江戸も都会は 夜も明るく眠らない





だがしかし、少し中心から離れた場所は
相応の闇に包まれる







「すっかり夜も遅くなってしまった
早く家に帰って兄上を迎える準備をせねば」







の歩く道もまた 濃い闇が占める







「今宵の仕事は早く片付いた方か やれやれ…」









ほんの僅かに疲労の色を滲ませ
家路へ急ぐため、人気の無い道を進むが







ぽん、と軽く肩を叩かれ





強い力で 少し後ろへ引かれ
数歩、はたたらを踏む







「こんな夜中に会うとは奇遇だなぁ」





耳元で、低い声がささやき
彼女は身を硬くした





首だけ動かし 声の主を確認する







そこには、想像通りの





そして いるはずの無い相手がいた







「…高杉」











「闇は意外とすぐ側にある」











肩を抱くように、の背後に
立っていたのは 高杉晋助





腕を振り払おうと身を捩るも





力の差のためか、現状が変わることはない







なぁ 少し話でもしようじゃねぇか」







くく…と含み笑いを漏らしながら
高杉はの顔を覗き込む







「何が狙いだ」







表情は全く変わらぬまま、
彼女の声音だけが冷めてゆく





緑色の双眸には


人をも殺せる程の冷たい殺気が宿る







「くくく…いい目をしてるなぁ」





余裕の笑みに 狂気が滲む





「安心しろよ、命が欲しいわけじゃねぇ」







その言葉に しかしは毛ほども
気を緩めようとはしない







「自分が指名手配の身である事は知っておろう」


「まぁな」


「…危険を犯し、私の前に現れる以上
目的など限られてこよう









淡々としたその声には、感情の色はない







逃げ出す隙を伺うだが、相手は
それを易々と許さない









「なぁに 用件は簡単だ」







高杉は、目を真っ直ぐ見てこう言った







、お前が欲しい」









彼女は言われた意味を一瞬考え、答える









「…仲間になれということか?
何故、私に自らそんな誘いをする」


「お前もオレと同じように心に獣がいる
オレにはわかるんだよ」

「…獣?」


「ああ、聞こえねぇか?
仇をとれ…殺せと喚く 獣のうめきが」





耳元で悪魔のようにささやかれるも





「そんなものは聞こえぬ、私の内には
亡き父上と兄上しかおらぬ」





きっぱりはっきりと 台詞だけは
いつものように言い放つ





「オィオィ 兄貴は死んでねぇだろが」


「当たり前だ」







少しの間を置いて、ふと 彼女の脳裏に
ある疑問が浮かぶ







「…高杉 お主は何故
父上が戦争で死したことを知っていた」


「聞きてぇか?」







問いかけに、首を一つ縦に振る









「昔、率いてた鬼兵隊の中にいたのさ
有主流の使い手を含む浪士群の生き残りが、な」


「鬼兵隊は、今も率いているのでは無いのか?」


「あらぁ 新しく掻き集めて作ったもんだ」







話を腰を折られるも 構わず話を続ける高杉







「そいつはその男の事を飽きる事無く話したぜ
やむなく戦争に加担した事、息子と娘がいる事
最後はそいつを守って おっ死んだ事も









低いその言葉が の記憶を揺り起こす













おぼろげな記憶に浮かぶは、ある日
家にいた二人の下に駆け込む知人







ちゃん!ちゃん!川原に…!」









青い顔をし 自分の腕を引き
言われた川原へと駆ける兄について行く







たどり着いたその場所の人垣を縫って





一番前へついた二人の視線の先には







いくつもの人間の首が晒されていた









二人の視線は とある首に釘付けになる







どんなに遠い位置にあろうと、
決して間違うことは無かった







"必ず戻るから"と笑顔で別れ





ずっと帰りを待っていた 父親の顔を









「「父上…!」」







二人分の涙声は、人々の喧騒に掻き消された











ややあって 意識を現実へ戻し







「…そうか」





は言葉を吐き出す





「随分 あっさりしたもんだな」


「父上は言っていた、武士として人として
恥じぬ生き方をしろと」


「ガキみてぇに真っ直ぐな目ぇしてんなぁ」







開いた手で頬に触れ、アゴを軽く持ち上げ









「その目で何人の死に顔を見た
