春のような陽気に恵まれた日中
「今日も、昼間は昨日並みにあったかいなー…」
日光の降り注ぐ晴天を仰ぎつつ、目を細めて
山崎はしみじみと呟く
「これで辺りのカップルが消えれば
もっといいのにな〜…」
笑顔のまま、山崎は声のトーンを下げる
何の因果か ちょうど休日の日は
世間的にホワイトデーであった
だからか周囲には派手な広告が踊りまくり
恋人達がこれ見よがしにいちゃついている
「ん?あれは……ちゃんだ」
まばらな人ごみの中に見つけた知った姿へ
彼は足音を殺しつつ近づく
人形めいた無表情に一つにまとめた三つ編み
茶色の作務衣ともども、身体は何かの揉め事に
巻き込まれたかのようにボロボロ
そこまでは山崎の知っているの
おおよそ普段通りの姿だった
…違和感をかもしているのは唯一つ
この気温には似つかわしくないような
ハイネックの黒いスウェットアウターシャツ
「隠し事は嫉妬の起爆剤になりがち」
「こんにちはちゃん!」
「えぇと…お主は ヤバ崎殿!」
「山崎です!毎回名前をちゃんと言わないのは
ひょっとしてわざとなの!?」
「いやすまぬ、お主の氏名は何故かどうも
記憶に残らぬのでな」
表情一つ変えぬまま 困ったように
頭を掻くへ山崎はため息を一つ
「それならせめて名前の方で覚えてくれる
オレ 退って言うんで!」
「…了解した、覚えられるよう善処しよう」
「善処しなきゃダメなレベル!?」
彼女の 己への認識度の薄さに落胆しつつ
気を取り直し、山崎は質問する
「そういえば、ちゃんは何してんの?」
「兄上に頼まれ カラーボックスなどの
日用雑貨を買出しに来たのだ」
そうなんだ、と相槌を打つ彼の目は
一瞬 キランと光った
「そーいうの重いでしょ、オレ 今日
非番だからよければ付き合うけど」
「いや、気持ちは嬉しいがお主の手を
わずらわすのは忍びない…丁重にお断りいたす」
速効で断られ、笑顔が思わず引きつるが
それでへこたれる山崎ではなかった
「いや 男手があれば結構楽だし
邪魔にはならないから、ねっ!」
「…そこまで言うのなら、お願い申す」
普段よりも積極的な彼に圧され
は無表情のまま こくりと頷いた
デパートで雑貨品などを見て回る最中
どうにか話題を振ってと
仲良くなろうと試みる山崎だが
「あ、この色なんてちゃんの目に
よく似ててイイ感じじゃないかな?」
「いや これは兄上の目の色に近いな」
「このデザインもその、結構可愛いよね〜
ちゃんはどんなのが好み?」
「私はあまり頓着せぬので、もっぱら
兄上に全て任せている 兄上の選ぶものは
それはもうスゴイの一言でな…」
の口から出るのは兄の事ばかりで
兄について語る時のみ 彼女の表情は
女の子らしく生き生きとしだす
二人の姿に気付き、近くにいた店員が
背後から歩み寄って肩を叩こうと
「お客様〜カップルでの家具をお探…ひぃっ!」
言葉半ばに 瞬時に店員の背後に回った
が、槍の刃先を首筋に当てる
「あ、すまぬ店員殿」
「ちょちゃん何やってんのぉぉぉ!?」
レジ近くに置いてある髪飾りのコーナーで
「これ、ちゃんの髪に似合うかな」
見つけたコサージュを 頭に乗せるも
「おお!兄上に良く似合いそうな飾り物だ!
ありがとう山崎殿、どれ一つ買ってくるか」
自分が出すと言う前に、は髪飾りを
手にレジへと駆けて行く
「…この場にいないお兄さんには
無表情を崩すんだね、ちゃんって」
後姿を見つめ 小声で山崎は漏らす
買い物を済ませ カラーボックスを
取っ手をつけて持ちやすくしてもらい
その取っ手を片手に山崎は歩く
は彼から距離を取って 荷物を手に
並んで歩いている
「すまぬな山崎殿、カラーボックスを
持っていただいて」
「いいんだってちゃん」
言いつつ何度か肩に手を回そうとするのだが
気付いたが、一歩身を引いて
その手が届かぬ範囲にまで離れる
段々 山崎の中で何かが膨れていく
それを察してか、不意には立ち止まる
「不機嫌な顔をしているな 山崎殿」
「え?そうかい?」
顔に出ていたのか…と思い、彼は
慌てて笑顔を取り繕う
「そういう時はカルシウムを取ると
いいそうな お主も一つ食べるといい」
もそもそと懐から取り出した煮干の袋から
一匹を取り出し、彼の手へと落とした
「あ、ありがとうございます…って何で
煮干なんて持ってるワケ?」
「骨を丈夫にするため 最近は
おやつ代わりに食しているのだ」
淡々と答え、も煮干を一つかじる
好意を寄せた人から物をもらった
単純な嬉しさの反面
通常、あげる側である自分がもらって
どうするの的な新たな苦悶が浮かび上がり
誤魔化すように 煮干を素早く噛み砕く
「スイマセーン!避けてくださーい!!」
そこに声と同時に飛来してきたボールが
の頭へ直撃した、まさに直後
彼女の頭から 噴水のように血が吹き出した
「「ギャアアアアアアアァァァ!?」」
ボールの持ち主らしき少年と山崎の悲鳴が
脅威のシンクロ率を見せる
「ごごごゴメンなさい!大丈夫ですか!?」
「案ずるな、これは少々三途に行った
出来事に出来たものゆえ」
表情を変えず宥めるに恐怖を覚え
ペコペコ謝りながら少年はボールを抱え
逃げるように去っていった
どうやら山崎と会う前 頭に流血レベルの
怪我をして死にかけていたらしい
「どうしてそんなひどいケガ隠してたの!
