何とはなしに荷物を持って教室を出れば





「おや晋助、せっかく学校に出たのに
もう帰るでござるか?それともサボりか?」





便所から戻った万斉に、廊下で声をかけられた





「あんだよ引き止めるつもりか?」


「別に止めはせぬが…それよりバンドには
本当に興味ないでござるか?」


「テメェもいい加減しつこいな
バンドなんかやらねぇっつってんだろ」


「そう言わずに、試しに一辺バンドやろうぜ」


「いや、そんなさわやか装われても
やりたくねぇモンはやりたくねぇんだって」





何だかんだで付き合いが続いちゃいるが


相変わらず、このいけ好かねぇグラサンの
思考は読めない…別に読みたくはねぇが







「お主ら早く教室に戻れ 先生が来たぞ」


と、横を通りがかり様にオレ達へ言うのは
Z組の無表情女





「いや〜助かるでござるよちゃん
では戻るとするか晋助」


「テメェさっき止めねぇっつったろーが
授業なら出ねーぞ」


背だけは高いグラサンの横を通り抜けた途端





パコン、と教材で軽く頭を叩かれた





そうは行くかこの悪ガキが
授業が始まるからとっとと席に着きなんし」





チッ…もたもたしてるせいで逃げそこなった


ギロリと原因の男を片目でひと睨みしてから
大人しく教室へと引き下がる











「空ばかり見るのは物思う人々」











オレの席は窓際の一番後ろ


他の奴らは 意図的に少しだけ席を離してる

…他でもねぇ、オレを恐れて





おかげでちっとは過ごしやすいが

プリントを受け取る時とかは面倒でならない





黒板に書き連ねられる白い英文字も


淡々と内容を説明する女教師にも
意識を傾ける気にはなれずに


隠そうともせず、窓の外へ目を向ける





葉も朽ちた裸の木々を縫うように

グラウンドで体操着の連中が走っている


…このクソ寒ぃ中マラソンか、ご苦労なこった


今日はよく晴れているらしく
空が憎たらしいぐらい青い





ここからの景色も 後少しでおさらば、か





高杉 授業中よそ見はするな」


舌打ちをしつつ、黒板へ顔を戻せば

こっちへ向けられてたいくつかの目が
慌てて前へと戻るのが見えた


煩わしいこの視線もあと少しでおさらば出来る





けれど、オレの心は一つも晴れねぇ







「そろそろ期末が近いからしっかり勉強しておけ
赤点のモンは冬休み返上で補習じゃからな」


えぇ〜!そりゃねーよ先生ぇ〜!!」


「オレら受験生なんだから少しくらい
ヒイキしてくれてもいーじゃん!」





鐘が鳴って、立ち去り際の教師の言葉に
やたらとクラスの連中が盛り上がってる中





机で突っ伏して寝ていると、視界の端に


廊下で佇むと銀八が見えた


銀八の野郎…オレを指して何言ってやがる?





耳を澄ませば、何とか会話が聞こえてきた







「…お前ちょっと話しかけてこいよ」


「何故ゆえですか先生」


「進路面談アイツだけバッくれてるからよぉ
ちょっと説得してもらおうと思って」





その一言に、こないだ廊下でこいつが
オレに言っていた一言を思い出す







―おい高杉、オメェ指導室顔出して
ちゃんと面談してけよコノヤロー―






大方担任か校長辺りの差し金だろーが


どちらにしろ出る気などさらさら無ぇから
適当に無視していたが…







隣の無表情は首を傾げて教師に訊ねる





「なら級友の万斉殿に頼むのはどうか」


「頼んだよとっくに、でも効果薄いんだよ
高杉とよく話すんだろ?頼むわマジ」


「しかし何を説得しろと」


人の話ちゃんと聞いてた?あの野郎が
進路面談バッくれてるから、ちゃんと面談に
顔出すようにしてくれっつってんの」


「直接言った方が早いのでは?」


「言ってダメだから外堀から埋めてんだろ!
オメェ本当に空気読めぇぇぇ!!」






途中から意識せずとも聞こえるようになった
アホなやり取りは少しおかしかったが


それでこの気分が拭い取れるわけも無く





「うるせーよお前ぇら」





立ち上がって、真っ直ぐ廊下へと
出て行くついでにそう言ってやる





「あんだよ聞こえてんならとっとと来い」


「あんだけギャーギャー喚きゃ嫌でも
耳に入んだよ、説得なんざ無駄だからな」


「何だとテメェ…おい待ちやがれ高杉!





