普段はどこかしら騒がしいこの高校も


夏休みに入り、人が減れば流石に
幾分かは静かになるものだ


…最も僕が移動する場所は限られるので
余程でなければ気にも留めないのだが





「それにしても蒸し暑いな」





職員室や保健室などと違って空調のない
エリアは日光と熱気がこもりがちで


少し歩いただけでもじわりと汗が額に滲む


…風があるだけ 今日はまだマシか







廊下の辺りでやや慌て気味に駆ける
三つ編みの女生徒とすれ違い


足元に、微かな落下音がした


床を見ると…何だろうこれは?





「そこの君、何か落としたよ」


「ぬ?…おお 本当だ」





振り返り、落ちたそれを確認してから
落下地点まで戻って屈みこむ


この黒髪の生徒には見覚えがあるような…





「わざわざ教えていただき感謝いたす」





拾い上げた彼女の、緑色の瞳がかち合う





…ああそうだ、思い出した





「君、よく気絶して運ばれて来る子だろ?
確か3Zのさん…だったかな」


む!?何故分かった!!」





眉一つ動かさずに驚いたような言葉が
相手の口から飛び出す











「優等生は微妙に根暗っぽいイメージが
…偏見か?」












何だその対応は、馬鹿にしているのか?





「…僕がか 分からないわけじゃあるまい」







皮肉を込めて告げるが、目の前の彼女は
無表情のまま首を傾げるばかり





「……すまぬが初対面だ」


「冗談はよしてくれ、君は自分が何度
保健室に運ばれたかすら覚えてないのか?」


「……………おお!もしやお主、保険医殿か?」


「なっ!?」





ちょっと待て、本気なのかこの子は!?





「普通あれだけ気絶で運ばれれば
僕の顔ぐらいは覚えるのが当たり前だろう!」





思わず問いただすも 相手は表情を
変える事無く淡々とこう言う





「眼を覚ました直後の意識は定まりにくいゆえ
あまりその辺りの記憶は自信ありませぬ」


「にしても少しは気付くんじゃないのか…」


「生憎、兄上の事以外は特にどうでもよいので」







やけにキッパリと言い切られてしまい





僕はメガネを片手で押し上げ ため息を一つ







「3Zの生徒は、本気で頭が悪いらしいな
…まぁ担任があんな男じゃ無理もないが」


「お主、初対面に対してその言い分は
何様のつもりなのだ」


保険医だと君自身が先程言っただろう
自分が言った言葉ぐらい責任持ちたまえ」







考えてみれば 銀魂高校の中で一番騒がしいのも


人の話が通じないのも


この所 率先して問題を起こすのも





そして保健室の常連となっているのも…
高確率で3Zの生徒だったな







「そうか、ならば保険医殿
先程の発言は撤回していただきたいのだが」


「悪いが事実を言ったまでだ」


「す、少なくとも兄上は聡明だ!
兄上だけでも撤回してもらいたい!!」


「…他の生徒や自分は馬鹿だと認めるわけか?」


「うぬ」





迷う事無く首を縦に振られ、少々面食らう





「いいのか君はそれで!?」


「兄上の汚名が撤回されるなら構わぬ」





何なんださっきから、兄上兄上


ブラコンだとしても程が…







ふいに 以前の記憶が呼び起こされた









「おーい伊東センセ、保健室借りるぜ〜」


「返答する前に既に入室してベットを
勝手に使ってるじゃないですか…」


「固ぇ事言うなよ〜よいしょっと
ついでにオレもちょっくら一眠り」


「健康人、ましてや教師が使っていいとでも?」





詳しい時刻は忘れたが 彼女がまた運ばれた際
連れて来た銀八先生に訊ねた事があった





「毎度の事ながらさんが気絶で運ばれると
ベッドが一つ塞がるから迷惑なんですがね?」


「オレも同感だが、そいつぁ無理な話だろ
の気絶の九割がたは兄貴がらみだから」


兄…?兄妹ゲンカか何かですか?」


「いやケンカはしねぇからピーマン兄妹は…
っと画面の前のみんな、田足篇は別だからな?
ここテストに出ないから気をつけるよーに」


「本編の話と唐突な読者語りは止してください」







結局 まともに説明せず先生は出て行ったので





眼が覚めたら本人に聞くつもりだったが







伊東先生!局ちょ…じゃない委員長が
重傷なんで手ぇ貸してください!!」


「またかい、近藤君の場合は自業自得だろう」


「でも早くしないと本当に手遅れになるんで
マジお願いしますよ先生ぇぇぇ!」






折悪しく息を切らせた風紀委員がやってきて





「全くこちらの手を煩わせないで欲しいよ
…それで、場所は何処だい?」


「はいっ!こっちです!!」





ボロボロの近藤君へ簡易処置を施す為
止むを得ず女子更衣室前まで引っ張り出され





戻ってきたら 彼女は退室していたので


面倒になって忘れてしまっていたが
…なるほど、こういう事









さんはこちらを見たまま微動だにしない







「もしかして…撤回するのを待っているのか?」


「その通りです」


「分かった、お兄さんだけ撤回しよう
それで満足か?」


おお!ありがとう保険医殿!!」





いや、何故そこでお礼の言葉が飛び出すんだ







ともあれ意味が分からず狼狽しているのを
悟られたくなかったので、メガネを直しつつ


視界に入った落し物―謎の物体について問う





「所で、落としたそれは何なんだい?」


「家庭科の授業で作った兄上人形です」





え…これ人間だったのか!?


