ざあざあと天の底を抜いたような雨は
今や、霧雨程度に弱まっていた





「この天気の中、よく来てくれた」


「約束ゆえ…こちらこそ自室の敷居を
またがせてもらった事を感謝いたす」


「水臭い事言わないでくれさん
僕らは友人なのだから」





茶卓を挟んだ少女二人の顔は真剣そのものだ


とはいえ片方は 由緒ある道場の師範として
日々精進を積んでいるが故に板につき


もう片方は 生来よりの無表情なのだが





ともあれ、お互いが卓上に
出したのは一抱えほどの段ボール箱


しっかりと封をするガムテープを破り


左右に開いて、箱の中身を覗き込み





「「おお…!」」





九兵衛とは 同時に感嘆の声を上げた







写真で見てはいたけれど、実物は
案外と小さい そして不思議な形だ


そんな感想を抱きつつ


まず九兵衛が、手の平大の小箱を取り出し

フタを開けてチューブを取り出す





「ううむ、箱からして洒落た意匠だ」


「そちらの品もかなりキレイな形だと思うが
見せてはもらえないだろうか」





心得た、と答えてが段ボール箱から
ことりことりと置いたのは


こじゃれた薄青色の瓶と


小さな箱に詰め込まれた、リンゴと
ミカンと桃…を象った 石鹸


そう、石鹸





「やはり兄上のご趣味は段違いだ」


満足そうに頷く彼女を見ながら
九兵衛はチューブのフタを開ける


ふわりと微かに香ったのは


ネットや箱書きに書かれている通りの

やわらかで、甘いバラの香り





「おぉ…」





絞り出したクリームを手に広げて


その伸び具合と 強さを増す香りに
彼女らの目は丸くなる





「私にも少し分けてもらえるか?」


「もちろん」





同じように、手の平へと出された
クリームを両手の甲へと塗りたくり


その感触に はまたも感嘆の声を上げる





「何やら手が輝いているような気がしてきた」


「僕も何だかそう見える…もしや
これが、"女子力"というヤツか」


「そうかもしれぬな」


などと真面目に言い合う二人が開けた
段ボールの中に入っていた紙には


"女子力アップコスメ"の文字が躍っていた











「困った時は連帯責任」











きっかけは…東城が吉原のいかがわしい店から
戻ってきた際の、言い訳だった





「吉原一の三味線の名手がいると聞いたので
ぜひとも一度腕前を披露してもらおうと…
いや性的な意味では無いですよ!?


