伊東の仕組んだ近藤暗殺計画に乗じた
真撰組の壊滅は、奴の死と共に失敗に終わった





あの時 白夜叉にやられた傷はまだ癒えない







「お通殿の新曲作りも間近なのに…
まったく、とんだとばっちりでござる」





大きな怪我は米国からのあの者のお節介にて
十分完治はしているが


所々は、まだ万全とは言えず





大事を取ってしばし仕事を休んでいる







「雲がかかって、月が見えなくなってしまったか」





人気のない塀に囲まれた路地にて、ひとりごちる







ふいに 向こう側から足音が近寄る





「ハァッ…ハァッ…!て、テメェは誰だ!?





薄暗くてよくは見えぬが 外見から察するに
そこいらにいそうなチンピラ浪士という所か





「出会い頭に失礼な奴でござる そういう
お主こそ誰だというのか」


「テメェも奴の仲間か!?
ちくしょう、殺されてたまるかぁぁぁぁ!」






人の話を全く聞かず、浪士は口角から
泡を飛ばしつつ刀を抜く







夜の散歩を楽しんでいたというのに


本当にとんだとばっちりだ











「落し物を拾うナンパの成功率は面か話術で決まる」











雄たけびを上げ、大上段に構えたまま
斬りかかろうとする浪士を正眼に構え


拙者は迎え撃つ姿勢を取る







…が、直前にチンピラの足が止まる





背後から胸を一突きした刃が引き抜かれ


そやつは悲鳴を上げる事無く倒れ伏す







雲が流れ 月明かりが差し込んだ路地に


槍を持った、小柄な者の姿が現れる





恐らくこやつこそがチンピラの言っていた
"奴"なのであろう





生憎、覆面により顔は見えぬが


そこから覗いていた瞳は見事な緑色で


静かな殺気を 秘めている







無言のまま手にかけた浪士を見下ろし





刺客は何処へと消えていった









「あの目、どこかで…」





呟き 拙者は改めて死体の傷を見る







…背後からとはいえ、急所を一撃で
仕留めている 実に鮮やかな手並みだ


そして 耳へ鮮烈に飛び込んできた


ピンと張り詰めし魂の鼓動(リズム)





臨終の刹那に掻き鳴らされた
ピアノソナタ
…とでも言おうか」







刺客の消えた路地をもう一度見やると


そやつがいた場所からさほど
離れておらぬ地点に…何かが落ちていた


拾い上げると、それは一枚の手拭い





「手縫いでござるか…芸の細かいな」





サギ草をモチーフとした手拭いは華やかで
中々どうして作りがしっかりとしていた…が







「しかし、どうも先程のイメージと会わぬな」





首を捻りながらも とりあえず拙者は
手拭いを拾って帰途へとついた











"不穏な動きをしていた攘夷志士の一団が
一夜にて壊滅…派閥争いの疑い強し"