呼び止める声を今度こそ無視して

オレはそのまま次の授業をばっくれた











曲りなりに長い期間、ここに足を運んで


いくつか人目に着きにくくなる場所や
教師どもの動く時間帯を知るようになった


それでも特別の気に入り場所は屋上だ





遮るもののねぇ空と、この冷たい空気が


心につかえるモヤを忘れさせてくれる気がする





壁に背を持たせかけたまま
タバコでもふかそうとポケットを探り


目当てのものが見つからずに勢いで持ってきた
カバンを漁っていると


不意に一冊の本が目に入った





…あぁコレ、パシりの似蔵が面白いって
読んでたのを借りたんだっけな





何気なく本を開き 表紙の男を捜していると







「晋助殿、何を見ているのだ?」


見つける前に馴染みの能面顔がやって来た





「お前も捜してみるかぁ?ウォー○ー


ウォー○ー?それはこの赤白服の御仁の名か?」


「鋭いじゃねぇか、この本はその男を
紛らわしい奴らの中から捜し出すっつーモンだ」


「ほほう、それは中々面白そうだな」





興味を持ったが対面に座り込み


開いた本を無言のまましばらく見つめていたが


やがて目頭を押さえて、僅かに顔を背ける





むぅ…紛らわしい者が多くて目が痛いな」


「当たり前ぇだ、すぐ見つかっちゃ
面白くもなんともねぇからな」


眉をしかめた面を喉で笑って

開いた本の有象無象へと目を落とす





「で、お前何しに来たんだよ?兄貴はどうした」


「兄上なら先にお帰りになられた…心苦しいが
お主と話がしたいと思ってな」


「担任に頼まれたから説得しに来たってか?」


「半分はな」


「じゃ後の半分は何だよ?」


「お主がこの先目指したいものを聞きたくて来た」





顔を上げて、オレは目の前の女を見やる


釣られて見返す緑眼はつるりとしていて
本当にガラス球みてぇだ





「オレぁ、なりてぇモンなんか一つもねぇ」


「…本当にそうなのか?」


「何だってオレの進路が知りてぇ?」


「私は兄上を幸せにする道を選びたいのだが
その為に何を目指せばいいか思いつかぬ」


「つまり、他の奴から意見を聞いて参考にしてぇと」


「そう言う事だ」





バカ正直に頷くこいつに思わずため息





「んなもんクラスの連中や兄貴に聞きゃいいだろ」


「…お主からも聞いてみたいと思ったのだ
特にそれ以上の理由は無い」





真っ直ぐなこの能面女の緑眼には


オレは、どう映ってんだろうか







「……進む道なんざ決まってねぇけどな
憧れてる人なら、いないこともない」


言った瞬間、頭に浮かぶのは


ずっと通い続けているそろばん塾の講師





いつも笑ってて人がよくて、時々厳しいけど

オレみてぇな不良にも優しくしてくれる


…オレにとっては"居場所"をくれた恩人だ





「なんだ、それならもう進路が決まっているも
同然ではないか晋助殿」


は?どういう意味だよ」


訊ねれば、はあっさりとこう言った





「簡単なこと故

憧れの人に並べるよう 同じ職を志せばいい







あまりにも単純なその案は一度だけ考えた事がある


それでも、叶いそうも無いのは目に見えて

心の中でその選択は捨てていた





「単純な奴だ…オレみてぇなクソガキが
あの人みたくなれるわけねぇだろ」


「努力は必ず実ると聞くぞ、それに
何もせずに諦めるのは早計に過ぎぬだろうか」


「陳腐な常套句並べて説得しようったって無駄だ」


「…焦がれる相手を己の標にしては悪いのか?」





迷いの無い面と言葉のまま、こいつは続ける





「憧れる者が誰かは知らぬが、お主なら
その者に並べると私は思うぞ」


「…本気で言ってんのか?


「無論だ」





言ったその顔が、小さく微笑んだように見えた





オレは何も言わないまま本へと目を落とし


相手が同じ様にしてさっきの男捜しに
集中したのを見計らって、空を見上げる





冷たく澄んだ青い空に…あの人の笑顔が浮かぶ





並べるなんて思っちゃいないが、道標にして
生きていくのも悪くは無いのかもしれない







「お、この男がウォー○ーではないか?」





残り少ない付き合いの中でそれに気付かせた
女の声が、空に上がって消えていく








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:3Z杉様再び、そして某方の影響にて
とうとう別クラス的やりとりを執筆したり


銀八:何度目だー人のネタに乗っかんの


万斉:もはや片手では数え切れんでござるな


狐狗狸:お前らもう出番無くすよ?


月詠:いつものことじゃ落ち着きなんし


高杉:それよりよぉ、何で唐突にウォー○ーが
出てくる話になってんだぁ?


狐狗狸:たまーにやりたくなるからです、私が


銀八&高杉:お前がかよ




うさんく爽やか河上君とか美人英語教師な
月詠さんを個人的に押したい(黙れバ管理人)


様 読んでいただきありがとうございました!