「誰かと組んででの行動もお互いにとっては
その、いい経験になりそうだよね…」
上ずった声音で、ぎこちなく視線が注がれる
「すまぬ…流行の服をもっておらず
このような装いとなった…変だろうか?」
「いえちっとも!全然大丈夫ですよ!!」
兄上からお借りした浴衣故 私如きでは
似合わぬのでは…と不安だったが、よかった
とある一件で助けられた恩を返すべく赴けば
実に奇妙な協力を頼まれた
休暇中の鍛錬として 密偵の基本である
"成りすまし"の複数行動ので練習
己の鍛錬不足も補える、一挙両得の
頼みではあるのだが…
「確認の為もう一度言うけど、今日一日は
オレと行動する間 君は恋人でいてね」
「海崎殿 悪いが私は兄上と結婚するつも」
「何度も言うけど山崎です!あとコレ
訓練中の設定なんだってば!!」
「す、すまぬ ついいつものクセで
して山崎殿…これからどう行動す「ストップ」
すっと顔の前に出た手が 言葉を止める
「設定とはいえ、恋人を
苗字で呼ぶ人なんていないだろう?」
「それもそうだな なら退殿でよろしいか?」
「まだ固いなぁ…"殿"も取ろっか」
「いや、すまぬが呼び捨ては余程の
親しき仲でなくば使うなと教わっている」
幾ら恩人の頼みで鍛錬中の役割と言えど
受け継いだ武士の作法までは曲げられぬ
「そ、そうかい…じゃあ"殿"は
そのままでいいんで名前で呼んでくれる?」
「了解した山ざ、いや退殿」
「白と黒のさじ加減はミリ単位」
並んで道を歩き出したはよいものの
妙に隣の気配が落ち着かぬ…
「その髪型、にっにに似合うね」
「指定通り三つ編みを解いただけなのだが」
組んでの"成りすまし"が未経験といえ
顔を赤らめたりこちらを盗み見る
その仕草は不信に過ぎると思うが…?
「えーとちゃん どどどどこか
い、行きたいとこありませんか?」
「知り合いから聞いた話では遊園地や
水族館に行くのが定石らしいが…」
ん?いきなり財布を出して何やら確認を…
「ぬぉ!?ど、どうかされたか退殿」
「いや何でもないよ…ちょっと自分の
懐の不甲斐なさに絶望しただけなんで」
地に手をつく程、生活に窮するとは…
真撰組も大変だな
「ええと…オレ達こーいう訓練始めてだし
動物園とかはどうかなぁ?」
「おお!猛獣達の支配する野生の王国と名高い」
「どこの南アフリカの奥地!?」
ともあれ行き先が決まり、道すがら
簡単な知識を聞きつつ
期待に胸を膨らませ訪れた動物園は
何もかもが、とても輝いて映った
「おお!アレが虎か
間近で見ると雄々しいな!」
「ちょ、はしゃぎ過ぎだって…
そんな手ぇ引っ張んないでよ痛いって」
のそりと動く大型の獣や俊敏な馬
柄の派手な鳥達や、首を傾げる小動物
馴染みの深いモノ達から 別の星から
やって来たらしいモノ達までが
囲いの中で繰り広げる動きの一つ一つを
見やるのに しばし夢中となった
時折、蔑ろにしている役を指摘されて謝るも
向こうもまたこの様子を楽しんでいるようで
さほど罪悪は沸かなかった
「あ、サルの親子がいるよ!」
「ほう どの辺りだろうか」
「あの辺りだよ、ホラあそこあそ
…ぎゃああぁぁぁ!?」
側へグッと近寄り 肩へ手を乗せた
山崎殿へ向けての奇襲攻撃が
「なんだ、サル達がエサの木の実を
寄越してくれておるようだな」
「いやこれ明らかに悪意ある投てきだって
離れようちゃ、うお!?」
おお リンゴが正確に手を掠めるとは
サルにしておくには惜しい腕前だ
「サルごときに負けるかぁぁ!!」
「おぉ〜!ラケットで弾き返すとは
やるではないかお主!!」
様々な動物を並んで見て回り、昼頃
食事休憩を取ろうと言われ売店に寄った
「お二人さんカップル?なら今日の
オススメ買ってって 安くするよ〜?」
「ほう、してオススメとは?」
「焼きたての特製あんぱん!」
「もうあんぱんは勘弁してください!
