霙が降るほど冷たかったり、長く雨が
降り注いで少し寒かった春先も
五月になれば嘘の様に安定して
うっすら汗ばむ陽気と気持ちのいい青空が
広がっていて 一人微笑む
「か…かかか、回覧板でーす…」
「おや ご苦労様神楽ちゃん
汗びっしょりで震えてるけれど大丈夫かい?」
「だっだだだ大丈夫ネ、心配いらないアル
私すぐおいとまするよ屁怒絽公爵!」
「いや屁怒絽で十分だから あ、よかったら
家からタオルでも持って来ようか」
と、半身を奥の間へ向けた瞬間
「約束あったアル!それじゃサイナラ!!」
あっという間に彼女は走り出して
追い縋ろうにももう見えなくなってしまった
「…ご近所さんなんだから、そんなに
遠慮しなくったっていいのに」
軽くため息をついて 僕は再び
草花達の水遣りへ精を出す
彼らも今日の陽気を喜んでいるらしい
葉や花に散った水滴が宝石のように輝いて
青々とした緑が、力に満ちている
「意外な人ほど草食系…かも?」
「うんうん 気持ちがいいんだね
すくすく育っておくれよ」
こうして一つ一つの鉢に声をかけるのも
毎日の日課の一つだ
少し変わってるかもしれないけれども
声をかけてやることで愛着も増すし
何かを育てるのに、やっぱり愛情は
必要だし大切だから
これは欠かせないことなのだ
と、向こうから知った顔がやって来た
「屁怒絽殿 こんにちは」
春に合わせてか、少し明るめの
色合いの作務衣にキッチリ身を包み
穏やかな声音で語りかける無表情の少女
「ああ、さんじゃないですか
どうもこんにちは…」
挨拶をしてから 少し後ろの電柱から
こちらを伺っている人に気付く
「あの、そちらの方は…?」
「私の兄上だ…兄上、こちらへどうぞ」
明るく呼びかける彼女へ反応し
おっかなびっくり出てきた"お兄さん"の
姿に僕は 目を奪われた
「あ、と…申します…」
春の青空に映えるような薄緑に
細かな陽の色の菱模様が散った着流し
艶やかな長い黒髪が白い肌を際立たせ
おしとやかに頭を下げる様子と相まって
正に"大和撫子"と称されても
おかしくないほど、美しい人だったから
「む?どうかしたのだろうか屁怒絽殿」
「え、あ、いえ…失礼しました」
声をかけられ、ようやく僕は我に帰る
信じられないな…こんな綺麗な男の人が
この世の中にいるだなんて
まだ少しドキドキする胸を抑えつつ
挨拶を返すべく、口を開く
「ご丁寧な挨拶痛み入ります 申し遅れました
僕は屁怒絽と申します…放屁の"屁"、
憤怒の"怒"、ロビンマスクの"絽"で屁怒絽です」
「そっそれはワザワザどうも…」
返しながら浮かべる笑みが、少し
ぎこちない気がしたけれども
お互い初対面だから 仕方が無いんだと
意識しつつ努めて和やかに振舞う
…と、肩の辺りに糸クズらしいものが見えて
「肩の辺りに糸クズが…」
言いながら手を伸ばした、その途端
「ひっ…!」
さんはその美しい顔を引きつらせて
大きく後ろへと一歩 後退さってしまった
「「あ…」」
伸ばした手を引っ込めて
"またやってしまった"と心の中で
小さく呟き後悔を重ねる
分かってはいるんだ、僕のこの姿は
地球の人々を怯えさせてしまう
特に初対面の人ほどそれは顕著で
慣れてはいても…やはりどこか胸が痛む
立ち尽くすしかない僕と彼の間に割り込み
「大丈夫です兄上、屁怒絽殿は姿形こそ
剛健ながら心根はとても優しい御仁ゆえ」
さんは取り持つように言って
「そ…そう、君が言うなら…
初対面なのに大変失礼致しました」
「あ、いえいえお気になさらず」
ようやく硬直が解けた僕らは互いに
頭を下げて、許しを請う
嫌な空気が消えたことに安堵しつつ
「あの…それで、どうして僕の所へ
お二人でご挨拶へ?」
問いかければ彼女は眉一つ動かさずに
こくりと一つ頷いて
「兄上の客からの相談につき」
「省いちゃダメ!あのっスイマセンこの子
いつもこんな調子で…不肖この僕めが
説明させていただきますわ屁怒絽男爵」
「お願いします…あと、屁怒絽でいいです」
さんがお仕事をされている際に
馴染みになられたお客さんの一人に
ガーデニングが趣味の方がいらして
その方から扱っている鉢植え類に関しての
相談を受けたのが、そもそもの発端らしい
「それでその手のことに詳しい知り合いが
いないか 声をかけられた故」
「それで…お二人は、僕の所へ?」
じわり、と温かいものが広がるのが分かる
恐れて離れて行く人は沢山いたけれど
頼って近づいてくれる人は
ほとんど、いなかったから
ああ…そう言えばこの娘だけは
怯えもせずに僕と話をしてくれたっけ
『…頭の上にまで花を咲かせているとは
よほど草花を好いておるのだな、お主』
『あ、ええ…花を育てるのが好きなもので』
逆に表情の変わらないさんに
僕が、驚いたくらいだった
「屁怒絽殿…もしや、迷惑だったのだろうか?」
「いっいえ!とんでもありません!!