翌日、新聞の片隅に乗った記事には


事件の現場が 昨夜拙者があの浪士と
会った路地の近くだとつづられていた







「…覆面は仕事の際、顔を見られぬ為か」





納得し、思わず拙者は呟いた


この怪我と襲われていた事から拙者は
無関係と見て 手を出さなかったワケか







だがそれとは別に、気になる事が出てくる





「あの時見えたのは確かに緑眼だった
やはり見覚えが…それに槍、か」





浮かばぬ刺客の正体に対し
唯一の手がかりは、この手拭いのみ







…どうせ仕事は 怪我でしばらく休みだ





新曲作成のインスピレーション会得も
兼ね、昨夜の場所へと向かう







確証はないが、もし手拭いを昨日の刺客が
落としていたとして


それに気付き探していたのなら…









果たせるかな そこには一人の少女がいた







「あの娘御は…」







紅桜の件であの場所にいた顔





戦争によって事実上取り潰された有守流


"活人"を謳う派で唯一の使い手 







…ああそうか、通りで見覚えのあるハズだ


森林から写し取ったようなあの緑眼は
そう滅多にあるモノではない







「ない、ない…確かにここのハズ…!」







…こちらに見向きもせず、ひたすら路面へ
這いつくばるようにして何かを探している





やはり この娘が落とし主か







「そこのお嬢さん、ぬしが落としたのは
ひょっとしてコレでござるか?」





言いながら、さも今拾ったかのように
取り出した手拭いを振って見せれば


すぐさま詰め寄られ手拭いを捕まれた





おぉ、まさしくその手拭いだ!
…お主が拾ってくれたのか?」


「そうでござるよ」


「おお…感謝する、ありがとう」





日の下で観た緑色の目は、昨夜と全く
同じものではあったのだが


闇まとうそれとは似ても似つかぬ


とてもキレイなものでござった





「所でお嬢さん、名前を聞いてもよろしいか?」


「…人に名を尋ねる時は、まず自分から
名乗るのが礼儀だ」





無表情ながらそう言い切られ、ややたじろぐ





「こいつは失礼した 拙者はつんぽと申す」


「変わった名だ…
まぁいい、私は……と申す」


「ここで会ったのも何かの縁、一緒に
お茶でも飲みに行かぬか?ちゃん」







笑って無難な誘いをかけてみる…しかし







「つんぽ殿…折角だが遠慮させていただく」





眉一つ動かす事無く、殿は誘いを断る







…昨夜の件で顔を見られているから
拙者を警戒しているのやもしれぬ







「なら…手拭いを拾った礼に散歩がてら
しばし話に付き合うのはどうだろうか?」


「…話に?」





首を傾げながらの言葉に頷いて





「そう、拙者は怪我でちょうど仕事を
休んでいるので 結構ヒマしてるでござる


だからちゃんみたいな子に
話し相手になって欲しいんでござるよ」







殿はじっとこちらを見つめてから







「…分かり申した」





コクリと首を縦に振った









散歩コースとして近くのそこそこ大きな公園に
足を踏み入れつつ、二人で会話を交わす







「つんぽ殿は何をやっている方なのだ?」


あれ?拙者意外と知名度高いんでござるよ?
音楽プロデューサーとしてはそこそこ」


「プロデ…?歌う者の後ろで踊る者か?
すまぬがTVはほとんど見ぬので…」


「分かりやすく言うと、曲を作るのを手伝う人でござる
代表的なのは寺門通の」


おお!お通殿の名前なら知っているぞ
知り合いにファンの者がいるのでな」





表情は変わらないまでも、目だけは妙に
キラキラとしている


どうやら尊敬されているようだ







童のような素直さが可愛いと少し思う







「差し支えなければ、今度はちゃんの仕事を
教えてもらいたいでござるよ」





振ると、目の輝きが急に失せる





「…何故ゆえ?」


「ヒマな時にまた会えるかも知れぬでござろう?」


お主の様に立派な仕事はしておらぬ
…それだけは確かだ」





淡々と語る言葉は、他者の詮索を許さぬ程冷たい







これ以上は聞けぬと見て 話題を変えた





「あの手拭いはちゃんが縫ったでござるか?」


「いや、兄上のお手製だ 落としてしまい
本当にどうしようかと思っていた」


「ほぉ〜アレをお兄さんが…スゴいでござるな」


「そう!兄上は手芸の腕も天才的なのだ!
この間もそれはそれは見事な刺繍を」








……これが昨日の刺客とは、到底思えぬな







「今のちゃんはまるで…
素直で素朴な童歌といった姿でござるな」





呟くと 少女の兄語りがピタリと止まる





「どういう意味であろう?つんぽ殿」


「そのままの意味でござるよ…今のぬしは
とても、昨日の刺客には見えぬよ







瞬間 険しい気配が向けられ、同時に
殿が階段近くまで距離を取る







「っお主やはり…!」


「あ、それ以上退がるのは
危ないでござるよちゃん」


「何を…っ!?」





言葉半ばに殿は足を踏み外し


助ける間もなく階段をまっ逆さまに落下
したたか頭を打ち付けて倒れた





…だから注意したのに







「さてどうするべきか…」







ここで放置して逃げ出し成り行きに任すも


介抱するフリをして別の場所へ連れて行き
殺めてしまう事も可能ではあった





…が、拙者が選んだのは











「大丈夫でござるか?」







近くのベンチに運び、介抱すると程なく
殿は目を覚ました







「…何故、私を助ける」


「談笑していた相手を放って帰るほど
拙者は薄情ではござらんよ」


「お主は 私をどうする気だ」





闇を宿した両目を、サングラス越しに見据え





「白昼堂々、人通りのある場所で怪我人に
トドメを刺すのも趣味ではござらん」





拙者は笑って言い放った







「お陰でよいヒマ潰しになった…礼を言おう」





言いながらベンチに少女を残し、歩き出す







「つんぽ殿…何処へ行くのだ?」


「新曲のイントロが思いついたゆえ
拙者は帰るでござる…また会える日
楽しみにしてるでござるよ、ちゃん







背を向けたまま言って、振り返らずに去った









臨終のピアノソナタ素直な童歌





二つの鼓動(リズム)を持ち合わせるこの娘が
この先、どのような歌を奏でてくれるのか







…今から楽しみでござる








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:万斉との絡みをちょっと書こうかと思い
動乱篇の後的設定で書いてみました


万斉:確か、動乱篇にはちゃ…殿は
参加していなかったでござるな


狐狗狸:墓参りしてたからね…で戻ってきて早速
依頼を受けて、一団を壊滅させたと


万斉:今回はギャグや危ないネタがほぼないでござる


狐狗狸:それは私としても遺憾です…ギリ大目で
の自爆落下をギャグとしてやって下さい


万斉:…アレは見事な落ちっぷりでござったな


狐狗狸:え?そんなに?




特にオチもない話でスイマセンした(ペドロ?)


様 読んでいただきありがとうございました!