カステラ)もらったからか
態度が自然と優しいなアンタら


全蔵:うれしくねぇー




…年の暮れまで不憫な役割でゴメン服部さん


様 読んでいただきありがとうございました!