「それ以上何も言わなくていい」


その時は、相手への軽蔑と
柳生家の跡取りとしての体面


何よりも気恥ずかしさが先立って


訊ねる事は出来なかったが…


"三味線の名手"という言葉の響きが
九兵衛の頭の中で 興味として残っていた





ので、ある時 思い切って


出会い頭 携帯電話をいじくって
頭を痛めていたにソレを訊ね





「しからば月詠殿に口利きしてもらうよう
私から頼むとしよう」


「それはありがたい…けどしかし妙ちゃんを
吉原に連れていくのは、少し抵抗が」


「心配めされるな九兵衛殿」





尻込みしている自身を真っ直ぐ見据えて





「昔と違い、今は月詠殿達のおかげで
治安もいいし 住んでいる者達もとても
明るく気さくな者達ばかりだぞ?」





無表情ながらも明るく励ましてくれる
彼女の言葉に勇気をもらい九兵衛は


妙を連れていくため、訪問する旨
月詠づてで話してもらう事と


場所を教えてもらう事とを頼みこんだ





「それは構わぬが…代わりに一つ
こちらの頼みも聞いてもらえぬか」


「ああ、代金なら言い値で支払おう」


「いや金はいらぬ、と言うよりも
無理なら断ってくれても構わぬのだ」





言いづらそうに が頼み返したのは


"携帯を使っての、化粧品などの
取り寄せの仕方を教える事"
だった





「し、小説を書き上げてお疲れな兄上に
何か労いの品をお送りしようと思っているのだ」


「しかし、それなら僕でなく銀時や
他の相手に頼む事も出来るんじゃ…」





指摘され、言葉を詰まらせた彼女は


…うつむき気味に小さな声でこう返す





「…九兵衛殿にだけは教えるが、実は
私も少しばかり 兄上のお使いする化粧品が
気になっているゆえ」





それ以上は何も言わなかったが


態度と台詞で、当人が己の分も
頼みたいが故にこっそりと注文しよう
しているのだと九兵衛は理解し





同時に自分に打ち明けたのも


似たような悩みを持っているからだと察した





そう言う事なら…僕も一緒に頼もう
それでいいかな?さん」


柔らかく微笑めば、持ち上がった面の
緑眼が 力強くきらめいて見えた





「それは心強い…!」









…以上のやり取りを経て


携帯により二人は"兄と妙に送る"名目で

自分達の分も含めた商品をそれぞれ注文し





無事に届いた時


三味線の名手に会える場所と日程を
告げるついでで、化粧品を持ち寄って
試してみようと話をして別れ


こうして…霧雨の振る屋敷にて


二人だけの、コスメ品評会が始まったのだが







瓶の中から香る 何とも言えない
芳香をすんすんと嗅ぎながら





「これは…少しツンとするニオイだな」


「うぬ、品書きには"ろーずまりぃ"に
"おれんじ"と書かれていたのだが」


「言われてみれば、何だか甘酸っぱいような
ミカンに似たニオイもする」


「つい買ってしまったが…よく考えたら
香水は使わぬ方がいいかもしれぬな」


「それは言える、稽古の際につけていては
気が散るし汗で流れるからな」


「下手をすれば敵に居場所を教えてしまう
…いや、逆にこのニオイで敵をかく乱できまいか」





口にしていた会話は


形状がカワイイとか使い勝手がいいとった
普通の女子らしいものではなく


何だか少しずれ、かつどことなく
物騒な雰囲気を醸し出すものだった







「見た目に加え、品の特性を利用する事により
敵の撃退にも使える…これが女子力か


「なるほど、そういう見方もあるか…そうださん
頼んでいた例の件はどうなった?」


「首尾は上々だ…これが日程と場所になる」





す、と懐から出された紙を受け取り


書かれている文字を確認したのち





「確かに…本当にありがとう」


にこりと笑い、九兵衛は己が懐に
しっかとその紙をしまいこむ





「さて、あとは僕の買ったパックと」


「私の買った粉くらいか…確かどちらも
顔につけるモノであったはず」





しげしげとお互いの商品を眺めながら





顔につけたら何か変化があるだろうか?


どんな感触がするんだろう


てゆうか、こんな目立つモノを顔に
つけたらバレちゃうかな?


いや誰かにこの場を見られたらどうしよう


むしろ武器としてならどう使用するのか
誰かしらに試した方がいいんだろうか







そんな事を悶々と悩みながらも


やっぱり買ってしまった手前、気になって





どちらともなく とにかくパッケージを
開けてしまおうと手を伸ばした矢先





「お二人とも、失礼します」





襖の外から、東城の声が聞こえた





彼女らは心臓が飛び出そうになりながら
電光石火のごとく化粧品を詰めて


段ボール箱を茶卓の下へとしまいこむ


直後に襖が開いて、東城が顔を見せた





「よろしければお茶をどうぞ
おや?どうしました」


「脅かさんでくれ東城殿、心臓に悪い」


「ああこれは失礼 ご友人同士の会話を
お邪魔してしまいました…ん?」


「な、何だ東城」





二人分の湯飲みを卓上へ置きながら


鼻を微かに鳴らして 彼は不思議そうに
首を傾げつつこう呟く





「いえ、どこからかバラのニオイ
するなーと思いまして」





両者の表情が、ぎこちなく固まる





「気のせいだろう、いやきっと
ビチクソ丸のフンのニオイに違いない」


「若、それは少し無理があるのでは」


「猿とて花なら食す事もあろう、現に
私も花で命をつないだ日がある」


「それを聞いて私はアナタの頭と食生活
今更ながら心配になってまいりました」


「お主に言われたくはない、先日も
吉原の妙な衣装屋で「あ゛ーっ!!」


がっと糸目を見開いて奇声を上げた東城に


発言したの方が無表情のまま
ビクッと身を震わせた





「今度は何をやったんだ」


ちちち違いますよ若っ!私はですね
吉原に今度ロフトがオープンしたので
そこへ寄っていたら、客引きに捕まってですね」





入室された時の二人以上にあたふたして
脂汗を流しまくっていた東城は


言葉を並べるも、彼女らの視線に耐え切れず


そそくさと出て行ってしまった





…見送って ほっと二人は息をつく





「どうやら、誤魔化せたようだな」


「ああ、しかしいつまた誰に見られるとも
限らない…もうこの辺で止めておこうか」


「それも道理だな」


ガムテープを張り直そうと、隠した箱を
引っ張り上げれば


の段ボールの中から





リンゴの形の石鹸を持って 小さな猿が
ぴょんと飛び出してきた





ぬ!?い、いつの間に」


「ビチクソ丸 それは食べ物じゃ」





制止の声も聞かず、ビチクソ丸は石鹸を手に


襖の僅かな隙間をこじ開けて飛び出す





「ま、待たぬか!!





