「…雨か」
少しずつ増える雫が街へと注ぎ
黒髪を 灰色の作務衣を 傷口を濡らす
仕事もなく、特に行く当てもなかったので
彼女は近くの茶屋で雨宿りをしつつ
温かいものを頼んで暖を取ることにした
「ほうじ茶を一つ」
運ばれてきたお茶をすすりながら
軒先でぼんやりと景色を見つめる
の側に、歩いていた一人が立ち止まる
「…確か君、って言ったっけ?
珍しい所で会ったね」
傘を傾け 男は透き通るような肌と
柔和に見える笑みとを見せるが
彼女の表情は相変わらず眉一つ動かない
「…それはこちらのセリフだ」
「地球の食べ物っておいしいから
結構気に入っててね たまに立ち寄るんだ」
笑みを絶やさぬそのままで男―神威は
彼女の座る席の、端へと間を開けて腰掛け
傘を畳みながらお茶と茶菓子を注文する
「ずいぶんとボロボロだけどどうしたの?」
「お主には関係なかろう」
「…あっそ」
さあさあと雨足が強まってゆく中
菓子の注文だけが断続的に繰り返される
「マジメなヤツのトラウマは下手に
触れないだげて」
始めは無言で見つめていただが
立ち上がる気配も見せずまったり過ごす
相手に痺れを切らして 問いかけた
「いつまでいるつもりだ?」
「多分君と同じだよ、雨が止むか
迎えが来るまでの雨宿り」
「…私は迎えなど来ぬ
ただ雨が止むのを待つのみ」
「ひょっとして天涯孤独だったりする?」
「いや…兄上が一人おられる」
「勿体無いね、家族なんかいなきゃ
君もまだまだ強くなれそうなのに」
本人にその意図はなくとも
兄を馬鹿にされたような一言に
自然と返す言葉も険が混じる
「お主に護る者の強さが分かるものか」
「それ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ」
クスクスと小バカにするように笑う神威へ
「戦いでしか物事を図れぬのなら心が
未熟な証拠…と父上は言っていた」
向けられたのは…ため息と哀れみ
「お主は私よりも心が幼いのだな」
「失礼だね君…これでもオレの方が
年上なんだけど?」
楽しげな笑みを浮かべている彼だが
声音はどこか威圧的な雰囲気を漂わせる
「…私と一戦交える気か?」
「殺ってもいいけど、まだ君弱いから
止めといた方がいいんじゃない?」
「む…」
「安心しなよ…そっちから手を出さなきゃ
殺さないであげるから」
余裕とも挑発とも取れる言葉に
しかし相手はあっさりと従った
「少々シャクだが、言葉に甘えるとしよう」
「…変わってるね君 普通はもう少し
疑ってかかるでしょ?」
「面と向かった相手なら、約束を守る気が
あるかどうか位は何となく分かる」
「ふーん ま、今は守るつもりだけど」
素っ気なく言って、神威は残っていた
お茶菓子を口へと放り込む
降り注ぐ雫はいよいよタライを
ひっくり返したような勢いとなり
店の店主や店員もため息をつき始めるも
閑古鳥の鳴く店内に入ろうとせず
二人は黙ったまま茶をすする
「…ねぇ、あのお侍さんとお兄さんは元気?」
「それなりには」
沈黙と雨音を縫うように
散発的な会話が繰り返されるが
彼はそれだけで満足はしなかった
「退屈だから昔の事でも話してよ」
「何故ゆえ私がお主へ過去の話を
しなければならないのだ?」
「ここで知ってる顔が君しかいないから」
「…生憎、人に話す過去などない」
少しだけ神威が座していた位置を縮める
「オレは聞きたいな だって気になるし」
「無駄だ、こればかりは例え殺されようとも
口を割るつもりはない」
無表情は一ミリたりとも崩れぬが
言葉には明らかな否定が聞き取れた
再び訪れる雨音に包まれた沈黙の中
退屈を紛らせる、それだけの為に
神威は相手からどうやって過去を
語らせるか思考を巡らせ…
やがてごく最近の記憶から
当人の過去に繋がるであろう
キーワードを掘り起こした
「そう言えばさ あの戦いで君が死にかけた時
鳳仙の旦那が言ってたね」
耳を貸さないつもりの横顔を眺めながら
彼は世間話をするように淡々と言葉を放つ
「"あの世で殺めた田足の者と再会しろ"って」
"田足"の単語に僅かながらだが
彼女の肩が震えたのを 見逃さなかった
「一時期江戸で商売してた田足って資産家
二回も当主が死んだんだよね?」
二度目は内輪揉めで首チョンパって
聞いてるけど、と付け加えると
そこでようやくが振り返る
「お主…その話、何処で聞いた?」
「あの商人のルート ウチの船団も
利用してた方だからさ、そういう話は
結構早く耳に出来るんだよね」
相手の反応を楽しむかのように神威は笑う
「気付いてないみたいだから教えてあげるけど
有守流はこっちじゃ案外、有名なんだよ?」
「…その様だな」
裏稼業を生業にしてから
