指に摘ままれたジルコニア
まるで、スクエアの小宇宙





…そんなフレーズを頭に思い浮かべつつ


万斉はサングラスの奥から物憂げに
ステンレス製のピアスを見つめている





「さて、どうするべきか…」


そこそこセンスもよく、巷で買えば
値もそれなりに張るであろうソレは


彼にとって 今一番の悩みの種







「つんぽ君に絶対似合うと思うのよコレ!
折角だから付けてみてよ」






やり手で"大人の女"の雰囲気を存分に漂わせた

仕事先のスポンサーからの"贈り物"


それ故に無碍にも断りきれず


ピアスは己の手の中にあるのだが…





「全く、厄介な贈り物もあったもんでござる」





沈みっぱなしの気分を盛り上げるような
歌を垂れ流すヘッドホンは


万斉にとって最早トレードマークであり


だからこそ、手の中のピアスをより

"邪魔で無意味な代物"となさしめている





「誰かに譲るか捨てるにしても、万一
バレたらこっちの仕事に支障が出る…ふぅ」





こんな姿を見たら、高杉辺りはしばらく
笑いのネタに困らないだろうなと


やや自嘲気味に自分の姿を客観視していた
彼の側を 小さな子供が通り過ぎる





「やーいココまでおいで〜」


何だよお前!待てってば!!」


「おっと…元気が余ってるのはいいが
最近の子供は些か礼儀が…あ!


衝突を避ける一瞬に気を取られたせいか


力が緩んで、指先から黒い石のピアスが
勢いでぽろりと落下して


横手に延びる坂を弾みながら転がる











「炙り安ピン処理は見てる方が痛い」











仮にも貰い物、紛失は流石にマズイ


石に入った大き目のラメが乱反射した光を
目で追いながら坂を下り


ふもとの辺りでようやく追いつけば





BGM代わりに耳を満たした歌声と音が
小気味よくフェードアウトしていたから





む?何だコレは…」


転がったピアスを拾った相手の呟きは
しっかりと、万斉の耳にも届いた





「ああそれ拙者が落としたでご…


顔を合わせ、両者が固まる







端から見ればどちらの顔も無表情だが

当人同士は酷く面食らっているようである





先に疑問を口に載せたのは―だった





「何故こ」


だが幾分も話さぬうちに、軽快なリズムに
乗せて流れ始めた新たな曲が言葉を遮る





普段なら大音量に構わず受け答えをするが


今回ばかりは思考と相手の声音に集中すべく
彼は再生機のスイッチを切る





前半部分は生憎途切れていたものの





「つんぽ殿 仕事はどうした?」


その一言だけで何を言われていたのかは
大体察することが出来た





「それはどっちの意味で?」


「…両方」


「生憎どちらも休日でござるよ、それより
落し物を返して欲しいのだが」


「そうか では返すぞ」







存外素直に手の平へ戻されたピアスに


想定していたよりも傷が無い事を確かめ
万斉はほっと息をつき





「あ、ちょっと待つでござるちゃん」





立ち去ろうとした作務衣の後姿を呼び止める





「落し物を拾ってくれたのも何かの縁だし
少々、付き合ってもらえぬだろうか?」


「…何故ゆえ?」





こちらを見やるのが能面の如き無表情でも


人の機微を読む事に長けた彼の目には
疑惑と警戒が滲むのが分かる





「何、この品をくれた相手へお返しを
したいのでござる 女子の飾りを選ぶには
やはり女子の目もいるかと思うてな」





努めて明るめに振舞って見せれば


「…飾りを選ぶ合間までなら」





返って来たのは"一時停戦"にも等しい了承だった







「始めに会うた時と立場が逆になったでござるな」





並んで歩く男女と書けば、カップルか
何かのように思えるのだろうが





「誘いをかけたのは、今度もそちらだがな」





片方が微妙に距離を取っているとなれば


やはりそこには違和感が漂い
ソレを気にしてか万斉の表情も心持ち固い





「何気に拙者、嫌われてるでござるか?」


「正直に言えば お主は得体が知れぬから
あまり側に寄りたくないのだ」


「…もーちょっとオブラートに
包んでもらえぬだろうか、そーいう本音は」


「言葉を包める"おぶらぁと"とやらは
新しい技術で出来た機械か何かなのか?」





繰り返すが…万斉は人の機微を
察知する能力に、人並み以上に長けている


故にこそ彼女の返答が大真面目だと


痛いぐらいに分かりすぎてため息をついた







(まあ…どこまでそのポーカーフェイスを
貫けるか、お手並み拝見と行こうか)





