照りつける日差しが、表の明と暗とを
より色濃く浮き上がらせる





屋敷の縁側や開けた窓にスダレはかけてあっても


無風のせいか風鈴はその涼やかな音色を
ちり、とも響かせぬまま垂れ下がり





「…暑いな」


日陰に控え扇子を仰ぐ清明の額からも

うっすらと汗が滲んでいた





「御頭、無理に自然の涼に頼らなくとも
文明の利器もありますでしょう?」


庭を掃除していた結野衆の一人がやんわり訊ねるも





「エアコンや扇風機をつけたままの部屋で
過ごすと風邪を引く、とクリステルに叱られてな」



当人はそう端的に返すのみ







"お天気お姉さん"としての人気も高い彼女の
TVでの呼びかけは割合影響力が強いが


特に殊更左右されやすい一人が 実兄の清明である





熟知しているからこそ発言者は微妙な苦笑いを
浮かべてから、自ら課せられた務めに戻る





「しかし 手持ち無沙汰じゃな…」





江戸の守護を任された陰陽師の先陣として
成すべき勤めは果しているものの

基本は片手間ほどの能力で事足りる為


殆どの仕事は既に片付いていた





江戸には特にこれといった危機も無く

妹の身の回りもまた平和そのもので


…要するに彼は 現在ヒマを持て余していた











      「名医も名湯も名術者とて どーにも出来ぬモノもある」











「どれ…もう盆も迎えを過ぎた頃だ
一つ、魔でも祓っておくとするか





指を鳴らして道具を出し 日が陰った瞬間を
見計らって庭へと進み出て


清明は番えた蟇目矢を天空に向けて放つ





"ホゥ"と特殊な音を鳴らしながら尾を引いて


矢は屋敷の屋根を飛び越しながら消えていき…







「……ぬあっ!?