いや、それより早く手当てを」
「気にしなくていい山崎殿 放っておけば止まる」
「止まらないから!もう血ィダクダクだし
ちょっとしたホラー映画みたくなってるって!」
「本当に気にしないでくれ、平気だから」
自分を拒絶するようなその態度に
山崎の中で 何かが弾けたような気がした
カラーボックスをその場に放り投げ
「あぁもう埒が明かない、ちょい失礼」
端的に言って間合いを詰め 距離を取る前に
素早く右手を掴んで力強く自分の方へ寄せる
そのまま手当てすべくの頭へ触れようとして
そこで服の内側に隠されていた、
あまりにも生々しい首の痣に 始めて気付き
「ちゃん、何この痣―」
「首に触れるな!」
伸ばされた山崎の左手が止まる
その一括と作り物のような表情の中で際立つ
情の通じぬ幽鬼のような緑眼に
場数を踏んでいる筈の彼は 気圧された
今まで彼を支配していた激情が
目の当たりにした殺意に散らされ収まって
「スイマセンでした…その、無遠慮で」
山崎は、両方の手を引っ込め 謝った
「いや 私の方こそ大声を出して、すまぬ」
済まなそうに呟き、も顔を下へと向ける
「その痣…指の跡、だよね?」
問いかけに、はこくりと頷き
服の上から軽く首元に手を添える
「成り行き上、首を…絞められた」
「……ああ それでか」
山崎は、そこに至って理解した
この温かさには不要なはずの
首の隠れる長袖の服を着ていた事も
背後や肩に置かれる手に警戒していたのも
今だ流血をしている頭への手当てを
必死で拒み続ける理由も
「あのさ…ちゃん」
出来るだけ穏やかに 彼は声をかける
「オレ、絶対首には触らないから
頭の傷 手当てさせてくれる?」
深い緑色の目が じっと山崎を見つめ…
しばしの沈黙の後、は首を縦に振った
「痛くないかな?」
「……大丈夫だ」
相変わらずの顔は無表情のままだが
…よく見たら、若干強張っているのを
手当てをする山崎には感じ取った
警戒している…いや恐れているのか
「信用してもらえないかな、オレは首を
絞めたりなんかしないから」
「え、あ…うぬ」
微笑みに、は若干戸惑いを浮かべ
「ちゃんも、戸惑ったりするんだね」
それが 山崎は妙に嬉しかった
ほどなく手当てが終わって出血も止まり
「手当てしていただき…ありがとう」
は、どこかぎこちない笑みを浮かべて
礼を言って頭を下げた
「いいんだよちゃん あ、そうだ
首の痣の事…秘密にしておくから」
「…誠だろうか?」
「本当だって、信じてくれよ
ほら 指切りだってするから」
ニコリと笑みを浮かべたまま、山崎は
の手を取り その小指に己の小指を絡める
「指切りげーんまん ウソついたら
針「白木蓮斬かます 指切った」
「何それ白木連斬って!
どっかの主人公の必殺技!?」
「有守流の奥儀だ」
「怖っ、どれだけ重い指切り!?」
などとはツッコミ入れながらも
ホワイトデーに出来た二人の秘密も
満更悪くないと、山崎は思った
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:何とかWDに間に合った…ザキ二度目
そして黒めは案外むずかったような気も
山崎:ツッコミ所は多々ありますが…
ちゃん何で首を絞められたりなんか?
狐狗狸:きっと仕事の時に絞められたんでしょう
相手は無論…この世にはいませんが
山崎:死んだぁぁぁぁ!ってこれどっかの動画
モロパクなネタじゃないですか!!
狐狗狸:仕方ないじゃん ニ/コ厨だもん
山崎:(無視しよ…)ちゃんの警戒ぶりが
強かったけど トラウマとかあるんですか?
狐狗狸:本人自身ってよりは、お兄さんが
絞められてるのを見てるから…その辺の
トラウマが微妙にリンクしたのかも
山崎:え゛…一体ちゃんに何が?
狐狗狸:詳しくは餓鬼椿篇か今後の田足篇で♪
山崎:宣伝でごまかしたぁぁぁ!?
出会い頭ちゃんと名前を呼ばれないのは
ワザとじゃないんです(山崎ファン謝)
様 読んでいただきありがとうございました!