人の移り変わりが激しいのは、どこであろうと
そうは代わりがないらしい


年々増えていく隊士に比例して

真撰組の食堂を勤める女中の人手も薄くなるので
例年よりは多めに募集をかけたが…







「瞳孔マヨ殿、募集について訊ねたく参った」





まさかこの女が名乗りを上げるとは思わなかった





「てか懲りずに不法侵入かテメェ?」


「玄関から行くより早かったものでつい」


「常識的な訊ね方をしてこない人間を、こっちが
採用すると思ってんのか?」





言えば、槍ムスメは相変わらずの能面ヅラのまま


「む…すまぬ、ならもう一度玄関からやり直す」





ご丁寧にも屯所の門前へ行こうと天井板を外しかかる





「いーよ面倒くせぇ それよりテメェ一人で
募集に志願たぁどういうつもりだ?」


「…正確には募集についての問いかけに参ったのだが」


「テメェでも根回しするくらいの知恵はあんのか
いや…それとも毒でも盛る算段か?」





軽い皮肉に対し、思ったよりも強く反応が返ってきた





失敬な、姿の見えぬ不意打ちなど誰がするか」


「総悟と組んでオレを抹殺しに来るのはアリなのかよ」


「総悟殿とて毒など盛らぬであろう」


タバスコだの砂利だのは盛るけどな





…と、脱線しかけた思考を引き戻す





「何にしてもあの兄貴が絡んでんだろ?
その辺の動機も含めてキッチリ説明してもらおうか」





ここでもしいつもの説明省略パターンに入ったら
問答無用で追い出そう、そうしよう





って何で懐から紙切れ取り出して見てんだコイツ?


一人で頷いて、それからしまってオレを見て…





「……市民のために働く警察の皆さんの、僅かながら
力になりたいと思い この職場を志望しました
つきましては採用基準についての質問に参りまし」


「自分の言葉で説明しろぉぉぉ!!」


つかカンペ見るにしても堂々とし過ぎだろ!


あと余計な入れ知恵するなら演技指導もしとけ兄貴!

もっそい棒入ってるから台詞に!!











