ふきっさらしのホームの両端には
ぽつりぽつりと電車を待つ者が佇んでいた


も開花し も咲き頃を迎えて


江戸でも派手に行楽シーズンを押している


…が、浮かれた雑事と関係のない所用で
普段使わぬ文明の利器に頼る者は


盛り立てるような広告やそれらに惹かれて
同乗する不特定多数の者達に


羨ましげな、或いは迷惑そうな視線を向ける







ドアの停車位置マークを踏みつけて


短い咥えタバコで腕を組む土方もそのクチだ





「…遅ぇ」





職務の時にはさして気にもしない
数分数十分単位の待ち時間が


着流しの当人には、やたらに長く感じている





気を紛らわすためにホームの周囲へ
視線を遊ばせてはみるものの


何度目を凝らしても


見えるのは少しばかり白や赤の点をまとった
枝やら、古ぼけた寺や土産屋やら


門構えとノボリが立派に見えるラ○ホテルやら


せせこましい待合室に座る中年軍団やら

同じく電車待ちの、冴えない一般人だけ





ため息とともにタバコの煙を吐き出し


新しいモノと交換しようとしたトコロで


側の階段から降りてくる、やたら静かな
足音をかろうじて聞き取って


職業柄と退屈しのぎで足音の主を
確かめる土方は





…こんばんは瞳孔マヨ殿」





現れたの顔を見て、露骨に後悔した











「電車の窓曇ってると、途端に
乗る気が削がれる」












非番にまで辛気くせぇツラみせんじゃねぇよ
つーか何でいやがる槍ムスメ」


「仕事だ」


「こんな便の悪いトコでかぁ?」


「私とて用あらば電車も使う」





渋面を向けられても、なお無表情を崩さず


階段を降り切った作務衣娘も
ホームの停車位置にて電車を待つ





「で、何しれっとに並んでんだコラァ」


「どうせ行き先は同じ江戸だ」


「後から来といて馴れ馴れしすぎやしねぇか」


「了見が狭いな、かほど同行が嫌なら
少し遅れて帰ればよかろう」


「ならテメェが一本電車遅らせ「断る
一刻も早く兄上の元へ帰りたい」



腹立ち紛れに"仕事"について探りでも
入れてやろうかと口を開きかけ





「マヨ殿は、何用でここへ?」





逆に尋ねられて 土方は気を殺がれた





「オレがどこへ行こうと勝手だろ」


「ふむ…確かにな」





特にそれ以上を問わない少女の様子に


彼は安堵する半面で、どうにもしがたい
座りの悪さを感じて眉根を寄せ


誤魔化しついでに訊ね返す





「仕事だか何だか知らねぇが、兄貴のフン
テメェが一人で江戸を出るとは驚きだな」


「兄上と街を信じているゆえ、少しばかり
視野を広げようと思ってな」


「ちったぁ利口になったじゃねぇか
打ち首処刑の連行じゃ兄貴狂いだったのによ」





鼻で笑って皮肉る土方を


相手は、微塵も動じず緑眼を上げて





「狼狽ぶりならお主や銀時らの方が余程
酷かったと覚えているが?」


アレは敵を油断させる為の演技だ
万事屋どもは単にビビってただけだろうがな」


「左様か」





興味なさそうに言い切られ


元来から疑いを持って
接している土方はかえって苛立つ





「大体こっちの協力飲んどいて、てめー
あん時実際邪魔してたじゃねぇか」


否応なく囮にされた私を捕えた挙句
強いた待遇だったがな」





普段通りの険悪な雰囲気が
取り戻されつつあった両者の空気を


ようやくに訪れた電車の轟音がぶち壊す







『お降りの際は、足元にお気を付けください』





開いたドアからなだれた客は少なく


