この高校に赴任してからというものの
保健室がヒマになった日は、一度もない
…別に職務に対して不満があるわけではないが
怪我人や病人がひっきりなしに途絶えない高校も
それはそれで問題じゃないかと個人的には思う
とはいえ基本、ここに来る人間は
大抵大人しいもので
それなりに対処してやれば済む相手ばかりだ
但し一部のクラスと生徒…ついでに教師を除けば
「鴨ちゃーん、ちょっといいかしらん?」
ノックも無しに気安く戸を開けて言うのは
やや化粧の濃い、赤髪の女教師
「気安く名前で呼ぶのは
止めていただけませんかね?脇先生」
「薫でいいって言ってんでしょお?
それより、私の授業中に怪我人が出たのよん」
彼女の担当は家庭科…大方、調理実習で
指を切った程度だろうか?
いや、それなら教師本人が付き添う必要は無いハズ
ましてや今はまだ授業時間中
余程の大事でなければ許可をもらって
生徒自ら出向けばそれでカタが着く…もしや
「あなたが今、授業を受け持っているクラス…
まさか3Zですか?」
「あらん、話が早いわね鴨ちゃん」
ニッと笑った彼女の後ろから現れたのは案の定
3Zの風紀委員二人に担がれて運ばれた…
保健室の常連の一人、
「保健室は問題児達のオアシス」
ここまでの経緯を簡潔に聞いた所
調理実習の授業中どうやら彼女が誤って転倒し
その際、包丁の雨を自らの周囲に降らせたらしい
「全くドジよねぇ?まあ意識も戻んないし
一応大事を取ってここに運びに来たわけよん」
それはもはや"ドジ"の範囲で片付かないと
思われるのだが…まあいい
ややずれたフレームを整えて
「それで彼女以外に怪我人はいないんですね?」
「ええ、そうね 多分月詠ちゃんの授業ぐらいで
戻れるとは思うけど…頼むわねん?」
このようなやり取りを経て、そろそろ三時限目も
終わろうかという刻限にも関わらず
さんは未だにベッドを一つ占領したまま
相も変わらずこんこんと眠り続けている
一応ざっとは怪我を確かめたものの
確認できたのは気絶の際のコブと、指に出来た
僅かな切り傷程度といずれも軽症だった
…毎度何がしかの大惨事を起こしながらも
当人及び周囲に被害が大きく及ばない辺り
逆に、彼女は奇跡的な存在かもしれない
とはいえ"ハタ迷惑な相手"である事実は
依然一ミリたりとも変わらないが
「ん…ここは…」
仕切りのカーテンの奥で沸き起こる声と気配へ
「ようやく目が覚めたかい」
椅子に座したままそう告げれば
次の瞬間、短い悲鳴と派手な音が響いた
「なっ…何だ どうした?」
流石にやや驚いてカーテンを開ければ
「む…すまぬ保険医殿、少々驚いただけ故」
床に倒れていたさんが顔を上げた
転倒した際、顔面からモロに落ちたらしく
鼻血が両側から垂れ流しだ
おまけに何故か腕からも出血し
服や床をあちこち赤く染めている
…きっとこちらは例の大惨事で、皮一枚
掠ってただけの傷を負っていたのだろう
で、先程の衝撃で裂けたといった所か
余計な手間を、と内心で毒吐きつつ
ティッシュを数枚渡す…我ながら慣れたものだ
「さん…今更ながら言わせてもらうが
もう少し周囲に気を配ったらどうなんだ」
「かたじけない保険医殿、少々狼狽して
見苦しい所をお見せした」
「いや床は僕がやるから まず君は
鼻血を拭いてあの椅子に座りたまえ」
新たにティッシュを渡せば、彼女は大人しく
それを鼻に二つ詰めて移動する
床に垂れた血をふき取りゴミ箱へ捨て
座った相手の傷口を消毒しながら訊ねる
「所で、何故ここへ運ばれたか状況は
理解しているか?」
「む…授業で転倒し包丁が振った」
「説明しなさい 分かる範囲でいいから!」
常に無表情なこの娘が何を考えているか
正直、今でもあまり把握はしきれていない
とはいえそれなりに付き合いは長いので
大体の部分は理解しているつもりだ
この娘は基本、身内の兄に関して以外は
大雑把に周囲の事象を捉える節がある
それを顕著に表すのが"主語の省略"だ
「あれは…授業の合間、級友から
朝のHRの話題を話しかけられたのだ」
「HRの話題ねぇ…それで?」
「銀八先生がパンツがどうのと話題を
口にしていて、それがセクハラとか何とか」
そこは別に詳しく話さなくても構わないのだが
…それよりあの男は生徒の前で相変わらず
何を言っているんだ、全く
「それから着けている下着の話題に移って」
何でそうなる 担任教師がアレなら生徒も
どこかおかしいのか3Zは
恥ずかしげもなく話すこの娘もこの娘だが
眉間に手を当てる僕に構わず、彼女は淡々と
「で、私がフンドシだと答えたら
冗談だと突き飛ばされてバランスが」
「君は仮にも女子だと言う自覚を持て!」
「ぬぉっ?!わ、私は見た通り女だが…?」
「普通の女子は平気な顔をして
自らの下着を答えたりしないぞ!」
「保険医殿、少し落ち着いた方が」
誰のせいだと思ってるんだ!と、叫びたい
気持ちで一杯になりながら頭を抱える
彼女がハタ迷惑である一番の原因はここだ
法律や一般常識…場合によっては礼儀すら
すっ飛んでいる 冗談のような"無知"
それでいて言葉に
嘘やオブラートが無いから始末に悪い
せめてここか表情さえ改善されれば
さんは、ごく真っ当な生徒になるのに
甚だ勿体無い話だ
「頼むから もう少し恥じらいを持ってくれ
というより何故その、下着が…」
「父上の影響ゆえ!」
「だからそこからもう間違ってるんだって!」
「調子悪いのにうるさいっスよお前ら!」
怒鳴り声と同時に隣のカーテンが開き
ベッドから、寝ていた金髪の女生徒が抜け出す
ああ…また面倒なのが混じってきた…
「おお、隣にまた子殿が寝ていたとは…」
「一限目辺りに、来るなり頭痛がヒドいから
休ませろとしつこくてね」
来島また子、この娘も色々問題が多く
軽症ないし軽い病状でよくここへ通ってくる
…彼女の場合はほぼケンカかサボり目的だが
「起きたなら残りの授業を受けてきなさい
正直、君の単位はかなり危ういんだろう?」
「そんな事より !お前に
今日という今日こそは言っておくっスよ!」
養護教諭の忠告を無視し、彼女は一直線に
向かいに座る治療中の怪我人へと迫った
「いー加減、晋助様に付きまとうなっス!
