暦に反して、妙に肌寒い時期に舞う
小せぇ欠片は雪に似ていた


けれど受け止めた己の手の熱で溶ける事無く

折から吹く風に浚われ 空へと消える





本当に吹雪のようだ、とあの人が言ったのは
一体いつのことだったか…







柄にも無く感傷の赴くまま根城を出て

特に当ても無く舞い散る桜を愛でながら


ふらふらと一人 郊外を歩いていた





街は花見だ何だと喧しいくらいの賑わいで
ごった返しちゃいたが


生憎と人ごみに混ざって眺める気は起きず


余計なもんを遮るように笠を深めに被り
気配の耐えた寒々しい道を行く





…冷たさを感じ、白く濁った空を仰げば

薄い花弁に混じって雫が落ちる





「…ちっ、降ってきやがったか」





ぱらついている細かな春雨は、徐々に
粒の大きさと速さを増していく





笠だけじゃどうにも心許なく

適当な軒下を探し、歩を早めれば


分け入った道の奥の古びた寺が目に留まる





「打ち捨てられた廃寺、って所か」





小せぇながらも 屋根も柱もある程度
その形を保ってはいた





…しばしの宿にはなりそうだ







段を上り、薄汚れた戸板へ手をかけ

ガタガタと立て付けの悪さを無視して
こじ開けた…その瞬間


「動くな」





突き刺すような鋭い殺気と共に
首筋に槍が突きつけられる












「違えるも交えるも、また人生」











こもった埃とカビと、濃い血臭が鼻をつく


目の前には…血を流しながらも
こちらを睨みすえるがいた


よくよく妙な所で会う縁がある女だ





さて、どう対応するべきか…と
微動だにせぬまま奴を見やる





「…お主、何者だ?」


こいつァまた頓狂なことを聞くもんだ


笠があるとはいえ、目と鼻の先の
この距離でオレの姿に気付かねぇとは





"しばらく会わねぇウチに忘れるとは
ずいぶんな挨拶だなぁ"と口にしかけて


先に言葉を発したのは、





「私を殺しに来た新手か?」





さっきから何の冗談だと問いてぇ所だが
当人はいたって真剣なようだ





緑眼は闇を凝らすが如く細められ


突きつけられていた殺気に、少しずつ
疑惑の色が混じり始めて





とっくりと眺め回す内に脳味噌は
情報を整理し 現状を理解し始める







この女は追っ手を振り切りここに身を隠した

手違いでもあったか…相当の深手を負って





気配と物音で咄嗟に槍を突きつけたものの


血を流し過ぎたせいか、辺りが霞み
ろくに相手の面も姿も分からねぇらしい


薄暗いこの堂内と光を背にしている事


幸か不幸か、戸口の死角に隠れた刀も
それを助長していると見える







黙したまま何の動きも表さないオレを
警戒交じりに眺める視線がすっと下がり


足元のあたりでピタリと止まる





「…女物の着物に、桜の鼻緒?」


あぁ、こいつか…


黒字に小桜をあしらった絵柄は
それなりに出来がよく

使い心地も悪くはなくて気に入っている


どうやら足元ぐらいまでは見えるらしいな





やがて何かに気付いたように、すっと
こいつは顔を上げた





「もしやお主…迷いて入った女人か?」





思わず吹き出しそうになるのを堪えるのは
ちょいと苦労した





見当違いもいい所だ


第一そんな女が廃寺に駆け込んだり


槍と殺気とを眼前に突きつけられて
一声も上げずにいられると思っているのか





「ひょっとしてお主、口も利けぬのか?」





問いかけに含まれるのは揶揄ではなく戸惑い


会ってから何も答えずにいたのを
"しゃべれない"とこれまた勝手に判断される





一体どうやって闇の世界を生きてきたのか


オレを前にして本気で抜けているその思考と
反応はもはや面白いの域に達していた







…その勘違いに答えてやろうと気が向いたのは


あまりにも奴の当惑振りが
滑稽に過ぎたからに他ならない





トン、と軽く下駄で床を鳴らしてやる





「今のは…返事ということでよいのか?」


再び床を打ち鳴らせば、やがてゆっくりと
槍の穂先が引っ込んでゆく





「そうか、誰かは知らぬがすまぬことをした」







すっと堂の中へ身を引いては続ける





「巻き込まれぬ内に早くここを去れ
…私の側にいると危険だ