時折彼女の耳に、別の場所や惑星などで
有守流を使う者の話が入ることがあった
皮肉にも 使い手と流派は一様に
"奇抜かつ接戦に優れた殺人術"としてしか
認識されてはいなかったが
「だからその二つで探したら…一度目の
当主が死んだ事件が浮かんだんだ」
静かにもう一歩 彼はにじり寄って言う
「二度目の当主が揉み消したらしいけど
あれ…君の仕業なんだろう?」
「……そうだ」
「潔いね、もっともらしい理由とか
語らないんだ」
「言い訳はしない…何があろうと罪は罪だ
それにお主が理由を聞いてくれると思えぬ」
「確かに、オレは人の理由なんて
正直どうでもいいかな…それに
殺すのは別に悪いことじゃないしね」
表情こそ笑顔だが、語る声色からは既に
楽しげな様子は失せている
そこでようやくは
自分と相手の距離が縮まっている事に気付く
「どんな状況であれ殺意があるなら
そこは戦場 相手が例え肉親でも関係ない
…戦場じゃ弱い奴は死ぬ、それだけだ」
どこか他人事のように呟いて
立ち上がる前に 神威は表情を変えぬまま
片手での首を掴んで力を込め―
次の瞬間、大きくその場を飛びのいた
「それ以上来るな…首に、首に触れるな!」
いつの間にか取り出した槍の刃先が
先程まで彼のいた場所を貫いていた
うっすら赤い痕がついた首元を押さえながら
激しい畏怖と殺気が入り混じった表情で
は強く相手を睨む
「何だ ちゃんと怯えることも出来るんだ
…やっぱ君って面白い」
「私は不愉快だ…!」
「まあいいや、槍しまってよ
それともここで店の人巻き込んで死にたい?」
言われて彼女は臍を噛む
流石に今のやり取りは目立ったらしく
店の者達が青い顔で震えている
もしここで一戦を交えてしまえば
神威は容赦なく店の者を巻き添えにするだろう
「大丈夫だって、そっちから仕掛けてこなきゃ
暴れたりなんかしないから」
あくまで楽しげな声音に、大人しく槍をしまう
の頭に疑問が沸きだす
「…お主は 本当に何を考えているのだ?」
「決まってるだろ?あのお兄さんとお侍さん
そしてアンタを殺し…強くなる事」
冗談とも本気ともつかぬ口調で神威は続ける
「出来れば君は最後に殺りたいかな?
女は強い子を産めるからねぇ」
「…子は七夕の折にコウノトリへ願うものだ」
「アッハハハ面白いね〜君って
そういう冗談言えるタイプだったんだ」
笑い声が合図のように程なく雨足が弱まり
ピタリと雫が止まった直後
片腕で傘を差し、黒服をまとった男が
音もなく二人へと歩み寄ってきた
「おや、お嬢ちゃんは吉原ん時にいた…」
「お主はあの時の…死んでおらなんだか」
「まー腐っても夜兎だからな、てか
アンタが死んでないことの方が驚きだが」
「ああ大丈夫 こいつも敵じゃないよ
俺を迎えに来たんだ…ね、阿伏兎」
「アンタがどっか行くからだろが」
ため息混じりの一言に、二人の関係が
透けて見えるような気がした
…少なくとも彼女には
「…この者が団長だと大変そうだな」
「お、分かってくれるのか…変わってるけど
意外と話せるなアンタ」
「えー、それどういう意味かな?」
「誰から見ても団長がすっとこどっこいの
ちゃらんぽらんっつー事だろ」
二、三不満を言い合いながらも
立ち去りかけた二人へ店主が慌てて呼びかける
「ちょっとお客さん、お勘定!」
「あーそうだった…払っといて阿伏兎」
「オレが立て替えるのかよ!?
てゆうかどんだけ食ったんだアンタ!!」
積み重ねられた茶菓子代に軽い頭痛を
感じながらも支払いを終えた阿伏兎と
立ち上がった神威が傘を差し
「暇潰しありがと、じゃオレが殺しに来るまで
もう少し強くなっておきなよ」
笑みと共にに軽く手を振って歩き出す
そんな両者の姿を覆い隠すかのように
止んでいた雨が、再び
堰を切ったように降り出した
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:共演長編で吉原もやってることだし
神威兄さんの話を書こうかなと思いまして
神威:で、書いたんだ…の割にはまた古傷を
ネタにしてるみたいだけどね 懲りずに
狐狗狸:自分でもどうかとは思いましたが
書きたかったシーンがあるので止むを得ずです
阿伏兎:しかしこれ展開に無理があり過ぎだろ
普段の団長なら とっくにこの娘死んでるぞ?
…あとオレの扱いがひど過ぎる
狐狗狸:そこはまぁご容赦を(汗)
神威:でもさ、これじゃオレまるで
スゲェやな奴にしか見えなくない?(黒笑)
狐狗狸:いやあのそういうつもりは…(滝汗)
個人的に神威は直情的かつ天然で人の心を
抉る、ある意味ヒドいキャラだと信じてます
…ファンの方々には慎んでお詫び申し上げます
様 読んでいただきありがとうございました!