目障りなんスよアンタぁぁぁ!!」
「…付きまとった覚えなどないし
学友と話していて憤慨される謂れもない」
「先輩ヅラして付け上がるんじゃねーっス!」
「む…お主が後輩なら少しは謹め」
「うっさい!本編じゃお前より私のが
年上なんだから引っ込んでるっス!」
「…その様子じゃ体調に問題は無さそうだな
もうすぐ彼女の治療も終わるし二人とも」
出て行きなさい、と言いかけた所で
前触れ無く保健室の引き戸が開いた
「おやおや、今日は保健室がこれまた
華やかでござるな伊東先生」
「げ、万斉先輩っ…!」
ひょっこりと顔を出したイヤホン着用した
グラサンの生徒に、来島さんが顔をしかめる
…僕もまた 眉間にシワを寄せている
さんだけは止まったらしい鼻血の栓を
取り払い、平素の無表情で闖入者に訊ねる
「お主も怪我で運ばれたのか?万斉殿」
「や、晋助からまたちゃんにちょっと
伝言を預かってるでござるよ…言うならば
メッセンジャーと言ったところだ」
「ならさっさと用件を伝えてそこから
出てってくれ 河上君」
「いいではないかもう少し女子二人の空間を
共用させてもら「黙れエロガッパ!それより
晋助様からの伝言ってなんなんスかぁ!」
物凄い勢いで方向転換し襟首を掴む来島さんに
笑顔を浮かべたまま動じない彼もまた
神経が太いというか得体が知れない男だ
「焦っちゃダメでござるよまたちゃん〜
それよりちゃん、バンドに興味は?」
「悪いが兄上以外は眼中に無い」
「万斉先輩ぃぃ!なに敵に声かけてんスか!」
「そんだけ元気なら全員とっとと退室しろっ!
保健室で騒ぐんじゃない!!」
怒鳴りつけても、問題児ども…特に入り口の
二人の耳には全く入っていない
ああもう!そろそろ次の授業も始まるし
居座られたら迷惑だって言うのに…!
と、頭を抱えていた僕の横にいたさんが
すっと席を立ち 歩み寄った二人へ手をかけ
「痴話ゲンカなら廊下でやれ」
「えっちょちゃん!?」
「どわっ何しやがるんスかっ!!」
文句を無視し勢いよく両腕で外へと押し出す
そうして、自らも仕切りを越えて
「ご迷惑をおかけした、治療していただき
感謝いたす保険医殿…しからば」
言いつつ頭を下げ 引き戸を静かに閉じた
来島さんの叫び声が少し廊下から響き
ニ、三交わされた河上君の言葉でそれが
唐突に納まった後
僕は メガネを指で押し上げながら
ようやく言葉を発した
「本当に…何を考えてるんだあの娘は」
きっとさんにしてみれば、僕の叫びを
真に受けて実行したのだろうけど
だからってもう少しやり方を考えても…
……まあ、彼女に悪気は無いのだろうし
少しきつく言い過ぎたかもしれないと
軽く溜息を吐いて棚の整理をしつつ思う
次の3Zの授業は…ああそうだ、英語だ
まあそれなら 傷に余り触らないだろう
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:捏造保険医設定に、更に他キャラも
捏造を加えまくって再び執筆しました3Z伊東夢
伊東:結局 英語教師は彼女にしたのか
狐狗狸:はい、しばらく悩んだのですが
似合うと思いまして…
薫:てゆーか調理実習で包丁の雨降らすって
どんだけ死亡フラグなのよん、あの子
狐狗狸:でも3Zなら気絶&軽症で済みます
また子:こっちまであんなバカ女やエロガッパと
ひと括りにすんなっス伊東ぉぉぉ!!
万斉:ようやくこっちで出演した者同士と
言うのに冷たいでござるなーまたちゃん
…そうは思わぬだろうか伊東先生?
伊東:そこで僕に話を振らないでもらいたい
とっつきにくいながらも何気に慕われている
保健室の守護者、鴨太郎先生でした
様 読んでいただきありがとうございました!