変わらぬ面構えは殺気を受けぬ油断か

はたまた、返り討つだけの自信があってか









…ざあざあと滴る雨音が激しさを増し





さして広くも無ぇ堂の周りを圧し包む







「雨…止まぬな」





柱を挟んで背を合わせた
足音一つで返事を返す





なんとも奇妙な状態になったもんだ





「…帰らなくても、よいのか?」





軽く放られた手の平へ指を伸ばし
"止んだら帰る"と大きく書いてやる





「そうか」


さして何も追及せず、納得したような
呟きが返って 沈黙が戻る







中に居座ってからのやり取りは
ほとんどと言って変わりが無い





口の利けぬ手持ち無沙汰を誤魔化す
ついでで煙管の火を入れる


独特の苦味とニオイを味わい

息を吐けば、細い煙が一筋揺れる





脳髄に煙が沁みたような鈍い痺れを
紫煙と共に堪能してると


呑みつけねぇのか咽ぶような咳が
背後から密やかに耳を打つ





「お、お主は煙管を吸うのか…」


"悪ぃか"と否定を込めやや強めに床を叩く


「すまぬ、好みに口を出す気は無いが
どうも煙草の類は苦手でな」


"止めてほしいか"と指でなぞってみる


「…吸いたいなら別に止めはせぬ」







元々好きにするつもりしかないのだが





次の吸い口が思うより美味く感じず


勿体無くも未だ赤く燻る火種を
灰と一緒くたに落として踏み消す





「すまぬな、気を使わせたか」





答える代わりに"何か話せ"と寄越せば

奴は出来る限りの話題を思いつくまま
色々と口にして見せた





兄貴を中心とした日常の中に
知った名前をちらつかせながら


年頃に見合う明るさを声音に滲ませ語る


それは痛みを紛らわす為か、それとも
オレを退屈させねぇ気遣いなのか





それでも柱越しの体温と
流れる声は 妙に心地よく



足音と指とで相槌を打つこの遊びが


楽しくもあり、もどかしくもあった





けれども終わらせるつもりも無いまま


ずるずると語らせるままにしてる内





静かだった空気が一変する







弱まる雨足に混じり、複数の殺気が
じわじわとここへ迫る







「く…もう突き止められたか…」





よろりと柱に縋りながら立ち上がり


は、戸口へと足を踏み出しながら
振り向かずにオレへと告げた





「ここは私がどうにかする…お主は
隙を見て、ここから逃げろ」





正真正銘の馬鹿だ この女


見ず知らずの他人だと騙されたまま
忌み嫌うオレを助けるつもりだ





…テメェの方が余程ヒドイ傷にも拘らず







がくりと膝を突いても尚、前へと進む
こいつよりも先に 戸板へ手をかける


「っ待て、今外へ出るのは危険―


「…怪我人は大人しくしてろ」


瞬間、言葉を失い丸くなる緑眼に
構う事無く外へ出て戸を閉め





群がる浪人どもへと足を向ける





「オイそこの笠をかぶったキサマ
この先の廃寺から来ただろう?」


「槍を持った血塗れの女を見たはずだ
隠すと為にならんぞ?答えろ!





抜き身の太刀を突きつける雑魚どもへ







「…それでオレと遊ぶ気かぁ?」





わざと笠を上げて、笑ってやれば
あっと言う間に並んだ馬鹿面が青褪める





ガタガタ震えながらもかかって来た
浪人どもを早々と刀の錆に変え


雫と血に濡れた桜道を歩き出す







…あいつの為に動いたつもりは無い


ただ雨が止み、帰る道すがらに
突っかかってきた輩を片付けただけだ





吹く風と落ちた花弁がまるで冬のようで


ひどく 背に移る温もりを思い出させた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:映画公開が秒読みに入った四月につき
杉様を久々に書いてみました


高杉:よくもまぁこれだけ見てきたような
嘘っぱちを並べられるもんだな


狐狗狸:…まぁお堂と眼精疲労&出血による
霞み目の辺りは結構適当コいてます(汗)


高杉:にしても、女と間違えるかぁ?


狐狗狸:足元の部分が記述通りだからでしょう
(…あと背と醸す雰囲気と肌の白さ?)


高杉:今、不埒な事を考えてたろ?


狐狗狸:アハハハハ 滅相モナイデス




今回は二つ名のみで失礼致しました


様 読んでいただきありがとうございました!