「肉じゃが・味噌汁・玉子焼き作れる女は高得点」











予想通り、発端はやっぱり兄貴だった





食堂勤務女中の募集か…お上の組織の割には
そこそこいい給金出してくれてるねぇ」


晦日の臨時仕事に味をしめたのもあってか
そんな事を言い出していたらしい





「また真撰組での仕事に興味がおありで…?」


「水商売もいつまで続けられるか分からないし
手堅そうなのを一つくらい持っとこうかなーって


掃除は流石にやる気起きないけど、料理くらいなら
作りに行ってもいいと思ってるし」


しかし あのような危険な場所に兄上を
お一人で通わせるワケには参りませぬ!」


「本格的な住み込みじゃないし大丈夫だって

それにほら、前の縁での優遇も見込めそうだから
選択肢として選ぶのも悪くないかなって」





否定しかかるが聞き入れられず、槍ムスメは
已む無く覚悟を決めたとか





「…どうしてもと仰るなら、私も共に働きます!」


が兄貴は"それはもう麗しくも困り果てた微笑"で





「…いや、料理下手だから
残念だけど一緒には働けないと思う」


あっさりコイツの覚悟を切り捨てている





しかし槍ムスメは諦めきれずに食い下がり





「じゃあ君が採用されたら、僕も一緒に働くよ」


誠ですか!ならば早速…」


「待って ぶっつけで受けても落ちる確率の方が
高いから、まずは採用基準の下調べをしないと」


「下調べ…ですか?」


「そう、求める水準や味の好みを抑えとけば
有利だからね…なるべく詳しく聞いておきなさい」









兄貴の言いつけを守り街中をうろついて


片っ端から隊士を捕まえては質問をしたそうだが





うれしいなぁ〜ちゃんも募集見て
応募してくれたのか!オレはいつだって歓迎するよ


基準?いやー食えれば味とか問わないから!」





「え?料理の基準?…特に無いんじゃないかな
てゆうかちゃんの手料理ならマズくても…!」


ほぼ大多数がこんな意見で参考にならず





茶屋の長椅子で昼寝シャレこんでた総悟にも声をかけ





「懲りもしねぇで茨の道に飛び込むたぁ
お前ぇも好きだなー?」


「兄上の為ゆえ、致し方なし」


「犬の餌より上なら味は問わねぇぜぃ?
ただ、土方が一番の関門だろーけどな」


つーことを言われたもんだから







「…オレに直接聞きに来たっつーワケか」


「その通り」





とりあえず、総悟の野郎にゃ後で説教だな

…ついでに山崎は切腹





「正面から直接聞きに来るとはいい度胸だが…
兄貴の心配はしなくていいのか?」


「何を言うか瞳孔マヨ殿…兄上の腕前ならば
ここの食堂はおろか将軍様の御台所でも働ける!」


「だったらそっちを勧めてやれよ」


ったく、どんだけ兄貴崇拝してんだコイツは


むしろ騙されてるんじゃねぇのか?兄貴に

小奇麗な面して腹真っ黒だしアイツ





「ただ、私は槍術と掃除以外は不得手でな
来る選抜の日まで鍛錬を積まねばならん

…なのでどれ程の腕が求められるかを聞きたい」


変わらぬ面のクセに目だけは真剣そのもの





ああ面倒クセェ…兄貴絡みだとコイツ
意地でもテメェの意志を貫くんだよな





料理の腕がどれぐらいか知らんが、少なくとも
暗黒物質を作れる女はこの世界に二人もいないハズ


近藤さんを始め屯所の連中の大半が
こいつら兄妹を雇う事に好意的だろうし

本チャンで募集受けに来られたら面倒になる





…ここはこのバカにちっと現実を叩き込んどくか





「だったら手っ取り早くテメェの料理の腕を
試しに見てやるから、何か作ってみろ」


「む…構わぬのか?」


「ああ 但しチャンスは一回きり

これでオレを納得させられねぇなら採用なんぞ
夢のまた夢だと思うんだな」





作ったシロモンを徹底的に扱き下ろして


二度とウチの厨房に来たいと思わなくなるほど
ヘコませまくって追い出してやる







下手に材料を減らされると支障が出るので

"簡単かつ早く作れる品"を考慮して、肉じゃがを
作らせることにしたんだが





包丁を握る手付きが早速ぎこちない上に





「…オイ、分かってるとは思うが玉ねぎと
ジャガイモは皮と芽と根を取り除くんだぞ?」


…おお、そうだったそうだった」





初っ端から丸のままの材料を 処理一切無し
ぶつ切りにしかかる豪快っぷり


ったく、玉ねぎ洗って切るまでにコレとは…


料理が下手っつーのはマジらしい





「くっ…目がっ…目がぁぁぁ!


「どこのラピュタ王だ、遊んでんじゃねーぞ」


「遊んでる…つもりは無い」


ぐしぐしと片目をこするも、もう片方から
ほろりと涙が零れているのが見て取れる





玉ねぎ程度で泣くんじゃねーつの…って、あ!


っだぁぁ!手元ちゃんと見ろ槍ムスメ!」


「す…すまぬ」


間一髪で落ちかけた包丁を台の上で押さえ止める





足直撃コースで床が赤く染まる所だった…惨劇回避







続けて監視と監督を兼ねながら
槍ムスメの作業を見ているが


どうにも目が離せない…主に不安と恐怖で





そんな細かく玉ねぎ砕く必要があんのかオィィ


ついでとばかりに肉もミンチにすんなぁぁぁ!

肉汁が飛び跳ねて恐ろしいことになってんぞ!!





