明け方から降り募る雨脚は弱まりつつあったが

それでもなお、外の空気はひやりと冷たい





「アンタも色々と大変だねぇ」


「兄上の糧になるなら何でもありませぬ
ご指導感謝いたす、幾松殿」





折り目正しく頭を下げる無表情娘を


女店主は、複雑な顔をして見下ろしていた


…店主の背後にある厨房が一部悲惨な状態
陥っているのも きっと関係しているだろう





「しっかしウチの店でのバカ騒ぎ
アンタの兄さんの本に書かれる日が来るとはねぇ」


「…兄上も仰っていたが、やはり気になるなら」


「あーいいっていいって ざっと目ぇ通したけど
分かるヤツにしか分かんない内容みたいだったし」


麗しき未亡人って紹介には参ったけどね、と


照れくさそうに幾松が笑う







逆恨みした浪人崩れが宿のない者達を誑かし


彼女だけでなく店や生き別れた父親をも
襲撃した事もあったのだが


桂や銀時達の助力があってか


常連客が一人増えた事を除けば、当人は
以前と変わらない日々を送っている





「年越しには、また皆でソバを食べに参る故」


「気が早いねぇ 今度は一人一杯ずつ
食いに来いって言っといてよ」











「時期も思考もズレる場合がある」











手を振った幾松にもう一度だけ礼をして





北斗心軒の敷居を潜って外へと出た
片手に抱え込んだ風呂敷を見つめる





「料理のみならず薬湯ももらえるとは…
よし、兄上に一刻も早くこれらを」


「ふはははは!」





響く桂の笑い声 近づいてくる怒号に
歩く速度を緩めた作務衣少女の


その頭上を人影が通り過ぎ





「っあ、しまった」


零れ落ちた丸い物体…桂手製の爆弾
少女のすぐ側へと落っこちる





とっさに飛び退いたおかげで爆破による
三途行きはかろうじて回避したものの


爆風に呷られ の腕から風呂敷が吹っ飛ぶ





「ぬあっ!?」





必死に腕を伸ばしたおかげで


気の乗らない執筆活動と編集からの催促で
疲れを見せている兄への土産にと


教わった梅干しチャーハンの入ったタッパーは

間一髪 落下する直前でキャッチしたが


おまけでもらった赤まむしドリンクは間に合わない





しかし、地面に接触するスレスレで
誰かの手が小瓶を受け止めた







瞬きをした緑色の眼が持ち上がり


橙色のもさっとした髪型の
口元を黒い布で隠した黒装束の男と目が合う






無表情同士見つめ合い


彼の方がわずかに首を動かす





「む…」





会釈と判断し、それに倣った
半身を起こした所で


屈んでいた彼は手にしていた瓶を差し出す





「おお、かたじけない」





彼女が受け取ったのを確認して、男は
軽々と屋根へと跳び上がる





ぬ?もし、何やら…」


先程まで彼がいた場所に落ちているモノに
気がついて声をかけただが


屋根の上には もう誰もいなかった





「遅かったか」





落とし物を拾い、彼女は考える





射抜くような眼光と隙のない佇まい


身のこなしも相まって忍の者かと思えるが


特徴的な黒装束と帯刀していた二本の刀の
組み合わせが、ある集団を連想させた







こう来ると行動までが早いもので





おお!やはり真選組の者であったか」





真選組屯所の廊下で、は無事にその男


三番隊隊長 斉藤終と再会を果たしていた





事態を理解するためか立ち止まる彼へ





「落とし物だ、お主のであろう?」


正露丸糖衣A錠の箱が差し出される


すると目をカッと見開いた形相で


予備動作もなく相手は距離を詰めてきた


思わず身を引くだが、構わずに
斉藤が歩を進めて





するりと横へすり抜けて厠へと入っていった





「…うぬっ?」





この後、しばらく待ってみただったが





不法侵入がバレて追い出されるまで

結局 相手が出てくる事はなかった









「返したいのだがいい案は無いだろうか」





水の流れる音を背後の扉越しに聞きながら


厠を出た直後の銀時は 差し出された
正露丸との顔を見比べる





「どこにだよ、てかオレのは前の方だ」


「それはまた奇態な病だな」


「至って健康ですぅーてか何想像してんだよ
そっからは黄色い液体ケフィアしかでねーぞ」


「用便以外の物が出てくる時点でおかしいでは」


「トイレの前でどーいう会話してんだアンタらは」





まっとうなツッコミを入れた新八へ
ぎっ、と顔だけを向けた彼女は


表情を変えずに言葉を続ける





「礼もしたいと言った途端に警戒されてな
このままでは渡せぬのだ、新八も考えては」


「さよなら良識こんにちは非常識!!」







万事屋へと駆けこんだ
三人に散々ツッコまれながらの説明によれば


追い出された後も果敢に落とし物を
届けようとしたけれども失敗


もちろん真選組の人間に
代わりに渡してもらう事も試みたようだが


普段の態度とクセでやってしまった不法侵入


それと"お礼"の一言のせいで
お礼参りと勘違いされてしまったようで

以降まともに取り次いではもらえないらしい





「お前の頭には諦めるって選択肢が無いアルな」


「腹の薬は大事なものだからな」


「あ、そういう常識はあるんだ」


「そこまで言う事は無かろう」


精力剤の礼と正露丸の手渡しのコラボ
不法侵入しながら能面でやる女に言われてもな」







やいのやいの言われながらも縁があるおかげか
万事屋づてで少女の望みは無事果たされ







私宛の文?あの御仁からか」


「そうみたいですよ」





"はじめましてさん


万事屋さんからアナタの事をお聞きしました


落とし物をわざわざ届けてくれて助かったZ


本当はわざわざ屯所に来てくれた時も
すごく嬉しかったのですが人前だとどうも
緊張してしまい、結局話せずじまいでしたZ


何かお礼をしたいと言う話でしたが
お礼を言いたいのはむしろこちらの方ですZ


けれどワザワザ声をかけてくれて
本当に嬉しかったので、よかったら
これからも仲良くしてほしいZ"





