校庭を彩っていた桜が大分緑を帯びて
そろそろツツジがつぼむ今日この頃


外の空気は日を追うごとに陽気を増し

人気の無い図書室からでは


人々のさざめきは、どこか遠くの世界で
聴こえているかのように小さい





ぱたりと閉じた本を棚へ戻し


戻った席で時計を見やっても


待ち人は未だ 両開きの戸を開けて
この場所へ現れない





「…まだかな、兄上」







途端にペタペタと足音が響いて


期待を込めてもう一度戸へ視線を寄越すも

開いた先の銀髪を見て、落胆





だぁー疲れた〜、ってじゃねーか
何だまた兄貴待ちか?」


「無論だ 本を返すついでに
待っていて欲しいと頼まれたゆえ」


「ああそう…ほんじゃオレぁダルいから
ここでのんびり休憩すっか」





どっこいしょ、と言いつつ先生は座った





「…何故ゆえ私の隣に?」


「この位置が空調ベストであったけーし
オレの特等席なの、嫌ならお前が離れろよ」


断る ここが一番出入り口を見やすい」


「あーそーですかー」





やる気の無い相槌を打つと先生は机の上に
上半身を預けてくつろぐ











「第一志望に"世界制服"とか書くのも春のせい」











普段から怠惰なのは周知の事実ではあったが


あまりにも気の抜けているその顔は

この静寂の空間に慣れている、と感じさせた





「先生はよくここへ足を運ぶのだろうか?」


「まーこの図書室、人あんま来ねぇから
こっそりサボんのにちょうどいんだよ」


「準備室は使えぬのか」


「最近バレちまったからなー
しばらくほとぼり冷まさねぇとダメだ」


「そうか…折角の機会ゆえ、今期を
機に真面目に働くのはどうか」


いきなり両頬を摘ままれた…痛い





「オレだってなぁバカお徳用パックセット
大バカクラスでそれなりに真面目にやってんだ」


「す、少なふふぉも兄上はバファれはない」


「やかましピーマン兄妹片割れ!そー言うことは
テストに珍回答書かなくなってから言え!」






メガネの奥の眼を細めながら溜息と共に
先生は尚も言葉を紡ぐ





「大体オレぁ教師なんざ向いてねぇんだよ
何が悲しくて薄給でガキどもに手ぇ
焼かされなきゃなんないわけ?ねぇ?