「オイコラ、ジャガイモの皮剥きすんなら
一辺包丁洗っとけぇぇぇぇ!」


「そのまま切ってはいかぬのか?」


普通気にしろよ女なら!つーか生の豚肉の
危険性ぐらいは知っとけよお前!!」





包丁すすいで芋を手に、持ったら持ったで

刃で切り飛ばすように表面こそげ落とし始めた





正直見ていて肝が潰れた…もう限界だ


槍を平気で振り回すクセに、一々手付きが
危なっかしすぎてイライラする…!







「ちょっと芋と包丁かせ!」





きょとんとしてる槍ムスメの手から半ば強引に
切りかけの芋と包丁を奪い、隣に立つ





「いいか、親指を側面に当ててこう滑らすんだ
両脇はしっかり締めて腕を固定させろ」


おぉ!皮がキレイに剥けてゆく…すごいなお主」


「これぐらい普通出来るだろ あとこの芽んトコ
これはカド使ってこー抉る、これも取らねぇと
身体に毒だからきっちり取れよ」


「なるほど…勉強になるな」







結局、仕方なく要所要所手伝ってようやく

…肉じゃが"らしきモノ"は完成した





「見た目は別にどうでもいいがヒデェ出来だな…
まあいい、問題は味だ」





取り出したマヨネーズを惜しげなくかけていると
緑色の目が不満げにオレを見つめてきた


「…そんなにマヨネーズをかけたら
肝心の味が分からぬではないか」


「いーんだよオレには分かるから」


「そうか、特殊な味覚だな」





気にせずジャガらしき物体を口に放り込む





マズイ、マヨの力を持ってしてもマズイ


食えないレベルまではいかないがマズイ





「……やはり マズイのか?」


「ああ、悪いがこりゃ失敗作だな」





途端 力なくうな垂れる槍ムスメ


んだよ…お、オレが悪いのか?


当初の目的はともかく間違った事は言ってねぇし

コイツだって承知の上で作ってたハズ





「そうか…邪魔したな、しからば」





とぼとぼと、そのまま作務衣の背が玄関へ向かう


くそ…泣き言一つ言わねぇ所が 逆に腹立つ…!





「ウチの厨房で働きてぇなら、まず一人で
まともなメシ作れるようになってから出直してこい」


溜息混じりに吐き捨てりゃ オレに向いたのは

どこか挑みかかるような…見慣れた眼差しだった





了解した…付き合い感謝いたす、瞳孔マヨ殿」


「おー、むしろ二度と来んな」









槍ムスメが帰った後 先程の台詞をやや後悔する





思わず励ます言い方しちまったが…まあ奴の腕じゃ
上達は絶望的だから危惧するコトでもないよな

…心配だの期待だのは全くない、無いったらない





「あれ?ちゃん帰っちゃったのかな

って副長、何か作ったんすか?」


「ああ…小腹が空いたもんでな」


オレは黙々とマズイ肉じゃがを消費していた





…材料とマヨを捨てるのが 勿体無いだけだ








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:秋なので料理の秋!in真撰組です


山崎:副長ヒドい…てゆうか僕ら、あのメモの
存在知らなかったんですけど


狐狗狸:お兄さんから"面倒な人に聞く用"として
事前に渡されていたカンペですからね


土方:ふざけっ…あのピーマン兄貴、一体
何考えてやがんだっ!!


狐狗狸:大掃除の話でも言いましたが、彼は
妹に表の職の交流を増やさせたいんですよ

…まあ語った台詞もあながち嘘じゃないですが


土方:ヤッパリ腹黒いじゃねーか!…しかし
槍ムスメの腕がアレなら当分は心配ねぇか


近藤:いやーあの子だって女の子なんだから
きっとスグ料理だって上達するんじゃないか?


沖田:土方さんがマヨ止める位の確率ですがね


土方:そーだな、オメェがオレの抹殺を
諦めるぐらいの天文学的確率だよな




銀さんほどではないにしろ、カレーくらいなら
作れるんじゃないかと思ってます 土方さん


様 読んでいただきありがとうございました!