段ボール箱を茶卓の下へしまい直し


廊下を走り出したと共に
九兵衛もまた、逃げた飼い猿を追い始める





「まずいな…もうすぐ餌の時間だったから
腹が減っているのかもしれない」


「石鹸はさすがに食えぬ、それにあれは
兄上への贈り物ゆえ…取り返さねば!





言いつつ、隣の相手が
槍を取り出したのを見て飼い主は焦る





「何をする気だ!?」


「案ずるな九兵衛殿、ビチクソ丸を
傷つけるような真似はせぬ」





端的に口にし、猿が庭へと
逃げ出したのを見計らい


が構えた槍の刃先から、斬撃が飛ぶ


鷺野火(サギノビ)と名付けられた記憶も
新しい その新技の斬撃は


庭の木の枝を切り落とし


上手い具合に小猿の行く手を遮っていく





「あと少し…あ!





追い付こうとした自分達を振り切って


ひょひょいと雨露に濡れている
屋敷の屋根へ移ったビチクソ丸は


ぺりぺりと封をはがして、リンゴ石鹸へ

大きな口を開いてかじりつこうと





「ダメだビチクソ丸!!」





九兵衛の必死な叫びが届いてか


ぴたり、と猿の動きが止まる





だが…しとしとと降り注いでいた霧雨のせいか


その拍子に、小さな手の平から
石鹸がぽろりと転がり落ちた


「「あああああぁぁぁぁ!!」」





屋根に落ち 傾斜を転がっていく石鹸は





何事ですか!?…ん?何でしょうこの音は


いだっ!?目が、目があぁぁぁぁ!!


ひょいと庭先に姿を現し 異音に気づいて
瓦を仰いだ東城の顔面へ直撃して


そばにあった植え込みに着地した





悶え苦しむ彼を無視し、二人は落下した
石鹸の方を回収する





「かじられてはいないか?」


「…傷も、欠けてもおらぬ」





胸を撫で下ろし 石鹸を隠した彼女らは


痛みから回復した東城へ向き直る





「い、一体何なんです…どうしました?
お二人とも そんな顔をして」


「東城、いい所にいてくれて助かった


「真にかたじけない…感謝いたす


「え?え?あ、いえそれほどでも」





何が起きたか、知る由も理解する間も
無かった東城は 突如褒められ


不可解ながらも満更でもない顔をしていた







…そうして 雨も上がった帰り際





「今回は、色々と迷惑をかけ申した」


「気にしないでくれ、こっちも悪かった」





互いに謝ってはいたものの 彼女らが
この手の交流に懲りたかと言えばそうでもなく





「機会があれば、また一緒に何かしよう」


「うむ…その時は妙殿や月詠殿にも
声をかけてみようか」


「…悪くは無いな、それも」





そうして、顔を見合わせて二人は


くすくすと年頃の娘らしい笑い声をあげた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:九ちゃんと友人っぽいことさせたいなー
なんて考え、女子力とお取り寄せ詰め込んだら
色々とおかしな着地になりましたとさ


九兵衛:考え始めたらキリがないぞ
僕が携帯使えるかとか、ビチクソ丸の奇行とか


狐狗狸:"ご都合主義いい加減にしろ"的な
目で見るのは止めてください…すいません…


東城:あの…私としてはさんの
新しい技名について二三聞きたいんですが


狐狗狸:実はアレ、書ききれなかったけど
以前 必殺技の命名で知り合い訊ねて
ついたってエピソードがあります


九兵衛:そう、僕も相談に乗ったから覚えてる


狐狗狸:けど銀さんらがふざけて
「先っちょの○(ピー)」とか「先走り」とか
アレな名称言ってて、それ採用しかけて


九兵衛:けど長いし分かりにくいから
縮めてもじって今の名前になったのだそうな


東城:そんな由来だったんですか!?




時間軸的に、愛染香の一件
愛妹帳の大体三〜四訓辺りで起きてます


様 読んでいただきありがとうございました!