会話を終えた二人が乗った車内は


すでに空いている席が無いほど混雑していた





ちっ、またラッシュかよ…」


隠す事無く、土方が不快を露わにする





行きの電車でも混雑していたので
帰りぐらいは座れれば


淡い期待を抱いていたようだが





「…旅の帰りか、江戸見物か」


どうやら 隣に並ぶ作務衣娘も
同じ心境だったらしい





「流石の能面でも嫌気が差したか」


「荷もあった故、気を使ったからな」


「一番似合わん単語が出たもんだ
で、荷物の中身は?」


「お主には詮無きこと」





至っていつも通りの返答に


いつも通りの胡散臭さと、釈然としない
腹立たしさを感じ


ぐっと飲みこんで土方は


目の前に居並ぶ乗客の誰かが次の駅で
降りて、席を開けるのを耐えて待つ







『停車いたします、開くドアにご注意ください』





ドアが開き 新鮮な空気と共に
肩や腕を合わせるようにして客が降り


目の前の席にいた客も立ち上がって


目を輝かせ、土方が空いた空席へと
一歩足を踏み出す





…だが 人垣を縫って巨体を捻じ込んだ
オバちゃんに跳ね飛ばされた





ちょっとお兄ちゃん、気を付けてよね」





などと文句を言いながらちゃっかり
席を取ったオバちゃんに


彼は血管を浮きだたせて思わず怒鳴る





「人の席横取りしてんじゃねぇぇぇ!」


はぁ?アタシが先座ったんだから
アタシの席でしょうが!これだから若いもんは」





あくまで自分の席だと主張する彼女は


殺意に満ちた視線を受けても、ふてぶてしく
席に陣取り居眠りしていた





…と、二駅ほど過ぎた辺りで





は まったく恐れる事無く
側にいた土方の袖を引いて呟いた





「マヨ殿、空いたぞ





言われてちらりと目を走らせれば


確かにの目の前の席には
十分に座れるスペースが一人分出現している





しかし当人は我先にと座る所か


ますます不機嫌の色合いを濃くして
吐き捨てるように言った





「…テメェの施しなんざ受けねぇよ」


「疲れているなら遠慮するな」


は?別に疲れてねぇし?元気ビンビンだし
むしろ若いから座りたいとか思ってねぇし!
二時間三時間このままでも平気だしぃ!?」



「お主は私より年う…





問答の合間に、これ幸いとばかりに
仕事帰りらしい若者が空席に収まり


土方はせっかくの機会を棒に振る







それどころか…更に乗客が押し寄せて


吊革につかまる事すらままならず


非番の刑事は、作務衣少女と密着する状態に
不本意ながら陥ってしまって


何かの拷問か!?と内心で絶叫していた





早速ちょっと前の言動を悔やんだが





「損な性分だな」


「お前にだけは言われたかねぇ」





見透かしたかのようなの台詞には
板についた憎まれ口で返していた





そんな彼の心持に気づいているのかいないのか


全く読めぬ表情で、さらりと少女は言う





「銀時に代わっての借金返済と仕事の紹介
真に助かった、感謝いたす」






切れ者と呼ばれた真選組副長とて


言われた意味を理解するのに 一瞬を要した





「何でこのタイミング?」


「ついぞ言いそびれていたからな」


「本気でぶれない能面だなこのアマ」





毒づいてはみたものの


先の、魂が入れ替わった一件を通して


眼下の小娘への見方が若干変わった事実は

土方にとって否定しきれないモノだった







『銀と…お主、本当に銀時か?