僕で宜しいのでしたら是非ともお力に
ならせて下さい!!」
「そうか…かたじけない、よろしく頼む」
力強い言葉に自然と笑みが零れる
「それでは早速ですがさん、ご相談を
受けたのはどのような種類の鉢でしょうか?」
「え、ええとですね…まずベコニア種の
新種を掛け合わせたものらしいのですが…」
「それですと掛け合わせた苗の種類によって
対処法が変わってきますね…そちらの方は
何かお伺いしておりますか?」
「片方は聞いておりますけれど、もう片方が
少し自信がないと仰られてましたので
…あの 少々確認の電話をさせて頂いても
宜しいでしょうか屁怒絽大魔王様」
「済みませんお願いいたします…それと
屁怒絽でいいですよ?」
会釈して彼は携帯電話をかけるべく
少し静かな場所へと移動する
「あの…お兄さんの具合が悪いようですが
大丈夫なのですか?」
「うぬぅ…ここへ来るまでは至って平素の
ご様子だったのだが…」
「宜しければ後で良く効く薬を
お渡しいたしましょうか?」
「む、何から何までスマヌな屁怒絽殿」
表情こそは変わらないけれども
沢山の森の葉で染めたみたいな瞳が
真っ直ぐに僕へと注がれている
見透かされてる様な心持ちになって
「あの…どうして僕に、こんなに
親しげに話しかけてくれるんですか?」
つい柄にもない事を口走ってしまう
けれども、この娘は笑わなかった
「何となく…私と似てると思ったのだ」
「貴女と僕が…似てる…?」
「姿形ではなく、感情を表へ表す
事柄への不得手さと言うのだろうな」
それならば、分かるような気がする
こうして放たれる声音に滲む気持ちと
目の前にある顔は何故か結び付かない
理由は人それぞれで、それに立ち入る
権利は僕になど無いけれども
「とは言え…真っ当に生きる優しきお主を
私などと並べてはいけないのだろうが」
静かにそう語る彼女はとても優しくて
けれど、自分で自分を貶めている
哀しさに胸が締め付けられた
「そんな風に、自らを卑下してはいけません」
「しかし…」
「さんの心はとても綺麗ですから
自信を持ってください」
「……何故ゆえ、そんな優しい言葉で
励ましてくれるのだろうか?」
聞かれて、僕は答えに詰まってしまった
「そ、それは…そのぅ…」
顔の表面が熱くなる、何だか息苦しい
上手く…言葉が出ない
チラチラと視線をあらぬ方へやった先に
戻ってきたらしいさんが、何故か
固まっていらっしゃるお姿が
さんも気付いてそちらを見やり…
「お…お主 もしや兄上に
一目惚れをしてしまったのか!?」
「「え…ええええぇぇぇぇ!?」」
夢にも思わなかった台詞を口走られて
僕と彼との驚きが 重なる
「確かに兄上は麗しいし、お主も優しき
よい御仁だがそれだけはダメだ!
兄上は私が幸せに導くつもり故っ!!」
「とりあえず落ち着いてぇぇぇソレどんな
美女と野獣!?ってゴメンなさいぃぃ!!」
「何で謝るんですか!?あのお二人とも
ここで叫ぶとご近所の方々に迷惑が…」
必死で呼びかける僕の言葉も、本気で
慌てふためくお二人には届かなかった
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:某方の銀魂夢小説にて出てきた
屁怒絽男爵と夢主様の絡みが自分の中で妙に
しっくり来たので…書いちゃいました男爵夢
銀時:ちゃいましたじゃねぇぇ!こんな話
テメェとソイツ以外誰も喜ば…スンマセン伯爵!
屁怒絽:屁怒絽でいいです…僕は偉い身分でも
無いのに 皆さんどうして畏まるのでしょう
狐狗狸:きっと漂う妖…高貴な雰囲気が
そうさせるのでございましょう
……てーか何で銀さんいるの、新八は?
銀時:決まってんだろ お通のコンサートだよ
神楽:ったく私に回覧板押し付けといて
厚かましいにも程があるヨこのダメ天パ!
銀時:管理人に"女の子分が足りない"っつー
理由でお零れ出演しただけでエラそーに
屁怒絽:お二人とも…ケンカはいけませんよ?
三人:ご、ゴメンなさい…!
勢いで書いてスグに更新したのは久々です
…男爵の魅力が広まるといいです(何願望)
様 読んでいただきありがとうございました!