職務外であんぱんなんか一口たりとも
ウンザリだぁぁぁぁぁぁ!!」
頭を抱え半狂乱で叫びだした山崎殿に
私だけでなく店主や周囲の者も一歩引く
午後、始めてみるカバの大きさに目を奪われ
近くで拝見すべく身を寄せた柵が根元から
折れて転落し 頭を強か打った
薄れ行く意識の中で、私と外敵と見なしたか
「ダメぇぇぇ!三途に行ったら確実食われる
帰って来てちゃーん!!」
迫ったカバの歯がせり出すのと
遠くに見える引きつった顔が目に入った…
父上と様々な動物の話で盛り上がり
戻った後に 助け出されていた私を連れ
山崎殿は慌てて動物園を後にした
「あーあ、土ボコリが髪にまで…
こりゃ帰りに銭湯寄るしかないね」
「家に戻りてすぐ風呂へ入れば
済む話ではないだろうか」
「だって汚れたまま帰ったらマズイでしょ
特にちゃんは…血の跡もあるし」
「気にされるな退殿、いつもの事だ」
「普段ならともかく今回オレが送るまでが
鍛錬だから!そんな姿で戻ったら
お兄さんに怒られるから確実に!」
それは困る、兄上を困らせたくはない
「そうか…なれば近くの公園で
水場を借りるとしよう」
「それ季節的に鉄板三途ルートぉぉぉ!
何だってかたくなに銭湯回避するの!?」
質問にしばし俯いてから、理由を口にする
「その…同性といえど人前に
肌身をさらすのは、やはり気が…」
言う内に我知らず顔が熱を覚えた
が、両肩をいきなり強く掴まれ
「大丈夫だって この時間帯なら
まだ人少ないし、素早く出れば大丈夫!」
今までの態度を払拭するかのような
自信に満ちた顔でそう言われた
結局、説得に負け 銭湯へ足を踏み入れる
聞いていた通り…広い浴場に人の姿は
殆ど見当たらぬようだ、が
やはり不安なので手早く身体を流し
「すまぬが先に外で待っている」
壁の向こうにいる相手へと 伝えて立つ
「早っもう出るの!?オレまだ全然
お湯に漬かってな…うわあぁぁぁぁ!!」
情けない悲鳴から、ややあって重い声音が響く
「おんどれ何さらしとんじゃいぃぃ!」
「ひぃぃぃスイマセン ちょっとタイルに
足取られちゃって…!」
ようやく待ち人が来たのは、解いたままの
洗い髪が冷え切った折
「遅かったではないか…どうかしたのか?」
「い、いやぁ…ちょっとあの後
思わぬ災難に巻き込まれまして…」
…顔のアザがひどいな、一体どんな
転び方をしたのやら
「心中お察しするが 人をあまり
待たせるは感心せぬぞ」
「…あの、ひょっとして怒ってる?」
こくりと首を縦に振る
待つ合間 先に出る者や通りがかる者が
なにやら声をかけてきて大変だった
「待ち人がいると伝えてもしつこくて
やむを得ずそこの路地へ放り捨」
「冗談でもやめて頼むから!」
…シャレではなく本当にそこに
転がってるハズなのだが まあいいか
「しっかしその人達の気持ちも分かるなぁ
だってちゃん可愛いもん」
「何を申す…私など兄上の足元にすら及ばぬ」
「分かんないな〜なんでそこでお兄さんが
引き合いになるの?」
「仕方なかろう 兄上はとても麗しく優しく
全てにおいて完全なお方なのだから…」
再び、両肩を強く掴まれた
「大丈夫、自信持って!
君は間違いなく可愛いんだから!」
妙な迫力があった 赤みの差した顔は真剣だった
…認められたような気が、した
「あ、いえそのゴメン…興奮しちゃって」
「気にされるな ありがとう退殿…
それでは送っていただこうか」
言うと、あちらもまた笑みを浮かべた
「分かった、じゃあ手を繋いで歩こう
これも鍛錬の一環だからね」
差し出した手を握られた刹那
放たれた殺気に反応し、慌てて距離を取る
「え、ちょっとどうしたのいきな…え?」
「こんのアマァ…よくもやってくれたな!」
「テメェがツレか!怪我させられた責任
どう落とし前つけてもらおうかぃ!」
「うわわわわ!本当に放り捨ててあったぁぁ!」
だから言ったのだ、しかし復活が早いな
「すまぬ加減を間違えたようだ…逃げるぞ」
「ええぇぇぇぇぇ!?」
押し寄せてくる有象無象を振り切るべく
山崎殿へ促し、地を蹴った
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:五時前ルールながらザキ誕セーフ
…いつも以上にアレな出来なのは何で?ねぇ
山崎:オレに聞かないで下さいよ!
てゆうかそれアンタの責任でしょーが!!
狐狗狸:やかーし、不幸系へタレ灰色人間
上目遣いの恥じらい顔に下心が沸いたクセに
山崎:何その新手のカテゴリ!?誤解なきよう
いいますが目的はあくまで汚れ落としだけであって
決してあの顔に心動いたわけじゃ…じゃなくて!
銭湯の下り入れる位なら例の一件の
エピソード残しといた方がよかったんじゃ?
狐狗狸:長くなるからヤ、面倒だし
山崎:文章長くなるのは的確な描写力が
無いからなんじゃ―(不幸発動)
ネタだけ感は今更なので言及しないで下されば
助かるなぁ、と管理人は思いました
様 読んでいただきありがとうございました!