つか普通に四月的なカンジで話進んで
おかしいとか思え時系列とか設定的に!」





よく分からぬことまで叫びだすとは
…教職は想像以上に激務らしい





「しかも三年担任は進路指導までしっかり
こなさねぇと給料カットだってよぉ…
ああもうマジ毛根全滅しろバカ校長


一気にまくし立てて、手を離した先生は
ガックリと机に突っ伏した





「せめて触覚取れろ程度にしておいた方が
よいのではないのだろうか?また生えるし」


「いや、一度取り返しがつかなくなった方が
いいんだってあのバカ校長は」





…まぁ命に別状はなさそうだから、いいか







出し抜けに持ち上がった顔がこちらへ向く





「そういやお前、進路どーすんだ?
一応卒業するつもりはあんだろ?」





思っても無い話題が転がりこんで来たので
内心、少しばかり慌ててしまった





「そ、それはそうなのだが…特に
今は思い浮かばぬ」


「流石にこの時期でそれはマズイだろ
何かねーのか?例えば将来やりてぇ事とか
小さい頃に夢見てた仕事とか」





幼き頃に夢見てた…ああ、一つある





「兄上と結婚して幸せな家庭を築き
目一杯兄上を幸せにしたい」


「やっぱりブラコン帰結すんのかよ!」





今度は手刀で小突かれた





「むぅ…何をするのですか」


「お前はもうちょっと法律と表情筋の
使い方を勉強して来い」


「夢を決意として口にしたのに何故ゆえ
そこまでの仕打ちが返るのですか?」


「こっちでくらいいい加減現実を見ろ
つーか、お前自身はどーなんだよ?」


「私…?」





キョトンとするこちらへと発せられる
声音が 少し真剣身を帯びる





「よく兄貴のことばっか気にかけてっけど
肝心の自分は蔑ろにしてんだろ」


「…そんなつもりは無いのだが」


「意外と自分じゃ気付かねぇモンよ?
ま、その辺含めて進路の目安にするこった」


「そう言われても何を標とすれば…」





言いかけて、自らの言葉に驚いた


以前なら担任と言えど ここまで明け透けに
物を言う事が無かったから





思い返してみれば…ここへ転入してから
私と兄上の生活は少し変わった気がする





級友達と自然に会話出来るようになった


兄上への嫌がらせが、大幅に減った


注がれる視線やかち合う瞳に
何処か薄暗い影を見ることがなくなった


学校が楽しいと 思えるようになった







口をつぐんだ私の代わりに、相手が
巫戯けた調子で言葉を紡ぐ


「どこぞの金持ち引っかけて玉の輿とか
管理人みたく見果てぬ夢を追うとか…


何でもいいからガキくせぇ願望の一つ二つ
志望動機欄に書けるようおっ立てとけよ」


「まだ卒業まで 間があるのに…?」


「あのな、大人んなったら時が経つのは
あっという間だぞ?そん時んなって
後悔しねぇように今から考えろってーの」







いつもの気だるいながらもどこか
心強い返答が今は、全く腑に落ちない





私は…まだ ここにいたいのに







「…先生は、私達と別れたいと
思っているのだろうか?」






問いかけた声は少しだけ上擦った





相手は目をニ、三度しばたたかせて

それから"へっ"と鼻で笑う





「そりゃーな オメーらがこの高校で
一番の問題児揃いだから、オレとしても
いなくなってくれりゃ清々すらぁ」


「薄情な…「だがよぉ」





遮った台詞の二の句に浮かぶのは


この人が稀に見せる 優しい微笑み





「テメーの受け持ちクラスぐれぇは一人残らず
さっぱり卒業させてやりてぇと思うわけよ」





頭の足りねぇバカや色物過ぎる留学生や
将来末恐ろしい小娘どもでもな、と


楽しげに並ぶ単語達に釣られ

普段の級友達の楽しげな姿が次々と浮かぶ





「だから安心してとっとと卒業して
立派な大人んなって、恩返しに来い」








…立派になった己の姿は、未だに
想像が出来なかったけれども


先生みたいな大人達に見送られて
大人になるのも悪くは無いかもしれない







無言で一つ頷いてから 時計へ目をやり





「…何故、左手を握るのだろうか?」





膝に乗せたままの左手へ重なる右手
気付いて、もう一度隣を見やる





兄貴が来るまで考えてみ?
分かんねぇなら、コレも卒業までの宿題な」





…どうしてニヤニヤしているのだろう


やはり銀八先生は他のどの教師よりも
"3Zの担任"らしい







と、唐突に慌しい足音が廊下から聞こえた


反射的に目をやれば両開きの戸口が
勢い良く開いて ヌッと教頭が顔を突き出す





「君、3Zの生徒だったな
あー坂田先生は見とらんかね?」


「銀八先生なら…」





隣はいつの間にやらもぬけのカラ





引かれた左手の先へ目だけをチラと動かせば


机の下に潜り込んだ先生が唇に指を当て
首を盛んに振っている





「見ておりません」


「…そうか、見かけたら校長室まで
来るように言っておくように」





踵を返した教頭の姿と足音が遠ざかり







一息ついた先生が元の席に這い出てきた





「サンキュー お前の能面って
こーいう時にゃ便利だな」





あまり嬉しくは無い…と言うより
また何かしでかしたのだろうか


まぁそれしき、いつもの事





「隠れるのが早いな先生…それに
よくそんな場所で見つからなんだ」


「入り口辺りからだと意外とこの位置は
死角になんだよ…あ、コレ他の奴に言うなよ」


必死さが、押さえた声音と
未だ握られたままの手の平から伝わる





「了解した」





小さく告げ 私はひとつ頷いてみせた







窓の外の柔らかな春の光と空は変わり

いずれ梅雨と、それから夏がやってくる


四季が過ぎればここを去り…
そうして私は大人になるのだろう





…その時にはこの人が言った事と
握られた左手の意味が分かるのだろうか?


分かると、いいな








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:祝・映画公開!そして受験生応援の意も
兼ねてで3Zで進路のネタなんかを


銀八:てかこっちでのオレ主体 かーなーり
ご無沙汰してたんですけど、どゆこと?


狐狗狸:何て言うか3Zは主体で書くより
クラスの絡みに混ぜる方が書きやすいんです


銀八:それ自分の技量に三行半つきつけてんぞ


狐狗狸:はっはっは…教頭ぅぅぅ!先生は
ここでサボって女子高生と逢引ーむぐ!


銀八:オレのクビを飛ばす気かぁぁぁぁ!!




3Zでの兄妹は父親の都合で転勤とか多いので
それとなく苦労してる感じです(ザ・蛇足)


様 読んでいただきありがとうございました!