胸の内で呟くと彼はの手を取って





「まずはあの店から参ろうか」


0円スマイル発動させて 手近な宝飾店へ









ピアスへのお返し探しにかこつけて


面白半分とからかい半分で始めた
彼女への"仮想アクセサリー贈呈作戦"





当人の予想を超えた結果が続いている







「このプラチナの首飾りなんか、ぬしのその
白い肌に似合いそうでござるな」


「私に似合っても仕方なかろう」





目に留まったアンティーク調の瀟洒な
首飾りを店員から手渡してもらい





「とりあえずモノは試しでつけてくれぬか
手伝うからじっとしてて…」


素早く背後へ回り、首へかけようとすれば





「ぬぉわっ!?」


後ろへ身を逸らした彼女の後頭部が
胸板の辺りでぶつかって


「ごふっ!」





あまりの衝撃に万斉が呻きを漏らしたり







別の店では、ショーケースに並ぶ
シンプルなデザインの指輪の中から


緑石を主体としたモノを目で差しつつ





「細く滑らかな指には、エメラルドも
中々合いそうだ…特に左手薬指とか」


そっと片手を取り 笑みを浮かべて

しれっと浮いた台詞を口にするが





「つんぽ殿は贈る相手と婚約するのか?」


「…いや、そのつもりはないのだが
ぬしとなら或いはアリかもしれぬな」


「言っておくが私には兄上がいる故」





思わぬ切り返しを受けて面食らう







更に別の店では 相手の耳たぶを
指で軽く摘みながら


「同じ様にピアスを贈るというのも
一つの手ででござるな…コレとか」





クラウンタイプのガーネットピアスを
目で差すも、は首を傾げるばかり





「…コレはどうやって付けるものなのだ?」


「耳たぶに穴を開けて、納めるでござるよ」


「なっ、耳に穴が開くのか!?


「開くとも ただどうせなら拙者は
ちゃんの身体に穴を開けたい所だが」


セクハラ発言をさらりとかまして





「貴様やはり私の暗殺が狙いか!?」





脳内で"風穴を開ける=暗殺"という図式に
変換され、本気で警戒レベルを上げられた









…幾つかの店を渡り歩いたお陰で如才なく
スポンサーへの"お返し"は入手したものの


万斉の思い描く成果は、結局得られなかった





これがまた子辺りなら先程までの行動と
台詞一つ取ってみても





「なっ…何ふざけた事抜かすっスかァァァ!


何ぞと怒鳴りながら顔を赤くして


照れ隠しついでに弾丸をニ三発ほど
乱射する光景がすかさず実現しているのに





目の前にいる相手の反応は、ことごとく

想像の斜め上かつ表情は不変のままだった







「飾りを見繕ったのなら、私はこれにて」





離れかける彼女の腕を慌てて掴み





「…まだ聞いて欲しい話があるでござる」





万斉はずっと所在をほったらかしにしていた
黒い石のピアスの話を持ち出した







「この飾りの処遇を悩むお主の気持ちは
分かった…で、私にどうしろと?」


「拙者が持っていても使い道が無い
よければ譲りたいのだが?





差し出された品を、しかし
首を横に振り押し返す





「仮にもお主へ贈られたモノならば
私が受け取るのは筋違いであろう」


「お説ごもっとも…しかし拙者の耳は
生憎、まだ穴が開いていないのだ」


「身体に付けられぬなら、服なり荷物の
穴につければいいのではないか?」


「いやコレはそー言ったシロモノでは…」


言いかけた彼の脳裏で、一つの妙案が浮かぶ





「…その手は思いつかなんだ」





イタズラっぽく笑う万斉の思考を理解できず


彼女は僅か不思議そうな顔をする





ようやく見れた別の表情に満足し


ありがとうちゃん、この礼は
いずれまた折を見てするでござる」





頬をひと撫でして 彼はその場を去った







…後日、贈り物を返された相手が


袖に付けられたカフスと見紛う
ジルコニアを見て驚くのは別の話









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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:映画紅桜公開もあるんで、攘夷キャラ
強化ついでに再び万斉出してみました


万斉:彼女は拙者の正体に気付いてるでござるか?


狐狗狸:半分かなー…闇の住人だって事は薄々
見当付いてるだろうけど、その位?


万斉:ほう…それと拙者はどちらかというと
相手を振り回すタイプではござらんかったろうか?


狐狗狸:うん、何気に知った顔の女子キャラに
セクハラしかけるとも認識してるよ


万斉:あながち間違ってないけど…怒られて
吊るし上げられても知らぬぞ拙者は


狐狗狸:今回ギャグ目指して書いてるだけに
シャレになってなくて怖いです


万斉:…一度逝くか?(弦と刀出し)




相手の恋情をも"袖"にする彼が、無自覚の
天然ボケに振り回される話となりました


様 読んでいただきありがとうございました!