この腕で どれだけの連中の命を絶った」










諭すような鋭い高杉の言葉に







の目の色が 大きく変わった







頬に触れる手を叩き落すも 向けられた
氷の視線は変わることは無い





「今もこうして死が間近にも関わらず
作りもんみてぇな、その面で」





黙り込むに 尚も高杉は続ける





「一人で闇の世界を見ているなら、
この世界の汚さを知ってんだろ?」









知らないと言えば、それは嘘になる







は兄と別れた後の空白の期間から
現在に至る間





裏稼業と呼ばれる 後ろ暗い生業を
行い、生活を成り立たせている







人を殺める事も最早当然で







彼女とて、その手を血に塗れさせ
今を生きている









「知ってはいる、しかし 私は罪人だ
汚れた者にしか生きられぬ場所もある





伏せた翡翠の目に陰りが宿る





「親を失い、虐げられ、挙句日の当たらねぇ
人生を送る…それはテメェで望んだことか?







視線を合わせないの顔に
割り込むように顔を寄せ、高杉は続ける







「全てを奪い 望まねぇ罪を強いる世界に
価値があると思うのか?」








突き放すような問いかけを最後に





痛いくらいの長い沈黙が両者の間に降りる













「お主が この世界を恨む理由
何となく、分かる気がする」


「へぇ そいつぁ大したもんだ」


「…誰か、大切な人を亡くしたのであろう」







高杉の表情から、笑みが消える









「なら、分かるだろ…
 お前もこの世界の被害者だ」







放たれるその声音は 静かでありながら
今までの会話で一番真剣







「オレと共に、腐った世界を怖さねぇか」







右目に宿る深く重い闇は、
しばし返答を戸惑わせる











「…確かに 世界を憎く思うときもある」









やがてゆっくりと 一言一言を口にする







「しかし、罪を罪で返すのは間違っている」







真っ直ぐに 高杉を見つめたままで







「それに私は…兄上のため 仲間のため
この世界で生きると決めたのだ」









視線が絡み、ややあって


ふ、と笑うその表情に の顔色が
ほんの僅か変化する





交渉決裂ってとこか…まぁ、薄々
そんな気はしてたがなぁ」





次に来る行動を予想し、槍を取り出そうと
懐へ手を伸ばす寸前







高杉が、肩に回した手を離す







驚き すぐさま距離を取って振り返るも
彼はその場から動かずにいる




「見てるといい、お前の目の前で
オレが世界を壊す…その様をな」








不敵な笑みを浮かべ 闇の奥へと
歩き始める高杉に、思わず声をかける





「待て高杉、お主っ」


せいぜい無駄に足掻いてみせろよ
じゃあ またな







立ち止まりも振り返りもせずに言い残し





闇に融けるように高杉の姿が消える







同時に、は大きく息をついた





だらだらと 彼女の全身から汗が噴き出し
小刻みに震えている







「…何故 私を殺さなかったのだ」







話の内容からして 断ったら間違いなく
敵となるであろう事を


交渉が決裂した時点で、
自分を生かす理由が無いことを





予想していたからこそ彼女は動揺している





「高杉は何故、」





そして、何より一番を戸惑わせたのは





「何故…あんな 寂しげな目を」







肩を離す直前、笑う高杉の瞳に





刹那見えた 哀しげなもの









答えは いまだ闇の中








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:色々苦難の道を歩みながらも、誕生日に
間に合いました 初高杉文!


高杉:くくく…随分な言い草だなぁ


狐狗狸:ええ、杉様の話だとシリアス一辺倒
やんなきゃなんないから大変で大変で


高杉:オレの話はもう書きたくねぇってか?


狐狗狸:いえ滅相も無い!でも3Zではも少し
砕けてるとのウワサなので 出来ればそっちで
書きたいかな〜とか思ったり


高杉:まぁいい しかしのやつぁ
それなりに鋭い牙を持ってたな…


狐狗狸:怖い目止めてください、てーか
さすがにマイペースな人の扱い慣れてますね


高杉:似たような奴がいるもんでね




シリアスになってるかは分かりません(爆)
高杉ファンの方、お目汚し失礼しました


様 読んでいただきありがとうございました!