「兄上〜迎えに参りましたぞ!」







店内にひしめいた客達は、舞台の催し物を
見ながら楽しそうに酒を飲んでいるようだった





私の声に視線が一旦集まるも


皆は何事もなかったかのように再び動き始め





変わりに舞台脇から一人の見慣れた
女装姿の御仁が、こちらに駆け寄る







「あぁちょっとちゃん、入り口じゃなくて
裏口から入りなさいって教えたでしょ?」


「おぉ、すまぬアゴ美殿」


「あずみだコノヤロー!どいつもこいつも
アゴしか見とらんのかいぃぃぃ!!」



「あら、ちゃんのお迎え?」





きらびやかな着物を着た西郷殿も現れたので
私はなだめていた動きを止めて挨拶する





「ご無沙汰しております西郷殿、その通りで」


ちゃんもお仕事があるっていうのに
エラいわ〜ウチで働かせたい位よ 勿体無い」


「世辞でも嬉しい…私も男ならば
喜んでここで働けたと思う」


「ふふっ…ちゃんは本当にいい子ね」





微笑みながら力強い手で頭を撫でられ


嬉しいような何とも言えぬ感じがした











「下系の病気はマジ怖ぇから気をつけろ」











休みの日、兄上と滅多にせぬ外食をした際


同席していた西郷殿に見込まれ





以来 兄上はたまの機会に臨時として
西郷殿の店で働く事が出来るようになった







仕事中、店内では二つ名で呼びかけるよう
注意されることもしばしばなのだが


ここでなら 兄上と呼んでも許される





共に働く従業員も志の高く優しい者達ばかりで
私もすっかり顔馴染みとなっている







ちゃんが入ってくれた日は売り上げが
グッと上がってるのよねぇ…出来ればウチで
本格的に働いて欲しいわぁ〜」


「でもあの美しさはちょっとだけ
嫉妬しちゃうわねぇ」


「アゴ美殿も西郷殿も十分美しいと思うぞ
無論兄上が一番美しいけれども」


「ホンット素直すぎて腹立つわこの子〜」





何故か引きつった顔でアゴ美殿がグリグリと
両拳で私の頭を抉っていた……痛い





「まぁまぁあずみちゃん…ゴメンなさい長話して
ちゃぁ〜ん!お迎えが来てるわよぉ?







西郷殿の呼びかけに、舞台で舞っていた兄上が
会釈をして こちらまでやって来た







、今日は仕事じゃなかったっけ?」


「ここの所兄上のお出迎えに出向けなかったゆえ
今日こそはと思い 急いで勤めを終えました!」


「ありがとう…でもゴメンね
仕事まだもう少し遅くなるの、先に帰ってて?」


「そうなのですか?」


「あらやだ遠慮しなくてもいいのよ、先に
上がってちゃんと一緒に帰っていいから」





ありがたいお言葉に、しかし兄上は首を横に振る





「お気持ちは嬉しいですが、働いている以上は
きちんと仕事をやり遂げなきゃ他の皆さんに
申し訳が立ちませんので…スミマセン


「んもぅちゃんたらがんばり屋さんね」







働く者としての勤めを全うしようと仰られる





…流石は兄上!ご立派な心がけだ!!







「了解しました、それでは先に戻って
待っておりますゆえ…どうぞご無事で」


「ちょっとお待ちなさい」







一礼し帰ろうとした所、西郷殿が引きとめた





ちゃんも女の子だし、夜道は色々
危ないでしょうから…ヅラ子!