その先で唐突に、奇妙な叫び声があがった







…発見から救助に至るまでの描写は都合により
割愛させていただくが





上手い具合に外塀まで越した蟇目矢は


通りがかったの頭へ直撃していた





矢が突き立ったままぐたりと倒れ伏す相手の
脈が止まっている事に彼らは驚いていたが


どうやらそれは矢が刺さったショックによる
一時的な仮死状態らしく


介抱すればたちまちの内、彼女は意識を取り戻した







「迷惑をかけてすまなかったな」


「済んだこと故気にされるな…それと
助けていただいて感謝いたす」


「うむ 何にせよ鏃の無い矢だった事が幸いした」


その言葉に当人は"全くだな"とあっさり返す





実質 勢いや倒れた時の状態などにより

発見者一同に"矢が刺さってる"と錯覚させた程だ


本当に刺さるタイプだったらきっと
貫通していてもおかしくはなかったかもしれない







風が一陣、ようやく風鈴を鳴らし始めた頃合





「してと言ったか…ぬしは何故
屋敷の側の道を通りかかった?」





向かい合ったまま す…と彼の眼が細くなる





全てを見透かすだろう視線に晒されながらも


なお表情一つ変えぬまま、彼女は至って
真面目かつ正直に返答した





「兄上のお使い故」


「すまんが頭から説明願いたい」


流石に代々続くお役目を受け継ぐ現役当主にして
神童と謳われるだけあってか


相手の悪癖に対しても、彼の冷静さは崩れなかった









それは夏なら何処にでもある家庭の悲劇…





マズッ!お前これめんつゆじゃねぇかぁぁ!!」


「あ…すまぬ、間違えたか」





冷蔵庫に作りおいてあった容器が似通っており


元々の色味が酷似しているのも相まって

麦茶のつもりでつゆを出してしまったらしい





「おいおい普通間違えるかぁ?」


 頭だけでなくも悪化したアルか?」


「小姑かアンタら!どんだけ態度デカイの!?」





キングダムサイズな心持でくつろぐ二人へ
ツッコミを入れる相手も放っておいて





「でも間違えないよう目印つけといたハズ…


冷蔵庫を空け……兄は納得した


頻繁な出し入れと結露のせいか"目印"のシールが

すっかり剥がれ落ちてしまっている





新しく目印考えておかなきゃ…と嘆息し

ドアを閉め、人数分麦茶を入れ直しながら





「ちょうど麦茶もめんつゆも底を尽きそうだし
買いに行ってもらえる?」


「よろこんで!!」







そうして兄からの頼みを受け、炎天下の中
買い物へ出かけた彼女だったが





猛暑による消費量の急増が原因か


好んで使うメーカーのめんつゆも麦茶も
軒並み店から姿を消していた





「…それでもつゆは確保出来たのだが
麦茶がいまだ見当たらず、歩いていたら」


「わしの放った矢が当たったのか」





得心の言った顔で清明はチラリと
当人が胸の辺りで握り締める白い袋を見た


瀕死に陥ってから今も尚めんつゆのビンは

ヒビ一つ無い厳重な保護がなされている





「なるほどな…兄の為に自ら行動する
その健気な態度、わしにも覚えがある」


「とすると清明殿も身内に…?」


「うむ、巷で有名な結野クリステル…
あれは血の繋がった大事な妹でな」


おお!銀時の懸想する女子アナ殿か」







そこから二人の身内談義が始まった





「正にあやつが微笑めば、曇天の日であれ
世界は陽の光を取り戻すだろうな…」



分かるとも 私にとっては兄上こそが
世界を輝かせるお方故!」





若干の齟齬はあれども互いが身内を
"護るべき唯一にして至高の存在"と見ており





妹を燃やす勢いで応援し見守る清明と


兄の為なら三途へのお百度参りさえも
厭わない


これ以上ない親近感を持って打ち解けていた







「にしてもぬし…出会い頭、気にはなっていたが
どうも死神に好かれておるようじゃな」


「うぬ、よく言われるが正直私には
どうにも出来ぬのでな……」


そこで彼女は 僅かに眉を寄せため息をつく





当人も出来うる限り注意を払ったり
神社に参るなど、一通りの手段は一応試している


にも関わらず本格的に死神に見込まれたせいか

はたまた自身の性質が災いしてか


今日も今日とて三途行きが日課となっている





そこで清明が、決意したように笑みを浮かべる





よし!あの男達のよしみでもあるし特別じゃ
お主にまといつく死神の気配 祓うてやろう」


「おお…何だか分からぬが感謝いたす」





心なし緑眼を明るく輝かせたへ鷹揚に頷き







そこの娘!こいつなどに頼むよりも
オレの方が確実に死神を追い払えるぞ!!」


と、両者の横手から勢いよく 腕を組み威勢を
見せ付けながら道満が現れた





「…清明殿、この者とは知り合いだろうか?」


「隣に住む傍迷惑な男で道満という
まあこの際無視してもらって構わん」


「構うわぁぁ!それに元々この娘が
倒れていたのは巳厘野の敷地内だぞ!」








ある一件により長らく対立していた結野家と
巳厘野家の壁が取り払われたものの


当主二人の関係は未だに変わらずケンカ三昧





その張り合いの延長線に、例に漏れず
"の介抱"が盛り込まれたようで





…この話の流れに至るまでの間には


語れば長くなりそうな戦いがあったのだった







公道ならばこちらにも権利はあろう
それにこの矢はワシが放ったものと言ったろう」


駆けつけたのはオレが先だったろう!
貴様にばかりいいカッコさせて堪るかァァ!!」





互いの距離を縮めつつ、声量を上げたその瞬間


尻から激しく出血し 道満はその場に倒れる





「無駄に力むから持病が悪化したようじゃな
無理せず大人しく屋敷に戻っておれ」


「おお…道満殿も尻に病を持っておるのか
難儀な事だな 手を貸した方がよいか?」


す、と差し出された手に"いらん"と首を
短く振りつつ顔を上げ 彼は訊ねた





「その何事にも動じぬ表情に気配…
き…貴様、もしや清明の式神では無かろうな」


「すまぬが表情は生まれつき故」


「それにワシの式はまず矢になど当たらん





無表情で返すに、これまたさらりと
アレな一言を追加する清明





「まあいい…先程は先手を取られたが
今度はオレが貴様についた災厄祓ってやろう」


言いつつ何やら取り出した符を
呆然と見やる彼女の額に貼り付ける道満


が、すかさずそれは剥がされた





勝手な真似をするな、この者の災厄は
わしが祓うつもりじゃ」


一度ならず二度までも邪魔するか清明ぃ!
ならどちらがこの娘から早く死神を祓えるか勝負だ!」


「望む所、元より貴様に負ける気は無い!」


「いや…そこまで大事にしてもらわなんでも」


「「(ぬし・貴様)は黙っておれ!」」





二人の剣幕に、正直に相手が黙った所で


井草のニオイむせ返る室内にも関わらず
恒例の呪法合戦がおっ始まった







ターン制でそれぞれが術をへと掛け合い
まとわりつく死神の気配を見やる





さしもの災厄も両者の繰り出す強力な術により

少しずつ脅威が小さくなっている


とはいえ伊達に彼女へ"死亡フラグ"の肩書きを
取り付けているだけあってか敵も相当しぶとい





「くっ…これでもまだ祓えんとは…
これは、久々の大物じゃな…!」


フン怖気づいたか!奴はしがみつくのみで
精一杯…次で決めさせてもらうぞ!!」


「何をっわしのターンはまだ終わってない!





そして同時に術が施行され、堪らず死神が
退きかけ…


おお…何だか分からぬがあと少しd」





視覚化していたそれを見ていた


次の瞬間、小さな羽音と共に何かが飛びつき


間髪入れずに棍棒の一撃が振り下ろされた





あ、しまった うっかりゴキと一緒に
何か叩き潰しちゃったでやんす』


「外道丸 お前が何故ココに!?」


というか貴様ぁぁ!よりによってオレが
救わんとしていた娘に何をするかぁぁぁ!!」


『不可抗力でござんす…それにあっしは
クリステル様の命でスイカを届けに来たでやんす』







こうして、上手い事行けばおそらく
人並み程度に軽減した死亡フラグは


術の応酬途中で乱入した外道丸の一撃により


何故か見事に逆作用し、三日間ほど

三倍強化して当人に猛威を振るったのだった







が麦茶飲んだ途端倒れたアル!!」


「ってこれ…濃厚凝縮の白ダシつゆぅぅぅ!!





無論、後始末やらとばっちりを周囲へ及ぼして








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:陰陽師篇に参加しないと思われるので
清明さんとの短編を書いておきました


清明:決定事項かソレは?


狐狗狸:ええ、クリステルさんが万事屋に
依頼した辺りで介入くらいは出来そうですが
それ以降は…色々無理っぽそうなんで


外道丸:あっしとキャラ被るでやんすからね


道満:オレが脇役なのが腹立たしいが…
あの娘、どれだけ死にかけるつもりだ?


外道丸:命は投げ捨てるものでござんすよ


狐狗狸:シャレになりません、というより
アナタは間違いなく投げ捨てさせてましたよね




身内礼賛で仲良くなる二人と外道丸が
書きたかっただけでした(謝)


様 読んでいただきありがとうございました!