引き換えに手渡された手紙をきっかけに


両者の文通が始まった









「アフ狼ともフラグ立てたアルか、大変アルな」


「片メガネ殿との"めぇる"に比べれば
さほど難しくは無いぞ?それに神楽もそよ姫殿と」


さんそれ多分意味違う」





立場上は敵対にもなりうる間柄なのだが


彼女に真選組そのものに不利益を被る意志はなく


万事屋だけでなく近藤達とも交流があるからか
共通の話題も多く、あれから顔を
合わせる事こそは無かったものの


何度かの手紙の交換を通じ、仲良くなっていた





「激務のせいか寝つきも悪く下痢も多いそうな
何か力になれればよいのだが」


「いや、アイツの下痢は体質の問題だから」


「難儀だな…私の知り合いはどうも
下の病が多いような」


「それは原作の問題アル」





脱線しかけたため 閑話休題





「差し入れでもしてみたらどうですか?」


「なるほど して何を持って行けばよいのか」


「無難に酢昆布でいいと思うヨ
むしろ今 私に差し入れるヨロシ」


「今食べている分では足らぬのか、酢昆布」





当然、と言いたげな顔をしていても


神楽の提案および要求はやんわり却下される





「終殿の好物か、精のつくものでも
渡すのが得策だろうか」


「え、あの人の好きなモノとか知って」


「全く分からぬ」


「ですよねー…」


「分かりやすい話じゃねーか
精がつくモンっつったらコレだろ」


自信ありげにそう言った銀時が

テーブルの上へと並べてゆくのは


バイ○グラを始めとするいかがわしい
お試し用サイズのサプリメント各種






全部もれなく精力剤いぃぃ!
しかもどれも何か妙に色あせてるし!?」






サプリの一つをつまみ上げて裏返した神楽は
それが賞味期限切れしている事に気づき





「善意につけ込んで廃棄品押し付けとか最低ネ」


軽蔑の視線を銀時へと投げかけた







その後、兄に呼ばれて帰った





翌日 たまたま出くわした土方と沖田にも
ついでに訊ねてみる事にした





差し入れだぁ?誰がてめーのモンなんか」


「お主ではなく終殿への療養見舞いだが?」


「期待してねぇけどムカつ…療養?アイツ別に
元気だけど?てかいつから面識あんだよ」


「終兄さんにねぇ、桂の首でも渡しゃ
喜ばれるんじゃねーかぃ?」


「それは…かなりの難題だな…」


いやまて槍ムスメ、おい本気で考えてんじゃ
ねーだろうな…まあ潰しあう分には
構わねぇがコレ殺人教唆になるじゃねーか」





悪魔の提案に、さしもの鬼の副長も
待ったをかけざるを得ないようだ





「調子が悪いなら栄養剤でも送っとけ
とりあえず邪魔にゃならんだろ」


「ふむ…しからば赤まむし「それ精力剤な」







彼らと別れ、薬局で店員のおススメを
購入した


屯所へと帰ってゆく橙色のアフロを目に留めた





「待たれよ!」





呼びかけて、駆け寄る少女に気づいた斉藤は


足を止めず猛ダッシュで屯所へと逃げ込む





「なっ…何故ゆえ逃げるのだ終殿!?





反射的に追いかけた彼女は


門前で隊士に止められてしまったので
事情を説明するのだが





「ウソをつくなっ!精力剤を使って
斉藤隊長に何をするつもりだ!!」



購入した差し入れがスッポンエキス配合
アレなドリンクだったため 通してもらえず





「く…かくなる上は!」


不法侵入をしてでも、と適当な壁を







越えようと駆け上がった
探していた斉藤と至近距離で対面した





彼としては そっと外の様子を覗こうとして
居合わせた形だったのだが

お互いがそれを知る由も無く


きょとんとした顔で数瞬にらみ合い





「あ」





虚を突かれ、手を滑らせた
まっさかさまに落っこちていった







…この日の斉藤の日記には





[恥ずかしくてつい逃げてしまったせいで
余計なケガをさせてしまったZ


万事屋さんのおかげで文通できるくらい
仲良くなれたけれども


まだ面と向かうのは恥ずかしい


でも今度こそは逃げないようにしたいZ…


それでも気にせず、身体を気遣って
差し入れまでくれるなんて


本当にさんはいい人だZ]





三途小旅行してきた彼女からの贈り物を
内心喜んでいた旨が記されていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:半年ぶりの更新になってしまって
自分自身、ショックを隠せません


神楽:もはや生ける屍状態だったアルな


沖田:今日も陰気だ死臭がヒデェ!
あ、元々だったねぃ


銀時:ほぼ更新休止に近いワケだし本誌も
そろそろ終わり近いみたいな感じなんだから
いー加減長編も片付けちまえよ


新八:隙を生じぬ三段構えの言葉攻めっ!?


狐狗狸:話の時間軸は…桂との一件が…
解決、ひぐっ、解決した辺りで


土方:ああうん泣くなみっともねぇ


斉藤:…Z〜


桂:くっ…このあとがきで眠っているだと?
オレを眼前にして何たる余裕!


新八:こっちはこっちでまとまりないなぁ




斉藤さんは 万事屋三人に教えてもらう前から
夢主の事を知ってます ヒント:真選組


様 読んでいただきありがとうございました!