言って 舞台の方から髪の長い者を呼び寄せる





「ヅラ子あんた今日早上がりでしょ?
ついでにちゃん送ってってあげなさい」


「それは良いが…殿は承知されてますか?」







兄上は何故か眉を潜めて頷いた





道中、妹をよろしくお願いします」







それにしても、このヅラ子という方は始めて見る


ここで働く者は皆女装した御仁だから
図らずもヅラ子殿は男であろうけれど…





兄上には及ばぬも女子に見えるほどの美人







ん?どうかしたか?」







見つめていた所、不意に名を呼ばれて驚く







「ヅラ子殿、何故初対面の私の名を?」


「あのよく見て オレだからだから」







もう一度顔をよく見て、桂殿と気付いた時
私は改めて驚いた







「お主もここで働いていたとは…!」


「うむ オレも銀時同様、縁あってここで
時折働かせてもらっているのだ」


「銀時や新八も、再びここで働く事があるのか?」





問いかけに答えたのはアゴ美殿だった





「ええ パー子やパチ恵や、あの金髪の…
そうそう幸美もまれにここで働くのよぉ?」


「それは知らなんだ 教えてくれれば
暇がある時差し入れでも出来たのに」


、とりあえず今から帰り支度を
するからちょっとだけ待っててくれ」







それから桂殿が仕度を終えるまで
店の者達や西郷殿と二言三言会話を交わし







出てきた桂殿と共に店を後にした









「しかし何故銀時達の女装を知っていて
オレの女装に気付なかったのだ?」





夜道を歩く道すがら、隣に並ぶ桂殿が訪ねる





「銀時達の女装した話は以前、兄上や
当人達から聞いていたゆえ」


「…オレは話題に乗らなかったのか?」


「き、きっと自然過ぎる装いにより桂殿と
気付かれなかったのだろう!」


「えっ本当に?」


「うぬ 私の目にも完璧な女装に見えたぞ
兄上の麗しさには見劣りしたが」


「…お前の兄は比較に出すな頼むから」





ヘコんだり嬉しそうにしたり落ち込んだり
桂殿は相変わらず大変だな







「よぉよーアンちゃん、彼女とデートかぃ?」







建物の乱立する道中を通る途中、道端に
寝ていた酔っ払いがこちらへ寄ってくる







「仲いいなぁ〜これからそこのラブホにでも
しけこむ算段でも立ててんの?ん?」


「失せろ下種が、お主には関係n」


「単に家までの送迎をしてもらってるだけゆえ」


「あらそーなの けど送り狼になるんじゃない
男はみーんな狼なんだしぃ?」


「この御仁は狼ではなく桂ど「おぉぉーい!!」





叫んで桂殿が腕を掴み、その場から
遠くへと駆け足ではなれた









よ あの場は何も真実を申さずとも…」


「特に嘘を吐く必要もないと思ったので
そのままを述べたまでだ」





沈痛な面持ちで額を押さえ、ため息をつく桂殿





「表情が動かぬクセに、嘘が吐けぬ不器用さ
色々と苦労するのではないか?」


「私とて、嘘くらいつく事がある」


ほう ならばついてもらおうか!
余程の事でなければオレは驚かんぞ!!」







不敵に笑う桂殿へ、私は自信ありげに語り始めた







「これは私がまだこの街に来る前の事だ…」









仕事の最中や終わった時、何故か依頼主から
付き合うようにしつこく言われ 引き止められた







それにより騒ぎを起こした事があり





同じ事が起こらぬよう、頭目から命令が下った







"役目を終えた時にはすぐさま引き上げろ


万一、付き合え・相手しろと言われたら
呪文を唱えて逃げろ"










「呪文?」







頷いて、私は口伝された呪文をそらんじる







「『私は夜尿症・H○V持ちのため
夜伽を勤める事は叶いません』」






瞬間 桂殿が吹き出し、物凄い顔で私へと詰め寄る





「おおおおお主っそれがどういう意味か
知ってて言っているのかぁぁぁ!?」



「病の意味までは…けれど、病なので付き合えぬ
という意味合いを表しているのは理解していた」







何か言いたげな桂殿を無視し、話を続ける











私はしばらくの間 己がその病
かかっているかも知れぬと思っていた







あの事件の後、入院していた際





ついでにと思い色々な検査を行ってみたが…







「私の身体は…健康なのだろうか?」


「ええ、検査しても問題はありませんでした
さんの身体は五体満足ですよ」





医師殿の言葉は 私を混乱させた









「ねぇ、いきなりH○Vの検査とか
受けだしたりしてどうしたの?」





心配そうな兄上の声が、私を更に戸惑わせ


私は思いのたけを打ち明けた





「兄上…私は病ではなかったのですが
あの呪文は何を表しているのでしょうか!?」



、言いたい事が分からないから
落ち着こう…そして最初から説明して」







全てを説明すると、兄上は何かを唸り





意を決したように口を開かれた







、その呪文は確かに君に嘘をつかせる
でも 世界にはついてもいい嘘があるんだよ」


「ついてもよい嘘とは?」


人を幸せにする嘘さ」





飲み込みの悪い私へ、兄上は優しい微笑を
浮かべながらこう言ってくださった





「その嘘で君が早く家に帰る事で、僕は
君の無事をいち早く確かめられるじゃない」


「あっ兄上は私の無事を
快く思って下さるのですか!?」


「もちろん、の無事な姿を見られる事が
僕には十分な幸せになるんだから」












語り終えると 桂殿は目を点にしてこう言った







「…ええと、それは本当の事だよな?
オレは嘘を吐けと言ったつもりだが」


「うぬ だから私の嘘はその呪文だ
今でもまれに吐いたりするゆえ、その話をした」


「そういう事じゃなくて…まあいい
呪文の病にならぬよう清潔に心がけるのだぞ」





清潔に、の辺りで何故か頬を赤らめた桂殿





「兄上にもよく言われてるゆえ!」







挙手して答えた途端 何処からか妙な音が鳴る





どうやら桂殿の腹の虫らしい







「所で、まだメシは食べておらんだろ
近くに行きつけの店があるから食ってかぬか?」


「しかし 私は早く家に戻って兄上を」


「それほど時間は取らせんし お主の兄には
キチンと伝える、心配するな」





それなら、と私は首を縦に振った







案内によりたどり着いた 店ののれんを潜る寸前





「…もしが呪文のような病気にかかっても
オレはお主を見捨てたりせんからな?」








真っ直ぐな目をした桂殿が、小声でささやいた







「よく分からぬが…ありがとう、桂殿」







返すと 満足そうに頷いてから
桂殿は入り口を開けながら店主へ叫ぶ





「幾松殿〜ソバ二つを頼む!」


「あのねぇ…ここはラーメン屋なんだから
ラーメン頼みなってーの」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:まず、本当にその病気の方に謝ります
話のネタにしてしまってスイマセンでしたぁぁ!


桂:全くだ 偽りとはいえにあのような
台詞を言わせるとは…(顔染め)


狐狗狸:何顔赤らめてんですか…


西郷:でもちゃんがヅラ子やパー子達が
通ってるのを知らなかったのは驚いたわぁ


狐狗狸:お兄さんのお迎えとか働く日にちが
奇跡的にズレてたんだと思います


桂:ってか銀時達は自分の事は話しといて
オレの事は何もに教えなかったのか!?


狐狗狸:説明し辛い所に遭遇したんでない?
あの人と二人が女装して買出ししてるトコとか


桂:えっ!?じゃあアレの嘘!?


狐狗狸:いや、あくまで可能性の話ですって


幾松:私の扱い 随分適当じゃないの


狐狗狸:……ゴメンなさい




起こした"騒ぎ"は…ご想像にお任せしm(殴)


様 読んでいただきありがとうございました!