卵と源外同様…いや 彼らの指摘を
受けるよりも前に気づいていながらも


彼女自身は 終始両者へ接する態度を変えず


そのせいなのか周囲もまた、彼女の態度を
さほど不審と思わずにいたので





『例え魂(なかみ)が替わろうとも
銀時は銀時、マヨ殿はマヨ殿であろう』


『まぁ…そうだがよ』





むしろ立場の変わった土方こそが
少なからず衝撃を受けていた





出会いが違えば 仲良くなれたかも、と


一瞬だけだが本気で思うくらいには







慌てて否定する彼の思考を遮るように
大きな揺れに呼応して


足元に ゴトリと重たいモノが落ちた





「む、すまぬ槍が落ちた」


はぁ?おい、ちょっ何して」


自分の足元へ屈みこむに土方は面食らう





…重ねて言うが 二人がいるのは
満員電車の中であり


なおかつ密集する客の合間に挟まれて
密着している状態である





後にしろ拾ってやるから!おい聞け槍ムス」





言いながら腕を引っ張り上げて
どうにか相手の行動を止めようとするが


ドアのあく音がして 客が押し寄せ


間に合わず二人は押し流され…







自らの股間の合間に少女の頭があるという
言い訳できない状態に陥ってしまい


土方は、自分の社会的地位の危機を実感した





「マヨ殿、あと一時こらえてくれ」


「こらえれるかぁぁぁ!」





小声で思わず叫ぶけれど、は相変わらず
床に転がる信玄袋にしか気が回っていない





身動きできれば踏み潰してやるのに、と


忌々しげに見下ろす先の三つ編み頭が





「…取れた!」


そう呟いて、ようやくに立ち上がろうと
動き出したのと ほぼ時を同じくして





…彼女の背後から


何を勘違いしたか、人垣を縫って
手を伸ばしてくる男の姿を垣間見て





不埒なその手を 彼は手刀で叩き落とす





痛みに驚き、打たれた男が視線を上げ


射殺さんばかりに己を睨み据える
着流しの鬼を見て凍りついた






「何事だ?瞳孔マヨ殿」


「あんでもねーよ、さっさと立て





中途半端に立ち上がりかけていた少女の
襟首を掴んで 土方が持ち上げる





だが、存外勢いがあり過ぎたのか


車内の揺れも手伝って 信玄袋が
ぽーんと頭上高く持ち上がって





「っ私の槍!!


「は?!っで!!


彼の両肩を支点に無理やり
客達の頭上高く跳び上がった


袋を手にした直後に





勢い余って天井に頭をぶつけて


何故か奇跡的な軌道を描いて…荷物を置く
網棚へとすっぽり収まってしまった





「三途へホールインワンんん!?」





土方の絶叫と車内の客達のざわめきとが
これ以上ないくらいのシンクロを果たす









…電車がどこかの駅へ着いたのを機に


彼は 網棚から貨物を降ろすようにして
少女を引きずり途中下車した







「…迷惑をかけ申した」


「毎度毎度、もうちょっと学習しろ」


「返す言葉もない、何か詫びがしたいが」


「万事屋じゃあるめーしガキから
金をせびる趣味はねぇ」





気が済まない、と気配で訴える
敢えて無視して


土方はタバコの自販機へ歩み寄り


年齢確認を済ませて小銭を懐から出し





白い小さな手が、自分よりも先に

次々と小銭を入れていくのを見て


怪訝な顔つきで隣を見やる





「何のつもりだ?」


「勝手は承知、不快なら謝る」





堂々とした無表情へ、彼は呆れを含んで
こう呟くのみだった





「…好きにしやがれ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:死神篇とリーダー入れ替わり篇を
話題に挟みつつ、電車ネタをお送りしました


土方:どんな奇跡起こしてんだあの女!


狐狗狸:いやまー、電車で三途だと
踏み潰されるかぶつかるかかなーと


土方:だからって網棚に挟まるとか
物理法則としてもおかしいだろ!


狐狗狸:漫画やアニメであれだけ色々と
やっといて物理法則もクソも無いでしょうに


土方:反論出来ねぇ…つか、ちょこちょこ
原作長編 話題に挟んで何企んでやがる?


狐狗狸:気のせい気のせい、疑い深いなぁ




入れ替わり編では、たま達から事情を聞き
事態が落ち着くまで黙っていた模様


様 読んでいただきありがとうございました!