形といい色といい、よく分からない
謎のオブジェみたいじゃないか





モデルのお兄さんがどんな人間か知らないし
別段興味もないが コレは同情を禁じ得ない


てゆうか、いつから持ち歩いているんだ…







脳裏に浮かんだ色々な言葉を押し込んで
どうにか僕は口を開く





「…ちなみにさん、家庭科の評価は?」


「通知表ではずっと1です」


「だろうとは思ったがな しかし
この人形の出来は酷過ぎないか?」


「モノを作る作業は元来苦手なのだ」





所謂、不器用な女子の一人か





「ついでに掃除とかも出来ないタイプだろ」


「失敬な 掃除や洗濯ならば私とて
立派に勤め上げてみせまする!」





威張れるほどの事ではない


今時その位 猿だって上手くやってみせる







それにしても、だ





「……ずっと気になってはいたんだが
さんは、どうしてその妙な口調でしゃべる」


「これは父上が時代劇好きゆえ、昔から
共に見ていたら馴染んでしまったのです」


「だからって高校生でその言葉遣いは変だと
気付くだろう それだから君は馬鹿なんだ」


「馬鹿だといけませぬか?」


ああ悪いとも、頭の悪い人間は
迷惑しか生み出さないんだ


その癖自分の事しか考えず 頭のいい人間を
妬み、不幸を他人のせいにばかりする」







学生の時分から、そんな奴等の言動を
嫌というほど見てきたから間違いない







「なるほど…確かに保険医殿の言う事も
一理あるな」


「素直に認めるだけ 少しはマシだな」





ふふんと優越感に浸っていたのも束の間





「なら逆に訪ねるが、頭が良いと
幸せな人生を送る事が出来るのですか?」


「そ、それは…」





真っ直ぐな眼で問われ 僕は言葉を詰まらせた









小さい頃から勉学に励み、大学卒業まで
一貫して優秀な成績を残してきた





けれど周囲の人間が友や家庭を作る中


僕だけが孤立し…今もなお気の合う相手が
いないまま日々を過ごしている









答えを待ちつづける彼女は、相変わらず無表情


影で僕を笑っているのか…?





睨みつけるけれども 相手は怯まず口を開く







「保険医殿、私は頭の善し悪しと
人の幸せは関係ないと思っておりますぞ」








諭すようなその一言に腹が立つ







「っ高々十代の子供に何が分かる!」


「…少なくとも一つだけは」


「ほう、言ってみたまえ」







苛立ち混じりで言い放つと、彼女は
予想だにしなかった発言を繰り出した







「卒業したら結婚するつもりでいる程
私は兄上を愛しているという事だ!」



「法律を破る気かぁぁぁぁぁ!!」





度を180度越しすぎな発言に


感じていた怒りも忘れて僕は説得を始める





「いいかさん、実の兄妹と結婚なんて
絶対に実現不可能だ!法と周囲が許さない!」



「そんな小難しい事は分からぬ!」


「一言の元に切り捨てるなぁぁぁぁ!」







掻き乱された思考を落ち着かせつつ
目の前の子供を説き伏せようと弁を振るうも


彼女は頑固に意見を変えず…







あ!もうこんな時刻だ
すまぬが保険医殿、私はこれにて失礼致す!」


こらさん!まだ話は…!!」





ついには言葉を半ばで無視し 礼をして
僕の前から走り去っていった











しばし立ち尽くし…思わず叫ぶ





「信じられない、何なんだあの子は!?」





あんな妙ちきりんで常識の通じない子
この高校にいるとは思わなかった







……でも 初めてかもしれない


委員長や風紀委員の男子達以外に、僕へ
あそこまで臆せず普通に話しかけてきた人は





って何考えているんだ僕は!







「ああもう…本当に腹立たしい」







とにかく、次に会う時には完膚なきまでに
法律道徳を叩き込んでみせる





覚悟しておくんだな…








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:初の伊東夢?3Z仕様でござい
小説では、イラストでさえ出なかったので
管理人が勝手に設定を捏造しました


伊東:それで…どうして保険医なんだ?


狐狗狸:始めは生徒で行くつもりでした けど
近藤さん達に"先生"って慕われてる本編から
教師のがしっくり来るかなーと


伊東:なら英語などの教師でも十分だろう


狐狗狸:どうせなら授業とかで積極的に絡まん
教師にしたかったんです 優等生っぽそうだから
違和感ないし処置とか適切そうだし


銀八:でも性格キツイから生徒受け悪いぜコイツ
ついでに真面目すぎて教師付き合いも悪ぃし


近藤:そうすかぁ?伊東先生、何だかんだ言って
オレらとよく話したりしてくれるけどなぁ


狐狗狸:常連なのと あと近藤さんの人柄
大きく作用してるんだと思いますよ?




気が向いたら、また書くかもです…
伊東ファンの方 残念な出来でスイマセンした!


様 読んでいただきありがとうございました!